志村貴子『おとなになっても』6巻、西村賢太『小銭をかぞえる』ほか

 もうこの文章を書いたのも10年近く前か、と思いながら読み返す。

kamiyakenkyujo.hatenablog.com

 

 そこで「疎外」について書いている。

 自分が書いたもの・描いたものが、自分から離れ、自分に対してよそよそしくなり、やがて自分に対立するようになる。

 『どうにかなる日々』の琴子は、甘美だった家庭教師との性行為を言葉にしてみると

先生がまるで
得体の知れない
うす気味悪いなにかに
思えてくるので
不思議だった

という感覚を味わう。

 志村は、体験を叙述・描写することによる疎外をしばしば作中で語る。いい意味でも悪い意味でも。『放浪息子』の主人公・二鳥修一もそうである。

 そのことを、近作『おとなになっても』でもしばしば作中で見かける。

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志村貴子『おとなになっても』5巻、講談社、p.114-115

 高校時代に好きだった同性のことを思い出し、その気持ちをどうにもできなかった自分がいた綾乃は、それを今現在の恋人(?)である朱里に「話す」ことで「あの頃の私が救われるよう」だと感じる。そしてその話している感覚自体が「不思議だ」と感じるのである。

 『どうにかなる日々』の時もそうだったが、そういうエピソードを描くときの志村は、絵が「饒舌」にはならず、逆にグラフィックをそぎ落としてしまう。セリフによってこの感覚を再現させようとする。

 『おとなになっても』6巻でも以下のようなシーンがある。

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志村前掲6巻、p.30

 なぜ志村はこういうときに「絵」にしないのだろうか。

 疎外を描くときの志村のもどかしさのようなものを感じる。

 『放浪息子』では、修一が感じていた疎外は、小説を書くという長い行為の全体であるので、物語の終わりの方の展開全体がまさにそれなのである。とても一言・一コマでは言い表せない。

 しかし、『おとなになっても』でワンシーンで描かなければならないような場合はこのようなコマの展開になってしまうのである。

 

 

 ぼくは2013年の記事で

書くという行為に人生が救われる、ということは、ぼく自身の思いでもある

と書いたのだが、作家が到達するような境地は実はよくわかっていないのかもしれない、と思い直す。

 

 ぼくは2013年の記事で西村賢太のインタビューを引いて書いたのだが、西村の小説は徹底した私小説である。彼の『焼却炉行き赤ん坊』『小銭をかぞえる』を読んだが、お金にだらしなく、自分に甘く・他人に厳しい、小心・卑小などうしようもない主人公の生き様が描かれる。

 かといって「私は徹底した小悪党でございます」という客観視、あるいは平身低頭な懺悔に徹し切れているわけでもない。

「おい、てめえみたいな姦黠(かんかつ)な奴と飯食う気は、もうなくなったぞ。今だけじゃないぜ、もう金輪奈落、なくなったからな」(西村賢太『小銭をかぞえる』文藝春秋p.125)

などという言い回しは、本当に西村が私生活でしていたのかもしれないが、まるで芝居か昭和初期の小説か、落語の世界からでも抜け出てきたような外連味とユーモアがある。

 本当に徹頭徹尾自分をさらけ出すなどということはできないのかもしれない。

 だから裁判でも「何もかも包み隠さず明らかにしてほしい」と被害者の遺族などが語りかけるものの、加害者の弁はどこかに自己弁護が入り込んできて、失望をさせてしまうことが少なくない。

 石塚真一BLUE GIANT』で、ソロをやるというのは内臓までひっくり返してさらけ出すということだ、と一流ステージの管理人が登場人物に迫るシーンがある。

 告げられた人物の目線になって大きく開いた手のひらからは、セリフが迫ってくる効果がある。

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石塚前掲書、7巻、小学館KindleNo.121

 ギリギリまで自分をさらけ出したつもりになって、しかし人間なのでそこにどうしても何かが残る。それは自分をかばう気持ちであったり、言い訳だったり、誰かへの配慮だったりするだろう。

 そこまでそぎ落としてみて、残ったものが「文学」的なものとして成立するのかもしれない。その境地に未だ達して切れない自分としては想像するしかないのだが。

 

 藤澤清造の全集を出すために金がいるんだという理屈をまくしたてる主人公の身勝手なセリフが例えばこうである。

「これは何も、見てくれだけの問題じゃないんだぜ。何しろ、たださえその全集の編輯、刊行をさしてもらおうって云うのが、中卒で前科者、おまけに猥褻犯の伜である、このぼくときてるんだからなあ。全く、我ながら取るところがねえよ。本来、こんなのがひとりの作家の全集を作らしてもらう資格なんかないのかも知れないし、ヘタすりゃその本文もてんから信用してもらえねえ虞もあるけどよ、でもそれだからこそ、そこいらの学者や教諭連中の手になるものに退けをとらない、って云う程度じゃまだ足りねえ。きっとそれ以上の全集を作らなきゃ、それはやっぱり、意味がないんだよ。そうでないとこれは単なる奇特な好事家の、所詮は自己満足に過ぎない凡百の自費出版物に堕すだけで、藤澤清造の無念を晴らすと云う所期の目的を果たしたものにはならないんだからなあ。その為にも、費用はどれだけ嵩んでも全集印刷の殿堂みたいなS印刷で、この全巻を完結する孤忠をどこまでも押しまくっていかなきゃならねえのさ」(西村前掲p.101-102)

 このセリフを「自己陶酔の態でまくしたて」と西村は書いている。

 

 

 自己陶酔のみっともなさはわかっているが、ここにあるのはそぎ落とし、さらけ出して、さらに残った「残りのもの」のように思われる。そこに巧まざる自己憐憫、ペーソスが浮かび上がる。

 

 ぼくがブログとして書いている記事はそのような境地からははるかに遠い。

 削ぎ落とすもっと手前の地点にいる。自分をよく見せようと汲々としているのである。

二つの『資本論』の訳本を読んでときどき感じる当惑について

 新日本出版社の『新版 資本論』を読んでいてわからない箇所が出てくる。

 

 

