「自助・共助・公助」論について2つ言いたい

 菅義偉の「自助・共助・公助」論が議論になっている。

 

www.huffingtonpost.jp

agora-web.jp

 これらの記事にあるように、「自助・共助・公助」論は菅個人の主張ではない。自民党政治の根幹に座る太い考え方である。つまり菅個人の「思いつき」ではなく、イデオロギー的に強固であり、ある程度体系化されているものなのだ。

 特に自治体行政の現場での町内会統制はこれを理論的な屋台骨にしている。各種の条例、計画はこの文言のオンパレードである。本当に検索すれば掃いて捨てるほどあるが、一例として、宮崎県日向市の「協働のまちづくり指針」をあげておこう。

https://www.hyugacity.jp/tempimg/20140319165056.pdf

 

 ビジネスならビジネスのシーンで支配的なイデオロギーというものがあり、経営者だけでなく労働者も少なからずそれに絡め取られている。*1

 地域活動、つまり町内会やボランティア活動においては、おそらくこの「自助・共助・公助」論こそが最も主要なイデオロギーである。*2

 町内会などをやっていると、連合体の幹部などはこのイデオロギーで「武装」されていることがしばしばある。自分たちは「共助」の一翼を担うのだ、と。戦前からの「行政下請」としての町内会の流れを今日的に受け継ぎ、自分たちの活動をこうした保守政治の太い流れの中に位置付けて自身の正統性を確認するのである。

 

 ぼくは、拙著『“町内会”は義務ですか?』(小学館新書)でも、『どこまでやるか、町内会』(ポプラ新書)でも、この「自助・共助・公助」論を批判した(前者は第4章、後者は第3章)。町内会の仕事を町内会が抱え込んで行くのは、背景に行政の下請け圧力が存在し、行政と町内会幹部自身がこの「自助・共助・公助」論によってその下請け化・仕事の抱え込みを「正当化・正統化」してしまうからである。その批判こそが、2著作の要であったと言っても過言ではない*3

 

 

どこまでやるか、町内会 (ポプラ新書)

どこまでやるか、町内会 (ポプラ新書)

 

 

 この「自助・共助・公助」論が実際には「公助」、行政の責任を放棄する隠れ蓑になっているということは、今回の問題でもいろんな人が指摘している。ぼくも今あげた本の中で述べてきた。なので、その点はあまり繰り返さない。

 この記事では2つの点だけ書いておきたい。

 

その1:補完性原理のもともとの意味からズレている上に、前提がある

 第一に、この議論と一体になっている「補完性の原理」はもともとの意味からズレているし、そもそも前提があるということだ。

 「自助・共助・公助」はそれだけでは何も語っていない。自分のことは自分でするという領域、みんなで助け合うという領域、公が責任を持って助けるという領域の3つがある、というだけだからだ。分類がただ並んでいるだけ。「魚類・両生類・爬虫類・哺乳類・鳥類」と同じである。もちろんそんなアホなことを天下の日本国内閣総理大臣候補がいうわけがない。

 この言葉は「補完性の原理」といわれるものと一体になって初めて意味を持つ。

 日本ではたいてい次のように解説されている。

補完(補完性の原則)  個人でできることは個人が(自助)、それができないときは地域が(共助)、それでもできないときには行政が(公助)行うという、なるべく身近な所で問題解決を図ることをいいます。(日向市「協働のまちづくり指針」p.3)

 当の菅もだいたいこのように説明した。

 しかしもともとはこの考え方はヨーロッパ淵源のもので、個人、小さなコミュニティ、社会、国家などの自己決定の関係を言い表したものだった。

補完性の原理」の基礎にあるのは、政治権力は、社会やそれを構成する個人、家族、地域社会あるいはもっと大きなグループが、その必要性を満たすことができない部分に限って介入すべきだという考え方である。(第七次自治制度研究会報告書p.36)

 先ほどの日向市の説明と似ているけどもズレているのがわかるだろう。

 補完性原理は、もともとは「自己決定は自分とそれに近い身近な範囲で行うのが理想」という話なのである。

 菅の説明では「個人でできることは個人が(自助)、それができないときは地域が(共助)、それでもできないときには行政が(公助)行う」の部分で終わる。日向市はそこに「…という、なるべく身近な所で問題解決を図ることをいいます」をつけている。自己決定の原則であることをにじませているのであるが、しかし残る印象はほとんど菅と同じだ。「まず自分でやれ」ということだけが残る。「自助・共助・公助」論は何よりも自助論であり、自己責任論なのである。何れにしても、この日本流の説明はもともとの意味からズレている。

  もともとの補完性原理の意味、すなわち「自己決定は自分とそれに近い身近な範囲で行うのが理想」ということであれば、個人の尊厳を大事にする考えからすればむしろ納得のいく考え方だ。ぼく自身も政治参加は自己決定の問題だという思いが強いから、これはよくわかる。だからこそEUの統合や地方分権地方自治の問題としてこの補完性原理が問題となるのだ。

 しかし、これには前提がある。

 自己決定できるだけの十分な権限と資力が保障されているということだ

 小さな市町村では、お金も権限もない。それでは自己決定しようにもできないではないか。だからこそお金や権限をそのような小さな自治体に移すことが必要になる。

 社会保障や防災も同じである。

 歳をとって体が動かないのに自分の食い扶持を稼ぐことはできない。自分の蓄えだけでも生きていけない。そういう人が社会の大多数である。公的な支え(年金)が充実していて初めて自己決定ができるのだ。

 大雨で河川が氾濫する時、個人や町内会の努力でいくら土嚢を堤防に積み上げてみても、なんにもならない。個人に堤防のかさ上げや川底を掘る権限と財力を与えるならともかく、そんなことができるはずもない。まず公が責任を持って堤防を整備するしかないのだ。

 これを換骨奪胎して、先の日向市のような説明にしてしまえば、ただの行政のサボりの口実にしかならない。

 大地震や山崩れが起きた時、家が倒れ重い瓦礫や土砂の下敷きになっている人が多数出ている状況で、ユンボもない、捜索や撤去の人員もない、そんなカネも権限もない個人に向かって、「まず自分でなんとかしなさい」「どうしてもダメなら家族や近所の力を借りなさい」などという説教がどれほど無力で空疎か。もし政治家がそんな話をするのなら、その無責任さに震えるわ。

 

その2:「共助」概念に潜むあいまいさをしっかり仕分けろ!

