「賃上げと一体に労働時間短縮で『自由な時間』を」という新たな政策提起は、国民の切実な願いと響きあい、訴えが届いたところでは大きな共感がよせられました。
という一文がある。
これは本当だろうか。
批判したいがために言うのではなく、本当にそうなのかを共産党として検証したほうがいいよ、という老婆心で述べるのである。
労働時間問題が重要なことは共有するが、選挙の中心争点なのか?
まず、労働時間短縮そのものが、日本の労働者にとって重大な課題であることはぼくもその通りであると思う。共産党がわざわざ長時間労働の是正を綱領上の課題として位置付けていることには深く共感する。*1
そしてそれが共産主義社会、人間の全面発達にもつながる課題だということもその通りだと思っている。
だけど、選挙の中心争点の一つにするテーマなのかな、と思う。
基本のビラでも裏金問題に次いでの扱いだったし、独自ビラまで出した。
テレビの党首討論番組で、田村委員長が最低賃金の話をした後にこの自由時間問題をくっつけていて、違和感があった。他の党首や司会者が「どうしたら物価高騰から暮らしを守れるか」を議論している中で、浮いているのである。
厚労省のアンケートでは63%が残業時間は「このままでよい」
厚生労働省が2024年に出した「労働時間制度等に関するアンケート調査結果について」というレポートがある。
https://www.mhlw.go.jp/content/11201250/001194510.pdf
労働者3000人からアンケート調査を行なっている(調査は23年11月)。
そのp.33には、残業時間についての認識をきく質問と回答が載っている。
そして次のように結果がまとめられている。
- 現在の残業時間数について、「ちょうどよい」と考える労働者は48.5%となっている。
- 残業時間の長さについて、「減らしたい」、「やや減らしたい」の合計が26.1%、「増やしたい」、「やや増やしたい」の合計が10.9%となっており、減らしたいと考えている労働者の方が増やしたいと考えている労働者よりも多い。
- 残業時間を減らしたい理由は 「自分の時間を持ちたいから」が57.2%、残業時間を増やしたい理由は「残業代を増やしたいから」が67.5%、残業時間がこのままでよい理由は「今の生活リズムを変えたくないから」が54.2%となっている。
もう少し言えば、1.の「残業時間の長さ」については「多い」「やや多い」は2割ほどしかいない。8割は「ちょうどよい」「やや少ない」「少ない」なのだ。
「残業時間を減らしたいか」(2.)との問いにも、「減らしたい」「やや減らしたい」は4分の1しかおらず、4分の3は「このままでよい」「やや増やしたい」「増やしたい」のだとなっている。
そうくれば「圧倒的多数である『このままでよい』と思っている人(63%)は、残業が減ったら生活がキツいのだろう」と考えがちだが、この理由を尋ねた回答でも「このままでよい」と思っている人の中では、「今の生活リズムを変えたくないから」が54%、「今の仕事をこなすには現状と同じ程度の時間が必要だから」が24%で8割を占める。「残業代を減らしたくないから」は15%しかない。
つまり、多くの労働者は、「自分は働きすぎであり、もっと残業を減らしてほしい」とは単純に思っていないし、「賃上げと一体なら賛成できるね」とも、やはり単純に思っていないのである。「賃上げと一体に」というスローガンを入れればヨシ! とはいかないのだ。
もちろん、過労死寸前の労働者がいることは十分承知だし、それを切実に感じている人が決して少なくないことも理解できる。そこに絞り込んだとしても大変な数の対象者*2がいるだろうし、そうした層にしぼりこんで訴えるという戦略がないわけではなかろう。
ただ、共産党はそこまで考えていたかと言えば、そうではないのではなかろうか。打てば響く課題だと思ったんじゃないのか。
しかし、上記のような意識状況が現状なのである。
とすれば「時短を選挙の前面に出す」というのは、やはり戦略ミスだったのではないか。「いや、宣伝していたらこんなに『いいですね!』って言う反応があったんだよ!」と返されるのかもしれない。実際、赤旗の紙面ではそういう反応があったことがたくさん取り上げられているからね。
だけどそれはあくまで宣伝に反応した人の反応であって、反応しなかった人の反応ではない。かみあっている人にはかみあったけど、かみあっていない・ズレてると思った人がむちゃくちゃたくさんいた可能性は否定できないのだ。実際に、議席も得票も大きく減らしたのだから。
「だから声明でも『訴えが届いたところでは』ってエクスキューズつけてんだろうが!」と言われるかもしれないけど…まあいいや…。同じことなんです。上記の通りです。
