中学生がオーディションを受けアイドルをめざす物語、松田舞『ひかるイン・ザ・ライト!』は、ぼくの最近のお気に入りである。
なんども見返す。
それは好きなコマが多いからである。
主人公と同じ地元で年上の友人であり、かつアイドル経験者でもある西川蘭。
蘭の所属するオーディションのチームは、本番直前、ガチガチに緊張してしまう。そのとき、同じように緊張しているはずの蘭は、リーダーであることを思い出し、自覚を取り戻して、みんなを励ます。
この時の、髪をかき上げながらみんなを励ましている蘭の顔と、「こーんなに可愛くしてもらって」というセリフのくだりがとても印象的で頭から離れない。
蘭は一旦みんなの不安をすべて口にして見せてその不安に寄り添う。しかし不安を全て言い表すことでそれを簡潔に客観視させる。その上で、この笑顔で今の自分たちのプラス面を再度冷静に見つめさせ、最後は「だって曲が終わる頃には——見てる人全員 私たちのファンになっているんだから」とそのプラス材料の中に潜在していた自信を引きずり出して理想として展開してみせる。それはそのままメンバーにとっての最高の暗示となる。
空虚な言い張りではなく、昨日まであった練習での根拠を再開花させるのである。
蘭たちの歌い踊る℃-ute 『羨んじゃう』、ひかるたちの歌い踊る三浦大知 「The Answer」など横で流しつつ、そんなくだりを読む楽しさよ。
そんな蘭はダンスも歌もそつなくこなす。しかしオーディションを取り仕切るプロデューサーの審査員に「器用貧乏ちゃん」とあだ名をつけられてしまう。
蘭は審査員に実力を認めてもらうことに必死で、パフォーマンスの精度を上げようとする。しかし、アイドルにとって大事なことは「その場にいる全員を虜にして忘れられなくしてやる」と思うこと、あるいは、たった一人の人であっても自分を見て、自分が歌って踊っていることを楽しんでくれているなら、その人のために届けようとすることだと思い出す。
前のアイドルグループに所属していた時、後列で大勢の中で踊る自分が客席から見えているだろうかと不安に思いつつ、客席に「らん」という自分を応援してくれるうちわをもつファンを見つけた時
あの瞬間思ったじゃん
私が歌って踊ることで
たった一人でも
喜んでくれる人の存在を
知ってしまったら
こんなに楽しいこと
一生やめられないって
と感じたのだ。
(年齢にふさわしく)ぼくは小泉今日子の「なんてったってアイドル」の「アイドルは やめられない」という歌詞をなんとなく思い出した。
見てくれている人がいるからアイドルは心の底から楽しんで笑えるのだ——それがアイドルのパフォーマンスの核心であるのだから、パフォーマンスの精度を上げること自体に目的が向かってしまうことは本質を忘れて技術に走ることとなり、それが「器用貧乏」の批判を生んでいるのだと蘭は気づく。
本作では、見てくれている人を意識したコミュニケーションであり、「見てくれている人との関係」にこそアイドルの本質があると見る。
主人公・ひかるが、歌を「人に届ける」という歌い方を知って、その端緒をステージで味わうシーンも3巻にある。そのとき、ひかるはもしもっと遠くにまで届かせることができたら「どんなに気持ちいいだろう」とその快楽を知ってしまう。
それも同じことだろう。
ぼくはもちろんアイドル志望ではない。
だが、ちょっと思い当たるフシがあった。
候補者をやって演説をしたり、インタビューに答えたりしたときに、自分の言葉に反応してくれるオーディエンス、取材陣に対して、自分の中の快楽度が上がっていき、そのことによってますます自分のパフォーマンスが上がっていくような一種の万能感を覚えた。
いつもは自信がないような、おどおどしたはずの人格なのに、まるで別人のようになり、しかも自分判定であるけども性能がどんどん向上していく気がする。すごい。どこまで自分は行ってしまうんだ、みたいな。それが驚きであり、楽しみでもある。(いや、客観的にどんなひどい出来かもしれないんだけど、そう思っちゃうわけだよ。)
かつてぼくは、演説をライブに喩えたことがあるけども、そういう感覚が抜けないのだ。
当然であるが、候補者というのは当選したら議員や首長になるのであって、職業的政治家になれば演説やインタビューだけやっていればいいというものではない。それは政治家稼業のごく一部にすぎない。
そのことは承知の上で、「見ている人」との関係で自分がゾクゾクしてしまう感情を持ったことは否定できない。
自分が見てくれている人を意識し、見てくれている人の反応が自分に反作用して自分をまた変えてしまうのである。そのインタラクティブな関係が「アイドルは、やめられない」という快楽を生み出すのだろう。
そんな勝手な空想をしながら、ひかるや蘭の脳内で生じる妖しく、抗いがたい耽溺のことを想像して本作を読んでいる。
ひかるが自分の目標を聞かれ「スーパースターになることです」と答えるのは、ホラでもなんでもないのだ。そして、作中でプロデューサーが言うように、そういう世界で自分の才能を限界などを「冷静」に見ずに、圧倒的格上の存在に挑戦し続けてしまう「真っ直ぐなバカ」こそが栄冠をつかめるのだ、と、ぼく自身に起きた、短い期間での小さな変化を思い出してしみじみと納得するのである。
そして、松田舞の前作『錦糸町ナイトサバイブ』も続けて楽しんでいる始末だ。主に歯科マンガとして。