 第二に、「自助・共助・公助」論で曲者なのはとりわけ「共助」であり、「共助」において公的責任をあいまいにさせ、後退させる、様々な仕掛けが潜んでいることが多く、それを厳しく見定めないと騙されてしまうということだ。

 共助は「助け合い」とか「支え合い」という言葉に変換される。「支え合う」のは住民同士だけだったり、行政がそこにいても住民と同じような一要素に後退してしまっていたりする。「住民同士の支え合いに丸投げはしません。行政もしっかり関与します」などと行政が大見得を切ることがあるのだが、その「関与」とは単に情報を提供するだけだったり、団体間をコーディネートするだけだったり、確かに手は引いていないけども、サービスの供給には責任を持ってはいないよね…みたいな話だったりする。

 特に行政はこの共助の分野について「協働」のような物言いをする。

 「行政と市民団体の関係は、市民団体が行政の下請けをするのではなく、対等平等のパートナーとして仕事をする。これぞ協働」とかいう具合だ。しかし、そこには概念上、「対等平等のパートナーだから、行政が責任を持っているわけではない」という問題が含まれていることがわかるだろう。「市民が自主的に行う」ということの裏返しとして「行政には責任がない」という命題がある。ここには概念上、混乱しやすくごまかされやすい問題があるということだ。 

 

 「共助」は相互扶助、共同、連帯、支え合い、助け合いなどの概念と重なり合っている。

 無政府主義者クロポトキンの名著は『相互扶助論』である。

d.hatena.ne.jp

 「国家というものに依存せずに共同の力で生きていく」という左翼がいることは事実であるし、NPOとかサークルとか市民団体とかは、まさしく自主的な市民の共同によって形作られている。そういう共同が市民社会の活力であることは疑いない。

 だから、左派の中にも町内会や地域自治の活動を盛んにやっていこうぜ! という議論と、行政が地域の福祉をそれに代替させてしまおうとする議論を混同してしまう人が出てくるのだ。

 かつて民主党政権が「新しい公共」の考えを示したが、そこには市民団体の自主性を活性化させてそれを政治に生かそうという側面もあったが、行政がサービスを安上がり・無責任なものに置き換えようとする新自由主義的な意思が働いていた。

市民やNPO…こうした人々の力を、私たちは「新しい公共」と呼び、この力を支援することによって、自立と共生を基本とする人間らしい社会を築き、地域の絆を再生するとともに、肥大化した「官」をスリムにすることにつなげていきたいと考えます。(鳩山内閣総理大臣施政方針演説2010年1月29日)

官だけでなく、市民、NPO、企業などが積極的に公共的な財・サービスの提供主体となり、教育や子育て、まちづくり、介護や福祉などの身近な分野において、共助の精神で活動する「新しい公共」を支援する。(2010年6月18日閣議決定「新成長戦略」)

 

 

 だからこそぼくは、先ほどのべた2つの本で、町内会活動におけるその問題を整理した。

 簡単に言えば、行政は住民に対して責任を負っており、町内会をはじめとする自主的な団体は住民には責任を負っていない、という明瞭な原則である。(行政の「委託」を受けて、つまり下請けとなって初めて町内会は行政の代理としてその仕事に責任を持つことになる。)

 町内会の活動はあくまでプラスアルファの仕事だ。

 

 しかし、共助の中に混乱が生まれやすい要素が潜んでおり、その整理が必要だという問題は、町内会の話だけで終わるものではない。さまざまな場面でそれが現れてくるから、それを一つひとつ整理して見抜いていかねばならない。

 

 応用問題として1つだけ、国民健康保険の問題を挙げておこう。

 

応用問題としての「国民健康保険は相互扶助か、社会保障か」

 国民健康保険国保)のような社会保険を「相互扶助」とみなすのか、「社会保障」とみなすのかは、せめぎあいのあるところで、政府の役人、保守政党や一部の自治体は国保のようなものでさえも「共助」の一環にしてしまおうとする。

 次のやり取りは衆議院厚生労働委員会(2005年3月16日)のものである(山口は共産党)。

山口富男委員 局長…あなたは、この国民健康保険について相互扶助だと言いましたけれども、国民健康保険法のどこに相互扶助と書いてありますか。

○水田政府参考人 条文上、相互扶助ということは書いてございませんけれども、制度の立て方として、まさに国民健康保険であるということから申し上げたところでございます。

○山口(富)委員 この法律は、第一条に目的を明確に定めているんです。…「この法律は、国民健康保険事業の健全な運営を確保し、もつて社会保障及び国民保健の向上に寄与することを目的とする。」社会保障なんですよ。もちろん、保険という形をとりますから保険料を納めていただきますけれども、それを国庫で、国が支えてきたわけでしょう。…そうじゃないんですか、大臣。

○尾辻国務大臣 …社会保障そのものがやはり保険で成り立たせておるところも多いわけでありますから、そういう部分において、やはりお互いの助け合いなんだというふうに思います。

 相互扶助=助け合いだということに政府や自民党がこだわっているのがわかる。それは自治体も同様だ。次に紹介するのは群馬県安中市広報である。

国民健康保険助け合いの制度です

というどデカいタイトル。そしてQ&Aでも

国民健康保険は加入者全員の相互扶助制度です。

とくる。

——助け「合い」なのだから、全ての人が助けるためのコストを支払う必要がある。そのコストを払わない人は助けない。保険料滞納はそのままサービスを打ち切られる理由に早変わりする。だって助け「合い」なんだもん。

——生活保護は違う。受給者がコストを支払わなくても助けてくれるから。

…という理屈である。

 実際には、社会保障社会保険であっても公的扶助であっても、国家(行政・公)が責任を持つ制度であり*4国民健康保険は明確に社会保障制度だ。共助ではない。上記の安中市の説明は間違いである。

 

 もう一度、別の、国会での参考人質疑や質問を見てみよう。(高橋・小池は共産党、芝田は立教大教授)

高橋千鶴子委員 …そもそも国保とは何かということがやはり大事だと思うんですね。…例に挙げられましたさいたま市の例もあるんですけれども、そもそも相互扶助という言葉が、ここ最近、政府ですとかさまざまに使われてきたわけですね。資格証を出して保険証の取り上げをするということも、まさに相互扶助だから仕方ないのだ、そういうことで使われてきたのではなかったかと思うんです。やはり、国保は保険ではあるけれども、同時に、憲法二十五条に基づく社会保障制度でもあったはずではなかったか、こうしたことを先生も指摘していらっしゃるのかなと思うんですが、ぜひ御見解を伺いたいと思います。

○芝田英昭参考人 そもそも国民健康保険社会保障ということで私の意見陳述の最後の資料のところに書いてございます…。
 社会保険というのは、まず国民等が保険料を支払ってお金をプールし、そして、社会保険におけるさまざまな問題が起こった場合、給付をするという制度なんですけれども、ただ、その説明だけですと私的な保険と何も変わりません。
 社会保険というのは何なのかといいますと、社会的扶養部分である国の公的な、財政的な負担と、あるいは事業主負担、そういうものを社会的扶助部分というふうに呼んでおりますけれども、ここがあるがゆえに社会保障の中の社会保険だということが言えるんですね。そうなれば、単に相互扶助で、私的な保険のように、保険料を払ったからいわゆる給付が見返りとしてあるんだということではないというふうに考えられます。
 つまり、私保険の場合は、私的な商取引になりますので、保険料という商取引にかかわる代金を払わなければ当然給付はないのは当たり前の話ですけれども、社会保障における社会保険というのは、払えない場合であれば払わなくてもいいというのが一般的な概念だと思います。これは生存権というものを具現化しているんですから、お金があるないにかかわらず、医療を受けたりあるいは社会福祉制度を受けるというのは当然の国民の権利であるというふうに考えられております。
 そういう意味では、一九五八年以来、国民健康保険においては、その目的の中で社会保障制度として位置づけているにもかかわらず、各市町村のパンフレットがいまだに相互扶助あるいは助け合い制度だということをうたって、国民に対して、保険料を払わない、払えない人たちを差別する制度を維持しているというのは大変問題だというふうに思っております。

(2010年4月13日衆議院厚生労働委員会

 

小池晃 … 国民健康保険制度になぜ国庫負担が導入されているのか。これ、一九三八年の戦前の国保法の第一条では相扶共済の精神と書いてあるんですね。それが、一九五八年の全面改正で社会保障及び国民保健の向上に寄与するとされているわけです。
 つまり、この制度というのは、単なる相互扶助ではなくて社会保障であり、そのために国が財政責任を果たすという趣旨だと私は考えるんですが、大臣の基本的な認識はどうでしょうか。

