秋★枝『恋は光』

恋は光 1 (ヤングジャンプコミックス) 秋★枝『恋は光』は設定が変なマンガである。
 主人公の男子大学生・西条は、理系学生っぽい*1風貌の系列でいかにもオタクくさいのであるが、彼には他人が恋をするときに発している光が見えるのだという。それを女友達で、いつもつるんでいる北代に告白するところから話が始まる。


 西条は、同じ講義をとった東雲(しののめ)という女子学生に恋をしてしまう。東雲はケータイをもっていないことに見られるように、時代とズレた、80年代くらいからタイムスリップしてきたようなエキセントリックな女子学生である。
 ちなみに、北代も東雲も学内で目立つほど「顔が良い」という設定になっている。


 このマンガで、圧倒的に気になるのは、北代である。
 北代はずっと西条につきまとっている。他人から「西条の彼女」だと勘違いされているほどにいつもいっしょにいて、西条を「センセ」とからかい気味に呼びながら西条のトークを好奇心いっぱいに楽しんでいる。「恋の光が見える」と西条が告白する冒頭以来、すぐ横にいるカワイイ北代のことが気になって仕方がない。「え? えーと、じゃあ、西条は北代をどう思っているの? 北代は光っていないの?」と読者はいぶかり続ける。

 その秘密は4話で明かされる。
 恋している人たちが光って見える、という西条の告白を聞いた瞬間、西条に恋心を抱いていた北代は

ああそうか
センセの中で
私は
無い
存在なんだなあ……


と失恋してしまうのである。
 読者もびっくりする。えっ、あー、そ、そうだったの!?


 ぼくが北代という女子学生を気にするのは、少なくとも1〜3話の間、彼女の言動はどう考えても男友だちのそれだからである。ぼくは1〜3話を読んでいる最中、「北代はいつもこんなに西条にくっついていて、どう考えても西条のことが好きだよね? でもひとこともそのことに触れてないってことは、西条が好きじゃない、ホントにたんなる好奇心で西条につきまとっているのかよ」とずっと思っていた。


 会話をみてほしい。


「何組かの夫婦に目星をつけて観察するだろ?
 そのうち浮気をしているヤツがいたらその情報を欲する方に売る
 なんてこともできちゃうじゃん?」
「北代、お前…
 頭いいな」
「誉めるなよ」
「だが 下衆だ」
「誉めすぎだって」


 まあ、女性とこういう会話しないわけじゃないけど、ぼくはずっと北代の中身は男子大学生だろと思って読んでいた。
 風貌はカワイイ女子学生だけど、中身は気の置けない男子ってお前らどう思う? 最悪だと思うか。ぼくは思わないね。逆だ。すごくリラックスできると思う。
 そもそも女子的異文化はミステリアスでそこがいいわけだけど、実際にその異文化性を乗り越えようと思ったら、すんごくエネルギーいるぜ。
12歳。1 (ちゃおコミックス) 最近まいた菜穂『12歳。』を読んだもんだから、この男子・女子の異文化問題にものすごく過敏になっているのかもしれないが、もうね、小学6年生のクラスでは一般男子ってホント、エイリアンな。理解不能、デリカシーのない、バカの集団みたいに描かれている。
 その中で、主人公格の男は違うんだよ。お互いの足にミサンガ(組紐)を巻いたりする女子文化に対して「ホントに女子はそういうの好きだな」とか言いながら自分の足首に巻くのをあっさりオッケー出しちゃうわけだよ。どんだけお前は女子文化への深い理解者なんだと。
 まあ、そんな極端な話じゃなくてもいいんだよ。若い男女が接触したら、やっぱりお互いの異文化を乗り越えるのにすごくエネルギーがいるんだよ。
 その点どうだ。もし目の前にいる女子が、顔もボディもカワイイんだけど、中身が男だったら。すごく楽じゃね? 居心地よすぎね? 中身が男のやつとつきあってセックスできるとしたら、すごくいいかもしれない、とか思うときがある。
 北代ってそんな感じ。
 これに対して東雲はエキセントリックなことこのうえない。うわー、めんどくせえっていう感じ。


 そして、北代は、ホントは西条が好きなんだよ。西条を深く理解しているのは自分しかいないなんてことを東雲に公言しちゃうくらいの自信がある。それくらい深く好きなんだよね。
 秋★枝の『煩悩寺』を読んだときも、女性が男性にむける「好き」というエネルギーの確かさ、強さに、読んでいてぼく自身の欲望をうまく煽ってくれる技巧を感じた。若いとき、こんなふうに女性から肯定されたい、恋されたいっていう温度設定(熱めの温度設定)を実によく表現している。
 「プレイボーイ」の書評で、『煩悩寺』に出てくる女性主人公(小沢美千代)についてこう書いた。


 小沢美千代は、酒が好きでタバコをのむ、少々の無頼を感じさせる女性だ。職場では仕事が早く、年下の部下も叱る。有能そうだ。そういうカッコよさげな女が、「煩悩寺」では酒に酔って、煩悩として集められた珍品の数々を愛でながら、かわいくなってしまうのである。


 秋★枝が描く、いわゆる女性っぽくない女性の描き方がぼくにはどうにもツボだということだろう。同好の士はぜひ味わってほしい。

*1:実際は文系のようだが。