 例えば、第2篇第4章「貨幣の資本への転化」の次の部分である。

 買うために売ることの反復または更新は、この過程そのものと同じく、この過程の外にある究極目的、消費に、すなわち特定の諸欲求の充足に、限度と目標とを見いだす。これに反して、販売のための購買では、始まりも終わりも同じもの、貨幣、交換価値であり、そしてすでにこのことによって、その運動は無限である。確かに、GがG+ΔGになり、一〇〇ポンドが一〇〇ポンドプラス一〇ポンドにはなっている。しかし、単に質的に考察すれば、一一〇ポンドは一〇〇ポンドと同じもの、すなわち貨幣である。また量的に考察しても、一一〇ポンドは、一〇〇ポンドと同様、ある限定された価値額である。もし一一〇ポンドが貨幣として支出されるとすれば、それは自分の役割を捨てることになるであろう。それは資本であることを止めるであろう。もし流通から引きあげられれば、それは蓄蔵貨幣に石化して、最後の審判の日〔世界の末日〕まで蓄え続けられてもびた一文も増えはしない。つまり、ひとたび価値の増殖が問題となれば、増殖の欲求は、一一〇ポンドの場合も一〇〇ポンドの場合と同じである。したがって両者はともに、大きさの増大によって富そのものに近づくという同じ使命をもつからである。(p.263-264)

 これは、商品流通W(商品・穀物)-G(貨幣)-W(商品・衣服)と、資本の運動G(100ポンドの貨幣)-W(綿花)-G(110ポンドの貨幣)の違いを考察している部分だ。

 冒頭から少し噛み砕いてみよう。

 「買うために売ることの反復または更新」というのはW-G-Wという商品流通のことである。最終的に衣服を得たいために、自分の持っている穀物を売ってお金を得て、その衣服を買うのである。衣服を買うために、穀物を売るのだ。それは服を着て寒さをしのぎたいという自分の欲求を満たすために行う。そして欲求が満たされればそれで終わりである。

 これと対比して書かれている「販売のための購買」とは何か。これはG-W-Gである。最後に110ポンドを得るために綿花をどこからから100ポンドで仕入れて買い、それを110ポンドで売るのである。110ポンドで売るために100ポンドの綿花を買うのである。

 こちらには、「欲求充足」という明確な目標がないので、終わりがない。100ポンドが110ポンドになったからといって終わりかどうかわからないのである。

 なるほど確かに「初めから10ポンド増えた」という変化はある。

 しかし、質的に見えれば、同じ「お金」としてまた戻ってきており、戻ってきた110ポンドは初めからそこに110ポンドとして存在していたような顔をしてそこに居るのである。

 じゃあ、量的に見ればどうなのかということだけど、100ポンドも110ポンドも「ある一定の金額のお金」という以上のものではない。

 お金=貨幣に明確な使用価値がないので、「終わり」感がないのである。ここまではいい。

 しかし、学習会で読んでいて、その次に出てくる、上記の朱書きした部分が、参加者みんな「わからない」と言った。ぼくもわからなかった。なぜ110ポンドを再投資すると資本にならなくなってしまうのか? という疑問が湧いたからである。わからないまま、学習会は終わった。

 

 この部分を飛ばして、すぐ次の部分はどうか。

 ここは、蓄蔵貨幣、つまりお金をもしため込んで貯金箱に入れてしまえば、そのお金は死んでしまうから、自然に増えることはもうない。でも、100ポンドにしても110ポンドにしても、それを資本として投じれば増える。…という意味だなとわかる。

 

 学習会が終わってから、家に帰り筑摩書房今村仁司三島憲一・鈴木直『マルクス・コレクション資本論 第一巻 上』)の訳を見てみた。

 

 

 買うために売る行為を反復あるいは更新することは、この過程自体と同じく、その過程の外にある最終目的を尺度とし、目標としている。その最終目的とはすなわち消費であり特定の欲求の充足である。それに対して売るために買う行為では、始まりも終わりも同じ貨幣、すなわち交換価値である。そのことからしてすでにこの運動に終わりはない。確かにGはG+ΔGとなり、一〇〇ポンドは一〇〇ポンド+一〇になったかもしれない。しかし質的にみれば一一〇ポンドであろうが一〇〇ポンドであろうが、かぎられた金額であることにかわりはない。一一〇ポンドは、いったん貨幣として支出されてしまえばそこでお役ご免となる。それは資本であることをやめる。流通からはずれてしまえばそれは退蔵貨幣と化し、この世の終わりまでため込んでみてもびた一文増えることはない。しかしいったん価値の増殖をめざすとなれば、元手が一〇〇ポンドであろうが一一〇ポンドであろうが、増殖への欲求はまったく変わらない。なぜなら両方とも交換価値のかぎられた表現にすぎず、量を増やすことによって富そのものに近づくという使命をおびているからである。(p.224-225)

 

 こちらを読むとクリアにわかった。

 つまりこの朱書きの部分は、110ポンドが再投資されるのではなく、退蔵貨幣(蓄蔵貨幣)になることを意味しているのである。

 110ポンド貨幣の「支出」とは、流通からはずれて貯金箱にしまわれてしまうことなのだ。

 新日本版と筑摩版も似たようなものではないかと思うかもしれないが、新日本版の場合は「もし一一〇ポンドが貨幣として支出されるとすれば、それは自分の役割を捨てることになるであろう」という一文が、資本として投下される話のように読めてしまうのである。

 これに対して、筑摩版は、そのあとの退蔵貨幣の話とセットになっているのだということが理解しやすい訳になっている。

 もう一度その部分を抜き出してみる。

また量的に考察しても、一一〇ポンドは、一〇〇ポンドと同様、ある限定された価値額である。もし一一〇ポンドが貨幣として支出されるとすれば、それは自分の役割を捨てることになるであろう。それは資本であることを止めるであろう。もし流通から引きあげられれば、それは蓄蔵貨幣に石化して、最後の審判の日〔世界の末日〕まで蓄え続けられてもびた一文も増えはしない。(新日本版)

しかし質的にみれば一一〇ポンドであろうが一〇〇ポンドであろうが、かぎられた金額であることにかわりはない。一一〇ポンドは、いったん貨幣として支出されてしまえばそこでお役ご免となる。それは資本であることをやめる。流通からはずれてしまえばそれは退蔵貨幣と化し、この世の終わりまでため込んでみてもびた一文増えることはない。(筑摩版)

 

 思うに「もし」(後ろの方の「もし」)という言葉が入ることで、区切り感・改まり感が強くなりすぎるのではないか。筑摩版は、「もし」を入れないので、「流通からはずれてしまえば」というのが前の文章を指しているかもしれないというふうに頭が向くのである。

 