国務大臣塩崎恭久君) 国民健康保険は、他の医療保険制度に加入しない方を受け入れておりまして、国民皆保険を支える基盤として重要な役割を果たしているわけでございます。
 こうした国民健康保険の役割を踏まえ、国保の安定的な運営に関して、市町村の責任のみに委ねるということではなくて、国としての責務を果たすため、一定の国庫負担を制度化をしているわけでございます。…

参議院厚生労働委員会2015年5月19日)

  つまり、国が税金を投じて責任をもって支えており、ただの相互扶助ではない、すなわち社会保障であるとしているのである。*5

  ただし、社会保険方式には、みんなで保険料を納めるという仕組みが入っていてそれは「共助的側面」なのである。2012年版の『厚生労働白書』は「社会保険」を次のように解説する。

 社会保険制度は、保険料を支払った人々が、給付を受けられるという自立・自助の精神を生かしつつ、強制加入の下で所得水準を勘案して負担しやすい保険料水準を工夫することで、社会連帯や共助の側面を併せ持っている仕組みである。
 社会保険の導入は、保険によるリスクの分散という考えに立つことで、社会保障の対象を一定の困窮者から、国民一般に拡大することを可能としたものといえる。
 このように、自立・自助という近現代の社会の基本原則の精神を生かしながら、社会連帯の理念を基盤にしてともに支え合う仕組みが社会保険であり、自立と連帯という理念に、より即した仕組みであるといえる。

 「自助」や「共助」も入っているけど、これは公が責任を持つ制度、すなわち社会保障であり公助なのである。多面的な性格を持っているのが社会保険なのだが、主要な面はどれであるかをきちんと見極めなくてはならない。安中市のパンフレットは、この「側面」をあたかも主要な面のように強調することで住民に誤解を与えている。

 

余談:「支え合う社会」というスローガン

 左翼ではないがリベラル派である立憲民主党党首・枝野幸男の政権構想スローガンは「支え合う社会へ」である。

cdp-japan.jp

 正真正銘の左翼・日本共産党の党首である志位和夫言っている

これらの七つの提案を貫く考え方は、経済効率のみを最優先する政治から、人間のケア、雇用、教育、食料、エネルギー、文化・芸術など、人間が生きていくために必要不可欠のものを最優先する政治に切り替えようということであります。人々の間に分断をもちこむ自己責任の押しつけでなく、人々が支え合う社会、連帯を大切にする社会をつくろうということであります。

 

 これは「自助・共助・公助」の文脈で見ると「共助」を唱えているかのように見えてしまう。だがこれは「自己責任」や「分断」、すなわち「孤立した個人」との対比で社会的連帯を呼びかけるスローガンである。共助論ではない。

 

参考

kamiyakenkyujo.hatenablog.com

kamiyakenkyujo.hatenablog.com

*1:例えば「企業活動を政治が応援してこそそのおこぼれが経済全体に回る(だから労働者への配分は政治が面倒を見なくてもよい)」というのは支配的なイデオロギーの一種としてある。

*2:イデオロギーは特定の階級の利害を本当は代弁しているが、それをむき出しにせず、「価値中立」を装っていることが多い。そしてその出自がわからないようになっている。つまり、特定の階級の利害のための考え方のはずなのだが、それを主張している当人にはその自覚は必ずしもなく、あたかも中立で公平な議論をしているかのように本気で考えている。

*3:ぼくの本を「町内会・PTAポルノ」(町内会などの閉塞性を指摘してスカッとする類の本)だと思っている人がいる。まあそういう面がないとは言わないが、違います。どうでもいいけど。

*4:例えば1993年の社会保障制度審議会社会保障将来像委員会第 1 次報告」「国民の生活の安定が損なわれた場合に、国民にすこやかで安心できる生活を保障することを目的として、公的責任で生活を支える給付を行うもの」と規定しているし、1950年の社会保障制度審議会による「社会保障制度に関する勧告」でも「社会保障制度とは、疾病、負傷、分娩、廃疾、死亡、老齢、失業多子その他困窮の原因に対し、保険的方法又は直接公の負担において経済保障の途を講じ、生活困窮に陥った者に対しては、国家扶助によって最低限度の生活を保障するとともに、公衆衛生及び社会福祉の向上を図り、もってすべての国民が文化的社会の成員たるに値する生活を営むことができるようにすることをいうのである。…このような生活保障の責任は国家にある。」と明確にしている。

*5:そもそも国保法第1条には「この法律は、国民健康保険事業の健全な運営を確保し、もつて社会保障及び国民保健の向上に寄与することを目的とする」と書かれている。

「安倍政治」は終わったのか・続くのか

 安倍首相が病気を理由に辞意を表明して、安倍政権は退陣することになった。

 いくつかの安倍政権論、安倍首相論が出ているけども、肝心なことは、安倍政権がやっていた政治、すなわち「安倍政治」は終わったのか・続くのか、まだ全然判断できないということだ。何か安倍首相の辞任とともにそれらの政治が自動的に終了し、区切られてしまうわけではない。

 自民党内での後継選びが盛んだけど、ぼくが知りたいことは、名前が挙がっている各候補が「安倍政治」の何を受け継いで、何をどう変えるのか、っていうこと。それは、野党に政権が代わるとしても同じである。

 

 ぼくはサヨクであるから、サヨクとしてこういう政策をやってほしいというテーマ(例えば消費税の減税とか、PCR検査の拡大とか)はいくつかある。それは右派や保守派からすれば認められないものも多かろう。

  しかし、個々の政策のことを、ここで言いたいわけではない。

 サヨであろうがリベラルであろうが、右であろうが保守であろうが、考えなければならないのは、やっぱり「安倍政治」が壊してしまった民主政治の基礎、それをきちんと作り直すことである。それは党派を超えて、誰が政権につこうとも必ずやってほしい。サヨクが政権についたとしても、それが単に「現政権を追及する道具」であったというだけで終わらせずに、まじめに作り直してほしいのである。

 それが「安倍政治」が終わったのか、それとも続いていくのか、という一番大事なメルクマールである。

 

 「民主政治の基礎」?

 森友・加計問題やその近辺で、追及をかわすために使った安倍政権の手法は、どんな国会答弁も発言も、権力拘束としての意味を無にしてしまう異常な論法だった。ぼくは当時それを「足元が崩壊する感覚」と表現した。

 

kamiyakenkyujo.hatenablog.com

 

 「桜を見る会」問題に至っては、「ご飯論法」などというレベルを通り越して、あからさまな税金での買収が行われ、言い逃れができないほどに証拠が積み上がったにも関わらず、ほとんど白を黒と言いくるめるような答弁がまかり通ることになった。

 

 そして、それだけではない。

 森友・加計学園に見られる公文書改ざんというやはり民主政治の基礎をなす問題が、ほとんど解明されていない。

www.jcp.or.jp

 

 うーん、いや、もっと市民感覚で言ってみる。

 政治家は決してわかりやすい、明示的な文書を出して改ざんさせるのではない。それっぽい政治家の仕草やサインを受けて、官僚が「忖度」をして「自発的」に改ざんするという仕組みがどのようにして起きたのか。そして現に今も起きている・起きる可能性があるのかを究明しなければならない。

 ひょっとしたらそれは「台湾沖航空戦」での戦果報告のように、まことに曖昧な経路で積み上がっていくのかもしれない。それとももっと政治家による明示的なプロセスがあったのかもしれない。

