生き残った

 コロナで始まった娘の中学校生活はなんとか1年目を終えようとしている。

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 2学期の終わりに三者面談があり、行った。

 担任は「娘さんは遅刻が多いのでなんとかこれを直さないとですね」と言っていた。

 遅刻…?

 遅刻がどうだというのだろう。

 遅刻などいくらでもすればいいではないか。

 1学期に休みがちだった学校は遅刻してもいいから行けるなら行った方がいいとは思ったが、行けなくてもしょうがないと思っていた。実際に休んだし、遅刻もした。

 2学期に入って学校を休むのは月に1回くらいになったが遅刻はよくしていた。3学期に入って遅刻そのものもかなり減った。

 勉強については、1学期は宿題をためにためてしまい、泣きながらやっていた。

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 2学期になってぼちぼち自分でもやるようになって3学期になって親が「宿題をした方がいいのでは」と言うこと自体がなくなった。

 いや、そんなことよりも、死んだり壊れたりしなかったということが僥倖なのだ。

 昨年10月末にこういうニュースがあった(西日本新聞2020年10月30日付)。

コロナ禍で不安や悩みを抱える児童生徒に寄り添おうと福岡市教育委員会は29日、全ての市立小中高217校に対し、先生やスクールカウンセラーが児童生徒全員と面談することを求める緊急の通知を始めた。新型コロナウイルスによる一斉休校が明けた夏ごろから市内で自ら命を絶つ子どもが確認されるようになったことなどが背景にある。

  実際、子どもの自殺は多かった(2月5日NHK首都圏ニュース)。

去年1年間に自殺した小中学生と高校生はあわせて479人と、前の年の1.4倍に増加し、これまでの国の調査において、過去最多となったことがわかりました。

 娘はよく死ななかったな、と思う。

 あるいはもう学校には行かなくなるのでは、となんども思った。もちろん行かなくなったら行かなくなったで、やりようはいくらでもあるとは思うが、今のぼくとしては行かないよりは行った方がいいという気持ちでいる。

 とにかく死ななかった、というのは何よりであった。

 ある種のサバイバーではないかとさえ思う。

 

 娘の話によく出てくるのは1学期の終わりから始まった部活、すなわち演劇部やそこでの友人関係・先輩後輩関係のことだった。非常に明るい話題、憧れや希望の話として登場する。現在でもそうである。彼女にいい作用を与えたのは、部活動だろうと思った。

 これに対して、授業は相当なストレスだったらしく、disるトーンで2学期の後半までよく話題に出た。一部の生徒が授業を壊すような発言をするらしくなぜかそれが娘のストレスになっていたようだが、2学期の終盤から3学期になって彼女の話題から消えた。

 家では長い時間、PCに向かっている。居間にPCが置かれていて親が後ろからのぞけるので(あまりじっと見ていると怒る)、何をしているのかなんとなくわかるが、にじさんじ、ホロライブ、シャニマス、クリスタ、Twitterが中心を占め、友達とPC上でラインのやり取りをしている。本当に長い時間なので呆れてしまうのだが、心の均衡を保つ上ではしょうがないのかなと思ってあまりうるさく言っていない(つれあいは時々制限をかけて宿題をやらせていた)。

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 はじめに戻る。

 遅刻が多いですね、と担任は言ったけれど、本当にどうでもいいことだ。

 緊急事態宣言明けで怒涛のごとく押し寄せる不条理な校則だらけの新生活と過酷な詰め込みカリキュラム、山のような宿題、猛スピードの授業、順位づけ、知らない友達とクラス…そういうものに耐えて、生き残ったことがまず幸いで、そんなところから力強く改善を前進させていることがもう奇跡だ。

 担任は目の前の課題に追われているからしょうがないんだろう。

 遅刻が多いですね、という担任の苦情めいた課題の通告に対しぼくが「いやーご迷惑をおかけして」と応じず黙って聞いて、最後に上記のような「前進を評価」したので、三者面談の「定型」を明らかに踏み外していた。同席していた娘でさえも「お父さん、笑いもしないし、言葉が少ないからちょっとおかしいよ」と異様さを感じていた。我々の前の組の親子が和気藹々とやっていたから、確かにトーンが「おかしかった」のだろう。

 そもそも、小学校時代とは違う、桁外れの管理や競争の波が子どもには中学校になって押し寄せてくる。その上コロナという悪条件が重なった。これはもう全く、子どものせいではないし、親のせいでもない。担任のせいでもない。

 結局、そういう「大きなもの」に翻弄されているのは、当の子どもなのであって、それが「遅刻」という現象となって浮かび上がっているだけだ。「大きなもの」を問わずに、「遅刻」という「個人の課題」にフォーカスすることは間違ってさえいる。

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 カリキュラムそのものをこんな過剰に詰め込むことを見直してはどうか、と担任に言ったが、「それはまあここでは…」と避けられた。権限がない以上、担任がそういうのは仕方がないし、実際にそのあと校長といくつかの問題で話す機会をもらったので、そちらでいうことにした。

 そのあと校長と話したが、カリキュラムを見直すということの難しさばかりが強調されて、何か手立てを取るというわけでもなかった。一人の保護者が何かを1回言っただけでは変わらないのは仕方がない。あきらめずに言い続け、運動として提起し続けることの方が大事なのだろう。

 そこでは本当に「大きなこと」は問われない。

 先ほど述べたように、教育委員会は最も大きなストレス源としての管理と競争は見直さずに、死にそうな個体の管理=カウンセラーなどによる面談でこの危機を乗り切ろうとする。やらない自治体もある中で、それをやること自体は大いに評価されていい。しかし、大元に手をつけないでの対処療法に見えて仕方がない。

 

 担任には、宿題への返信について注文をつけた。

 「『書き取りでもテストの直しでもいいので必ず何か毎日1ページ書く』という宿題に対して、『余白を埋めましょう』という指示はあんまりだ。勉強したくなるような誘いかけや言葉が必要ではないか」と述べたが、あまり返答はなく、はあそうですか、という顔をしていた。学ぶ喜び、楽しさというものはどこかに消えて、量をこなさせるということが、マンモス中学校教師の習い性、体質として染み付いてしまっているのかと失望した。

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 校則についても一言述べた。

 「なぜ制服は男女差をなくしたのに、髪型は相変わらず男子と女子違うものを強要するんですか?」「特に、なぜ女子は髪を耳の下で結ぶよう指示されるのですか?」。

 それに対して、「ほら、体育で帽子をかぶるからです」としたり顔で解説された日には、まいった。

 本気か。

 それなら体育の時だけ結び方を変えればいいし、そんなことは本人が判断すればいいだけのことではないか。髪型を規制するのではなく帽子を体育でかぶる合理的理由を説明して納得してもらうべきだ。いや何よりも、本当は“ポニーテールでうなじを見せるのは性的にけしからん”という真の動機があるくせに、そんな馬鹿げた理由を正面から説く勇気もなく、別の理由で保護者を騙して、生徒には問答無用で押し付けている、そのアイヒマンぶりこそ糾弾されるべきだろう。

 

 つれあいは、娘が持ってきた、学年全体のテストの得点分布を見て、美しい正規分布ではなく、低得点の方にダラダラと長い尾ができていることに注目していた。「あんまり正確には言えないけど、授業についていけてない子がたくさん出てるんじゃないかなあ…」。

 もしそうだとすれば、外見的には「1年間何とか無事に終わった」ように見えるけども、実際には自殺者をはじめたくさんの矛盾が噴き出しているはずで、それをあたかもなかったかのようにして1年が閉じられ、次の年に行こうとしている。

 

 パンデミック1年目。学校はうまくいっているのか、根本的に見直されるべきなのか。

 どうも文科省は2020年春の臨時休校のような、あんな長い休みはもうこりごりだという感覚でいるようで、今回の1月の緊急事態宣言でも学校は休みにしなかった。また、過密を避けるために、どうにかこうにか少人数学級は始まった。

 だけどもそれだけではなく、学校をこんな形で進めていいかどうかは、もっと根本にまでさかのぼって考えなければならない。特に、カリキュラムの詰め込みの見直し、校則の改廃、少人数学級の前倒しは、緊急だろう。

www.nishinippon.co.jp

ただっち『夫がいても誰かを好きになっていいですか?』

 人格を分裂して評論するスタイルしかないと思った。

 28歳の専業主婦で結婚している主人公・今井ハルが夫(今井マコト)の転勤で関西暮らしを始めるがバイト先の本屋で働いているバイト仲間の大学院生(後藤アラタ)に惹かれていってしまう話である。一応フィクション。

 

 主婦が不倫するだけ?

主婦が不倫するっていうだけの話でしょ? なんでこのマンガがいいわけ?

そんなこと言ったら『罪と罰』だって「学生くずれが金貸しのババアを殺すだけの話でしょ? 何がいいわけ?」みたいな雑なまとめになるだろ…。これ、職場不倫なんだよな。職場って、仕事するところだから、そもそも性的な感情出せない。

デフォルトで「性的な感情出せる場所」って、この世にそうそうないぞ。

う…まあ、そうなんだよ。でも職場は特に厳しいコードがあると思う。「ここには仕事しに来てるんだから」と。

 

 職場で性的な感情を出す・出さない

 

どのへんがいいわけ?