お金を前面に出そう
やはり多くの人は、物価高騰の中でどうやったら暮らしが守れるかということに深刻な悩みを抱えていた。今余裕のある人でも、自分の貯金や資産が目減りするかもしれないと思うから、気が気ではないのである。
だから、ここは思い切って「賃上げ」や「年金アップ」などのようなスローガンがストレートに響いた局面だった。国民民主党が「手取りを増やす」を前面にして議席を増やしたのは頷けるところだ。
福岡県内でれいわ新選組の候補者(奥田ふみよ)の選挙公報を見る機会があったが、「手元にお金を残せ!」がスローガンだった。この区ではれいわ候補が共産候補の2倍の票を獲得した。*3
経済、その中でも自分のところにやってくるお金の額について関心が強いのだ。即時的に反応がある。そもそも、共産党がビラで「若い世代が一番欲しいものは?」っていうアンケート載せて「1位 お金」って出している。都合が悪いので小さく書いているけども、なんでなんどもこれを載せて、党首討論でも紹介しているのに、そこを無視するのだろうか。(「賃上げと一体、を言っているから」が言い訳にならないのは上述の通り。)
これに対して、労働時間問題は、大事な課題ではあるが、労働者の現在の意識からは距離が少しある。
選挙戦で有権者の意識を変えているヒマはない
選挙戦は短い。その中で説得したり、意識を変えてもらったりしている時間はほとんどないのだ。
今現在の有権者の意識の状況を前提にして、その中から自分たちを投票で選んでくれるような、反応の強いテーマを、考え抜いて選び出すしかないのである。選挙中に相手の意識を根底から覆す作業をやっていては、到底間に合わない。
うん、運動員や支持者が若くて元気で、大勢いるんだったら、そういうことにチャレンジできるかもしれない。共産党は今から30年以上前、天安門事件が起きた時に、「中国共産党と日本共産党は違う」というめちゃくちゃ長い論文みたいなビラ*4を撒いて必死で有権者の説得をやったことがある。それでさえうまくはいかなかったが、あれはそういうエネルギッシュな人たちを大量に抱えていた時代だからできたことだ。
しかし今、共産党は高齢化して力が弱い。常幹声明が述べている通り、「対話・支持拡大は近年の選挙と比べても半分程度」であり、新しい方式で挑戦した「国民とともにたたかう選挙」(=力がないのをカバーするための、党員以外に依拠する選挙戦)も「この挑戦はまだ始まったばかり」という、連載打ち切りのアオリみたいなことが書かれているように、うまくいっていない(少なくとも実を結んでいない)。
つまり短い選挙期間中に、有権者の意識を根底から変えるほどの体力は今の共産党にはないのだ。だから今ある有権者の意識を前提に、訴えを組み立てる必要がある。
労働時間の短縮は、選挙戦の(中心)テーマではなく、今は残念ながら社会運動の課題である。選挙中ではなく、平時に、学習会やワークショップを組織したり、集会を開いてコツコツと啓発したり、運動を広げながら、世論を醸成していく——そういう課題なのである。まだあたたまっていないのだ。平時にその積み重ねなく、いきなり選挙戦でやろうとしてもまだ無理。そういうテーマだ。
繰り返すが、労働時間短縮はめちゃくちゃ重要な問題だ。そこは否定していない。反応する人も一定いる。それも認める。しかし選挙戦の中心にすべきかどうかだけを問題にしているのである。
同じことは平和や憲法の課題にも言えるのだが、これはある程度、そのまま選挙戦に持ち込んでも反応して投票してくれる層があった。「憲法9条を守ろう!」と言えば無条件で反応し、投票してくれる人たちだ。
ただ、その状況も次第に変わってきており、平和の課題を経済と平板に同列に扱うのでいいのだろうか。そこは選挙戦術としては、思い切って見直す必要があるだろう。(日本にとって安保・外交が重大テーマであることは全くその通りだが、選挙という時間が限られた中で何を重点にするか、ということをいまぼくは述べている。)
ぼくは常々そう思っているのだが、共産党はもっと経済、とりわけお金を自分のところに持ってくるということ(最賃、年金など)、そしてそれを構造の変革(大企業・大金持ち優遇政治の是正)と結びつけることにもっと重点をおいた方がいい。「やっているよ」というかもしれないが、他の比重(上に挙げたので言えば平和や自由時間)が高すぎるので、その印象が薄いのである。
総花的なのだ。
もっともそのお株は、「お金を自分のところに持ってくる」は国民民主に、「構造の変革(大企業・大金持ち優遇政治の是正)と結びつける」はれいわに、すでに奪われてしまっているのだが。
それでも遅くない。今からでも変える工夫をすべきだと思う。
なぜ「自由時間拡大」が選挙論戦の中心に入ってきたのか?