 

 他にもたくさんの「政権の私物化」問題として挙げられている腐敗はあるのだが、ここに挙げた、

については、新しい内閣がどのような形でできるにしても、調査機関を立ち上げて、真相を究明する必要がある。

 ところが、これらの問題に対して「公文書をきちんと管理するルールを作れ」的な主張がある。*1裏返せば「追及をするな。制度をまともにすればそれでよし」ということなのだ。

 違う。

 何が問題でそうなったのかが明らかになっていないのに、ルールや制度だけをいじったって大して効力はあるまい。*2どこに穴があるかわからないのに、「穴を塞ぎました」などとは言えないではないか。今この瞬間も政治家が私物化をはかろうとし、官僚は同じようにそれを擁護するために文書を改ざんしたり、めちゃくちゃな答弁をやったりするかもしれないのだ。

 「過去の不正」を暴こうという話ではないのである。

 今この瞬間に飛行機の部品がイカれているかもしれないのに飛行機を飛ばすんですか? という現在進行形の切実な課題なのである。

 それぞれのスキャンダラスな事件がワイドショーネタとしてのブームが過ぎ去ってしまえば、上記の話は「民主政治の基盤」というなんとも地味なテーマになってしまう。だから世論としてはなかなか沸き起こりにくいかもしれない。しかし、やらなければいけない。

 それがなされないうちは(たとえ野党に政権が代わったとしても)、「安倍政治」のもっとも変えなければならない部分は続いていることになる。

 

 具体的には、次の4つのルートだ。

  • 裁判。だが、これは政権の及ぶところではない。
  • 国会での追及。与野党が合意して特別委員会を作るべきである。しかしこれも政権がどうこうできるものではない。
  • 国政調査権を持つ国会の調査委員会の設置。原発事故で作った国会事故調のようなやつ。これも政権が(以下同文)。
  • 政権としての第三者委員会の設置。これが政権が取りうる措置としては一番重要である。

 

 つまり、新政権は第三者機関を設置できるのかどうか、それが基準となる。

 先ほども述べたとおり、これは実際にはとても地味なテーマである。

 しかし、新しい自民党総裁候補、そして対案をだす野党、報道するメディアはそこがどうなっているのかをくれぐれも追いかけてほしい。繰り返すが、これは党派を超えた問題なのである。

 

参考

 上記について似たことをすでに白井聡が書いていたが、ぼくの観点は上記の通りで、少し違っている。

webronza.asahi.com

 

 

 

*1:一例をあげれば、2019年12月23日付日経社説。

https://www.nikkei.com/article/DGXMZO53702310T21C19A2SHF000/ 

*2:現時点で法律を作ったり改正したりするのは、全く意味がないわけではない。ないよりはマシであるというのはその通りかもしれない。

渡辺ペコ『1122』を議論して夫婦で対立した日

 リモート読書会は渡辺ペコ『1122』だった。(以下、一部ネタバレがあります)

 

kamiyakenkyujo.hatenablog.com

 

kamiyakenkyujo.hatenablog.com

 つれあいも参加している少人数での読書会なので、そこでこの「公認不倫」マンガを取り上げるというのはまことにホラー。ぼくにとって今夏最大の「お化け屋敷」だった。

 こういうマンガであるから、ぼくを含めて参加者のプライベートな性の話やセックス観が飛び出したので、今回はあまりくわしく紹介はできない。

 自分として提示した論点とその対決点などをいくつか紹介するだけにとどめる。

 

 一つは、ぼくとつれあいの対決。

 ぼくは次のように主張。

  • 「この作品の結論は、結局夫婦というのは、『いっしょにいたい』と思う気持ちさえあれば、つまりそれを形成して維持したいという意思があれば、それ以外には不要であるというものだ」——とぼくは考えた。セックスがあるかないか、子どもがいるか、法律の形式があるか、などはどうでもいいことであって、本作の冒頭に掲げられた「婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない」という日本国憲法第24条が結論でもあった。
  • 「公認不倫」やセックスワーク(「風俗」)の利用はセックスレスを契機とした夫婦の危機における本質的な解決ではない、というのが本作の主張のように読めるが、逆に言えば、必要な範囲であり、リスク*1を承知するなら、利用すればいいとも読める。
  • そこで「公認不倫」部分を拡大解釈して、セックスレスの解消策として、夫婦の合意を前提とした「公認不倫」や「公正なセックスワーク」の利用はありうるのではないかと主張した。片方がセックスをしたくないと宣言し、それでも家族を維持するというなら、セックスだけを「外注」するというのはあり得るのではないか。

 しかし、つれあいは真っ向から反論。愛情がなければ離婚すべきだし、愛情のないセックスというのは考えられない、と述べた。

 ぼくからの反論は、妻からみて夫が弟や兄のような存在になってしまい、セックスする気もないし、夫に恋人ができてもそれは「弟や兄にできた恋人」に近い感覚になる、というのはよく聞く話ではないか、として、家族としての愛情と、性欲・恋愛としての愛情を切り分けることはありうるのでは、というものだった。

 他の参加者からは、「恋愛感情がカラッカラなのに、それでも家族を維持したい」というのは経済単位としての家族を解体できない日本的な感情ではないのか、という指摘があった。

 

 もう一つは、作品そのものについて。

 

1122(6) (モーニングコミックス)

1122(6) (モーニングコミックス)

 

 

 ぼくと、別の参加者は、この作品を非常に興味深く読んだ。いわば非常に高い評価であった。「登場人物のどれにもそれぞれなりの言い分があって感情移入した」という感想があった。

 また別の参加者は、初めは浮ついた感じだったが、「公認不倫」が破綻するシーンからシリアスになっていき、母の死を契機としたいちこの変化などはそれなりに納得できるものだったとされた。

 つれあいの評価は最悪だった。1巻で夫(おとやん)が不倫をしているという設定が出た段階でもうダメだったようだ。倫理的な苦痛をもって読み終えたと述べた。

 フェミニン男性・おとやんが、美月とのデートで美月の息子・ひろに肩車したり、シールブックをあげたり、弁当を作ってきたりする「やさしさごかし」は、「そんなことをするから、美月が新しい家庭への展望を抱いてしまうのではないか。不用意にもほどがある罪作りだ」と女性陣から総じて厳しく批判された。

 

 ただつれあいは、「この作品は嫌いではあるが、大変論争的であり、読書会の教材としては悪くなかった」という評価を(読書会終了後に)付け加えた。「討議資料として良い」というぼくの主張を裏付けたかっこう。

 それにしても、ぼくとしては、つれあいがこんなに「愛情のないセックス」に厳しいのか、とちょっと打ちのめされた気分である。まあそういうことがわかった読書会になった。

 次回はシーナ・アイエンガー『選択の科学』を取り上げる。

 

 

*1:本作で言えば、不倫相手が新しい家庭の展望を描き出してしまい、「不倫」で終わらなくなってしまうこと。

文学は国語にとってどう役立つのか

 議論になっているこれだが。

ozean-schloss.hatenadiary.org

 

 本論の前に一つ。

 そもそもこのブログが批判している元記事「『本が読めない人』を育てる日本、2022年度から始まる衝撃の国語教育」は一体誰が書いた記事なのか?

diamond.jp

 

