宮内漣『哀れ愛して大島さん』1

 いやーなんだろうね。

 なんで何度も何度も読んじゃうんだろうね。

 コールセンターで働いている女性「大島さん」=大島藍(32)が主人公。風俗で働いていたことがある。そして、大島にはコールセンターの中は特にひどい人間関係というわけではないのに、なぜかみんなと気が合わず、あまり友達がいないのに、唯一できた友達の「小松さん」=小松萌(34)もやはり風俗で働いていたことがあった。

 本作は、大島が女性向け風俗にハマっていく様子を描いている。

 要旨を書くと「よくある物語」のような気がしてくるのだが、冒頭に書いたようにそれなのになぜこんなに何度も読み返してしまうのか我ながら不思議である。

 

 まず絵がいい。

 特に、SD化された時の下膨れた顔で会話している時が総じて大好物だ。

 どちらかというと、小松が青い顔をして絶望したり慌てている顔にトリビャルな生活感が漂っていて、なおかつアヒル口っぽい「むにゅっ」とした感じがかわいくて仕方ない。どうしてお前はそれをそう思うんだと言われていろいろ理屈を考えてみたが、どれもしっくりこない。とにかく見入ってしまうんだからしょうがねえだろ。

図1:宮内漣『哀れ愛して大島さん』1巻、小学館、p.149

図2:同前p.151


 まあ、それでもなんとか自分で必死で考えてみるのだが、会話・起きる事件・二人の思考のバランスなどが、一見「極端」なように見せながら、実は良い方にも悪い方にも一方的に振り切れず、そこがリアルさを醸し出しているんじゃないだろうかと思っている。

 例えば、大島は欲望に忠実でコンサート行くついでに名古屋で「旅の恥はかき捨て」的に女風初体験をする。そこに来た「セラピスト」、つまり風俗従業員のオトコ・桐人は

  • ノリは嫌いだが、「嫌な人」ではない。
  • 「とりあえずネイルは褒めとけ」みたいな対応だが会話でずっと膣キュンしている。
  • マッサージで股間に当たる男根にドキドキするが手マンがガシマンで痛くてたまらない。
  • オトコはなんの配慮もなく(つまりナマで)大島の本番要求にいきなり応じたが、大島本人はいたって満足(首絞めをしてくれた♡)。

など、「いいところと悪いところ」が交錯する。しかし結果的には非常に高い満足を得るのである。その後のコンサートなど頭に入らないくらいぼーっとしてしまい、お金がないのにATMでお金をおろして2日連続で桐人を呼んでしまい、セッ◯スしまくる。だが、性病ではないがカンジダを伝染されてしまう。

 全体こんな感じなのだ。

 上記の図2で、小松が青い顔をして対応しているのは、自分が前日に送ったファックスが実は番号違いで届いていない状況で、相手先はもう10分後にはそのファックスで送ったはずの資料を持って出かけないといけないが、再送しようにも小松のコールセンターのプリンタが一斉に出力できないトラブルに見舞われ、しかもコルセンのSEが事情で出勤が遅れ、進退極まるキツい状況下なのである。そこで、大島が前にSEから聞いたプリンタの動かし方のメモを使って「勝手に」トラブルをシューティングしてプリンタを動かしてしまう。プリンタが動いたため、小松も大喜びなのだが、コルセンの上司から大目玉を食ってしまうのである。勝手に機器に触ることで、全体が深刻なトラブルに陥ったらどうするのだ、少なくとも一言言って対応しろ、と。

 これ、プリンタが出力できない焦りはものすごくよくわかる一方で、上司もそういう小言は言うわなと思う。小言自体には道理があるのだ。しかし、そこまで一方的にガミガミ言うことなのか、とも感じる。

 上司を一方的に悪く書かないものの、気持ちとしては現場の小松・大島に読者は絶妙に同情してしまうのである。読めばそのシチュエーションの全体性が丁寧に描写されていると言える。

 コルセンの、小松以外の職場の他の同僚たちが大島にとって「悪人」ではなく、むしろ善人であるのだが、しかし馴染めない、という設定も同様の「中途半端さ」を感じる。

 

 ありがちなのは物語の都合上どちらかに極端に振れさせようとするものだが、本作では「禍福は糾える縄の如し」的な中庸さで幸せ(欲望の充足)と不幸(トラブル)がキャラクターを襲い、キャラクターはその「いいこと」と「悪いこと」を、自身の的確な欲望の言葉や批評の言葉で受け止めていく。登場人物は欲望まみれでどこか壊れているのだが、決してマッドではない。「常識の範囲で欲望のドレイ」なのであり、その自分のドレイっぷりをどこかで自覚し、自分で批評しているのだ。その自己批評性の高さに読者たるぼくはヤラれているのかもしれない。

 図3の葛藤とかものすごく直截で素晴らしいと思う。

図3:同前p.23

 