やっぱ、職場恋愛なので自分と相手のやりとりを恋愛=性的なものと認めちゃうかどうかでせめぎ合っているところがたまらんです。

夜中に他愛のないラインのやりとりしてて、映画に誘おうかどうしようか迷うあたりな。

やり取りをしていて、意を決したように「変なこと言っていいですか?」って、映画誘う。映画誘うのは「変なこと」じゃないよね。

「命がけの飛躍」感ある。汗びっしょりだわな。

「映画に行くくらいなら大丈夫だよね……?」ってハルが自分に言い訳するんだけども、夫には言わないんだから「大丈夫」じゃねーだろ。

最初にハルは、文面的にはほぼ事務的な安否確認のラインを、なぜか夫に対して衝動的に隠してしまう。自分の中に後藤に対する性的な感情があることを薄々感じていたから、ハルは隠してますよね。そこが「初手」ですから、別にヤバいことをやり取りしてなくても「夫に隠れて夜中に異性とラインをする」というヤバい感じになってしまった。

「夫に隠れて夜中に異性とラインをする」っていうシチュ、字面だけ見ても相当ヤバいな。

客観的に見るとこの2人、もうデキてるでしょ? って思うんですが、それを探り合いするのは、桜井のりお『僕の心のヤバいやつ』をはじめ、学校を舞台にしたマンガ、それも男性目線でのマンガと同じで、グッと来ますね。

 

そうなんですが、それは「学校」だからね。「学校は勉強しに来るところだぞ!」なんていうのは昭和な教員くらいしかいないけど、さっきも言ったように職場には強烈な性的コードがあって、しかも最近はセクシャルハラスメントという基準がかかったので、相手を性的に見るということ自体を口にするのがタブーに近い状況ですよね。そういう中で「これは恋愛感情ではない」「これは性的な行動ではない」というのを自分の中でも言い訳して、相手にもアピールする必要が出てくる。

例えばどこ?

後藤の言動が結構そうですよね。ハルのことが心配なのに見に来たのに、“たまたまトイレに行くついでなんだ”って見せたり。ハルがセミを踏んだのを引き剥がすために手を取った後、つなぎぱなしにして指摘されると大慌てして謝罪してこれはセクハラですよねすいませんすいませんみたいに。

こっち(読者)はハルの心が丸見えだから、ああもうじれったいなと思いますよね。

そうですね。読者は後藤の心の中は見えないんですけど、第三者的な俯瞰をしつつ、ハルの心の中が見えるので、「どう考えてもこいつら惹かれあってるよね」とわかる。根底にその安心があるので、「じれったさ」を楽しめる。

 

現実での「勘違い」セクハラのコワさ

 だけど、現実社会でこれが「勘違い」だったら、本当にコワいですよね。

「勘違い」?

 つまり、例えば女性の方は単に誰にもで親切にしているのに、それを特定個人、つまり自分に向けた好意、性的な感情じゃねーのか、「脈アリ」だろと「勘違い」してしまうとコワい。アプローチが性的なニュアンスになっちゃうので、すぐセクハラ領域に入ってしまう。

確かに職場恋愛はそこが怖い。

金子雅臣『壊れる男たち——セクハラはなぜ繰り返されるのか』に出てくる事例なんですけど、そういう勘違いから出発して恋愛感情をこじらせていくと、別の状況で相手に冷たくされたり、素っ気なくされたりしても、「照れてるんだな」とか「まわりを気にしたんだ」とか、どんどん自分に都合よく解釈して…。

こわっ!

そういうアプローチはどのみち学校の生徒同士でもアカンわけですけど、とにかく職場ではこの性的な感情を表明する瞬間というのは相当タイミングを選ぶわけで、これがハルと後藤の関係では最後まで、それこそ関係を持ってしまう瞬間まで付きまとってますよね。

 

 

 

 

「きゅうううう…」がイイ!

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ただっち前掲、KADOKAWA、p.76

このハルが恋愛感情揺さぶられるときの「きゅうううう…」っていう表現、いいですよね。

「きゅうううう…」ね! 俺も好き! 無表情で!

無表情てww     あれ、感極まってるんでしょ。

変に笑ったり、記号的に喜んだりしてないところが「感極まり」感出てる。それが突き抜けて無表情になっているのがイイ。

アマゾンのカスタマーズレビューだとこの作品のこういう擬音的な表現をすっごく褒める人と、ウザい扱いする人ときっぱり分かれてて興味深い。

 

アマゾンレビューと本書の新しさ

アマゾンのカスタマーズレビューといえば、236個も評価がついてる。肯定評価しているのが基本多いけど、「どっちもクズ」「全員が最低」「不倫を旦那のせいにしているゴミ女」「クズだけがキュンとするクズ作品。関わると心が腐りますわ」みたいな徹底批判のも多いwwww

批判じゃねーよ、それ…。まあ不倫ものはしょうがないよね。憤るのもフィクションの楽しみ方の一つ。

って言いたいけど、そういう低評価つけてるやつは、「楽しんで」ないよね。「読む価値なし」とか「気になって買いましたがお金出すほどのものじゃなかった」とか。

不倫なんて本人たちはすっごい運命的な熱愛しているつもりでもハタから見ると超陳腐だから。

そんなこと賢しらに言ってみても、不倫かどうかに関わらず、恋愛自体がそうでしょ。恋愛ものが成り立たんわ。

うむ、まあ、やっぱりこのレビューのすさみようは、不倫もの独特のものではあるな。不倫する側の心情を描くとどうしても不倫の合理化という側面を持つから、どうしてもこういう反応は出てくるよね。しかし、一般的にそう言える「不倫もの」の中でも毀誉褒貶、特に「毀」や「貶」が目立つ作品ではあると思う。

さっきも言ったけど、この作品は、合理化の手続きに相当コストをかけている作品だと思うんだよね。そこを丁寧に描いているがゆえに、合理化に汲々としているように見えて、嫌がられる人に徹底的に嫌がられるんだろうと思う。

「合理化の手続き」?

つまり、職場にある性的コードを慎重に避けるってことに、登場人物が腐心している。夫との間で言い訳がつくように「これは同僚間のやり取り」みたいな「心の棚」に上げてしまう作業。

んー、例えば夫が自分をぞんざいに扱っている、性的に扱ってくれない、という不満を描くのは不倫(を合理化する)マンガではままあるよね。

そこは他の不倫マンガと同じだと思うけど、そこの点の合理化にとどまらずに、職場仲間と性的な感情を踏み越える・踏み越えないを、かなりていねいに描いたという印象がする。そこはこの作品が登場する新しさだと思う。

斎藤幸平『人新世の「資本論」』

 リモート読書会は、斎藤幸平『人新世の「資本論」』だった。

 

人新世の「資本論」 (集英社新書)

人新世の「資本論」 (集英社新書)

 

 

 その中身は、

  1. 気候変動が人の生活に与える影響はこのままいくと限界になる。
  2. 気候変動はSDGsグリーン・ニューディールのような資本主義を修正する立場では対応できない。
  3. 無限の価値増殖を求める資本主義体制の変革(社会主義コミュニズム)なしには気候変動は止められない。
  4. しかしコミュニズムであっても経済成長を前提とする従来のものではダメで、脱成長のコミュニズムでなければならない。
  5. 脱成長のコミュニズムの中身は、国家主義でなく、生産と労働を変革し、生産手段を「コモン」として管理する民主主義である。
  6. その動きは世界のいたるところではじまっている。
  7. マルクスは『資本論』執筆後に、生産力至上主義・西欧中心主義・進歩史観を脱し、脱成長の見地にたどり着いた。新MEGA研究で明らかになった。

というものである。

 まず、初めに斎藤の本書についての違和感を書いておこう。

 そのあとに、本書の優れていると思った点を書く。

 

「破滅」が「タイムリミット」で迫っているなら「気候毛沢東主義」すらありうるのでは?

 ぼくは2000年代の最初の頃に共産主義について講義をしたのだが、要するに「環境破壊が地球やそこに住む人間の生活を破滅させるなら、その理由だけでも経済は理性的に管理されざるを得ないよね」ということを考えた。

 その意味では、現実に気候変動の破滅的影響が存在し、その影響についてもし資本主義の枠内の改革では対応できないのであれば、それは社会主義共産主義に進むしかなかろう、というのはとてもよくわかる。

 だって対応しなけりゃ、めちゃくちゃな打撃を受けるんだぜ?