 署名が「榎本博明」なので、常識的に考えて「榎本博明」が書いたものであろうが、リード文ではなく本文で「榎本氏も」とか「榎本氏は」になっている。

f:id:kamiyakenkyujo:20200818101624p:plain

 文章の終わりに行ってもなお「榎本氏は」という叙述になっており(2020年8月18日現在)、特に署名もない。インタビューなのかと思いきやそういうわけでもない。

 記事末にある訂正は榎本ではなく編集部名義になっている。

 一番考えられそうなのは、「榎本氏の著書の紹介記事として編集部が書きはじめたが、編集部の文責を示す署名を忘れた」というものであろう。だからそもそもこれを榎本執筆の記事として扱っていいのかどうかがよくわからない。

 これはひょっとして高度な「実用文」練習問題なのであろうか。

 とりあえず、以下はこの記事を榎本が書いたものだという前提で進める。

 

 

 ぼくも榎本の「ダイアモンド」の記事と、『教育現場は困っている』(平凡社新書)は読んだ。

教育現場は困ってる (平凡社新書0943)

教育現場は困ってる (平凡社新書0943)

 

  榎本の論旨は、「論理国語」と「文学国語」を対立させ(二律背反という意味ではない)、それぞれを「実用的文章」と「教養的文章」というほどの意味に捉え、受験をテコにして、前者が後者を駆逐していくのではないかという危惧の表明であろう。

 

 だから、冒頭に紹介したブログ「ozean-schlossの綴方(仮称)」は榎本に対して「高校で『実用文』の読解は“不要”か」「新課程科目『論理国語』の中身は『実用文』だけか」「新課程で『論理国語』と『文学国語』の両立は本当に不可能か」など4つの批判的論点を提示しているけども、榎本もそれらには「そうですね、実用文が全く不要ってわけじゃないですね」程度には言うであろうから、4つの論点そのものにいちいち逐条で考えることは、あまり意味がないと思っている。

 

 ozean-schlosの批判点の中からあえて取り上げるとすれば、

カリキュラムの組方次第で「文学国語」(すなわち、文学に充当できる授業時間)は確保できるのだが、仮にそれができなかったとして、榎本氏が何を問題としているかが見えてこないのである。

という点であろうか。

 言い方を変えれば、文学にはどんな教育効果があるのか、ということなのだ。そのことを考えること・答えることで、文学を国語から追放・冷や飯喰らいにしていいかどうかが決まるだろう。

 よく「算数の文章題を解くにも読解力が必要になる。国語は全てのベースなのだ」というようなことが言われるが、「読解力」ということであれば「論理国語」でもいいような気がする。

 実は、「ダイアモンド」の榎本の記事の方ではよくわからない。

 榎本の新書『教育現場は困ってる』では、

読解力を養うには、本を読む習慣を身につけるのが一番である。そのきっかけとなるのが国語の授業だった。(榎本p.139)

とされている。要は、本をたくさん読む導入として国語の授業があるのであって、本さえよく読んでおけば読解力なんてどうにでもなる、ということなのだろうか。

 もう少し読み進める。

 すると次のようにも指摘されている。

教員の解説を聞きながら、教科書の文章をじっと眺め、ああだこうだと想像を巡らし、文章の理解を深めていく。姿勢が悪いまま想像の世界に没頭しすぎて、椅子ごと後ろに倒れることもあった。そんな国語の時間が、私は大好きだった。(榎本p.141、強調は引用者、以下同じ)

自分の意見を発表するような授業が横行し、授業中に文章をじっくり読むことがないため、知識や教養の蓄積がない。そのような教育が行われているのだから、読解力が高まるはずがない。(榎本p.142)

静かに文章に没頭し、想像力を飛翔させ、思考を深めるような、孤独な時間を自ら持とうとする人間になれるように、読解のための基礎を習得させる授業であってほしいものだ。(榎本p.143)

 

 榎本は、深い読解力には「知識や教養の蓄積」が必要だ考えているようである。

 それはおそらく本をたくさん読むこと(知識の蓄積)と、それらを結びつけるように、じっくりと想像力をめぐらし・飛翔させ・没頭する深め方(教養の蓄積)と両方が必要なのであろう。いや、これはあくまでぼくの推察だが。

 

 「想像力を巡ら」せることが、文学作品ではできる

 それは国語教育にとって、どんな意味があるというのか。

 外山滋比古は『思考の整理学』で、既知のことを再認するのを「A読み」、未知のことを理解するのを「B読み」と定義する。

 

思考の整理学 (ちくま文庫)

思考の整理学 (ちくま文庫)

 

 

 例えば、よく知っている土地について書かれた文章を読むのは「A読み」である。自分の生まれた愛知県N市のことが書かれた文章は「A読み」できる。しかし、フランスにあるスペインとの国境地帯にある山岳の村について書かれた文章を読むことはおそらく「B読み」であろう。

 「フランスにあるスペインとの国境地帯にある山岳の村について書かれた文章」に懇切丁寧な解説がついているかと言えばそうでもない。それ全体は「未知」のものである。

 言葉(単語)・状況説明・筆者の意見などについて、そこには想像または空想または解釈をする余地が生じる。

 

A読みをしていたのが、突如としてB読みのできるようになるわけがない。移行の橋わたしがなくてはならない。それに役立つのが文学作品である。国語教育において、文学作品の読解が不可欠な理由がそこにある。(外山滋比古『思考の整理学 』Kindle版p.201) 

 

物語、小説などは、一見して、読者に親しみやすい姿をしている。いかにもA読みでわかるような気がする。あまり難解であるという感じも与えない。それでは創作がA読みだけですべてがわかるか、というとそうではない。作者の考えているのは、読者の知らないものであることがうすうす察知される。このとき、読者は既知に助けられ、想像力によって、既知の延長線上に新しい世界をおぼろげにとらえる。こういうわけで、同じ表現が、Aで読まれるとともに、Bでも読まれることが可能になる。創作が独得のふくみを感じさせるのは、この二重読みと無関係ではあるまい。(外山前掲書)

 

文学作品が、Aの読みからBの読みへ移るのに欠かすことができないのは、前述のとおりであるけれども、読みは創作の理解が終点であっては困る。本当にBの読みができるようにするのが最終目標でなくてはならない。それには、文学作品を情緒的にわかったとして満足しているのではなく、〝解釈〟によって、どこまで既知の延長線上の未知がわかるものか。そのさきに、想像力と直観の飛翔によってのみとらえられる発見の意味があるのか。こういうことがしっかり考えられていなくてはならない。(外山p.202)

 

 既知のものから未知のものへの移行の橋渡しに、人間の思考には想像力の力が必要だとして、「一見して」既知のものばかりのように見える文学作品は、実は未知のものが入っており、それが解釈や想像によってつかみ出されてくる。

 これは文字面の読解ではない。「読みは創作の理解が終点であっては困る」というのはそういう意味だろう。想像して解釈するしかないようなもう一つの面を探すのである。

 それが「既知から未知」を理解する力になる、と外山は言うのだ。

 これは、榎本の言う想像力を巡らすことに重なっている。

 

 「データ」や「エビデンス」や「ロジック」は大事だが、それだけが幅を利かせ、国語が形式論理だけの読解に限られると、このような想像力が貧困になっていく。飛躍という弁証法の否定といってもいい。

 

 

「社会を明るくする運動」の宿題作文のこと

 中1の娘の短い夏休みの宿題の一つが「社会を明るくする運動」作文である。学校が配布した課題一覧表には「1年生は全員取り組むこと。2・3年生は自由」とされている。選択課題でなく必須なのである。