 これ読んでいてクンニの女風における誘引力ってすごいんだな…と改めて実感するが。

 ぼく的には、このマンガに出てくるようなセリフの「こういう鋭さと、楽しさと、エグさで日常の会話・ラインのやり取り・自分内経験批評をやりたい」という気持ちにさせられるのである。

 そして1巻のラストの何かを暗示させるナレーションが微妙に怖い。微妙に笑える。

 2巻も期待して待つ。


 

亜月ねね『みいちゃんと山田さん』のこと

 亜月ねね『みいちゃんと山田さん』のアニメ化についてネット上で議論がかわされている。結論から述べておけば、議論が進行中で、さまざまな立場のものを読む中でどの立場にも「なるほど」と思わせられながら読んでいるというほどのものだ。そして(原作であるマンガの)中身を読んで議論が交わされ、考えが深まっていくというプロセス自体に表現の自由の大事さを実感しているところである。他方で、アニメはまだ公開されていないこと*1、またマンガ作品も完結していない*2など、表現そのものに接していない中で論じることの不十分さ(時期尚早さ)も実感している。

 以下はただの備忘録程度のものに過ぎない。

 

 同作については、ぼく自身は『このマンガがすごい! 2026』(宝島社)の「各界のマンガ好きが選ぶ このマンガがすごい! オンナ編」で取り上げさせてもらった。(ただし、同作についてコメントはしていない。またアンケートに回答したのは2025年9月。)

kamiyakenkyujo.hatenablog.com

 同作そのものの批評という点では、拙著『正典(カノン)で殴る読書術 「日本共産党独習指定文献」再読のすすめ』(かもがわ出版、2025年9月)でも、宮本百合子「貧しき人々の群」を論じた中で、「善意」や「憐憫」との関わりで杉本亜未『ファンタジウム』とあわせて言及している。

kamiyakenkyujo.hatenablog.com

 「表現の自由」と差別に関するスタンスは、『不快な表現をやめさせたい!? こわれゆく「思想の自由市場」』(かもがわ出版、2020年)で論じた。この問題においてもこのスタンスを基本にしている。

kamiyakenkyujo.hatenablog.com

 この基本スタンスを踏まえた上で、今回の議論を通じて

  • アニメとマンガの違い
  • マンガ作品としての初期とその後の違い
  • 知的な障害を持つ当事者の切実さの解像度
  • この作品をフォークロアとしての語り、リアルなルポ、フィクション、ファンタジーなどとして扱うことの違い

などは学ばされたところである。

 そして、それは基本スタンスの中に含まれていることではあるが、障害に限らず当事者としての切実性から作品に強く抗議し、その公開の中止を求めたくなることはよくわかる。

 例えば、仮に「左翼政党のカッコいいリーダーを描くマンガ」があったとして、そのリーダーに「不当に追放され、精神疾患に追い込まれた」と訴える「トラブルメーカー」が描かれていたとしたら、「いやそれは現実の具体的な誰かのことではありません」「あくまで一般的な表象です」といくら表現の自由をタテに言われても心穏やかではいられない。「受け止めます」「一定の配慮はしております」と言われても信用できないだろう。厳しく抗議し、場合によっては公開の中止も求めたくなるはずだ…と容易に想像できる。

 野暮だと思われようが、切実な当事者の抗議は表明されるべきであり、世に広く知られるべきではある。

 

*1:26年7月末時点。

*2:26年7月末時点。

『お紅茶オブ・ザ・リビングデッド』1

 えっ、あの『山賊ダイアリー』の岡本健太郎が原作なの…。

 という感想をまずは持った。

 そう知ると、主人公の神代の風貌からして「岡本自身だろ」としか思えなくなる。

主人公の神代/原作:岡本健太郎、漫画:ショルダー肩美『お紅茶オブ・ザ・リビングデッド』1、双葉社、p.12

 

猟銃をいじる岡本本人/岡本健太郎『山賊ダイアリー』6、講談社、p.24

 ゾンビがはびこっている世界で、大金持ちの令嬢の執事をする神代が、世間知らずの「お嬢様」を守りながらゾンビと戦うストーリーである。銃所持だのライフルのスコープだのナイフのガットフックだの「じいちゃん」だの岡本的世界が炸裂している。

 ゾンビの「密度」は、そうだな、クマが今の1000倍くらい*1町中に溢れて安心して生きられない世界、常に日常的に誰か食べられている世界だと思えばピッタリ合う。

 お嬢様は、神代と絆を深める存在のように表向きは描かれるが、狙撃行動中に神代に「おしゃべり」を要求したり、ゾンビ退治中に間違って神代の頭を特殊警棒で強打したりと、「ゾンビ戦闘におけるいちじるしい制約」として登場する。