 ぼくはこうした経験をこの2つの訳本でたびたび経験している。

 個々の訳語は似たようなものなのに、文章にした調子で、理解が全く変わるのである。

 当惑した箇所に出会うたびに二つの訳本を比べ、このような不思議な気持ちになるのだ。


(コメント欄の議論もぜひご覧下さい)

 

森鷗外『山椒大夫・高瀬舟』、関川夏央・谷口ジロー『秋の舞姫』

 森鷗外は高校の教科書にあった『舞姫』のイメージが強かった。

 ゆえにぼくの中では森鷗外といえば「留学先で懇ろになった女性を捨てたひどい男」みたいな雑なイメージしかなかった。

 ところが、今回リモート読書会で森鴎外を扱うことになって新潮文庫の短編集『山椒大夫高瀬舟』を読んでイメージが変わった。

 

 

 特に、強い印象を受けたのは父親といっしょに診療所を営む様子を描いた「カズイスチカ」である。

 なんというか、書いてあること、思うことが現代的で、いまブログとかでこういう文章に出会えるのではないかという感覚に囚われた。…なんかあまり褒めてないな。いや、明治の人間とは思えないなということである。

 先日の記事で次のように記した。

 最近読んだ森鷗外の小説で、森と思われる主人公が日常の小さな仕事を自分の本来やるべき大きな仕事ではないと考えるのに対して、やはり医師である父が日常の仕事に真剣に向き合っている様を見て、父を尊敬し直すというくだりがある。

父の平生を考えて見ると、自分が遠い向うに或物を望んで、目前の事を好い加減に済ませて行くのに反して、父はつまらない日常の事にも全幅の精神を傾注しているということに気が附いた。(森鴎外カズイスチカ」/『山椒大夫高瀬舟』所収、KindleNo.364-366)

 日常の与えられた仕事に向き合うことが、実は「天下国家の仕事」に通じるものだと熊沢蕃山が言っているぜ、と森は小説で記している。

https://kamiyakenkyujo.hatenablog.com/entry/2022/01/30/042125

 このことをもう少し立ち入って見てみる。主人公は「花房」であり、父親は「翁」である。

 花房の心のありようが次のように描かれている。

花房学士は何かしたい事若くはする筈の事があって、それをせずに姑く病人を見ているという心持である。それだから、同じ病人を見ても、平凡な病だとつまらなく思う。Intessantの病症でなくては厭き足らなく思う。又偶々所謂興味ある病症を見ても、それを研究して書いて置いて、業績として公にしようとも思わなかった。勿論発見も発明も出来るならしようとは思うが、それを生活の目的だとは思わない。始終何か更にしたい事、する筈の事があるように思っている。しかしそのしたい事、する筈の事はなんだか分からない。(森鴎外山椒大夫高瀬舟新潮文庫KindleNo.340-347)

 本当は自分はこんなことがしたいんじゃない、自分がしたいことはもっと別にあるんだ、という思いが花房からは抜けないのである。そんなことを思いながら、目の前の日常の仕事に取り組んでいる。じゃあ、一体何がしたいのかと問われるとあまり明瞭な答えはないのである。

 「俺はまだ本気出してないだけ」という感情にも思えるし、「この勤め先は仮の姿であって、俺には大望があるんだ」というくすぶりのようにも見える。

 花房は、父には自分が常々抱えているような「したい事、する筈の事」=「或物」が無い、と感じていた。実際ないのである。だから日常生活に埋没するつまらない人生を送っているように思えていた。

この或物が父に無いということだけは、花房も疾くに気が付いて、初めは父がつまらない、内容の無い生活をしているように思って、それは老人だからだ、老人のつまらないのは当然だと思った。(前掲No.358-360)

 父親である「翁」の日常の仕事に対する態度はこうである。

翁は病人を見ている間は、全幅の精神を以て病人を見ている。そしてその病人が軽かろうが重かろうが、鼻風だろうが必死の病だろうが、同じ態度でこれに対している。盆栽を翫んでいる時もその通りである。茶を啜っている時もその通りである。(前掲KindleNo.336-339)

 花房は、それが実は「或物」や「天下国家」に通じるものではないのかと考え直すようになる。

宿場の医者たるに安んじている父のsignationの態度が、有道者の面目に近いということが、朧気ながら見えて来た。そしてその時から遽に父を尊敬する念を生じた。(前掲Kindle No.366-369)

 これはどういうことだろうか。

 前にホリエモンの文章とされているものに似ている、と言ったのだが、堀江は次のように勝ている。

toyokeizai.net

フランスの哲学者アランは名言を遺している。

「幸福だから笑うのではない。笑うから幸福なのだ」

そのとおりだと思う。アクションから本質が生まれる。本質はあくまでも事後的に発生するものであって、本質という抽象はそれ単独で先行的に存在するものではない。

ぼくは中学生時代、プログラミングに夢中になった。よくわからないまま手さぐりでパソコンを使っているうちに、多彩な処理システムを構築できるプログラミングの魅力にどんどんのめり込んでいった。それがやがてビジネスにつながり、ぼくはそのビジネスでさらに成功を収めるべく野心をたぎらせていった。

要するに今日にいたるぼくのキャリアは、プログラミングとの出合いがすべてだ。プログラミングに出合わなければ、それはそれでまたまったく別のキャリアを描いていただろう。

あらかじめ目指すキャリアがあって、プログラミングに足を踏み入れたわけではないのだ。まずアクションがあって、結果的にキャリアがある

 「アクションから本質が生まれる」「あらかじめ目指すキャリアがあって、プログラミングに足を踏み入れたわけではないのだ。まずアクションがあって、結果的にキャリアがある」という部分がこの「翁」の精神に当たる。

 これを解析してみると、アクション=日々の雑事や日常の仕事を全力で取り組んでいるうちに、いろんな物事に通じる普遍的なものが獲得される。もちろんその「日常の仕事」は幅があったりユニークであれば、なおいいはずだろうが、本当に些事や雑事であったとしても、その中に普遍に通じる道がある。

 一般教育とか一般教養を本気で取り組んでいると、それは専門教育に通じるものが出てくる、というのは、本当は大学教育の理念だったはずである。

 元ライフネット生命の会長だった岩瀬大輔が有名な『入社1年目の教科書』で「つまらない仕事はない」と書いていることは、これに似ている。

よく「つまらない仕事」という言い方を耳にします。僕は、世の中の仕事につまらないものなどないと断言したい。単調な仕事だとしても、面白くする方法はいくらでもあるからです。たとえば、会議の議事録で考えてみましょう。はじめのうちは、議事録の作成を頼まれると「誰でもできる(つまらない)仕事」と思うかもしれません。(岩瀬大輔『入社1年目の教科書』KindleNo.92-95、 ダイヤモンド社