 というか、斎藤自身も

政治は必要だし、気候変動対策のタイムリミットを前にトップダウン型の対策も求められている。(斎藤『人新世の「資本論」』Kindle No.3108-3109)

と述べているように、国家権力の強い発動、斎藤が言うところの「気候毛沢東主義」(気候変動を口実にした国家権力による強力な管理体制)すら必要になってくるのではないか。なぜなら「タイムリミット」が存在する地球と人類全体が破滅的影響を免れるにはそれしかない、というのが論理的帰結になるはずだ。

 さらに言えば、「一国気候毛沢東主義」では「タイムリミット」はクリアできないはずであり、世界全体で「気候毛沢東主義」の発動が必要だとすれば、それは世界革命——「気候コミンテルン」すら必要ではないのだろうか

 ぼくは皮肉で言っているのではない。

 今回のパンデミックの事態を受けて、WHOの「科学的」指示のもとで、程度の差はあるにせよ、各国で相当に強力な国家権力を発動しての感染防止管理が行われている。それは斎藤も

中国や欧州諸国は、全国民の健康を重視しながら、国家権力の強い発動のもとコロナ対策を行った。これは、③〔気候毛沢東主義のこと——引用者注〕の統治形態にあたる。感染拡大防止を理由に、移動の自由、集会の自由などが、国家によって大幅に制限されることになったのだ。(斎藤前掲書KindleNo.2937-2940)

と認めている通りだ。 もちろんそれが斎藤の言うように民主主義的に行われればそれに越したことはないのだが、生存条件に関わることが「タイムリミット」とのせめぎ合いとなっている場合に「そんなことは言ってられない」という、まさに「非常事態」となりうるのかもしれないのである。

 この問題をクリアするためには、どれほどの「破滅的影響」があるのかということとと、どれほどの「タイムリミット」が残されているのか、ということが個別科学によって検証されるほかない。

 

脱成長かどうかは焦点

 もう少し手前に戻ってみる。

 そもそも脱成長をしなければプラネタリー・バウンダリー(人類の活動がそのポイントを超えると取り返しがつかない不可逆的・急激な環境変化に陥る限界のこと)を超えてしまうのかどうか。

 超えるなら脱成長を認めるしかない。

 超えないならグリーン・リカバリーや修正資本主義で行ってもよい。

 これを検証するのは個別科学の領域となる。

 もちろん、個別科学がイデオロギーから自由であるはずはなく、そこにどんな前提や粉飾が隠れているのかは十分に警戒して吟味されないといけないのだが。

 それにしても、政治勢力として「脱成長」をスローガンとして認めるかどうかは、その政治勢力の政治生命にかかわるといっていいだろう。軽々に言えることではない。少なくとも2021年新春の現在、日本において「脱成長」を掲げることは、政治的な死すら意味する。

 左翼は成長が嫌いかどうかを2013年にぼくは論じたが、そのさいのぼくのスタンスは明らかに成長を必要とするというものだった。

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 もし今「脱成長(のコミュニズム)でなければ生き残れない」と言うのであれば、それは認めるしかないのだが、相当の構えが必要になる。

 例えば上記に関連して言えば、日本共産党は現在、政権交代の柱にしている「5つの提案」の1つは明確に「グリーン・リカバリー」論である。

www.jcp.or.jp

 

 社民党は2008年(今から13年前)では「グリーン・ニューディール」を求めている。

www5.sdp.or.jp

 

 立憲民主党グリーン・ニューディールを肯定的に評価している。

www.kou1.info

 斎藤は、大雑把に言えば、カーボン・バジェットに残された成長は発展途上国のために使うべきであり、先進国はもはや脱成長しかないとしている。

 繰り返すけど、これを認めるかどうかは、個別科学の結論に基づく議論しかない。

 

マルクス解釈もすぐには受け入れられない

 斎藤のマルクス解釈は“マルクスは脱成長論者で脱西洋中心主義者で脱進歩史観論者だ”というものだ。

 率直にいって、にわかには信じがたいものがある。本書を読んだ限りでも、ぼくにはほとんど説得的な要素がなかった。

 しかし、なにせこれは新書である。

 斎藤は新MEGA編集を踏まえた研究でドイッチャー賞までもらっている人だから、ぼくが彼の本格的な研究を読みもせず、新書を斜め読みした程度であれこれは言えないのだろう。この点は保留しておく。

 リモート読書会参加者の一人、Aさんと議論したのだが、Aさんにとってはマルクスがどう考えていたのかということはどうでもいいことだった。「結論として私たちと同じようなところに着地しているんだから」というのである。

 ぼくとしても、マルクスがすでに『資本論』でリービッヒの研究に刺激を受けて、資本の無限の価値増殖欲求は物質代謝を撹乱すると考えていた段階で、19世紀の人間にしては先進的な生産規制論を持っていたと思った。だが、それが気候変動時代にも対応する成長論なのか、それとも脱成長論なのかは、後知恵にすぎる議論ではないかと思ったものである。

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 斎藤は、従来のマルクス主義との差別化をはかろうとしすぎて、あまりにも過大な役割をマルクスに追わせているのではないかと思った。そしてこれまで登場している左派の潮流に否定的すぎるのではないかとも感じた。

 次の読書会では田川建三の『イエスという男』をやるんだが、その最初の章でイエスは「逆説的反抗者」だとして、ユダヤ教を批判するときに、聞くものにとってはあまりに極端に聞こえる逆説的な反抗の言説を繰り返していることが取り上げられていて、「これって、斎藤幸平やん…」と思わずにはいられなかった。

 

 まあ、とにかく斎藤の研究をきちんと吟味するまでは保留なんだけどね!

 

 

市場と企業についての評価をはっきりさせるべきだ

 読書会で表明したことだが、斎藤の本において、ぼくとして気になるのは、

  1. 新社会の方向として協同組合に期待をかけ過ぎ
  2. (資本主義システムではなく)市場・市場経済および利潤追求をする企業体そのものをどうするか(なくしていくのか、改革していくのか)についての評価がほとんどない
  3. 成長の定義が曖昧

などの点である。3.はAさんからの指摘で強く思った点である。

 1.は企業における雇用とは違い、資本家・労働者という関係ではなく、成員が平等な立場で参加している形態である。そこには生産における民主主義があるというわけである。

 いかさま、協同組合は確かに一つの可能性ではある。

 しかし、それがトレンドとなって社会の主要な形態になるかどうかは未知数である。生産における協同組合は、少なくとも日本ではそれほど大きな広がりを見せてはいない。*1

 マルクスは資本主義のうちに生まれる新しい生産様式への「過渡形態」として協同組合だけでなく、株式会社の形態にも注目していた。つまり生産において生産者が主人公になる様々なチャンネルに目配せをしていたのである。

 ジャーナリストの松竹伸幸は、レーニンのネップを研究した際に、協同組合について次のように述べた。

マルクスレーニンが協同組合を強調したからといって、現在の日本に生きる人びとが社会主義とは協同組合を前進させることなのだと考える必要はまったくない。マルクスレーニンが、目の前に存在するものから将来社会の形態を洞察したように、日本の現実をふまえて考えればよいのである。 

 たとえば、第二次世界大戦以降の資本主義においては、協同組合企業というものは目を見張るような発展をみせずに、逆に、株式会社がどんどん力をもつようになっていった。同時に、そういう力を得た株式会社を国民がどう規制していくのかが問われるようになった。
 株主となって発言権を得るというのも、その一つである。問題のある商品を生産している企業には投資しないというやり方も生みだされた。それらをつうじて、企業の社会的責任という概念が誕生し、消費者、従業員、地域、環境に対する責任を企業がどう果たしていくのかが問われるようになった。

 現在、ポスト資本主義の道を探っていくうえでも、資本主義の枠内の改革をめざしていくうえでも、大切なことは目の前の現実である。その現実のなかに、新しい社会の要素があるのかないのかを見極めることが、変革を成し遂げるうえで不可欠なのである。株式会社というのものを、そういう目で分析し、考察する必要がある。(松竹『レーニン最後の模索』p.128)

 

 斎藤は、商品という形態を人工的な希少性をつくりだすものとして批判し、協同組合を利潤追求体としての企業に対置する。ではその場合、商品という形態は駆逐されるのか、そして企業という形態は全て協同組合に取って代わられるのか。

 ぼくが斎藤に抱く疑問の中心として、「一体、斎藤は商品と企業、つまり市場と資本を認めるのか、廃絶するのか」ということがある。

 市場や資本が、新しいものに徐々に置き換えられていくのはいいとしても、完全に一掃すべきなのか、あるいは主要形態として残すのか。

 斎藤が上げている電力、住宅、食料、水などの限られた分野なら確かにそういうものに置き換えられるのは可能だろう。しかし、世の中にどれほどの種類と数の商品があると思っているのか? それを全て商品という形態の廃絶で応えるのだろうか? また企業はどうなのか? 現在の利潤追求としての株式会社、いや421万ある企業は全て協同組合に置き換えられるのだろうか?

 

 ぼくはコミュニストであるが、市場経済を廃止することは想像できない。そして利潤追求体である資本ですらその廃絶は考えていない。

 どこにどれだけの商品をいつ届けるかという配分は市場無しには今のところ想像できない。いかにそれがコンピューターによって理性的に解決されるにせよ、やはりプレイヤーによる市場でそれを決めるのだ。まさかあらゆる商品についてそれを「民主的」に決定させるとでもいうのだろうか?