今回、なんで「自由時間拡大」がいきなり入ってきたのか。
3中総では経済問題は
総選挙では、「経済再生プラン」…を訴えの基本におき、国民の切実な願いを実現する希望を自由闊達に語っていきましょう。
と述べていて、「経済再生プラン」では、労働時間問題は入ってはいるけど、全然位置付けは低かったし、7時間労働制提案はそもそも入っていなかった。ところが、石破政権が誕生した後の10月12日付の「赤旗」の「主張」では、まるで「経済再生プラン」の中心中の中心の柱が「7時間労働制提案」であるかのような話になっていて読んでいてびっくりしたものだ。
日本共産党はこうした大企業・大金持ち優遇を切り替え、暮らし優先で経済を立て直す包括的政策として「経済再生プラン」を提案しています。
第1に賃上げと一体に労働時間の短縮を実現する人間を大切にした働き方改革です。「自由時間拡大推進法」で、法定労働時間を1日7時間、週35時間にすることを提起しています。
いや「提起」してないよ。「プラン」では。
どうしてこうなった。よくわからない。
よくわからないけども、志位和夫が選挙の前にいきなり「共産主義と自由」を「自由時間の拡大」の文脈で語り出していた。
そこに選挙がやってきて、志位和夫に忖度して、あるいは志位和夫のゴリ押しで、このテーマが選挙論戦のど真ん中に入ってきてしまった、それを誰も止められない、意見も言えない…………
な〜んてことがなければいいんですけど!
そのあたりはしっかり検証してもらいたい。
検証して「そんなことは全くない」「ご指摘は当たらない」ということであればそれでいい。
常幹の声明文でも
党内外のみなさんのご意見に耳を傾け、今後のたたかいに生かし、来るべき国政選挙では、必ず反転攻勢に転じていく決意です
とあるので、ぼくがこれに何か言ったからといって、言ったそばから「それは違う! なぜなら云々かんぬん!」とまくしたてられたり、「紙屋による共産党攻撃」などと言われることもないと思う。
もちろん、これは部分的な話である。
根本的には、他の野党(共産党の考えに従って、維新を野党にカウントしなければ)の中で「一人負け」状況を作って議席も得票も大幅に減らしてしまった原因をよく考える必要がある。
それが何かということについては、この記事の中では触れない。
ここではあくまで「賃上げと一体に労働時間短縮で『自由な時間』を」という新たな政策提起ということだけに限定して考えた。
以上、「党内外のご意見」でした。
*1:「労働者は、過労死さえもたらす長時間・過密労働や著しく差別的な不安定雇用に苦しみ、多くの企業で『サービス残業』という違法の搾取方式までが常態化している」「『ルールなき資本主義』の現状を打破し、労働者の長時間労働や一方的解雇の規制を含め、ヨーロッパの主要資本主義諸国や国際条約などの到達点も踏まえつつ、国民の生活と権利を守る『ルールある経済社会』をつくる」(日本共産党綱領より)。
*2:日本の正社員の総数が4000万人いるから、そのうちの2割が「残業が多い」と感じているなら800万人も対象者がいることになる。
*3:今さらだけど、だから国民民主党を支持するとか、れいわを支持するとか、あるいは逆に支持しないとか、そういう話ではない、ということは言っておきたい。あくまで論戦の参考という話。
*4:正確には「中国当局の暴挙を批判される方々は日本共産党へご投票を」という宮本顕治の談話(1989年7月10日付赤旗に掲載)を数ページの赤旗号外にしたもの。この時は参院選だったが比例は395万票だった(今回の総選挙比例票より60万票も多い)。