 はっきり言って「ゲーム」である。世紀末とか絆とかそれ以外の要素を感じてない。ゲーム観戦として楽しむ。

 いくつかの制約を置かれた状況で、それをどう切り抜けるか、ということを毎回楽しむものなので、余計な要素を入れないで、ぼくのような飲み込みの悪い人間にもきっちりわかるように状況を理解させてくれることを期待する。ショルダー肩美のリアル寄りのグラフィックは、ゾンビ的世界観の恐怖を形作るのに貢献しているが、他方で、情報が多過ぎて状況が理解しにくくならないようにぜひしてほしい。今のところうまくいっていると思うのだけど。

 

 1巻では、ゾンビ戦よりも、県警の二人がやってきて、所持しているはずの複数の銃(所持していてよいものとダメなものがある)のありかを探そうとする回(「お嬢様と警察」)が印象に残った。

 お嬢様がナイーブに「自分が見た神代の銃」について語ってしまおうとするのを、神代が必死に阻止しつつ、それに蛇のように食らいつく女性警部がいい味を出している。結末も馬鹿馬鹿しくて楽しい。ショルダー肩美の絵柄がここでも合っているが、岡本の絵柄でコミカルに描くのも見てみたい気がした。

 

*1:クマの出没件数は2025年で5万件だから5000万件くらい出没すると考える。年間で2人に1人は目撃するくらい。

細井和喜蔵『女工哀史』

 あまりにも有名な古典であるが、おそらくぼくは読んだことがない。学生時代に読んだような気もするのだが、少なくとも今何も頭に残っていない。買っただけだったか途中で放棄したかではないだろうか。*1

 まず、基本的なことだが、『あゝ野麦峠』とごっちゃになってしまう。

www.youtube.com

 描かれた時代と産業が違う。そして本として刊行された時期はまるで違う。そしてこんな大竹しのぶが出てくる動画なんか貼ると、「どちらも原作は小説なんだろうな」と思ってしまう。

 松本満・斎藤美奈子『『女工哀史』は生きている 細井和喜蔵と貧困日本』で斎藤がこうした「こんがらがり」をほぐす基礎的な解説をしているので、引用する。

 日本の繊維産業は、原料別に、①蚕の繭から絹糸をとる「製糸業」と、②綿花を紡いで木綿糸にする「紡績業」に大別できる。(松本・斎藤p.29)

 はい、この区別がすでに怪しい。製糸と紡績は布を作る別々のプロセスのように思っている人は少なくないのではないか。

 製糸業は、原料となる蚕の産地に近い長野県や群馬県など内陸部で発達した。…戦後ベストセラーになった、山本茂美『あゝ野麦峠』(一九六八年)も、長野県岡谷地方の製糸業を描いたノンフィクションだ。(同)

 一方、原料の綿花をインドなど海外から輸入に頼る紡績業は、「東洋のマンチェスター」と呼ばれた大阪をはじめ、名古屋、東京など、港に近い大都市に集中していた。早くから機械化が進んで大量生産が可能になった紡績工場は、数千人の女工を擁する大規模工場が主流であり、また綿糸を織って布にする「織布」までを一貫して行う工場が多く、その場合は「紡織」と呼ばれた。和喜蔵が就労し、『女工哀史』が主に描いているのは、この紡織工場だ。(同p.29-30)

 そして、『あゝ野麦峠』は明治(から大正にかけて)の話だが、『女工哀史』は黎明期の記述などは入っているが、主に大正時代の記述である。

 『女工哀史』は、まず、小説ではない。当たり前やんwwwと思う人はよく知っている人であってタイトルしか知らない人は「かわいそうな女工の物語」のようなものを想像してしまうのである。「お前のことやろww」と言われたら立つ瀬が無いが。

 斎藤は前掲の共著の中で次のように『女工哀史』を短く紹介している。

 『女工哀史』はジャンルでいえばノンフィクションだ。岩波文庫で約四五〇ページ。全一九章、六六節で構成されている。大著というほどでははないにせよ、そこそこ暑く、しかも一見、お堅い報告書風だ。

 お堅く見える理由のひとつは、統計、表組、図表など、数字が多出することだろう。想像するに、機械好きだった和喜蔵は、理系的な性向の人だったのではなかろうか。半面、文化系の調べ物オタクなところもあって、文書資料がまた目いっぱい詰め込まれている。

 なので、読者は一瞬おじけづく。わっ、むずかしそうだ! 読みきれるかなあ。

 お話仕立てではないので、たしかにハードルは高い。(同p.27-28)

 

 しかし、斎藤は本書が「無味乾燥な報告書ではない」として、その理由を、本書の随所に仕込まれている「戦闘的なアジテーション」の炸裂に求める。

 大企業の悪行が実名入りで詳細に暴露され、斎藤は「文春砲」になぞらえた「和喜蔵砲」と呼んでいる。

 そして親切にも、分厚い本書の読み方を斎藤は指南してくれるのである。

 なんや、もう書評として書くことないやん!