  また、人が自由に起業し、生産の刺激として利潤を絶対に考えてはいけないということはあるまい。その完全な否定は経済の活力を失わせる。資本という「存在」を否定するのではなく、社会や職場からの規制によってその止揚をはかるべきであろう。

 

 企業=資本が利潤追求をしたとしても、それが労働者を過酷に働かせたり、環境を壊したり、お年寄り相手に不当な儲けを上げたりしないようにするためには、国家権力を背景にした法律と政策の力がある。斎藤はこれをジジェクを引用しつつ無力なものだと考えているようだが、それは20世紀から21世紀にかけての人類の進歩を全く見ないものだと言わねばならない。

 

 

 ぼくは、無限の価値増殖の衝動を持つ資本を様々なチャンネル(国家、自治体、市場、生産現場)によってコントロールすることが資本主義(利潤第一主義)の止揚なのであって、それこそがコミュニズムの核心であると考えている。紙屋流のコミュニズム観である。市場や資本そのものをなくしてしまう、つまり廃絶してしまうことは非現実的であり、社会発展の法則にかなっていない(はい、もしもし、こちら進歩史観です!)。

 協同組合が勢いを増して、様々な企業に一定程度取って代わることはあるかもしれない。しかし、少なくとも現時点でそれが全ての企業体と置き換わるとは考えにくい。

 それに、個々の生産現場(協同組合)が「民主化」されたとしても、社会全体を理性的に運用することは、個々の現場だけではできはしない。それはやはり政府が必要であり、政府そのものの民主化がなければ達成できない。

 これらが時には同じ方向で、時にはお互いが批判し・牽制しあって、その合成力が社会全体の理性的管理を可能にするのではないか。したがって国家(権力)や自治体による管理を否定する必要もないし、また他方でそれを過大に考える必要もない。

 

 同様に、斎藤は協業の廃止まで主張している。協業が資本による労働の包摂によって労働疎外を引き起こすからだというのだが、ここまでいくともはや反進歩という他ない。協業を否定して、例えば鉄鋼や造船などといった重厚長大な産業の生産物は生産できるのだろうか。疑問だ。仮に協業における疎外が解消できないとしても、「出来うる限りその時間を短くして、余暇を自由に過ごす」という構想でなぜいけないのだろう。協業が地上から根絶されたら、どれほど人類は時間を後退させねばならないのか。*2

 

 

刺激的な情報が多い

 以上が斎藤の本を読んでの疑問である。

 では斎藤の本は疑問だらけかといえばそんなことはない。

 「フィアレス・シティ」(恐れを知らぬ都市)としてバルセロナ市の気候非常事態宣言が経済モデルを根底から変えようとする野心的なものだという話など、斎藤の新書に書かれた個別の情報は役に立つものが多かった。このバルセロナの話は斎藤が出演したNHK「100分de名著」の「資本論」の最終回でも映像として取り上げられていた。

 斎藤は、同市の「宣言」を高く評価する。

この宣言は、「気候変動を止めよう」という薄っぺらいかけ声だけに終わるものではない。二〇五〇年までの脱炭素化(二酸化炭素排出量ゼロ)という数値目標をしっかりと掲げ、数十頁に及ぶ分析と行動計画を備えたマニフェストである。(斎藤前掲書KindleNo.3444-3447)

行動計画には、包括的でかつ具体的な項目が二四〇以上も並ぶ。二酸化炭素排出量削減のために、都市公共空間の緑化、電力や食の地産地消、公共交通機関の拡充、自動車や飛行機・船舶の制限、エネルギー貧困の解消、ごみの削減・リサイクルなど、全面的な改革プランを掲げている。その内容は、飛行機の近距離路線の廃止や市街地での自動車の速度制限(時速三〇キロ)など、グローバル企業と対峙しなくては実現できないものも多く、「フィアレス・シティ」の闘う姿勢が表れている。ここには、経済成長ではなく、市民の生活と環境を守るという意志がはっきり読み取れる。前章で見た、晩期マルクスの脱成長社会のエッセンスである「価値」から「使用価値」への転換をここには見出すことができるのだ。(同前KindleNo.3448-3455)

 福岡市は、最近温室効果ガスを2040年までに「実質ゼロ」にするという表明をした。しかし、その計画はいまだにない。最近、そのことに関わる住民請願の審査があったのだが、なぜ国の2050年ではなく2040年なのかとその根拠を正しても、市側は根拠を答えることができなかった。同じく2021年2月1日に開かれた都市計画審議会で、「天神ビッグバン」でビルの建て替えをする地区計画が審議され、業務床が1.5倍にも膨れあがり、市として前述の「宣言」をしているにも関わらず、市側は新しいビルの床単位あたりのエネルギー量も、ビルとしてのガスの総量も答えることはできなかった。まさに「薄っぺらいかけ声」そのものである。

宣言の起草プロセスも、同様である。二〇〇あまりの団体から三〇〇人以上の市民が参加した「気候非常事態委員会」での検討を通じて、宣言は執筆されたのだ。自然エネルギーの公営企業(BarcelonaEnergia)や住宅公団などでの業務に従事する人々も、ワークショップに参加した。(同前KindleNo.3481-3483)

 福岡市における計画策定への市民参加はせいぜいパブリックコメント止まりで、委員会を作って徹底した市民参加で作り上げたバルセロナとは比べ物にならない。

 

 斎藤の本によれば、バルセロナでは、オーバーツーリズムによって住民の負担が大きくなり、住宅が民泊に変わって、住む場所がなくなる住民も生まれてきているという。

 NHK番組のナレーションによれば、バルセロナでは次のように対策をとった。

2019年までの5年間でおよそ40%も家賃が上昇しました。それまで住んでいた人は高い家賃が払えず退去。住宅という富が民泊という商品になることで人々の生活を脅かしていったのです。そこで バルセロナ・イン・コモン(バルセロナ市の与党)は取り締まりを強化。違法で営業していた民泊 4900件に営業停止命令を出し、さらに低所得者世帯が安定的に暮らせる公営住宅の増設をする法律を制定しました。市民が自分たちの手で住宅というコモンを共同管理する——マルクスが唱えたアソシエーションにも通じる考えです。

 オーバーツーリズムや民泊に苦しみ、市営住宅を一切新築しようとしない福岡市とは正反対の姿勢である。

 このような情報がたくさんあるという点だけをとっても、斎藤の本書が刺激的な本であることは間違いない。

 

 

 論争と実践を分ける冷静な態度

 斎藤の同書にはグリーン・リカバリーとかSDGsなんて欺瞞だ、従来左翼の、成長に拘泥した生産力至上主義はダメだということがたくさん書かれている。

 理論や原則については大いに論争すべきなのでこういう議論は歓迎である。

 実際斎藤は本書で激しく批判している「ラグジュアリー・コミュニズム」についての本を推薦している。論争を歓迎しているのだろう。

 他方で、本書では「グリーン・ニューディール」を掲げ、結局経済成長論に取り込まれているとしてその限界性を指摘しているコービンの本を推薦している。

 

 また、斎藤は本書では「資本を課税によって抑え込もうとすればするほど、国家権力が増大」するとしてピケティの課税による資本の抑制を批判しているが、ツイッターを見ると、富裕税をけしかけている。

  つまり、原理的な議論は議論としてやるけども、そのプロセスでの共闘・共同は大いにやるべきだと斎藤は考えているのではないか。

 もしそうだとすれば、それはとても貴重な態度だ。そういう冷静な対応がSNS界隈では(はおろか政治のメインでも)本当にできなくなっている。原理論では大いに論争しつつ、当面の実践ではこうした人とも協力・一致できればいいなとぼくも思う。

 

 ところで、斎藤の顔を見ると、いつも「ナイツ」の土屋を思い出すのはぼくだけでしょうか…。

 

*1:もちろん、一定の広がりはある。https://www.japan.coop/study/statistic.phpまた最近「労働者協同組合法」が成立はしたのだが。https://www.tokyo-np.co.jp/article/72445

*2:そもそもマルクスは『資本論』において、資本の権能による労働者支配と、それが止揚された社会での「オーケストラの指揮」のような役割とを区別している。協業そのものを否定するのはとんでもないことだ。

講演会で質問されて考えたこと

 講演終わりました。

 いっぱいのお運びでありがとうございます!

 

www.tsunasaga.jp

 たくさん質問を出していただきました。

 その中で回答をしてみて興味深かった問題を一つここに取り上げておきます。

 ぼくは持論である「負担が大変な町内会の仕事をリストラしよう」という話をしました。

 これに対して、神社関連のものもリストラするのかという疑問が寄せられました。

 その質問・意見は、町内にある神社の行事を、季節の折々に、町内会として子どもたちなどを集めてやっているのだが、それはもう負担が限界に来ている、地域の大事な行事であり地域文化だが、それもリストラすべきだと思うのか、というものでした。

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(鎌倉・甘縄神明神社。本文とは関係ありません)

 ぼくは、基本は神社の行事は信者(氏子)が支えるものだから分離すべきだとして、地域文化と言える部分は、切り分けをして実行委員会をつくって、宗教の違いを超えて参加できるようにした上で、例えば春夏秋と3回やっていた行事を1回だけにするというリストラができるのではないかと答えました。

 その方は、神社の行事とは言っても宗教色はそれほどなく、地域文化そのものなんだが…とぼくの回答に納得されてはいないようでした。

 関連して別の方が、「最近の若い人たちはそういう神社の行事にも「自分は関係ない」と言って参加してこない。時代なのだろうか」と意見(感想)を述べられていました。

 

 これらの意見の核にあるのは、「神社のお祭りなどは宗教ではなく地域文化だから地域のみんなで担うべきだ」という気持ちでしょう。だから宗教扱いして地域文化を町内会活動から分離するのはナンセンスであるということなのです。