 こう述べて、議事録を作成する際の目的を絞り込んで、そのために必要な議事録の体裁への改革を考えて、自分なりの付加価値をつけていく…というアクションにしている。「つまらない日常の事にも全幅の精神を傾注している」のである。

 鷗外は、この短編集に載っている別の短編「妄想(もうぞう)」でもゲーテを引いて次のように述べている。

「いかにして人は己を知ることを得べきか。省察を以てしては決して能わざらん。されど行為を以てしては或は能くせむ。汝の義務を果さんと試みよ。やがて汝の価値を知らむ。汝の義務とは何ぞ。日の要求なり」これはGoetheの詞である。

 日の要求を義務として、それを果して行く。これは丁度現在の事実を蔑にする反対である。自分はどうしてそう云う境地に身を置くことが出来ないだろう。

 日の要求に応じて能事畢るとするには足ることを知らなくてはならない。足ることを知るということが、自分には出来ない。自分は永遠なる不平家である。どうしても自分のいない筈の所に自分がいるようである。(森前掲KindleNo.832-840)

 

 「したい事、する筈の事」=「或物」を果たしていないという感覚が高じて、自分の送っている人生がなんだかかりそめのように思えてしまう。芝居の「役」を演じているような気分にさえなってしまうのだ、とこの「妄想」という短編で鷗外は述べている。

自分のしている事は、役者が舞台へ出て或る役を勤めているに過ぎないように感ぜられる。その勤めている役の背後に、別に何物かが存在していなくてはならないように感ぜられる。(森前掲Kindle643)

 これはとても現代的な「自分探し」であり、その「自分探し」を空虚感をもって考えてしまうのであれば、そこから逃れるには「つまらない日常の事にも全幅の精神を傾注」することしかないのである。

 関川夏央谷口ジロー『秋の舞姫』は、森鴎外を描き、この部分——「役者が舞台へ出て或る役を勤めているに過ぎないように感ぜられる」を取り上げている。「日常の事にも全幅の精神を傾注」するという大きなものと小さな日常を統一して把握できる態度を貫けず、覚悟なくエリスを捨てる羽目になった様が描かれる。

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関川・谷口『谷口ジローコレクション 秋の舞姫双葉社、p.125



 

 ところで、この関川・谷口の『秋の舞姫』を読んで、鷗外に近代人の分裂や懊悩が反映されていたことが読み取れたが、それよりもエリス(エリーゼ・バイゲルト)は「捨てられた弱い女」ではなく、「相当に強い、芯のしっかりした人」という印象を受けた。

 

 

笑えば幸せになるのか アラン『幸福論』の履き違え

 高島宗一郎・福岡市長が成人式でよく成人に対して説教することの一つに次のようなものがある。

 ふたつ目。それは「幸せだから笑うんじゃない、笑うから幸せになる」——これは私の恩師からいただいた大切な言葉です。

 コロナのせいにせず、親のせいにせず、友達のせいにせず、学校のせいにせず、社会のせいにせず。自分の人生です。自分の意志と自分の行動で、切り拓いてほしいと思います。

 今年もまたこれを言ったようだ。

 彼は繰り返している。「私は毎年ほぼ同じ内容を伝え続けています」と述べているから、信念なのであろう。

 ふたつ目は「幸せだから笑うんじゃない、笑うから幸せになる」です。

 これは私の恩師からいただいた言葉です。

 これから生きていくうえで、人のせいにせず、社会のせいにせず、環境のせいにせず、自分の意志と自分の行動で、輝かしい未来を切り拓いてほしいと思います。

成功の反対は失敗ではない | 福岡市を経営する | ダイヤモンド・オンライン

 唖然とする。

 少なくとも、政治家が市民を前に「説教」することではない。

 一人ひとりの市民がどういう哲学で自分の人生を切り開くかはその人の勝手だが、政治家はそのような人生が自分で切り開かれるように、「学校」や「環境」や「社会」を改革しておくことが仕事ではないのか。あるいは、「親」や「友達」や「コロナ」が誰かの人生を台無しにしたりしないようガードレールを作り、傷ついた個人を守り・支えるのが、仕事ではないのか。

 親から虐待され、毎日泣いている子どもに高島市長はこう説教するに違いない。

 「幸せだから笑うんじゃない、笑うから幸せになるんだよ。あなたの不幸を親のせいにするな。社会のせいにするな。泣くな。まず笑おうか」と。

 

 この言葉はアランの『幸福論』にある次の部分が出典ではないかと思われる。

 

 

 友情のなかにはすばらしいよろこびがある。よろこびが伝染するものであることに気づけば、そのことはすぐに理解される。ぼくがいることで友人が少しでもほんとうのよろこびを得るなら、そのよろこびを見たぼくが、今度はまたよろこびを感じるのである。このようにして、お互いに与えたよろこびが自分に返ってくるのである。と同時に、よろこびという隠されていた宝が、手に届くところに現れてくる。そして二人とも、「自分のなかに幸福があったのに、今まで全然手をつけることがなかったのだ」と思うのである。

 よろこびの源泉は心の奥深くにある。それはぼくも認める。しかし、自分に対しても、すべてのものに対しても不満な人たちを見ることほど痛ましいものは何もないのだ。彼らは互いにくすぐり合って笑わせ合っているだけである。しかしまた、注意すべきは、よろこんでいる人もひとりだけでいたら、やがて自分のよろこびを忘れてしまうということだ。彼のよろこびはやがてすっかり眠り込んでしまう。そしてついには一種の茫然自失、ほとんど無感覚にいたるであろう。心の内部の感情があらわとなるためには、外部の身ぶりが必要なのだ。もしある専制君主がぼくを投獄して権力を尊重させようとしたならば、ぼくは毎日ひとりで笑うことを健康法とするであろう。足を強化するためトレーニングするのと同じように、ぼくは自分のよろこびを強化するためのトレーニングをするであろう。

 ここに一束の乾いた枝があるとする。この枝は見かけは枯れたようで、土みたいだ。実際、そこに放置されたら、土となるだろう。しかしながら、この枝は太陽から吸収した隠れた熱を秘めている。ほんのわずかな焔でも近づけて見たまえ。たちまちパチパチと音を立てて燃える炭火となるだろう。ただ、戸を揺り動かし、囚われている者を目ざめさせる必要があったのである。