 

 ぼくのつれあいは、誰それがこういうところで働いている、というと、いくらくらいでどんな条件で働いているのかを微に入り細に入り聞こうとする。求人広告などを穴の開くくらい見てあれこれ想像したりおしゃべりしたりするのが大好きである。そしてそんな話をしているとなるほどぼくのように「ざっくり」理解してしまおうとする人間ではわからなかった労働生活の細部が見えてくる。

 本書は、妻だった堀トシヲの持っていた受領証だの誓約書だの給料勘定明細書だのをそのまんま載せている。それだけではない。工場内の「保育場規定」だの、新入工の「養成規定」(教育マニュアル)だのまで詳しく載せているので、こいつを「肴」にして根掘り葉掘りやれば確かに「女工の生活」が立ち上がってきてしまうのである。

 実際、つれあいに『女工哀史』について話したとき「へー…じゃあ保育所とかあったの?」と聞いてきたのである。

 

 先ほど斎藤が細井の「戦闘的なアジテーション」について触れていることを紹介した。

 これはその通りだが、ぼくが細井の現代性を感じるのは、資本の搾取ぶりを告発するにとどまらず、そこで自己責任のようにして労働者が自分を責めるように仕向ける様々なイデオロギー装置をこれでもかと暴露している点である。

 例えば第14章では、「不足」や「不平」について書かれている。工員がどのような教育を受けるかということを詳細に明らかにする中で、会社側が「足ることを知る」ことで幸福に暮らせると説教するのを紹介し、それを告発する。

 あるいは第16章では、機械に挟まれて下顎を失った労働者の話を書き、それが「自分の過失である」と思わされているが、そもそもそんなことはないじゃないかと告発するのである。細井自身、「自序」のなかで機械に小指をめちゃくちゃにされたおりに、監督から逆に怒られた話を書いている。

 もし細井が書いた頃にSNSがあって、細井が告発したものをポストしたら、たちまちお前が悪いんだろう、まだマシだという声がわっと寄せられそうだが、細井は果敢にそうしたイデオロギーと闘うような気がしてならないのである。

 『女工哀史』が現代にまで古典として生き残っているのは、この2点、微細に現実を描き出す手法が今に通じること、もうひとつは絶えず自己責任を被せようとするイデオロギーと果敢に闘っていること、この二つではないだろうかと思った。

 

*1:1994年3月6日の自分の日記を読んでいたら「細井和喜蔵『女工哀史』を読み出す」、同8日には「朝起きると十時! 一体…。昨日『女工哀史』をよんだまま寝てしまったのだ」との記述があった。

石田陽子『不屈のひと 物語「女工哀史」』

 「堀トシヲ」と聞いて、誰のことかわかる人はあまり多くないかもしれない。ぼくがそうだったからである。他方で、『女工哀史』を書いた細井和喜蔵はよく知られている。「細井和喜蔵の妻が堀トシヲだ」といえば、「へえ」とまずは認識するだろう。

 『女工哀史』を読んでみるとわかるが、使われている資料の多くに彼女の名前がある。妻が持っていた給与明細だの会社への誓約書だのを資料として実名入りで使っているからである。

 『女工哀史』の「自序」でも、細井は「妻の生活に寄生して」(岩波文庫版p.9)書き上げたと書いてあるように 『女工哀史』は堀の支援なくしては書き上げることはできなかった。

 本書は、その堀の伝記である。

 しかし、読んでみると、堀の人生の本領はそこにはない。

 むしろ、細井が亡くなってからの苦境の方がすさまじい。猛火の空襲の中を逃げのび、戦後すぐにシングルマザーとなって多くの子どもを抱えて生き延びていく様は壮絶であるとともに、これは彼女一個のことではなく、戦後の普遍的な人生であったことも想像された。

 何よりぼくが興味を惹かれたのは、彼女が戦後に闇屋稼業を経て日雇い労働者となり、その組合を立ち上げ、闘争に明け暮れながら、その成果を地道に勝ち取っていく日々である。

 これぞまさに「不屈のひと」そのものなのだ

 ぼくは堀の「不屈性」の最も本質的な部分を、この日雇い労働組合(伊丹自由労働組合)での闘いに、まさに見た。生活と闘争が不可分一体のものとしてあらわれ、闘うことは単なる社会への関わりとかいうレベルの話ではなく、生きていく上での不可欠の一部であり、そこでどのような成果を勝ち取るかが、そのまま死活問題となるのだ。

 

 本の編集にたずさわってみると、タイトルをどうつけるか悩むことがある。

 「堀トシヲ」と言ってもほとんどの人は知らない。それを題名に入れても手に取ってもらえないのではないか。それならば「『女工哀史』を書いた細井和喜蔵の妻」ということではどうか、と考える。ジェンダー的にそういう判断はどうかなと思ってしまうのだが、『女工哀史』の執筆に不可欠の存在であったということは、堀の人生の紛れもない大きな側面だとは言えるので、「女工哀史」はサブタイトルに入れたい。何より本書が発売されたのが「女工哀史刊行100年」にあたる2025年であったのだから。