 一応回答はしたわけですが、そのあと、帰り道に、もう少し考えました。

 以下に、その「もう少し考えた」中身を書いておきます。 

宗教としての分離はやはりしっかりやろう

 まず、形式上のことを言えば、やっぱり宗教行事は極めて慎重に扱うべきだというのぼくの意見です。発言された方にしてみれば、自分にとっては「宗教(という特殊なセクト)ではなく普遍的なものだ」と感じるのかもしれませんが、違うものを信じている人には耐え難い苦痛をもたらしかねないので、きちんと分けるべきなのです。

 もちろん、町内会は任意団体です。任意である以上、結社の自由がありますから、「神社信仰を地域文化として扱う住民だけを対象とする」という特殊な団体をつくるのは勝手です。しかし、外国の人たちも大勢入ってこようとしているだけでなく日本人でも多様な考えが広がる時代に、そういう狭さを前提にしてしまった上で、「担い手がいない。どうすればいいのか」という心配をなさるのは、ちょっと虫が良すぎるということになってしまうでしょう。

 

 仮にうまく分離したとしましょう。

 それでも「担い手がいなくなる文化」というのは、本来的な意味での「文化」を

ある社会の成員が共有している行動様式や物質的側面を含めた生活様式(ブリタニカ国際大百科事典)

だと定義すれば、そもそもリアルタイムな「文化」である資格を失っていると言わねばなりませんね。もはやその地域の「成員が共有して」おらず、若い人たちは担おうとしていないわけですから。

 仮に(消えゆく)伝統文化のようなものとして扱い、それを担うような年齢層の人たちが存在したとして、しかしながら担うことを拒否して、伝統文化を担うことから離反しているというのは、意義を知り保存を支持する人を獲得できなくなっているわけで、それならば、若い人たちが文化として保存したくなるような手立てを考えなければならないのでしょう。町内会で「行事」として押し付けたり、輪番化したりしてどうこうできる問題ではありません。

 

宗教として信者を獲得する自己改革を

 より根本的には、町内会の問題ではなく、信仰と宗教団体のあり方の問題なのではないかと思います。

 神社の行事を、その信者である氏子が支えるためには、そこに裾野の広い信仰がなければなりません。それが時代にそぐわなくなって、信者がいなくなり、支えるヒトもカネも枯渇しつつあるというのがこの問題の本質であって、「町内会問題」ではないのです。

 神社ではなく寺で考えてみます。

 最近は西洋仏教がマインドフルネスとか瞑想のようなものとセットで注目が集まっていますが、その高揚と日本の土着の仏教とは、今のところほとんど関係がありません。

 もともと農家にとっては農業をやる田畑と家屋敷があって、そこに永住することが前提であれば、紙屋家なら紙屋家というイエを永続させることが大事なつとめでした。それとセットになった先祖供養や氏神信仰であり、お寺はイエのお墓を管理し、先祖を供養してくれる存在でしかなく、宗派の教義はどうでもよかったのです。

 ぼくの実家でも、日蓮宗の家から嫁いできた母はなんの違和感もなく今の実家の浄土宗のお寺に通っていますし、なぜか浄土教系では使わないという「般若心経」を毎日仏壇の前で読んでいます。そして「般若心経」に何が書いてあるのか一切知りません。要するに教義のソフトはどうでもいいのです。たとえ「桃太郎」の一節がお経になっていたとしても、お坊さんがお墓や仏壇の前で読経してくれるなら、満足なのです。

 しかし、こういう農業・土地・墓・定住という信仰の構造が急速に崩壊しつつある以上、先祖供養としての「お寺」を信者が維持していくということは本当に難しくなるでしょう。

 神社も似たようなものです。

 そういう宗教としての信者獲得のシステムを根本的に改革しない限り「神社の行事を支える担い手がいない」という問題は解決しようがないのです。つまり「若い家庭や子どもたちが神社の新しい氏子として入信し、行事や神社の維持を支えてくれるような、魅力的な宗教活動をしてください」ということに尽きるのです。町内会にその仕事を肩代わりさせてはいけません。

kamiyakenkyujo.hatenablog.com

 

 

寺院消滅

寺院消滅

  • 作者:鵜飼 秀徳
  • 発売日: 2015/05/21
  • メディア: 単行本
 

 

 ぼくとしては帰り道にいろいろ考えるきっかけになりました。

 参加された方、質問された皆さんに厚く御礼を申し上げます。ありがとうございました。

 

佐賀市立高木瀬公民館の「大人塾」で講演します

 

村崎一等兵のセリフを読む

 ここ数年続いていることは毎日の筋トレと、風呂場での大西巨人神聖喜劇』の朗読である。

 対馬での軍隊生活を描いた『神聖喜劇』の方は、もう何べんも読み返しているが、今は光文社版文庫本の第2巻、主人公の東堂が対馬には大きな軍隊が駐留しているのになぜ買売春の施設がないのかをいぶかるシーンのあたりを読んでいる。

 

神聖喜劇〈第2巻〉 (光文社文庫)

神聖喜劇〈第2巻〉 (光文社文庫)

  • 作者:大西 巨人
  • 発売日: 2002/08/01
  • メディア: 文庫
 

 

 構成上少し変わっていて、東堂が上級者にインタビューをするかのような記述がずっと続く。

 『神聖喜劇』を朗読していて、一番読み応えがあるのは、北部九州の言葉での会話が続くシーンで、ここはまさにそれである。

 

 東堂が好感を抱いている村崎古兵のセリフは、切れ目がほとんどなく、啖呵のような小気味よいリズムとアグレッシブな調子があり、読んでいてクセになる。

 次にあげるのは、村崎一等兵が、神山上等兵の「売春婦」問題での見解と彼の日頃の振る舞いを批判するくだりである。

 ***ははぁ? この部隊にゃ離れ島やら平戸、島原、天草へんやらの貧乏農漁村出身兵が多うして、そいつらが、みんなけちん坊のしみったれじゃけん、余計なことにゃ金を使わん、樽田に女郎買いにもよう行かん、それでここじゃ女郎屋が発行せんとじゃろう、ちゅうとか。そりゃ、東堂の考えじゃのうして、人から聞いたちゅうとじゃな。物事にやかましゅうして頭の冴えとる東堂は、それを聞いて、どげな気持ちがしたとか、おれのほうがお主にたずねたいごたぁるぞ。まぁええわ。ふん、どなた様が仰せられたとか知らんが、恐ろしゅう高等な御意見じゃねぇ。うんにゃ、まるで見当が違うとるとは、おれも言わん。ある意味じゃ、ちゃんと当たっとって、なかなか穿(うが)っとるとかもしれん。ばってん、東堂。……よし、一つおれが、作り話ばして聞かしょう。ええか、作り話ぞ。……その離れ島の一つの対馬でじゃな、厳原(いずはら)かどこかに元小百姓兼漁師の転業して開いたちっぽけな雑貨屋か何かがあったとして、そこの死んだ先妻の小伜(こせがれ)が村崎なんかとおんなじごと「親の貧苦のそがために」小学校しか出られんじゃったとして、——おれが上の学校に入られんじゃったとは、家が水呑み百姓のせいだけじゃなしに、わが頭が悪かったせいでもあったろうが、——むかしその小伜の叔父貴がやっぱり尋常小学を出るとすぐから朝鮮に渡って丁稚奉公なんかしながら大きゅうなってじゃよ、いまじゃ京城でまぁまぁかつがつ食うにゃ困らん程度かそれよりもちょっと増しなぐらいの文房具店をやっとるとして、——これが、神山——、うんにゃ、その小伜に言わすりゃ、その場その場の風の吹きまわしで「一流会社の常務」てろの「大デパートのマネージャー」てろのちゅうことになるとらしかぞ、——高等小学を一年きりで止めにゃならんじゃった小伜がこの対馬におったちゃ先行きどげな捗々(はかばか)しい見こみも立たんちゅうことでその叔父貴の住居(すまい)を足がかりに京城行きをしたとして、その男が小僧やら給仕やらの勤めで何年間か辛抱した果てに徴兵検査のころにゃ京城の何物産とか何商事とかちゅう二流か三流の会社の事務員になられたとして、——これも、その男に言わすりゃ、「京城で指折りの株式会社の高級サラリーマン」なんちゅうことになるとじゃ、——その男が以前わがそこからずらかった生まれ故郷の貧乏離れ島に現役入隊のために立ちもどって来たとして、さてその現役兵が百姓でも漁師でも職工でさえもございません「大都会」の「高給取りサラリーマン」でございますちゅう顔様(かおよう)の口の先で——へっ、下手にひっくり返った仁徳天皇じゃあるめえし、——そげな高御座(たかみくら)から見下ろしたごたぁる土百姓家に生まれて育った貧相な鍛冶屋のガンスイがそれを聞いたとしたら、そのおれはよか気色にゃならんじゃろう——むっとするじゃろう、ちゅう話よ。……うんにゃ、それがそげな奴の口から出たとじゃのうても、恐ろしゅう高等な御意見じゃちゅうおれの感じに変わりはなか。誰が言うたとにしても、なにさまおれはよか気色じゃ聞かれんごたぁる。(前掲p.395-397)