 そういうふうにして、よろこびを目ざめさせるためには何かを開始することが必要なのである。幼な子がはじめて笑うとき、その笑いは何ひとつ表現していないのだ。しあわせだから笑っているのではない。むしろぼくは、笑うからしあわせなのだ、と言いたい。幼な子は笑って楽しんでいる、ちょうど食べて楽しむのと同じように。しかし、まず食べる必要がある。そのことは、ただ笑いに当てはまることではない。だから、考えていることを知るためにはことばが必要である。ひとりでいるかぎり、人は自分がほんとうに自分となるわけにはいかない。モラリストの馬鹿者たちは、愛することは自分を忘れることだと言っている。あまりにも単純な見解。自分自身から蝉脱(せんだつ)すればするほど、人はますます自分自身となるのだ。また、ますます自分は生きているのだと感じるようになるのである。君の薪を君の穴ぐらの中で朽ちてゆくままにしてはならぬ。

一九〇七年十二月二十七日

(「17 友情」/アラン『幸福論』神谷幹夫訳、岩波文庫、p.257-259)

 アランは、『幸福論』におさめられたエッセイ(プロポ=哲学断章)の中で繰り返しこの種のことを述べている。

寒さに抵抗する方法はただ一つしかない。寒さをいいものだと考えることだ。よろこびの達人スピノザが言ったように、「からだが暖まったからよろこぶのではなく、私がよろこんでいるからからだが暖まるのだ」。したがって同じような考え方で、「うまく行ったからうれしいのではなく、自分がうれしいからうまく行ったのだ」といつも考えねばならない。どうしてもよろこびが欲しいというならば、まずよろこびを蓄えておきたまえ。いただく前に感謝したまえ。なぜなら、希望から求める理由が生まれ、吉兆から事が成就するのだから。だから、すべてのことがいい予感であり、吉兆である。(「20 気分」/p.74)

 アランは『幸福論』の中で、2つの方向から、この議論を展開している。

 一つは、悲しみ・不安・憂鬱といった負の感情を、笑うという前向きの動作や、体操のような体をほぐし血流をよくすることによって、切り替え・清算し・断ち切ってしまうということだ。

気分に逆らうのは判断力のなすべき仕事ではない。判断力ではどうにもならない。そうではなく、姿勢を変えて、適当な運動でも与えてみることが必要なのだ。なぜなら、われわれの中で、運動を伝える筋肉だけがわれわれの自由になる唯一の部分であるから。ほほ笑むことや肩をすくめることは、思いわずらっていることを遠ざける常套手段である。こんな実に簡単な運動によってたちまち内蔵の血液循環が変わることを知るがよい。(「12 ほほ笑みたまえ」/p.48)

 アランは、体操をしたり、バイオリンを弾いたりすることを勧める。「筋トレが全てを解決する」というやつの20世紀版である。

礼儀作法の習慣はわれわれの考えにかなり強い影響力を及ぼしている。優しさや親切やよろこびのしぐさを演じるならば、憂鬱な気分も胃の痛みもかなりのところ治ってしまうものだ。こういうお辞儀をしたりほほ笑んだりするしぐさは、まったく反対の動き、つまり激怒、不信、憂鬱を不可能にしてしまうという利点がある。だから社交生活や訪問や儀式やお祝いがいつも好まれるのである。それは幸福を演じてみるチャンスなのだ。この種の喜劇はまちがいなくわれわれを悲劇から解放する。これは大したものである。(「16 心のしぐさ」/p.61-62)

 

「また雨か、なんということだ、ちくしょう!」と言ったところで何の役にも立つまい。そう言ったところで、雨のしずくや、雲や、風が変わることはまったくないのだ。どうせ言うのなら、「ああ! 結構なおしめりだ!」と、なぜ言わないのか。君の気持ちはよくわかる。そう言ったところで、雨のしずくはまったく変わらないだろうから。その通りだ。でもそう言うことは君にはいいことなのだ。からだ中に張りが出てきて、ほんとうに温まってくる。なぜなら、それこそが、どんなに小さなよろこびでも、よろこびのもつ効き目なのだから。君がこうしていさえすれば、それが雨にあたっても風邪を引かない秘訣である。…君がほほ笑んだところで、雨には何のはたらきもないが、人間には大いに力があるから。ただほほ笑むまねをしただけでも、すぐに人間の悲しみや退屈さはやわらいでいるのだ。(「63 雨の中で」/p.212-213)

 日常の小さな気持ちの切り替えをやる、ちょっとしたティップスのようなものであれば、これは正しい。ぼくも筋トレをやって頭を空っぽにするし、マンガを読んで笑ったり興奮したりすれば、小さな不安はリセットされてしまう。不安な感情を見つめ続けることは、それを増幅させるだけでしかない時がある。

 

 もう一つは、「ほほ笑み」のような小さなアクションを起こすこと、前向きな行動を始めてしまうことで、不安や悲しみで動けなかった状況が必ず前向きに打開される糸口がつかめるということだ。動かなければ変わらない。

始めている仕事にはこれからやろうとする動機よりもずっと深い意味がある。協同の仕事がやりたいというかなり強い動機があって、一生涯それを頭のなかであれこれ思いめぐらしながら、ついに協同する仕事は何もやらなかったという人がいる。…しかしながら、あの仕事に専念した幸福な人びとをごらんなさい。みんな始めている仕事に精を出している。それは食料品店を繁盛させることであり、切手を集めることである。つまらぬ仕事などはないのだ、いったんやり出したならば。…刺繍もはじめの幾針かはあまり楽しくない。しかし、縫い進むにつれて、その楽しみが加速度的に倍加する。だからほんとうに信じることが第一の徳であって、期待することは第二の徳にすぎないのだ。(「50 始めている仕事」/p.169-170)

 「幸せだから笑うんじゃない…」の格言は、最近ではホリエモンが引用していた。

 新自由主義を信奉する人間の間で流行りなんか。

 まあ、政治家ではない堀江がそういうことを言うのはわからないでもない。そして、堀江はこの言葉の元々の意味をある程度つかんで使っている。

 アランは『幸福論』におさめられたエッセイで繰り返し述べているのは、「まず行動を起こせ」ということだ。この立場でアランの言葉を解釈していた。

 そこにも道理はある。

 嫌がっていたものは、行動を始めてみればそれに没頭してしまうし、アランが言うようにその中に楽しみさえも覚えていく。頭で先に壮大な計画を夢想していることはあまり意味がない。そういう意味では目の前の仕事にきちんと対処する=行動することにこそ、現実を突破する希望が生じるのかもしれない。