 というわけで、こういうメインタイトルとサブタイトルになったのだろう、と想像した。

 とはいえ、「不屈」な人生は、むろん、堀の前半にもある。

 何より、細井は『女工哀史』の刊行後すぐに亡くなってしまうのだが、同書は売れに売れて、莫大な版権料が初めは妻であった堀のもとに入ってきた。ところが、正式に籍を入れていなかったことや、細井死没直後のヤケクソのような破滅的蕩尽生活を非難されて、すぐに版権料は一円も入ってこなくなり、『女工哀史』の生成史からも長く抹殺されてしまうのである。

 しかし、堀はそのような逆境にめげずに生活を立て直す。

 細井と会う以前に、工場労働者としてあちこちを回ってなんとか生き延びていく有り様や、関東大震災後の大虐殺から逃れるくだりも「不屈」人生を十分にイメージさせる。

 

 だが、やはり、最初にも述べた通り、ぼくがこの本を読んで堀の不屈性を最も感じ取り、なおかつその現代性に目を身開かされたのは、戦後の日雇い労組での組織化と闘争の物語なのだ。

 いや、その前の闇タバコを売るくだりがもう面白すぎる。

 「闇タバコのおばちゃん」でしかない堀が縄張り問題でヤクザやテキ屋と衝突し、単身テキ屋の親玉のところに乗り込んでいくあたりは「映画か」と思うような成り行きである。

 この闇タバコで裁判にかけられるが、その法廷も「漫才のような掛け合い」になる。

 現代の闘争における合法・非合法の線引きと違い、非合法をすることが生きることそのものになってしまうこの時代には、堀の開き直りには迫力しかない。

 「いくら法律といえども理屈に合わんことを黙って従うわけにはまいりません。わたしは盗んできたんと違います。買って仕入れて、それで売ってんのです。八円で買うたものを十円で売って、二割の儲けをもらってどこが悪いのや、さっぱりわかりません。売らなんだら食えません」

 自分の言い分を畳みかける。検事は四角いメガネの眉間を人差し指で押し上げながらこう言った。

 「わからん人だな。国民は法律を守らねばならないのだ」

 すみません、などと決して言わない。敵には頭を下げない。トシヲは腹を括ってここに来ている。

 「わたしが法律を守って商売をしなかったら五人の子どもが飢え死にします。子どもを餓死させるくらいなら盗みもします。わたし今日から泥棒に商売替えしますわ、あはは、あははは」

 目をむいてわざと大笑いしてみせた。(p.276)

 政府が失業対策事業(失対)を始めるが、そこで働く労働者は「ニコヨン」と侮蔑される。一日の手当の目安が240円だからだ。当時はビアホールのビール1杯が150円だというから(p.279)、ビールがほんの少し贅沢品だったとみなしても、いま(2026年)でいえば1500円くらいだろうか。約10分の1とすれば、現代で言えば1日2400円をもらうくらいの金額だと言える。

 堀は労働組合を労働者に呼びかけるが、「一斉に顔色が変わ」り「あからさまな拒否反応」(p.287)に出会う。

 ぼくならここで挫ける。

 しかし、堀はその場で賛同してくれた池内正光という男とたった二人で労組を結成する。「一日一人は同志にする」(p.289)という気の長い目標を立てる。

 ぼくならここでも挫ける。

 ぼくがびっくりするのは、昇給や夏冬の手当を目標にしようとする堀に対して、当時パートナーで労働運動家だった高井信太郎(戦後間もなく病没)から、

「日曜日には子どもを連れて動物園に行ってみたい。映画も見たい。なんでそれくらいのことができひんのなかなあ」(p.291)

と若い母親が嘆いていたことを指摘され、そういうことが一番大事な目標になるのではないかと諭されるのである。

 この時代だから誰がどう考えても「手取りを増やせ!」がスローガンだよね、と思うところをこうした思考をめぐらせるのである。

 ぼくならこんな思考はとてもできない。

 しかしそれは、実際に高井が労働者の生の声を聞いていたからだろうと思い至る。決まりきった要求項目ではない、ナマの、心のひだに入り込む要求。

 堀は、映画館に掛け合って、大勢で行くので安く映画をかけさせるのである。そしてその映画鑑賞をきっかけに、組合に入る人が増え、組合員数は83名を数える。

 この後の行政側の卑劣な組合潰し、しかしそこから不死鳥のように蘇り、裏切った組合員も再び迎える。そして、「健康保険証」をもらう闘争を仕掛けたりする。

 また、「日雇い母の会」を結成し、子どもの教科書代(当時は有償)を行政に支援させる。それが実現するまで、古い教科書を集めたりするボランティアを仕掛けたりするのだ。

 今「母親大会」「母の会」などというと「母性を売り物にするか」というジェンダー上のバッシングに遭うことさえある。しかしこの当時、「母」であることは生活そのものの切迫感と結びつき、その立場からどうやって生き延びるかを声をあげていかざるを得ない。その切実さがそのまま名称と運動に表れている。