 ***うぅむ、ちょいとグラグラシタ〔癪に障った〕とじゃったが、そげんハラカイタとも大人気(おとなげ)なかったろうねぇ。あぁ、おれは、東堂にハラカイタとじゃなかとぞ。それに、その話を東堂がすらすらっと受け入れとったとかどうか——、たとえすらすらっと呑み込んどったにしたところで、そりゃ育ちのええ東堂としちゃ無理もないとかもしれん。……なんや。……ふむ、お主の育ちのよし悪しはあとまわしにしといて、まぁ聞け。おれも、なんぼか僻(ひが)んどるとじゃろう。ちゅうても、その「高級サラリーマン」閣下に僻んどるじゃないぜ。そうたい、その神山上——、うんにゃ、その男にも感心な点はある。まだ高等小学一年を修業したばっかりの年端も行かぬ身空で、二親の——うん、それも片一方は継(まま)おっかさんじゃ、——その二親のそばを離れて、知らぬ他国に出て、何年も他人のめしを食うて、——その間に踏みはずしてドマグレテ〔堕落して〕どげんもこげんもならんやくざ者になっとっても、そりゃ世の中にようあること、格別奇妙でもなかじゃろうに、——それどころか、その艱難辛苦の中で苦学ちゅうとか独学ちゅうとか学問もだいぶんした模様の、とうとう二十一、二の時分にゃ、いちおう人前で上級学校出の人間たちとも五分(ごぶ)の見かけに人がましい理窟の二つ三つはしゃべられるごとなって、二流にしろ三流にしろともかくも朝鮮にも内地にも支社とやら出張所とやらを幾つかは置いとる株式会社の京城本社で——こりゃ嘘ごとじゃなしに——正社員か準社員かになっとるとじゃけん、「貧すりゃ鈍する」の多いこの浮き世では、なんちゅうても感心なこと立派なことと言わにゃなるめえ。どうしてどうしてそりゃ誰にでも叶うちゅうごたぁることじゃなか。えらいもんよ。むつかしい言葉で言うなら、進取の気象か立身出世の志か、そげなとを、その男は、人なみ以上に持っとるとにちがわん。頭も悪うはない。もしその男が大人しゅう大様(おおよう)にして落ち着いとるとじゃったら、おれにしても誰にしても思わず知らず感心もする尊敬もするちゅうことにならじにゃおられるんじゃろう。そうじゃろうが?(同前p.397-398)

***うん、そうじゃねぇ。まぁ、そげなことよ。ばってん、その男が、口を開けりゃいつも大風呂敷を広げて、わがむかしの骨折りやらなんとか試験合格やら、わがいまの「高級サラリーマン」やら立身出世やらを、嘘まこと七分三分のちゃんぽんに吹聴したり、わが今日の身の上は百姓でも漁師でも職工でさえもございませんちゅう本心鼻高高の口の先で、いかさま下下(しもじも)の実情にも深い理解があると言わんばかりの恐ろしゅう高等な御意見を宣(のたも)うたり、しよるごたぁる調子じゃ、なんぼか世間で成り上がったにしたっちゃ、せっかくの苦労も勉強も結局のところその人間の仇にゃなっとっても実になっとらんとぞ。うぅ。(同前p.398)

 

 最初はただ読むだけであるが、うまくスルッと読めると気持ちがいい。次第に、あるいは2回目には感情を込めてみる。

 職場には同じ福岡出身でない同僚がいるが全く北部九州の言葉には染まっておらず「標準語」を喋る。ぼくは北部九州・福岡県の出身ではないから、当然こうした言葉は自分にとって「お国訛り」ではない。だけど、ぼくの場合、職場や、子どもが通っていた保育園から持ち込まれてきた「外国語」のようなものとして、朗読でうまく言えるとなんとなく嬉しい。

 『神聖喜劇』の中に出てくる訛りは、軍隊言葉(上記で言えば「ガンスイ」=元帥はその一例。ぼーっとしている愚か者のこと)を除けばだいたい日常で接するけども、「〜てろ、〜てろ」という並列を表すであろう「てろ」はほとんど聞いたことがない。誰か聞いたことがあれば、どのあたりの言葉なのか教えてほしい。

 村崎の言い回しが、少し芝居掛かった、古風な感じになっているのも、「言ってみたくなる」原因である。「親の貧苦のそがために」はもろに文芸表現であるが、「もしその男が大人しゅう大様(おおよう)にして落ち着いとるとじゃったら」の「大様」とか、「『大都会』の『高給取りサラリーマン』でございますちゅう顔様(かおよう)の口の先で」の「顔様」とか、「いかさま下下(しもじも)の実情にも深い理解があると言わんばかりの恐ろしゅう高等な御意見を宣(のたも)うたり、しよるごたぁる調子じゃ」とか、などはそうである。

 

 特にここのくだりは、最初に村崎が神山を貶めておいて、しかし全く同じことを見方を変えて称揚してみせて、最後にもう一度おとすということをやっていて、同じことがこんなふうに言えるし、全く逆さまに見えるんだ、と実に味わい深さを覚えるところだ。

 『神聖喜劇』は他にも、漢語を駆使して書かれている法律談義の部分や、東堂が論争している部分は、妙に硬くてこれも朗読すると独特のリズムがあり、ハマる。

 他方で一向になれないのは、古文で書かれた部分で、これは日中に辞書やネットで読みかたを調べたりするのだが、それでも難しく、読み進められないのである。そのくだりにくると朗読が嫌な人の気持ちがわかる。

 騙されたと思ってあなたも朗読してみるといい。

 っていうか、誰かと『神聖喜劇』の朗読会をやりたい。コロナ下でアレではあるのだが、終わってからでもいいから。

 

 いつかリアルで、村崎のような感じで啖呵を切ってみたい。

 

ヴィトルト・ピレツキ『アウシュヴィッツ潜入記』

 まもなくアウシュヴィッツが解放された記念日(国際ホロコースト記念日)である1月27日である。 

私はアウシュヴィッツで危険なゲームをやっていた。いや、この文章は現実を正しく伝えているとはいえない。実際、私の経験は世間の人々が考える危険をはるかに超えるものだったのだ……

 本書の冒頭に掲げられている著者ヴィトルト・ピレツキの言葉(本文p.145に登場)である。

 本書を二度読み直して、この本をどういうものとして伝えようかと考えた時、確かに「私はアウシュヴィッツで危険なゲームをやっていた」という規定がしっくりきた。

 

アウシュヴィッツ潜入記

アウシュヴィッツ潜入記

 

 

 

 なぜか。

 

「危険なゲーム」

 本書の著者ヴィトルト・ピレツキは第二次世界大戦期のポーランドの将校(大尉)である。同国は独ソに分割され消滅してしまっていた。ピレツキは抵抗組織に身を投じ、「地下運動からあたえられた任務を遂行するため」(本書xlvii)、その任務に志願し、「みずから進んで身柄を拘束され」(同)アウシュヴィッツに囚人として潜入したのである。*1

 「地下運動からあたえられた任務」とは、収容所に組織をつくり、

  1. 外部からのニュースと物資をその組織員に届ける
  2. 収容所の情報を外に報告する
  3. 武装蜂起の準備をする

という3点である(xli)。そして1940年に投獄され、1943年に脱走する。つまりアウシュヴィッツの内情を探り組織をつくるために、自分から拘束されてアウシュヴィッツに入り、脱走するのだ。

 ちょっと考えただけでもわかる。

 数百万人が殺害されたあの収容所に、自分から捕まって潜入し、脱走しようとするなど正気の沙汰ではない。いくら抵抗運動のための目的があったとはいえ、もっと効果的で効率的な方法があったのではないか。それはまさに「危険なゲーム」としか言いようがないのである。

 なるほど、ピレツキの精神と肉体の強靭さは驚くべきものがある。なおかつ、初期の頃は人種の絶滅を目的としたものではなく(ガス室もガスによる大量殺害もなかった)、ピレツキはユダヤ人ではなかった。だから、ある種の「アドバンテージ」があったとも言える。

 しかし、それでも本当にすぐそばに死があったことは本書を読めばすぐにわかる。

 例えば初期の頃、脱走者が1人出るたびに10人の収容者が銃殺された。(p.147)

 その選別はどうやら脱走者が出たブロック(棟)から行われるようなのだが、「10人」の選別の基準は全くわからないものだった。

 ポーランドのかつての祝日には「やや多め」に銃殺対象が選ばれた。ピレツキの組織の同志の一人もそうやって突然選ばれた。

 三〇分後、朝の点呼の場で、ほかの大勢の者の名前とともに彼の名前が読み上げられた。

 彼は私に温かく別れを告げ、母親には自分が意気軒昂なまま死んでいったと伝えてくれといった。

 数時間後、彼は死んだ。(p.150)

  これはほんの一例だ。そんなふうに自分がすぐ死ぬかもしれず、しかもそれはそれを避けようとする自分の努力とは関係なく押し付けられるのである。「危険なゲーム」ではないか。

 ピレツキがアウシュヴィッツに自ら飛び込んでいったのだから、ピレツキが収容所で味わった苦痛や恐怖には(その不条理が他の囚人たちに押し付けれたことには心が痛むが)あまり同情できない。

 …と言いたくなるほど、2021年の日本に生きるぼくにはこの行為(自ら志願して潜入すること)の意味は理解しがたい

 だが、別の考え方もある。

 

