「台湾住民の民意尊重」と「一つの中国」原則

5月20日に台湾新総統の就任演説への注目

 5月20日に台湾の新総統(頼清徳)の就任演説がある。

 そこで何が語られるかが注目されている。

 中台関係の緊張が高まるかもしれないからだ。

頼氏の当選阻止を狙い、「トラブルメーカー」などと名指しし、警戒してきた中国の圧力強化は今後避けられそうにない。中国は台湾統一を歴史的任務とし、その対極に、過去何度も「台湾独立」を公言してきた頼氏が座る。中国の習近平(シー・ジンピン)指導部にとっては、頼氏の総統就任は最も避けたいシナリオだった。

頼次期政権との対話が不可能と判断すれば今後、武力統一の可能性をちらつかせて威嚇を強めるシナリオも排除できない。(日経1月14日付)

 緊張の高まりは、現状では日本や福岡市にも大いに関係する問題になってしまう。

 台湾有事は、日本本土への侵攻ではないにも関わらず、米軍に事実上従属している日本が「参戦」し、もしくは「味方」することで否応なく巻き込まれる問題だ。「台湾有事は日本有事」という人がいるが、確かに「台湾有事は(そのような米中紛争への軍事的な従属・加担のもとでは)日本有事」ということになる。逆に言えば、そうした従属をやめるという政治選択によって、「巻き込まれる問題」としての性格は解消する。

 

 ただ、日経記事でも

総統選では、頼氏は独立志向を完全に「封印」して安全運転に徹した。1月9日には「『中華民国台湾』はすでに主権のある独立国家だ。改めて独立を宣言する必要はない」と語った。中国が最も嫌がる「独立」の文言には今後も触れないと説明した。

とあるように、就任演説で「独立」の話が出てくる可能性が低いと見るのが一般的な見方になっている。

 

「台湾独立」について

 「しんぶん赤旗」の本日(5月6日付)には、中国の大陸側のシンクタンク・上海国際問題研究院・台湾研究所の童立群副所長の「両岸関係 楽観視できない」と題するインタビューが載っていた。

 童によれば、中台で「一つの中国」原則を確認した1992年合意、そして民進党の「台湾独立」の党綱領の「放棄・凍結」を中国政府側は期待し、実行されれば対話・交流に障害はなくなるが「頼氏がこの二つを実行する可能性はない」とする。

  頼氏はもともと「台湾独立」を主張していました。中国大陸側は頼氏への不信感が強いです。今後4年間は、両岸関係は非常に危険な状態になるでしょう。〔…〕

 この非常に危険な上来がコントロール不能となり、台湾海峡のさらなる危機や戦争に陥る可能性は否定できません。

 童がポイントとして見ているのは、二つの問題のうちの前者だろう。

台湾政府が「92年合意」に戻らなければ、両岸の公的な対話の回復は難しいです。

 後者(党綱領の凍結・放棄)がなくとも、92年合意=「一つの中国」原則の確認=台湾独立の凍結が事実上勝ち取れるからだ。

 

台湾の民意が「台湾独立」になったらどうなるか?

 ところで、日本において台湾有事を考える際に、「台湾の民意を尊重すべき」論がある。

 例えば日本共産党志位和夫の講演で次のように述べている(4月17日)。

台湾海峡の平和と安定は、地域と世界の平和と安定にかかわる重要な問題です。この問題がどういう過程をたどるにせよ、日本共産党は、平和的解決を強く求めます。そのさい、台湾住民の自由に表明された民意を尊重すべきであります。

 「台湾住民の自由に表明された民意を尊重すべき」。

 日本共産党はこれまで「一つの中国」原則を「日中関係の五原則」として支持…というか非常に重要な立場として堅持してきた。事あるごとに強調してきたのである。

私どもは、中国と台湾の問題に関しては、日本は「一つの中国」という国際法の枠組みを守らなくてはいけないと、確信しています。

 「一つの中国」というのは、国連でもその立場で中国の代表権を台湾の政権から今の中国の政権に交代させたのだし、日本と中国の間でも、アメリカと中国の間でも、「中国は一つ」という原則が確認されています。破るわけにはゆかない国際的原則です。(不破哲三の講演より)

 しかし、もし台湾住民が「台湾独立」という民意を表明したらどうするのだろう?

 「一つの中国」原則と「台湾住民の民意の尊重」という原則の間には矛盾があるのではないか。

 台湾の世論状況は、

台湾の民間シンクタンク・台湾民意基金会が1日発表した世論調査で、「台湾独立」を支持すると回答した人が今年2月の前回調査から4.9ポイント増え48.9%に上った。

とある(2023年9月5日記事)。

 ただし、今すぐ独立すべきかどうかについて言えば、状況が一変する。

台湾世論において「台湾独立」は主流でなく、「現状維持」が主流であることを意識したためとみられる。台湾の政治大学選挙研究センターによれば、現時点、あるいは永遠に両岸関係の「現状維持」を望む見方が6割を占める。これに対し、「台湾独立」という意見は5%にも満たない(鎌田晃輔「台湾総統選挙は与党が政権維持」/みずほリサーチ&テクノロジーズ/2024年1月18日)

 どちらにせよ、現在の世論状況とは別に台湾住民の多くが「独立」を表明した場合に、日本共産党は「一つの中国」論を貫くのか、それとも「民意尊重」を貫くのか。同党は志位提言を使った対話に取り組んでいる。対話では様々な意見も出ることだろう。このあたりも聞いてみたいところである。

 

 

台湾有事は「起こりえない」のか?

 ところで、他の左翼と話していると「台湾有事を煽るな」ということを言う人がいる。

 それは正しい。

 だけど、「アメリカが台湾有事をはじめとして中国との戦争を念頭において、日本での戦争準備が行われている」という告発*1をしても「それも台湾有事を煽るものだ」と批判する左翼の人がいるのにはどうにも閉口する(あくまで一部の人だけど)。

 そういう人たちからすると、台湾有事など影も形もない現実性であって、台湾有事というフレームで問題を口にすること自体がタブーであり、戦争を煽るものだというわけである。どうかすると平和・安全保障問題の学習会で「台湾有事など現実的にはありえないと思いますが、考えをお聞かせください」と講師に質問する左翼の人もいる。

 いやあ、いくらなんでもそれはおかしいだろう。

 「台湾有事は日本有事」というのは明らかにごまかしのレトリックであるが、それを否定するために「台湾有事など起こりえない」というロジックに踏み込んだら間違いだろう。

 共産党赤嶺政賢が台湾有事をめぐる論戦を国会でよくやっているけど、「台湾有事など起こりえない」という立場には立っていない。「台湾有事は起こりえない非現実性だから計画するな」という告発をしてはおらず、対米従属下で米中の戦争に巻き込まれる危険性を告発している。それが正しいとぼくも思う。

www.jcp.or.jp

www.jcp.or.jp

 

*1:日本は事実上アメリカの軍事的従属下にあるので、アメリカの戦争計画、とりわけ先制攻撃戦略に無批判に付き従って戦争準備態勢を整えてしまい、とんでもない目に遭う危険性が高いわけだが、それは台湾をめぐって起きる紛争がアメリカよって始められるということだけを意味するのではなく、中国側が先に台湾へ武力侵攻して「内政問題だ」と言い張る可能性もある(現実的にはむしろその可能性の方が高い)。