「社会を明るくする運動」の宿題作文のこと

 中1の娘の短い夏休みの宿題の一つが「社会を明るくする運動」作文である。学校が配布した課題一覧表には「1年生は全員取り組むこと。2・3年生は自由」とされている。選択課題でなく必須なのである。

 「社会を明るくする運動」の概要がプリントに書いてある。

日常の家庭生活や学校生活の中で体験したことをもとに、犯罪・非行のない地域社会づくりや犯罪・非行をした人の立ち直りについて考えたことなど。

募集 【作文】400字詰め原稿用紙3〜5枚

 「社会を明るくする運動」は、もともとは非行少年の更生にフォーカスをあてて、その社会への受け入れを官民あげて取り組んでいこうとするもの*1で、治安対策の一環としての官製国民運動という側面が強い。

www.moj.go.jp

 

 

 娘に聞く。

「この『社会を明るくする運動』について授業で聞いた記憶がある?」

「ない」

 うーん、そうか。でも娘はコロナ明けに不安定になり、1学期は休み・遅刻しがちだった。ひょっとしたら休んでいるときに授業などで取り上げたかもしれない。また、ぼーっとしているので、聞いてなかったかもしれない。

「この一覧表以外に何か『社会を明るくする運動』について先生からもらったプリントはある?」

「あるよ」

といって、去年「優秀賞」を獲得した新潟・大阪の中学生の作文をぼくに渡した。

 新潟の中学生は「辛いときに『助けて!』と言う勇気」、大阪の中学生は「私のなりたいヒーロー」という題で書いている。前者は虐待の世代連鎖を考えつつ、自分の気持ちを率直に伝えることで加害や被害を食い止める力になるのではないのか、という結論を得ている。後者は妹がヒーローアニメについて語った違和感を入口に善悪二元の考えを批判、「悪人」を絶対固定しない態度が社会に平和をもたらすのではないかという意見を述べている。

 

 世間では中学生に「社会を明るくする運動」を(作文以外で)どのように教えているか。

 よくあるのは、「社会にあたたかく受け入れる」→「社会の絆やつながりを大事にする」→「まずは地域であいさつを」とイメージを広げ、中学生が街頭や校門に立って行う「あいさつ運動」に変換していくものである。

 

 娘は、「社会を明るくする運動」についてほとんど何も知らない。そんな状態で義務とされた宿題作文として書く意味はあるのだろうか。

 

藤井誠二『「悪いこと」したら、どうなるの?』を使ってもらう

 藤井誠二『「悪いこと」したら、どうなるの?』(理論社)の冒頭には、武富健治の30ページほどのマンガが載っている。

 

 

 リンチによって人を殺してしまった「少年」事件の加害者・被害者遺族の苦しみが簡潔に、しかし網羅的に描かれている。そのマンガの後に藤井の本編が展開されているのだが、このマンガは藤井が書いたことの多くの要素が顔を出している。

 重大な犯罪を行った者が社会に戻る上で、いくつも考えなければならないことがある。武富のマンガでその要素をあげてみれば、

  • 加害の少年は本当に立ち直れるのか。
  • 加害の少年は本当に反省しているのか。真に反省していなければ受け入れるべきではないのか。
  • 被害者やその遺族は許しているのか。許さないなら受け入れるべきではないのか。また許す必要はあるのか。
  • 被害者や遺族の家庭が犯罪によってめちゃくちゃになったままなのに、加害少年の社会復帰は許されるのか。
  • 加害少年を取り巻いている貧困や家庭の破綻をどうすればいいのか。

などである。

 『「悪いこと」をしたら、どうなるの?』は読者に特に結論を押し付けるものではない。読んだ子どもに考えてもらう意図で書かれていて、結論は開かれている。読んだ子どもがどのように結論を持ってもよいものである。

 ただし、「社会を明るくする運動」は加害者であった人間の更生・社会の受容に焦点を当てた運動であるから、犯罪被害者や遺族の取材を重ね、その視点を新たに訴えようとしている藤井の視点はどうしても被害者の気持ち・生活をより強調しているものになっており、「社会を明るくする運動」とはベクトルが逆になっている。

 しかし、だからこそ考える価値があるし、考える意味がそこにある

 娘に武富のマンガだけ読んでもらった。

 「あ、これ読んだことがある」と言った。ぼくの本棚で勝手に読んでいたようだ。「社会を明るくする運動」についてその意味を説明すると「ああ、そういうことだったんだあ。(「社会を明るくする」って)なんだかよくわかんなかった」と合点がいった様子だった。

 娘は2〜3回武富のマンガを読み返した後、それを閉じてネットで遊び始めた。

 娘がこれを使って作文を書くのか、または、この本を使おうが使うまいが作文そのものを書くのか、よくわからない。

 

*1:現在では「少年」だけではないし「更生」だけではない。あくまで出発点である。