「危険なゲーム」を冒す理由

 そもそもピレツキがアウシュヴィッツに潜入したは抵抗運動のためである。ナチスドイツがポーランドを侵略したからピレツキは抵抗運動に立ち上がらざるを得なかったわけであり、抵抗運動という危険に追い込んだのはピレツキの責任ではなく、ナチスドイツの責任である。もちろん「いや、抵抗運動の中でもなぜほとんど死地とも言えるアウシュヴィッツに飛び込むのか。あまりにも非合理な判断だ」という批判はできよう。

 しかし、それは後知恵かもしれない。潜入して初めてわかったのかもしれない。

 また、後世のぼくらから見たらわからない事情がまだあるのかもしれない。

 あるいは、「ならば、国内に残って軍事的抵抗をすることは収容所に入るのと同じような危険ではないのか? なぜ国外に亡命してそこで戦わず、あまりにもリスクの大きい道をすき好んで選んだのか?」という批判もありうる。収容所に入ることはダメで、国内で抵抗運動をすることはOKだとは言えまい。

 ぼくには直ちに理解はできないのだが、アウシュヴィッツに潜入するという目的への違和感は、当時を生きておらず、侵略者との生死をかけた闘いを何ら経験していない後世のぼくが今の段階で審判できることではない。むしろ侵略者への抵抗の一つとして、ピレツキの意識的潜入をきちんと理解すべきことなのだろう。

 本書への、この最大の違和感については、このように納得しておくしかあるまい。

 本報告の最後にあるピレツキの言葉を、読者であるぼくはとりあえず胸に刻むしかないのだ。

 私がこれまで数十ページかけて描いたものは重要ではない。スリルを味わうためだけにこれを読む人々にとってはとくにそうだ。だが私はここで、遺憾ながらタイプライターのどの文字よりも大きな字で強調したい。きっちりと分けられた髪の下には、役立たずのおがくずしか入っていないすべての愚か者たち。そのおがくずが染み出るのを止める形のいい頭骨をあたえてくれたという唯一の理由で母親にまちがいなく感謝できそうな能なしの輩ども。彼らに少しの時間、自分の命について考えさせよう。周囲を見まわすようにうながし、自力で闘いを始めさせるのだ。有意義であり真実であり、さらには大いなる大義ですらあるかのように巧妙に見せかけた虚偽、嘘、利己主義との闘いを。(p.380)

 

(1)アウシュヴィッツの客観的記録として読む

 このようにして、「潜入」という行為への違和感をとりあえず納得というか留保した後で、この記録を以下の3つの角度で読むことができる。

 一つは、アウシュヴィッツで起きたことの客観的記録としてである。

 アウシュヴィッツは1940年の当初はドイツの占領地ポーランド政治犯の収容施設であり、ピレツキはそこに収容されたのだが、その施設目的が全ヨーロッパのユダヤ人絶滅施設へと変わり、ピレツキは1942年にその変貌を目の当たりにする。

 そしてその変貌を遂げる過程で、ソ連軍の捕虜が収容され、国際法規に反して大量に殺戮されていく状況も記録されている(p.182)。

 初期は管理者による原始的な暴力が蔓延していた。

 例えば過酷な体操(大きな練兵場をカエル跳びで回る)をさせ、できないものは殺された(p.44)。あるいは「懲罰隊」といって、懲罰のための過酷な労働を与えられた者には、点呼の際に整列で前に出過ぎた者、後ろに下がりすぎた者に対して、班長は怒りを爆発させ、

その男の胸の上に馬乗りになり、腎臓のあたりや急所を蹴りつけ、またたくまに命を奪った。われわれはそれを見ながら、黙っているしかなかった。(p.34)

 点呼は殺人の方法なのである。

 ところが、このような原始暴力の蔓延は、ユダヤ人の絶滅のための施設建設が始まり、減っていく。

 前述の脱走者への大量報復もなくなり、収容者を殴ることを禁じる命令が出たりした。

 …いずれにせよ、もう殴られることはなくなった。

 少なくとも、中央収容所にいるわれわれの状況はそうだった。

 四〇—四一年の収容所の印象と比較すると、おなじ壁のなかでおなじ顔ぶれが残っているが、以前はあんな状況だったことがにわかに信じがたかった。(p.321)

一部の「暴君」たちが君臨した収容所初期の光景がもはや適切でなくなったため、収容所当局者はクランケンマンやジグドロを含めて多くの囚人班長を別の収容所に移すことにした。(p.188)*2

 そしてこのような原始的暴力が後ろに退いた代わりに、「スマート」な大量殺人システムが前面に出てくる。

 最初の何年かは一日に三回も点呼があった。ほかの残酷な方法でひどく原始的な殺害方法に加えて、点呼と長い懲罰も、われわれを死にいたらしめる静かな方法だった。

 その後、殺害方法に変化があった……より文明化された方法がとられるようになったのだ……ガス室やフェノール注射で毎日数千人が殺害された。(p.320)

 1942年に点呼は廃止される。

 アウシュヴィッツで行われていた暴力は無数に記述されているが、絶滅収容所となった1942年秋にピレツキが知った「人体実験」の記述は強烈で、朝日新聞書評で本書を取り上げた藤原辰史もそれについて触れている

 人種的絶滅を目指す実験であろうが、不妊にするために外科手術をし、生殖器放射線をあてる。その上で、生殖機能が失われるかどうかを確かめるために精子を(道具で)女たちに注入する。妊娠が判明したために、放射線量をさらに増やす。当然性器が焼けただれ、女性たちは苦しみながら死んでいく。実験が成功しても失敗しても、被験者の男も女も全員殺された。

実験にはあらゆる人種の女たちが参加させられていた。ポーランド人、ドイツ人、ユダヤ人、そして後半になるとジプシー〔ロマ、シンティ〕がビルケナウから移送されてきた。ギリシャから連れてこられた数十人の若い女たちもこの実験の犠牲となった。(p.292)

  驚くべきことに「ドイツ人」も入っている。

 ここでは「二級市民」とカテゴライズされた「民族」「人種」、人間には何をしてもよい、という思想が行動となってはっきり出ている。差別を構造化してしまうとここまで行き着いてしまうのだ。

 ヘイトスピーチや差別的言辞は言論の分野で起きている問題だが、「何をしてもいい」という精神構造を作り上げていく一つの有力な手段はまさに言論である。

 ヘイトスピーチはじわじわと、あるカテゴリの人間を「人間扱いしなくていい」として丸ごと捨象していくことに恐ろしさがある。そう考えると、街頭でわかりやすく「ゴキブリ」「出て行け」と叫ぶヘイトスピーチだけでなく、通常の言論の皮をかぶって「〇〇の人はどう扱ってもいい」という差別の思想を頭の中に構築していくことこそが実はステルスであり、恐ろしいと言える。そういう人が例えば道で倒れていても「なんだ〇〇の人か」として見捨てるような精神構造である。

 ぼくはその規制にはきわめて慎重だが、それらがもたらす凄惨な結果について学べばやはり絶対的に規制してはならないということにはならないだろう。

 

(2)ピレツキという人間の精神の強靭さ

  この本の二つ目の読み方は、ピレツキという人間の精神の強靭さについてである。

 収容所に入ってすぐにピレツキは次の体験をする。

 私はここで前歯を二本折られた。この日の〈浴場監督〉が命じたとおり、収容者番号の書かれたカードを歯でくわえるのではなく、手に持っていたからだ。

 重い棒であごを殴られた。

 私は二本の歯を吐き出した。もちろん、血も少し混じっていた…。

 この瞬間から、われわれはただの番号になった。(p.20)

 他に残酷・過酷な体験は無数にあるがこれがとりわけぼくの心に重くのしかかってしまうのは、いかにも自分の身の上に起きそうな、想像可能な暴力である上に、永久歯という回復不能な身体器官がたちまち欠損させられるからであろう。入所すぐにこんな暴力でやられてしまえば、ぼくなどはたちまち精神を支配されてしまうだろう。 

 このような収容所に入れられて、そもそも正常な精神、人間らしさを保っていられるのか。それらは『夜と霧』をはじめ『アウシュヴィッツは終わらない』など数々の記録で問われているテーマでもある。

 しかし、ピレツキの場合は、そうした「一般」状況を超えている。

 いかに彼が自覚的にここに潜入したとはいえ、精神と肉体を保って広範な組織を作り、やがて脱出までしてしまうというのはまったくぼくの意表に出ている。

私はやがて、肩を寄せ合って立つポーランド人たちのあいだに一つの考えがかけめぐり、最後には全員がおなじ怒りと復讐心で団結するのを感じた。私は、自分の仕事を始めるのに最適の環境だと感じ、心のなかに幸福感にも似た感情がわき上がった。(p.35)

 「幸福感」…?

 そのとき、私のなかで反撃の意欲がむくむくと頭をもたげてきた。

 それは強烈な闘争の目覚めだった。(p.51-52) 

 「反撃の意欲」? 「強烈な闘争の目覚め」?

 ピレツキというキャラクターをどう理解すればいいのか?