 労働運動では堀を騙し討ちした市長でさえ、「子どもの教科書代」となると、一も二もなく応援してくれている。「子ども」というフックが架け橋になって運動が進むことを堀は学ぶのである。

 戦後の闘争史は、そのままぼくらの今につながっている。

 どうやってその切実さの中で運動が生まれて大きくなっていったのかという原初の姿がそこに見られる。

 今、ぼくら左翼がそれを猿真似しているわけにはいかないので、同じことを続けることはできないのだが、その歴史はきちんと知っておいた方がいい。本書に限らず、おそらく個人の戦後の運動体験史にはそうした貴重なものが詰まっているはずだ。

 とりわけ堀のように自覚的に、そして徹底して闘った人生にはその教訓が詰まっている。ぼくは今の自分が学ぶべき闘士の人生の一冊として本書を読み終えた。すばらしい本である。

 

 本書を読むことは、斎藤美奈子さんとの対談のおりに、終了後の懇談会でご一緒した著者の石田陽子さんから贈呈いただいたことが、そのきっかけとなった。ようやく感想をアップできた。あらためてこの場でお礼を申し上げておきたい。

 

「何を言ってるのか わからねーと思うが」がすぎる小池論文から考える皇室改革

 今日(2026年7月23日付)の「しんぶん赤旗」に小池晃(共産党書記局長)の奇妙な「論文」が出た。

www.jcp.or.jp

 非常に短いものなので、本ブログの読者諸氏は虚心にお読みいただくといいと思うが、まあ、一般市民はもとより、おそらく共産党員が読んでもまず意味がわからないのではないかと思う。ぼくも何度も読んでしまった。

 

小池論文はつまり何が言いたいのか

 皇室典範改定をめぐる国会論戦で、今日の共産党であれば、「男は天皇になれるのに、女は天皇になれないのは憲法の男女平等原則に反するだろ!」という論戦をしそうな気がするが、共産党はそういう角度で論戦をしなかった、というのである。これを「ありがち論戦」と名付けておこう。

 これに対して、共産党が実際に行った論戦は、「天皇は国民統合の象徴だよね? だとしたら男も女もいろんな性が国民の中にあるのに、男だけなれるのは国民統合の象徴としてマズいのでは?」というものだった。これを「共産論戦」と名付けよう。

 どこが違うのか。

 簡単に言えば、そもそも天皇は「国民」ではない。「国民」から浮き上がった特別な存在、「非国民」なのである。「非国民」ゆえに男女平等原則を適用されない。だから「男女平等原則に照らしておかしいだろ」という「ありがち論戦」はあまりうまくない、とこの小池論文は言っているのである。政府に「天皇は人外なので男女平等とか関係ありません」と逃げられてしまうというのだ。



 しかも、じゃあ、そもそも天皇が「国民」ではないことをさらに深掘りしていけばいいじゃん、ということになると、もし天皇が「国民」ではないということを突き詰めてしまうと、現憲法下での天皇の制度(天皇制)が“他の国民から浮き上がった特別な存在というものを前提にした制度”であること、つまりそもそも天皇制が不平等で差別的な制度であることが浮き彫りになっちゃうだろ、バカ、マズいって! ヤバいって! と小池論文は述べているのだ。

 いや浮き彫りになったらマズいのか? と思うかもしれない。

 そうなると「じゃあ憲法を改正すべきだろ(天皇制は廃止すべきだろ)」という話になってくるのだ。

 しかし、綱領で現行憲法を守り、その完全実施を「革命の目標」にしている共産党としては、「憲法改正」を提起するわけにはいかないのである。

 

 これに対して、「共産論戦」の方は、「象徴天皇制」として相応しいかどうかを問題にしている。皇室内の男女平等ではなく、統合を反映すべき国民全体の中での男女平等(ジェンダー平等)を問題にするので、憲法との齟齬が起きない。だから政府も「天皇は人外ですわ」という答弁が使えず、立ち往生してしまったのだ! と小池論文では述べているのである。

 

 「共産論戦」の骨格は以下のとおりだ。

 

  •  まず、現憲法下での不平等・差別の制度である天皇制を認めるのである。その不平等性・差別性は一切問題にしない。
  •  その上で、じゃあ、その天皇制って「国民統合の象徴」という形になるのが相応しいんだよね? と聞くのだ。どういう形の制度として象徴天皇制を維持していくべきかは、憲法第1条に書いてあることだから、これには政府も反対できないというわけである。
  •  ここまで全て、政府と共産党の間には齟齬はない。
  •  「じゃあ、男性だけじゃなくて、いろんな性がいる国民の統合の象徴として、男性だけっていうのはマズくないですか?」と言って、皇室内部の男女平等ではなく、国民の多様な性を反映した制度としての象徴天皇制のあり方として問題にする…というのが「共産論戦」のミソである。

 

 いかがであろうか。

 「ありがち論戦」と「共産論戦」の違いがわかったであろうか。わかんないか…。

 

なんで今こんな論文が出たのか?