 アランは、警視総監を「もっともしあわせな人間」(p.146)だという。「なぜか。いつも行動しているからだ。しかも新しい予見することができない状況の中でいつも行動しているからだ」(同)。

このしあわせな人間は、勤務時間中ずっと一瞬のすきもなく、明確な問題と向かい合って、明確な行動が求められている。(「43 行動の人」/p.146)

 

 最近読んだ森鴎外の小説で、森と思われる主人公が日常の小さな仕事を自分の本来やるべき大きな仕事ではないと考えるのに対して、やはり医師である父が日常の仕事に真剣に向き合っている様を見て、父を尊敬し直すというくだりがある。

父の平生を考えて見ると、自分が遠い向うに或物を望んで、目前の事を好い加減に済ませて行くのに反して、父はつまらない日常の事にも全幅の精神を傾注しているということに気が附いた。(森鴎外カズイスチカ」/『山椒大夫高瀬舟』所収、KindleNo.364-366)

 日常の与えられた仕事に向き合うことが、実は「天下国家の仕事」に通じるものだと熊沢蕃山が言っているぜ、と森は小説で記している。

 このように、アランの主張には一定の道理がある。

 しかし、適用の限界範囲を超えて濫用することになれば、たちまち百害あって一利なしのドグマに転化する。高島市長の成人式での説教は、市長がすべき説教としては最悪のものの一つだろう。ベストなメッセージだと確信して、自信満々、毎年のように演壇から繰り返し語っているという彼のセンスを正直疑う。

 「一定の道理」があるだけに厄介なのかもしれないが、あるラインを超えた途端に、反対の作用を及ぼす言葉になってしまう。実業家でもなくアスリートでもなく、政治家がそれを口にするとき、いかにこれがトンデモなメッセージなってしまうのか、他者へのほんのわずかな想像力があれば、容易に気づけるはずだと思うのだが。

 

新人研修を司会して思い出す『BLUE GIANT』

 ずいぶん前に、ある紙媒体から依頼されたエッセイのうち、ボツにしたものを、最近の体験も交えて手を入れなおした。それをアップしてみる。

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 選挙に出るという稀有な体験をした際の話である。

 人前で演説をする。ぼくのファンがいるときは、ぼくが訴えていれば、目の前で声援を送ってくれる。

 しかし、そうでない人の方が圧倒的に多い。スルーをされるときはなかなか強烈だ。わりと大きな音でお騒がせしていても、あるいは、すぐ目の前で訴えていても、絶対に視線が合わない。反感の表現すらされず、そこにぼくはいないかのようだ。まるで透明人間である。

 そんな中、スーパーから出てきた人が演説中のぼくに気づき、ピタリと足が止まることがある。そしてこちらに顔を向けてくれる。

 あっ、足が止まったな、と訴えながら思う。いいぞ。心の中でその人に向けて語りかけるつもりで演説を少し変えてみる。買い物袋を提げたまま、こちらを見て腕組みして、聞き入ってくれる。こちらもますます興に乗って話す。

 話題が一区切りして再び歩き出し立ち去ってしまう人もいるが、終わりまでじっと聞いてくれる人もいる。演説はだいたい十分足らずで終わるから、急いで駆けつけて握手を求めてみる。「いやあ、選挙に行くつもり全然なかったんだけど、あんたの言う通りだと思ったよ。投票するよ」と笑顔で言ってくれる。あるいは、聞いてはいても握手をしてくれない人もいた。それはそれで嬉しい。なぜなら、おそらくぼくとは政治的立場が違う人だけども、最後まで聞いてくれたからだ。むしろそういう人に聞いてほしかった。

 もしストリートやライブハウスで音楽の演奏をやったら、こんな感じなのだろうか。

 実は選挙の期間中、ぼくはあるマンガを読みふけり、それにずっと励まされていた。石塚真一の『BLUE GIANT(ブルージャイアント)』(小学館)というジャズのサックス奏者の物語である。高校で初めてサックスを吹いた主人公が、地元の宮城で、次に東京で、やがてヨーロッパで知り合った仲間とバンドを組んで演奏をしていく。

 なんでジャズのマンガに励まされてんの? といぶかる人もいるだろう。それは選挙で経験したことと、作中に出てくるジャズの様々なシーンとが、どうにも重なってしまったからなのだ。

 まず、描かれているジャズのライブの感覚が、演説の臨場感にそっくりだった。

 主人公たちが評論家や知り合いの有名ジャズ奏者を集め、満を持して開いたバンドの初ライブ。ところが演奏はバラバラで客が次々に帰っていく。主人公たちが焦れば焦るほど分解していくのである。

 選挙中それに似た体験をしたことがあった。ある公共施設の部屋を借りての演説会。別の会場で話したことと同じことをしゃべって、前の会場では聴衆から大ウケだったのに、その会場はまるで反応がない。

 

 焦る。親近感を持ってもらおうとして自分の父親の話などしてみるのだが、さらにスベる。反応が固いままなのである。ますます焦る。脂汗が出始め、終わった頃には汗びっしょりだった。きっと『BLUE GIANT』の主人公たちもこんな気持ちでライブを終えたに違いない、などと自分を慰めてみる。

 

 

 そうかと思えば、その作品の中で、小さな町で立ち上げられたばかりのジャズ・フェスティバルへ主人公たちが参加するエピソードに、妙にシンクロしてしまったこともあった。

 作中のフェス・スタッフはたった三人。しかも素人同然。しかし「この街でしかない特別なジャズフェスを開催したい。見た人が生涯忘れない、ジャズフェスにしたい」と熱く語る。その意気込み通り、音響も設営も道具揃えも、三人は不慣れな素人なのに、決して手を抜かない。

 

 無謀とも思える戦いに挑む――まるで俺の選挙じゃん、これは俺のために描かれた物語だ、などと。政治のことなど一言も書かれていないのに、である。そして冷静に考えれば、随分自分を美化した感情移入だなとは思うのだけれど。

 