 「社会を明るくする運動」の概要がプリントに書いてある。

日常の家庭生活や学校生活の中で体験したことをもとに、犯罪・非行のない地域社会づくりや犯罪・非行をした人の立ち直りについて考えたことなど。

募集 【作文】400字詰め原稿用紙3〜5枚

 「社会を明るくする運動」は、もともとは非行少年の更生にフォーカスをあてて、その社会への受け入れを官民あげて取り組んでいこうとするもの*1で、治安対策の一環としての官製国民運動という側面が強い。

www.moj.go.jp

 

 

 娘に聞く。

「この『社会を明るくする運動』について授業で聞いた記憶がある?」

「ない」

 うーん、そうか。でも娘はコロナ明けに不安定になり、1学期は休み・遅刻しがちだった。ひょっとしたら休んでいるときに授業などで取り上げたかもしれない。また、ぼーっとしているので、聞いてなかったかもしれない。

「この一覧表以外に何か『社会を明るくする運動』について先生からもらったプリントはある?」

「あるよ」

といって、去年「優秀賞」を獲得した新潟・大阪の中学生の作文をぼくに渡した。

 新潟の中学生は「辛いときに『助けて!』と言う勇気」、大阪の中学生は「私のなりたいヒーロー」という題で書いている。前者は虐待の世代連鎖を考えつつ、自分の気持ちを率直に伝えることで加害や被害を食い止める力になるのではないのか、という結論を得ている。後者は妹がヒーローアニメについて語った違和感を入口に善悪二元の考えを批判、「悪人」を絶対固定しない態度が社会に平和をもたらすのではないかという意見を述べている。

 

 世間では中学生に「社会を明るくする運動」を(作文以外で)どのように教えているか。

 よくあるのは、「社会にあたたかく受け入れる」→「社会の絆やつながりを大事にする」→「まずは地域であいさつを」とイメージを広げ、中学生が街頭や校門に立って行う「あいさつ運動」に変換していくものである。

 

 娘は、「社会を明るくする運動」についてほとんど何も知らない。そんな状態で義務とされた宿題作文として書く意味はあるのだろうか。

 

藤井誠二『「悪いこと」したら、どうなるの?』を使ってもらう

 藤井誠二『「悪いこと」したら、どうなるの?』(理論社)の冒頭には、武富健治の30ページほどのマンガが載っている。

 

 

 リンチによって人を殺してしまった「少年」事件の加害者・被害者遺族の苦しみが簡潔に、しかし網羅的に描かれている。そのマンガの後に藤井の本編が展開されているのだが、このマンガは藤井が書いたことの多くの要素が顔を出している。

 重大な犯罪を行った者が社会に戻る上で、いくつも考えなければならないことがある。武富のマンガでその要素をあげてみれば、

  • 加害の少年は本当に立ち直れるのか。
  • 加害の少年は本当に反省しているのか。真に反省していなければ受け入れるべきではないのか。
  • 被害者やその遺族は許しているのか。許さないなら受け入れるべきではないのか。また許す必要はあるのか。
  • 被害者や遺族の家庭が犯罪によってめちゃくちゃになったままなのに、加害少年の社会復帰は許されるのか。
  • 加害少年を取り巻いている貧困や家庭の破綻をどうすればいいのか。

などである。

 『「悪いこと」をしたら、どうなるの?』は読者に特に結論を押し付けるものではない。読んだ子どもに考えてもらう意図で書かれていて、結論は開かれている。読んだ子どもがどのように結論を持ってもよいものである。

 ただし、「社会を明るくする運動」は加害者であった人間の更生・社会の受容に焦点を当てた運動であるから、犯罪被害者や遺族の取材を重ね、その視点を新たに訴えようとしている藤井の視点はどうしても被害者の気持ち・生活をより強調しているものになっており、「社会を明るくする運動」とはベクトルが逆になっている。

 しかし、だからこそ考える価値があるし、考える意味がそこにある

 娘に武富のマンガだけ読んでもらった。

 「あ、これ読んだことがある」と言った。ぼくの本棚で勝手に読んでいたようだ。「社会を明るくする運動」についてその意味を説明すると「ああ、そういうことだったんだあ。(「社会を明るくする」って)なんだかよくわかんなかった」と合点がいった様子だった。

 娘は2〜3回武富のマンガを読み返した後、それを閉じてネットで遊び始めた。

 娘がこれを使って作文を書くのか、または、この本を使おうが使うまいが作文そのものを書くのか、よくわからない。

 

*1:現在では「少年」だけではないし「更生」だけではない。あくまで出発点である。

坂田聡『苗字と名前の歴史』

 2006年に出ていた本であるが、最近福岡市の博物館の1階にある小さな書店に立ち寄った際に立ち読みし、面白そうなので購入した。

 

苗字と名前の歴史 (歴史文化ライブラリー)

苗字と名前の歴史 (歴史文化ライブラリー)

  • 作者:坂田 聡
  • 発売日: 2006/03/01
  • メディア: 単行本
 

 

 ぼくの問題意識は「氏と苗字はどう違うのか」というものだった。さらに言えば「『夫婦別姓』などというように『姓』はほぼ苗字の意味で使われているが、氏と苗字と姓はどう違うのか」ということだ。

 自分の家系を調べていると藤原氏の系譜ではないかと考えられたのだが、途中で「宇都宮」を名乗っている。黒田如水に暗殺された宇都宮鎮房と同じ流れになるあの「宇都宮」である。それがやがて「カミヤ」になるのだ。

 なので、漠然と「藤原氏なら藤原氏という氏族が広がりすぎて、それを地名や通り名などで家ごとに分けていったのが苗字ではないのか」くらいに思っていた。

 

 結論から言えば、「氏は天皇から与えられた血縁グループの名前であり、苗字は中世に家産の管理単位である家が成立し、その家の名前として自分たちで私的に名乗り始めたもの。氏と姓は古代の段階で同じ意味になった」というのが本書を読んでのぼくの理解である。

 

氏と姓の同義化

 「氏姓制度」がよくわからない。高校教員(その後大学教授)だった坂田も「日本史を学ぶ生徒の多くが、なかなか理解できない制度の代表格」(p.22)と述べている。『日本史大事典』などを引いて坂田がまとめたのは、氏(ウジ)はだいたい上記の通りだが、臣・連・造などの姓(カバネ)は「その氏が国政上に占める地位を示した」という。

 つまり姓(カバネ)はぼくの理解では地位の重さを表しているのだが、同時にそれが役職(職務分掌)的な色彩も持っているというものだ。姓(カバネ)にはいろんなニュアンスが入り込んでいるので、とりあえず「国政上の地位の重さ」、階級のようなものとおさえておけばいい。

 名前の歴史を調べる上で大事なことは、この氏(ウジ)に与えられた姓(カバネ)は、律令体制の確立にともなって、つまり大陸の影響を受けた官僚機構の成立によってほとんど形骸化してしまい、平安時代になった9世紀にはその形骸化が決定的なものとなり、古代の段階ですでに氏と姓は同じものとなったのである。姓を「カバネ」と呼ばず「セイ」と呼ぶようにもなった。

 氏と姓の同義化、つまり氏=姓となった。

 天皇から与えられた血縁グループの名前として「氏」「氏名(ウジナ)」といい、「姓(セイ)」というようになったのである。

 