 それは、「政治に携わる、ぼくと同じ人間」としてどう理解するか、という意味である。

 正直に言えば、ぼくは彼を「手の届かない超人」のように今眺めている。こんな精神の在りようは到底無理だ。

  しかし、だからといって異星人を眺めるほどには隔絶してはいない。

 遠く、距離がかけ離れていても、やはり同じ政治闘争をする人間としてピレツキをみる。

 生き延びて任務を遂行する、ということをピレツキは鋭く考える。

 まず生き延びる。そのために欲望に負けず、不要なことを排除する。

 例えば、朝コーヒーもどきのお湯を求めて多くの収容者が争う。しかし顔と足にむくみが出ている仲間を見て、それが「水分の取りすぎ」だと知る。「水分しか摂取せずに肉体労働で体を酷使した結果だ」(p.28)と判断したピレツキはそのような「コーヒーもどき」争いには加わらず、煮出汁とスープだけを摂取するようにする。

 そして、当面の任務のための必要なことを考える。

 脱走は利己でしかないから絶対に加わらないものの、すでに収容所に残ることは組織化にとって意味がないと理解した瞬間に、ピレツキは脱走の計画に集中する。

 このように目的を明確にしてそのために無駄なことを削ぎ、状況が変われば鮮やかに、こだわりなく転換する、政治機械とも言えるピレツキの行動は惚れ惚れする。

 政治闘争に身を置くぼくとして、ピレツキは、異星人ではなく、遠いけれど「憧れ」なのである。

 

(3)他の記録との比較

 三つ目の読み方として、一つ目と二つ目の裏返しではあるが、他の記録との比較である。それは精神のあり方としても比較したし、また、収容所の客観的な描写としても比較した。

 他のアウシュヴィッツの収容者の記録を読むときに、こうした収容場所、収容時期、「人種」(区分)に注意する必要がある。

 例えば、『アウシュヴィッツは終わらない』(新訳『これが人間か』)を書いたプリーモ・レーヴィアウシュヴィッツに収容されたのだが、ではピレツキと全く同じかというとそうではない。

 レーヴィはポーランド人ではなくイタリアで抵抗運動をして捕まったユダヤ人である。そして彼はピレツキが脱走した直後の1944年1月に入れ替わりのように入ってくるのである。

 「アウシュヴィッツ」といっても広義にはアウシュヴィッツ収容所が管理する一連の収容所全体を指すこともあるし、狭義には「アウシュヴィッツ収容所」にも第一から第三までまでがある。ピレツキがいたのは第一収容所(中央収容所)だが、レーヴィが入っていたのは第一収容所ではなく、モノヴィッツ(第三収容所)である。

 

 こうした違いから、記録の客観的記述、そして強制収容所というものへの感じ方が相当隔たりを持ってくることがある。

 

 ぼくは本書を読んでからさしあたりレーヴィの本だけを読み直したのだが、ピレツキの記述と重なることももちろん多い。「回教徒」「カナダ」「組織化(オルグ)」などの言葉はもとより、収容所で起こる事件に対する感じ方についてもだ。

 例えば、労働に全力をあげてはならないこと。

 ピレツキは一輪車を押す際にも筋肉や肺をどう休ませるかを考えてずる賢く手を抜くことを考えねばならないという趣旨のことを書いている(p.37)。

そう、われわれは過酷な選別のプロセスをくぐり抜けているのだ。(同前)

 そうと知らずに全力で真面目に労働してしまうものは選別されてしまう。つまり死ぬ。

 レーヴィの本にも「ヌル・アハーツェン」のエピソードとして似た話が登場する。

  囚人番号018(0=ヌル、18=アハーツェン)。

彼は命令されたら、すべてを実行する。…彼は、完全に消耗する前に働くのをやめるという、荷車引きの馬さえ持っている初歩的なずるさを持ちあわせていない。彼は力の許す限り運び、押し、引く。そして何も言わずに、その濁った悲しげな目を地面から上げもせずに、不意に崩れ落ちる。(レーヴィp.45)

 まるでブラック企業の労働のようだ、とぼくは思う。

 そしてブラック企業で過労死に追い込まれる者も、「ヌル・アハーツェン」のように、「荷車引きの馬さえ持っている初歩的なずるさを持ちあわせていない」として「責められる」のかもしれない。しかし、よく考えればそこはアウシュヴィッツなのである。アウシュヴィッツでそのような労働をさせているという状況を捨象してぼくらは「ヌル・アハーツェン」を「責める」が、それはお門違いなのである。

 アウシュヴィッツは逃れられないが、ブラック企業は逃れられる?

 同じである。

 なぜ「ヌル・アハーツェン」は「荷車引きの馬さえ持っている初歩的なずるさ」を発揮して手を抜かなかったのか? 「ヌル・アハーツェン」が死んだのは「自己責任」なのだ——そういう言い分が成り立ってしまう。

 

 他方で違いはいろいろある。

 生活状況についての違いは「興味深い」ところではあるが、ここで注目したいのは心持ちである。

 レーヴィにとって収容所とは個々人が生存のために競争し闘争する場所なのである。

ここで生き抜くには、全員が敵、という戦いに、昔から馴れている必要がある(レーヴィp.45)

 そして、ソ連軍が迫り収容所の管理が崩壊し、パンを分かち合うという収容者同士の共同が始まった瞬間にレーヴィは、収容所(ラーゲル)は死んだ、と規定する。

一日前だったら、こうした出来事は考えられなかっただろう。ラーゲルの法とは、「自分のパンを食べよ、そしてできたら、隣人のパンも」であり、感謝の念などはいる余地がなかった体。ラーゲルは死んだ、とはっきり言うことができた。(レーヴィp.198)

 これに対して、同志をつくりその組織化に成功したピレツキにとっては収容所は共同の場である。

ここで生きていく唯一の方法は、友情を結んで協力しながら作業すること……たがいに助け合うことだった。(p.139)

 実際、ピレツキはいつもで同志たちに助けられる。例えば、突然SSがきて病棟ごとごっそりガス室に送られることがあった。ピレツキがチフスにかかって高熱を出した時、ピレツキはその心配をする。しかし、仲間がなんども助けてくれる。

私が衰弱しているあいだ、患者全員がガス室送りにされそうな事態が起きると、友人たちは一度ならず私を屋根裏部屋に運んで隠す準備をしてくれた。(p.259-260)

 ピレツキが有利な仕事につけるようにする手立てをはじめ、この報告書の随所に同志の協力が登場する。

 レーヴィにはそうした条件がなかったのかもしれないが、共同を目的意識的に追求しているピレツキにとって、収容所という地獄さえも、違って見えたのではないかと想像する。前述の通り、ピレツキが収容所に「幸福感」を覚えたのは、自己洗脳ではなく、強力な外的圧力によってポーランド人たちが愛国的団結をする可能性があるからなのだ。

 ポーランド人たちを和解させるためには、連日のようにポーランド人の死体の山を見せなければならなかった。現実世界でのたがいのあいだにあった相違や敵意の向こうには、さらに大きな現実があるのだと悟らせる必要があった。すなわち、合意を形成し、共通の敵に対抗する共同戦線を組むことだ。そのような敵は常に相当数いた。

 そのため収容所では当時もそれ以前も、合意と共同戦線のチャンスは常にあった。(p.162)

  外の世界では、〔左派の〕ドゥボイスが喜びとともに〔右派の〕リバルスキの言葉に耳を傾け、おたがいに温かい握手を交わせただろうか?

 ポーランドでは、そのような合意の光景はどれほど感動的か? そしてどれほど困難か?

 だが、ここアウシュヴィッツではのわれわれの部屋では、双方が進んで話をした。

 なんという変わりようだ!(p.174) 

 ピレツキの動機は愛国主義であり、そのための共同である。

 彼がこの共同を必死で追い求め、それがまさに(死体の山がすぐそこにある)収容所だからこそ可能だったのであり、だとすればピレツキがここに入りたがったことも理解できるし、「幸福感」を抱いたというのもわかるのである。

 ナチという強大な敵と闘うために共同をつくりだすことは政治的に正しい正しい目的を持った人間の共同は、人間を強くするということではないか

 

スターリン体制ともたたかう

 他にも個々に論じたいことはたくさんあるが、きりがないのでこれくらいで。

 最後に、ピレツキのその後であるが、戦後ソ連の力でスターリン主義的な政権ができ、ピレツキは再投獄されて死刑にされる。逮捕されポーランドの秘密警察から拷問を受けるが、ピレツキは当時面会した親族に次のように語っている。

ソ連式の訓練をうけたポーランド人にうけた仕打ちに比べれば、アウシュヴィッツは子供の遊び(igraszka)だったと語っている。(liv)

 ナチとたたかい、スターリン体制とたたかったピレツキの生きざまは、左翼のぼくの「憧れ」である。

 

*1:本書の中には解説を含めこれ以上詳しい経緯がない。誰の指令なのかという点がぼんやりしている。裏表紙には「当時ロンドンのポーランド亡命政府は、新設のこの収容所の目的を探っていた。志願したピレツキの主な任務は…」という記述がある。

*2:クランケンマンは前述の整列を乱した者を馬乗りになって殺した班長だが、ナチ(SS)は「クランケンマンに復讐しても罰を与えない」としたために、クランケンマンは囚人たちに殺されてしまう。ナチは自らの手を汚さずに始末したのである。