 最近、自分の職場に関係する「新人」の人たち(「新人」といっても若い人はあまりおらず、多くがぼくと同じがそれより上の世代)に毎日30分ほどリモートで研修——簡単な学習と交流をやっていて、その司会を一人でやっている。1回につき5、6人の「新人」がリモートで集まる。

 そのリモートの学習・交流会。毎日緊張する。

 学習のお題が毎朝知らされるというスリリングな中身で、自分が持っている知識をベースにしつつ、にわかに調べたことを大量に付け加えて、学習・交流会に臨む。

 司会者兼ファシリテーターとしての役割が与えられていて、「新人」からどんな質問・意見が飛び出すか全然わからない。「リモートができないんですけどお」などという電話が「新人」からかかってきたりもする。

 終わると汗びっしょりである。

 しかし、うまくいくと心地よい。やりきった爽快感が駆け抜ける。

 これは——『BLUE GIANT』の主人公たちがやっているライブのようなものではないのか? と勝手に思っている。

 『BLUE GIANT』のライブは、「何が起きるかわからない」。

 主人公の高校からの友人が「ど初心者」からドラマーとなり、上達を重ねていく。しかしバンドの決定的とも思えるライブ、そのライブのまさに最中に主人公は、なんとこのドラマーに「ソロ」をやろうと持ちかける。

 未完成なドラマーは、しかし全力でソロをやる。そのひりつくようなライブ感を、持ちかけた主人公の不安そうな、しかし楽しそうな表情でこのマンガは捉えようとする。

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石塚真一BLUE GIANT』9、小学館、kindle51/203

 あるいは、全力でライブをやりきった後、登場人物の一人は疲労感をたたえて家に帰ってくる。しかし、それは全てを出し切ってやりきった後の、虚脱とも言えるほどの快楽なのだと読む者は悟る。

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石塚『BLUE GIANT SUPREME』8、小学館、kindle163/203

 「新人」たちとの議論を終えて汗びっしょりになったぼくは、『BLUE GIANT』のそのシーンを思い出し、そんな疲労に囚われてみたいとさえ思う。

 

 何の関係もないはずのテーマで描かれた虚構が、現実のぼくの心を踊らせその生活を励ます。そんなこともあるのだ。

 いつか自分が語る政治の言葉にもそんな生命感が宿ればいいなと思う。

 

 

 

「マンガ論争 24」で対談&木戸衛一「ドイツ総選挙をどう見るか」

 「マンガ論争 24」で荻野幸太郎さんと対談した。

manronweb.com

 左翼が表現の自由表現規制についてどうしているのか、どうすべきなのかがテーマだったが、もっと言えば、表現の自由の問題と、ジェンダー平等の課題をどう両立させるのか、という問題だと感じた。

 「マンガ論争 24」については、できれば別の機会に感想などを書きたい。

 この「表現の自由の問題と、ジェンダー平等の課題をどう両立させるのか」という問題に関わって、この記事では、日本共産党の政治理論誌「前衛」2022年2月号の木戸衛一「ドイツ総選挙をどう見るか」を読んだ感想を綴る。

 

 

 その中で、ドイツ左翼党の中での紛争について書かれた箇所に注目した(強調は全て引用者)。

 そうしたせめぎあいの中で目立つのは、移民の背景を持つ人、女性、LGBTなど、抑圧されたマイノリティのアイデンティティを主張する「アイデンティティ・ポリティクス」である。「ブラック・ライヴズ・マター」(BLM)運動の影響がそれに拍車をかけたことは言うまでもない。ところがアイデンティティ・ポリティクス」は、いささか一般庶民の感覚からずれた展開を示している。(「前衛」p.92)

 木戸が「一例」としてあげたのは、言語のジェンダー化の問題だ。

 記事を読んだだけではよくわからなかったのだが、次のネット記事を読んで、こういう話かと理解した(正しくないかもしれないが)。

もうひとつの問題は、一般的な表現ではいつも男性形が使われてきたことである。つまり一般的に「先生」を指す場合は、男性形の「Lehrer」(単数複数同じ)である。しかし男女差別であるとし、「Lehrerinnen und Lehrer(女性教師に複数形と男性教師の複数形)」を使うことが増えてきた。このとき、女性形から先にいうのが暗黙の了解にと*1なっている。

https://chikyumaru.net/?p=11620

 木戸はさらに、問題はここから複雑化しているとする。

 これに加えて、最近ではLGBTも意識すべきだという立場からの表記や発音がさまざまに飛び交っている。(「前衛」p.92)

 このほか、植民地主義の歴史を議論するときには「白人の爺さんは黙ってろ!」と言われることや、「黒人の生活を白人が翻訳できるのか」という批判がおきたアメリカでの事件を受けてドイツ出版社では63ページの本の翻訳に白人女性・黒人女性・ムスリム女性の3人のチームを当てたという話などが紹介されている。

 このように本来少数派の権利拡大と抑圧からの解放を目指したはずの左翼の「アイデンティティ・ポリティクス」は、生得的メルクマールを用いて差別・排除を正当化する右翼の「アイデンティティ・ポリティクス」と図らずも同様の機能を果たす皮肉な現象すら引き起こしている。(「前衛」p.93)

 つまり、年配の白人だから植民地主義を議論する資格はない、とか、白人だから黒人の生活は理解できない、とかいった「生まれ」で差別する現象がおきてしまっているということだ。これでは右派と同じではないか、と。

 そして、世相をこう結論づけている。

 世論もおおむね、ポリティカル・コレクトネスの画一主義的傾向、とりわけ過去の言動で著名人の業績を全否定する「キャンセルカルチャー」に辟易している。(同前)

 その例証として、木戸は「フランクフルター・アルゲマイネ」紙の世論調査を紹介。例えば「男性名詞とともに常に女性形を書くジェンダー的に正しい言葉遣い」をするのに理解を示すのは19%しかなく、71%が「やりすぎ」と答えている。

 

 このような世論状況のもとで、左翼党の中はどうなっているのか。

 左翼党の中で「アイデンティティ・ポリティクス」に手厳しい批判を加えているのが、ザーラ・ヴァーゲンクネヒトである。(同前)

 「アイデンティティ・ポリティクス」についてヴァーゲンクネヒトは、大都市に住み高学歴・高収入で、グローバル化EU統合の恩恵を受けている「ライフスタイル左翼」が、社会問題や再分配の問題よりも、ライフスタイルや消費習慣、道徳的態度の問題を政治テーマ化し、自分たちを模範に伝道していると強く批判した。(「前衛」p.94)