家の名としての苗字

 坂田によれば、苗字が生まれるのは、南北朝の内乱期であるという。

 それまでの分割相続から、単独相続となる。

単独相続を前提とした家産が成立とすると、父から長男へと先祖代々家産を継承する、永続性を持った家が出現することになる。……世代を超えて永続する家は、それを構成する個々人から独立した組織体であり、そのような組織体を識別するためには、組織体独自の名が必要となってくる。ここに、家という組織体そのものを指し示す呼称として、苗字が成立したのである。(本書p.34)

 これは武士の話ではないか? 庶民、農民はどうだったのか、という疑問も起きると思う。

 坂田は

遅くも一五世紀中には小農民が自立を遂げ、一六世紀の戦国時代あたりに彼らのレベルでも家が形成されて、〔今日の私たちが自国の「伝統」だと考えるような社会システム・生活文化・習俗などを含んだ〕「伝統社会」が成立した(p.175)

としている。

 坂田は社会学者の鳥越皓之による、3点の、家の特色を紹介している。

  1.  家産を持ち、それにもとづく家業の経営体である。
  2.  先祖を祀る。
  3.  家の直系での永続と繁栄を祈る。

 1.は農家が典型的だ。2.と3.は一体のものだ。家産を受け継いでいくことを軸にして生まれるイデオロギーであろう。

 既視感あり。これは見たことがある。

 まさにぼくの実家の亡くなった祖父母であり、それを受け継いでいるぼくの父母だ。

 彼らは律儀に法要を行い、仏壇を前に毎日「おつとめ」をし、3日に一度は墓参りをして墓の花を取り替える。彼らにとって仏教は生死についての精神コントロールをするブッダの教えではなく、先祖供養という土着宗教なのである。家産を守り受け継ぎ、先祖を祀ることで家を継承する。その家の継承を自分の生きる意味とし、死はその家の先祖たちの列に加わることである。子孫に受け継がれ、仏壇や墓が管理され、代々供養されていくことに大きな意味があるのだ。

 そこに生きる意味を見出さないマルクス主義者のぼくは、生きる意味を別のところに見出している。

kamiyakenkyujo.hatenablog.com

 

氏(姓)と苗字の違い

 といっても、氏(姓)と苗字の違いがよくわからないかもしれない。

 前提としていっておくが、現代ではこれらはほぼ全て同じものとして扱われているし、近世(江戸時代)にはこうした「同じもの扱い」がすでに行われている。だから「よくわからない」のは仕方がないのである。

 坂田は氏と苗字の違いを3点にわたって説明している。

 その説明は本を読んでもらうとして、その説明をもとに、いかにも日常の会話で出そうなQ&Aにしてみる。

 

Q「苗字と姓って違うの?」

A「今は同じ意味だね。もともとは別のものです」

Q「別だったの?」

A「古代に天皇から、その血族グループに与えられた名前を『氏』って言ったんだよね。藤原氏とか大伴氏とかあるじゃん。苗字は中世になって、家ごとに長男が土地を受け継ぐようになって自分たちで名乗り始めたものなんだよね」

Q「さよなら」

 

 おいおい、行っちゃったよ!

 しょうがねえじゃん。難しいこと聞いてんだから。

 気をとりなおして。

 

Q「苗字と姓って違うの?」

A「今は同じ意味だね。もともとは別のものです」

Q「別だったの?」

A「姓は古代、古墳の時代とかにできて、苗字は中世、鎌倉幕府がなくなったころくらいにできたんだ。藤原道長だと『ふじわらのみちなが』って『の』が入るよね。これが姓。だけど、足利尊氏だと『あしかがたかうじ』であって『あしかがのたかうじ』とは言わないよね。これが苗字なんだよ」

Q「ホントだ。『おだののぶなが』とは言わないよね。じゃあ『の』が入るのが姓で、入らないのが苗字ってことか。わかった」

 

 違う。いや違わないんだけど、それは表面的な理解であって、そういうことを言ってんじゃねーんだよ。ちなみにこの「の」による判別方法は岡野友彦の見解として本書p.39-41に紹介されている。豊臣秀吉の場合、「木下」「羽柴」は苗字だが、「豊臣」は天皇から賜った姓(氏)であるから本当は「とよとみのひでよし」が正しい……ってそんなトゥリビャルな部分じゃなくて。

 もう一回行くぞ。

 

Q「苗字と姓って違うの?」

A「今は同じ意味だね。もともとは別のものです」

Q「別だったの?」

A「姓は大昔に天皇からもらった、血のつながりのある一族、血族のチーム名なんだよ。血のつながった子孫なんていうのは、後になるほど、どんどん広がっていくから、中央でも地方でも、例えば『藤原』って名乗る人はいっぱいいたんだよね。もう遠い遠い関係になってもそれでも『チーム藤原』の一員だっていうことになるわけだ」

Q「へー。じゃあ苗字は?」

A「家ごとのもので、家の名前なんだ」

Q「うん? 血族って血のつながりでしょ? 血族と家って同じじゃないの?」

A「血族っていうのは遠く遠くをたどっていって血のつながりがあることになっていれば全部そのチームに入るんだ。だけど家っていうのは、ここでは家の財産、例えば田んぼとか畑のようなひとまとまりの土地だよね、その土地という財産をもって管理している経営組織体のことなんだよ」

Q「経営組織体?」

A「ほら、農家とかそうじゃん。田んぼが1ヘクタールあって、畑が2ヘクタールあって、それを家族で耕して、そこの収入で生活して……って」

Q「ああ、なるほど」

A「それまでは土地は兄弟で分けていたんですが、鎌倉時代の終わりくらいから、長男だけが相続するようになって、その土地とかの財産を守って管理していく単位が家になったんですよ。だから家のシンボルである名前が必要になったんですね」

Q「そうか。兄弟は同じ血縁関係者だけど、その土地は管理してませんものね」

A「だから、家の名前は、苗字だけじゃなくて、例えば代々『伝兵衛』というのを長男は襲名するとか、あるいは苗字じゃなくて、その家屋敷のことを屋号で呼んだりするようになったんです」

Q「やごう?」

A「同じ苗字だらけの地域の選挙とかで、同じ苗字でしかも同じ名前がいっぱいいるので、よく使われているよね。その家で代々襲名されてきた名前か、職業などがそうだ。例えば東京の神津島だと『げたや』とか『治エ衛門』とか」

Q「ふーん、家の名前を表すものがいろいろあって、その一つが苗字なんですね。でも兄弟で同じ苗字って普通ですよね」

A「うん。兄弟が独立しても同じ苗字を名乗ることは普通によくあることだったんだよね。だけど同じ苗字でもあくまでも家の名前であって、それがたまたま同じだったってこと。特に庶民は兄弟で独立しても同じ苗字を使うのが普通だったんだ」

Q「ああ。うちの実家の集落も、100世帯くらいだけど、カミヤ、ナカムラ、ヤマシタ、カトウ、スギウラが占めてる。どんどん独立して言ったけど、兄弟で同じ苗字を使ったんだろうね。今ではもう血縁があったかどうかもわからないんだけど。だからあなたの言うところの屋号でよく呼んでたね。『表具屋』とか『長十郎さ』とか」

A「苗字があって、家の財産=土地があって、それを先祖代々受け継いで、お盆にはその先祖のお墓詣りをして、やがてそのお墓に入って、子どもは結婚してその家を継いで……ということを強く強く願うような風潮は、家の成立とともにできたんだ。だから、保守派の中で夫婦が同じ苗字で家を継いで子どもを産めよオラって、セットでイキっているんだね」