 なんで今こんな論文が出たかはよくわからない。

 「皇室典範改正をめぐって共産党の論戦が正しいぜってSNSで保守派からも注目が集まっているんでそのヒミツを教えたんですよ!」というのが公式の理由かもしれない。

 あるいは逆に、「なんで共産党らしく、『女性天皇を認めないのは男女平等ではない』って素直に言えないんですか?」という疑問が寄せられているのかもしれない。あるいは「この機会に天皇制をやめようっていう議論をなんでしないんですか?」という疑問があったのかもしれない。

 ひょっとして、共産党の「エラい人」から「俺が前に言っていた通りになったな(ムフー)! そのことを広く思い出させる文章を、まあそうは言っても、俺自身が『自分でいうのもなんですがすごい解明なんです』と書くわけにはいかないので、小池サン、あなたが書きなさい」という指示があったのかもしれない。

 そのあたりはホントに不明だ。

 

皇室個人の人生や苦しみにもっと寄り添うべきだろう

 ただ、今回の議論にあたってXで次のようなポストをした。

 ぼくの知り合いなどは「『愛子を天皇に』っていう人がいるけど、愛子も悠仁も、自分の意思と関係なくあの役職をさせられてしまうのはあまりにもむごい制度ではないのか」と常々言っている。

 また、共産党は「常に男子を産めという圧力をかけられるのはおかしい」と述べているが、共産党は養子制度を提起していないので、そうなると仮に女性・女系天皇が認められても「男でも女でもいいので子どもを産め」という圧力から逃れられないのは同じではないだろうか。

 つまり「共産論戦」においても(共産党の提案でも)「現行憲法を前提にしつつ、皇位継承者個人やそれを産む可能性がある女性個人をひどく苦しめ、人生の選択肢を奪ってしまう」という問題は解決されていない。

 そこを解決するには、「女性・女系天皇を」という提起だけでは不十分なはずである。

 だから、ぼくは「養子を取れる制度を提起すべきだ」と思うのである。

 もちろん、今持ち込まれた「養子」制度は、国民の中で「旧宮家」からしか養子が取れないというもので、国民の中で差別を持ち込むものである。なぜ旧宮家だけはいいのに、ぼくの家系からは養子をとってくれないのか? この点は共産党が批判する通りである。

 だとすれば、「養子」を国民から広く公募すればいい。

 その上で国民投票にかけて、過半数を取れば、その人が養子になれるようにして、将来の天皇になれるようにすれば、「この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く」という憲法1条の条項も、「皇位は、世襲のもの」という第2条もどちらも満たすことができる。

kamiyakenkyujo.hatenablog.com

 「いや…そんな人が天皇になるようになったら…もうなんかありがたみがないわ」ということになるだろう。

 もし「もうよくね?」とみんなが思うようになれば、晴れて憲法改正(天皇制廃止)である。

 共産党綱領のいう、

党は、一人の個人が世襲で「国民統合」の象徴となるという現制度は、民主主義および人間の平等の原則と両立するものではなく、国民主権の原則の首尾一貫した展開のためには、民主共和制の政治体制の実現をはかるべきだとの立場に立つ。天皇の制度は憲法上の制度であり、その存廃は、将来、情勢が熟したときに、国民の総意によって解決されるべきものである。

にピッタリ合うじゃん!

 共産党としては

  • 現行憲法を守る。
  • しかし皇室個人の苦しみは再生産しないしその人生も大事にする。
  • 天皇制廃止を運動課題にしない(世論にするために煽ったり宣伝したりしない)が、将来、果物が熟して落ちるような自然さで国民世論が変わるのを待って「本当の国民に平等な制度」を実現する。

という全てが実現することになる。

 全国民対象で養子を公募すれば天皇制の問題は解決するのでは…!?