 2021年6月にはヴァーゲンクネヒトに対する除名動議騒動までおきている。

 木戸は、ヴァーゲンクネヒトが緑の党社会民主党の有志と「立ち上がれ」運動を起こしたことについて、「不服従のフランス」やコービン英労働党の動きにならったものだと見つつも、ヴァーゲンクネヒトの動きは「左翼党内の亀裂をむしろ深めた」(p.94)と冷静に見ている。

 

 後半の問題(「ライフスタイル左翼」批判)は、『99%のためのフェミニズム宣言』などに見られるように、「左翼」的ポジションから、民主主義的課題を批判するものである。

 

 

 後半の問題は大ざっぱに言えば、「民主主義的改革のために左翼(社会主義者)はどう振る舞うべきか」という問題であって、「民主主義革命」を共産党がかかげる日本では近代以降ずっと論じられてきた古典的テーマである。すなわち、“その国の資本主義のきわだった矛盾によって資本主義のルールの範囲でも問題が生じており、資本主義の枠内での民主主義的な改革を行うために、左翼だけでなく無党派保守主義者も広く手を組むべきである”ということになる。

 だから、後半の問題について言えば、日本では基本的なスタンスは確立されている話なのだ。ヴァーゲンクネヒトのようなやり方では、分断が煽られてしまう。

 しかし、だからと言って、「ライフスタイル左翼」批判に学ぶことがないわけではない。ジェンダー平等の課題として押し出されている問題が、その国の資本主義制度のどのような矛盾から生じているかを常に左翼は考えるべきであって、その中でも、経済や再分配の問題と切り離したり、それを後回しにしたりするようなやり方をすれば、「ライフスタイル左翼」とみなされてしまうということだ。

 ジェンダーや気候危機の問題が、生活から浮き上がってしまうような提起の仕方に、注意すべきなのである。

 

 それにしても、「アイディンティティ・ポリティクス」全体についてである。

 ドイツの左翼党もこの問題で揺れているわけである。

 木戸が「アイディンティティ・ポリティクス」が「いささか一般庶民の感覚からずれた展開を示している」「ポリティカル・コレクトネスの画一主義的傾向……に辟易している」と述べている点は興味深い。

 「前衛」もこういう論文を載せるんだなあ、と思った。

 

 政治的な公正と表現の自由のためのたたかいを両立させることは、日本の左翼においてまだ探求の過程にある。模索中なのである。模索中なのだから、「揺れ」があることは仕方がない。それを我慢しながら、統一と団結を深めて前進すべきだ。

*1:2022年1月15日現在、ママ。

堀内京子『PTA モヤモヤの正体』の書評が「赤旗」日曜版に載りました

 堀内京子『PTA モヤモヤの正体』(筑摩選書)の書評が「しんぶん赤旗」日曜版2022年1月16日号に載った。

 PTAにかかわりながら日常に感じるモヤモヤをクローズアップした著作は、任意加入問題やPTA改革を中心にいろんな本が出始めている。

 例えば、大塚玲子の以下の著作は近年ではそのひとつである。

 この『さよなら、理不尽PTA!』ではぼくも登場する。

 また、PTAを近代史の中において考察した岩竹美加子『PTAという国家装置』という重要な著作もある。

kamiyakenkyujo.hatenablog.com

 しかし、前者つまり日常に感じるモヤモヤと、国家や政治に到るまでをつなげて考えるという点では本書『PTA モヤモヤの正体』は自覚的にそこを行なっている。「役員決めから会費、「親の知らない問題」まで」というサブタイトルはそれをよく表している。

 

 本書の終わりには「問題を指摘することはPTA活動をしてきた人の否定ではない」という節タイトルで堀内の次のような一文がある。

PTAに問題があるという記事を読んだり、PTAの制度を変えようとしている人を見て、自分のPTA活動や経験を否定されたと思う人が少なくない。けれど、よく一言で「PTAは」と言われているけれど、一つひとつは相当に違っている。批判されているPTAの問題点はあなたのPTAとは違うかもしれないし、あなたの活動ではないかもしれない。(p.204)

 PTAを熱心にやってきた人ほどこの思いにとらわれてしまう。

 「PTAは地域問題を解決するためにこうがんばってきた」「私はPTA活動で人権の学習をこういうふうにやってみんなが喜ぶ運動をやってきた」——こういう体験はごまんとある。本当にそのPTA活動は社会進歩にとって有益だったのだろう。

 ぼくの周りにいる左翼活動家の先輩たちもPTAをがんばってきたので、ぼくのように退会してしまうこと自体が「活動の放棄」だと思われているフシもある。

 ぼくが今回の書評で問題にしたかったことは、堀内が「PTAは「自然現象」ではない」という節タイトルで述べている次の点につながる問題である。

「この町は冬の寒さが厳しい」とか「この地域は夏から秋にかけて台風がよく通る」といった自然現象は、私たちがどう頑張っても変えられない。けれどPTAは、自然現象ではない。あくまで任意団体で、法律で義務づけられているわけでもない。だから、私たちが変えていってかまわないものだし、参加するのも、退会するのも、私たちの自由だ。文科省や政治家よく「家庭の教育力の低下」などと言って危機感をあおるけれど、そうした言葉を素直に受け取ってしまう前に、「お国のため」のような、大きな何かに巻き込まれいないかどうか、立ち止まって考えてみることも必要だと思う。それが理不尽だと感じられたら、笑顔をつくって我慢し続けよりも、そこから逃げたり、ネットなどで仲間を見つけて、そうした状況を変えるための方法を考えたりしたい。(p.203)

 ぼくは「自然現象」ではなく「社会の中の制度」だと言いたい。

 町内会をやっている人も同じだが、PTAも町内会もまったく無垢な地域団体ではない。

 本書にあるように、それは何らかのイデオロギー、特に支配的なイデオロギーに絡め取られながら運営されている危険がある。

 町内会で言えば、公助を放棄した自助・共助の補完物として体良く使われていることがある。PTAは、「同調圧力に敏感になり、理不尽に耐えて任務を果たす母としての国民」を身につけさせられている危険がある。

 そのことに無自覚であってはならない、とぼくは思う。

 町内会やPTAに参加するときは、常にそのようなものに巻き込まれる危険があることを警戒しておくべきだろう。「自分はこういうすばらしい進歩的体験をPTA(あるいは町内会)で行なった」ということでは済まされない問題が、日本の各地では起きている可能性がある。