Q「みんな農家じゃなくなって土地っていう財産や家業を受け継ぐ単位として家を意識しなくなったし、兄弟で独立しても男性は苗字を変えないことがほとんどだから、もう『家の名前』としての苗字を意識することはなくなったよね。むしろ血族のつながりとしての姓(氏)の意味に近いよね?」

A「まあ、姓(氏)が『天皇から与えられた』っていう点を無視したらそうだよね。もう苗字=姓(氏)っていう意識になるのは当たり前なわけだ」

 

夫婦別姓」、女性の名前

 本書は、「夫婦別姓」や女性の名前についても論じている。

 夫婦別姓については「夫婦同苗字」であるとして、その起源は、一部のリベラルがいうような「せいぜい明治以後の100年」というものではなく、江戸時代の庶民にも苗字があったとしつつ、保守派のいうような日本古来のものではなく、せいぜい南北朝に始まり、戦国時代に確立したほどのものである、としている。

 女性の名前については、幼名から成人の名前に変わることによって一人前の共同体メンバーになるという意味合いがあるのだが、社会的地位の低下によって幼名のままというふうになった、的な話が書いてる。例えば「鶴」とか「菊」のような動植物の名前は幼名(童子名)であるが、そのままだったわけである。

 「藤原氏女」というのはぼくらが考える近代的な固有名ではないが、それでも「藤原氏のメンバー」という血族の成員扱いではあった。

 ちなみに下記は文永5年(鎌倉時代)の文書に出てくる女性名である。

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坂田聡『苗字と名前の歴史』(吉川弘文館)p.140

 「米女」「ライス女」w

 このように、ジェンダーの視点からも書かれているのが本書の特徴の一つである。

俺もヒョンビンになれる 「愛の不時着」考

 熱心な同僚に勧められて「愛の不時着」を観る。

 韓国の財閥の令嬢であり、有能な会社経営者である女性ユン・セリがパラグライダーの事故で北朝鮮領内に不時着してしまい、北朝鮮の将校であり実は政府高官の息子である大尉リ・ジョンヒョクと恋に陥るという物語である。

 ハマって観ていた、と言って差し支えない。

 ハマった理由はいくつもあるのだが、例えば「北朝鮮の生活」に大いに興味を持った。

 もちろん、国連で壮絶な人権実態が報告されている現実においてこのような「牧歌的」な描き方が一つのファンタジーだとする批判があることは承知している。したがってこれを北朝鮮の「実態」として扱う気は毛頭ない。あくまで「韓国ドラマが描く北朝鮮像」ということである。

www.mofa.go.jp

  ただし治部れんげによれば「脱北して韓国に住む人物が監修したそうで、北朝鮮出身者からも、かなり実態に近いと高評価を得ている」ということだから、一定の裏付けがあるとは言える。

 

ヒョンビンに見惚れる

 しかし何と言ってもハマったのは、リ・ジョンヒョク大尉を演じたヒョンビンに見惚れてしまったからである。

 これは一体どういう感情であろうかと思い、ふと渡辺ペコ『1122』に出てくる女性主人公が、若いフーゾクの青年に見惚れる自分の心情を次のように解説していたことを思い出す。

こないだ動物園に青年と行ったとき

すごいきれいだなーと思ったの

骨格は美しくて肌はつるぴか

筋肉もきれいについてて

イケメンとかそういうのより

肉体が動物としてのピークに近い神々しさを感じるというか

(『1122』6巻)

 これか? これなのか? と思ったのだが、いややっぱりイケメン(韓国ドラマで出てくる言い回しで言えば「顔天才」)だからだろとも思った。

 そんな中で、やはり治部れんげの「韓流ドラマ「愛の不時着」が描く、ポスト#MeToo時代のヒーロー像。」という論考を読んでああこれかも、と思った。

www.vogue.co.jp

 

中でも「大好きなシーン」と多くの人が口をそろえるのは、第4話のラスト近く。北朝鮮の市場で迷子になったセリが途方に暮れていると、ジョンヒョクがアロマキャンドルを片手に探しに来てくれる。数日前には普通のろうそくとアロマキャンドルの区別がつかなかった彼は「今回は香りがするろうそくだ。合ってる?」とセリに尋ねる。

これは単なる「胸キュンシーン」ではない。

まず、アロマキャンドルなど知らなかった、ジョンヒョクの質実剛健な半生が垣間見える。加えて「君を探していた」などと陳腐なことは口にしない潔さ。何より、自分が手にしているものが、相手の希望と合っているか確認する行動が重要だ。ここに、ドラマ全体を貫くジョンヒョクのセリへの態度が表れている。彼女が困っている時、自分が行動するのは当たり前。何より大事なのは彼女の意思が尊重されることだ。

 

 治部はジョンヒョクの描き方を「『有毒な男らしさ』へのアンチテーゼ」として捉える。

 「寡黙で無骨、しかし強くて優しい男性」「愛した女性を守る男性」というのは「古典的な男らしさ」のように思える。

 しかし、まず「愛した女性を守る」という点について言えば、片務的なものではなく、実は、ジョンヒョクが韓国に行った時、こんどはジョンヒョクの命が狙われ、それをセリが守るのである。つまり「女性を守る男性」という一方的な構造ではなく「愛する男性を守る女性」というもう一方の姿が描かれ、ドラマ全体では双務的で均衡のとれた構造になっている。

note.com

 またジョンヒョクは「寡黙で無骨」ではあるが、「強くて優しい」。その強さや優しさは、女性の生き方や人生・生活を尊重するように発揮されている。セリを帰そうとしないとか、一方的に生活を押し付けるとか、そういう態度は乏しい。不時着したセリの「わがまま」とも思える生活要求に丁寧に付き添って、出来るだけそれを実現させようとする。

ジョンヒョクに体現される男性像は、「私の意思を尊重してほしい」という現代女性の願いを反映している。自立して生きられる女性たちは、もはや「俺についてこい」という男性を必要としない。

https://www.vogue.co.jp/change/article/crash-landing-on-you

  「私の意思を尊重してほしい」という要求に応えていることは、「女性につくしている」ということではない

 対等な相手として交渉するということである

 なぜなら、現実的な生活で相手の意思を無視せず、まず尊重する。尊重するというのは、丸ごと飲み込むことではない。可能なものは実現するけども、難しいと思えることや自分の要求と相反するものは交渉を始めることになる。妥協点を探るわけだ。

 現実的な生活としては、相手の意思を尊重した上で交渉が開始されるわけで、男女が交渉に疲れてヘトヘトになる、という局面だってありうるのだ

 『逃げるは恥だが役に立つ』の新章では、みくりと平匡が例えば出産準備について交渉をする。その交渉は疲弊の連続でもある。

 「みくりを全力でサポートする」と宣言する平匡を全力で批判するみくりの必死の表情、平匡の勘違いを正される不安の表情をみよ。

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海野つなみ『逃げる恥だが役に立つ』10、講談社、p.61

 現実には多分こんな感じなのだ。

 だけど、「愛の不時着」のジョンヒョクはそういう現実生活の垢が削ぎ落とされて、美しく理想化されている。そう、まさに理想化されているのだ。平匡に大いに好感を持ったぼくは、だからこそジョンヒョクに好感を持ち、しかもその美しさに見惚れたのであろう。

 「私の意思を尊重してほしい」とは対等な相手との交渉のスタートであるとすれば、ヒョンビン扮するジョンヒョクは平匡であると言える。

 ジョンヒョク=平匡。

 となればですよ。

 平匡になら俺でもなれるような気がするし、ということは俺はジョンヒョクすなわちヒョンビンになれるってことですよ!