 

 まあ、思考実験にすぎないが。

 ただ、共産党としては、「女性天皇を」だけでは、あまりにも「皇室個人の苦しみは再生産しないしその人生も大事にする」に対応していない気がするので、そこをもっと工夫してもらう政策提起が望まれていると思う。

 

「Newsレッズ」の編集長を務めます

 「Newsレッズ」という新しいメディアを来年2027年1月1日に立ち上げます。

 ぼく(紙屋高雪)が編集長を務めさせていただきます。

 すでにここにある呼びかけに書かれていることなので繰り返しませんが、左翼を再生させたい、というのがもともとの問題意識です。

 どうすれば再生するかは、ぼくではなく、このプラットフォームにつどう人たちが自由に議論していくことになるわけですが、ぼくなりにぼんやり思っていることはあります。

 1990年代の終わりくらいから、自分が関わっている左派組織が、昔ながらの路線を「量的拡大」一辺倒で突き進んでいこうとしているのをみて、果たしてそこに自分のエネルギーや人生を注ぎ続けて意味のある結末を迎えるだろうかという疑問を持つようになりました。ノートにずらずらと考えを書きつけていったこともあります。

 政治的な主張としてはそれなりに信頼をおきながら、組織建設の方向性がまったく間違っているのではないかと思うようになったのです。

 もちろん「実践の結果、検証する」ということですから、実践としては従ってきましたが、実践と検証を重ねるほどに「この方向の先には何もない」という確信が深まるばかりでした。

 組織の人たちと話をしましたが、ほとんど話が通じませんでした。組織の人たちは今までの路線を当然の前提において、そこからの「微調整」、せいぜい一定の修正程度の発想で話をしようとするのです。もっとさかのぼって、根本的な考え直さないといけないのではないかと話しても、うんうんそうだねとは言ってくれるものの、その「根本」具合がまるで違うのです。

 ただ、ぼくは「何もかも否定してしまえ」「リセットしろ」と言っているわけではありません。

 東浩紀さんが『訂正する力』という本の中で「訂正する力は、現状を守りながら変えていく力です」「訂正する力とは『読み替える力』のことです」などを語っていて、なるほどと思いました。*1

 左翼政党の文化の一番大事な点は、組織を作ったことです。

 田舎の小さな町に至るまで、小さな組織があり、そこで人々の意見が集約されて政党という大きな装置を通じて政治に反映されていきました。その小さな組織の中には小さなリーダーがいて、意見や行動をまとめ上げていきました。

 こういう装置を完成させたことが、左翼政党・左翼文化の大きな功績の一つで(保守派は保守派でもちろんそういう装置を持っているが、左派のそれはオルタナティブとしての装置だった)、これが日本の民主主義を戦後に支えてきたと思います。

 木下ちがやさんは『失われたヘゲモニー』という本をかいて、左派の危機をこうした網の目が古くなってほころんで崩れてきてしまったことであるという指摘をしています。木下さんはその再興がポイントになると考えていて、それはぼくも同じなのです。*2

 

 その際に、今考えられることは「楽しく」小さな組織や運動を作っていくことだろうと思っています。

 ぼくが組織を追放された際に、ぼくをかばって同じく追放されたすなかわあやねさんは、市議会議員選挙に出るんだと言って、同年代の仲間たちとまさに自分流の政治活動を始めています。

 ぼくはほとんど何も協力できず、ただ見ているだけ、時々イベントに参加する程度ですが、ぼくのようなオールド左翼から見ると、すなかわさんたちの活動はマッチョな選挙セオリーから外れ、「必要なこと」を全然やらず、「街にベンチを」「ゴミ箱を」などと言った具合に、自分たちがやりたいことだけをやって楽しんでいるようにも見えます。

 しかし、ぼくは自分の意見や見識には全く自信がありません。「選挙セオリー」のようなものが今や通用するのか、いや、そもそも少し前でさえ通用していたのか疑わしく、最終的に「楽しんで」活動をしているすなかわさんたちのようなやり方がいいのではないかとも思えてきます。実際、すなかわさんたちの話を聞いているとぼくの知らないことがたくさんあります。

 楽しく、小さな組織が、辻々で再建されていけば、左翼という枠組みを超えて、日本の民主主義がもう一度再生することにもつながるのではないかと思えてきます。

 そんな感じです。

 「明確な羅針盤」など何もない、「こっちの方角でいいのかなあ…」みたいな頼りない船出です。「自分を疑い」「楽しく」やることがとりあえずは、左翼と日本の民主主義を再生することにつながるのではないかと思っています。

 まずは「話の通じる左翼」でありたい。

*1:余談ですが、不破哲三が若い頃に構造改革路線を否定されて自己批判までして党の中枢に戻りながら、最終的にその変奏曲によって共産党の路線全体を作り変えてしまったのはまさに「訂正する力」の見事な一例です。

*2:なお、「お前は前に東浩紀を批判していたよね」とか「木下ちがやみたいな左派とも言えない男と同じだっていうの?」とかいう意見はあるでしょう。ぼくが東さんを批判していたのはその通りですし、今でも意見の隔たりは小さくないと思います。木下さんについても似ています。しかし、問題はそうやってそこで対話を閉じてキャンセルしてしまうようなメディアにはもうしたくないと思っているのです。