松田奈緒子『重版出来!』14

 マンガ編集、マンガの執筆、そしてマンガに関わる人の物語となっている、松田奈緒子重版出来!』の14巻で注目したのは、書店をクビになった書店員・河舞子がまわりの協力を得ながら「ひとり書店」を立ち上げる話だ。

 

重版出来!(14) (ビッグコミックス)

重版出来!(14) (ビッグコミックス)

 

 

 書店をリストラされて途方に暮れていた河。書店に関わって生きていきたいと決意するものの、再就職はなかなか険しい。

 河は知り合った出版取次会社(版元から本を預かり書店に卸す会社)の社員・山田から

「それならいっそ自分で本屋やればいいんじゃない?」

と提案されるのだ。

 インターネットの発達で個人に1冊から卸売ができるようになり、自分がそのシステムを開発したのだと山田はいう。

 ちょうど知り合いが田舎に引っ込むために畳もうとしていた居心地のいいカフェを引き継ぎ、そこを改造して、カフェ兼書店のようなものはできないかと河は考え始める。

 河の構想をきき、集まってきた友人が「新しい本屋を立ち上げる」という興奮のもとに自発的に協力を始めていく。

「こんなに楽しいことに参加できるなんてワクワクします!!」

「みんなで新しい書店を作りましょう!!」

 カフェを改造するために大手出版社のマンガ編集者である黒沢自身が生き生きと手伝うコマ。

 ややベタだけど、こうしたコマやセリフの勢いに既視感があった。

 ぼくも知り合いの編集者が趣味で地元のプロジェクトに関わっている話などを聞いていて、彼がこういう感じで実に生き生きと関わっているのを酒を飲みながら聞かせてもらったりしていた。その楽しさを思い出す。

 全く別のことなんだけど、僕自身も、「左翼的な運動の草創ってこういう活気に満ちた雰囲気なんだよな」と思い出した。経験が古びたものばかりになり、それを踏襲し、組織が巨大化しすぎてその維持のために逆に自分の領域を蛸壺的・専門馬鹿的にこなしているという悪夢の反対である。ああ、やっぱりこうでないとダメなのでは、と思った。

 そういうプロジェクトの原初の興奮がよく伝わってくる。

 

 こうした「ひとり書店」というようなものは、ビジネスとして生き残る余地があるのだろうか。

「書店の客単価は高くない。本だけ売っていてはやっていけません。」

とは山田の提案である。

 イベントスペースを作り、本好きたちをつなぐ、ということを河は理念とする。

 実は、ぼく自身、いま無性に読書会的なものがしたくてしょうがない。「本好き」「マンガ好き」としてつながりたいという気持ちがある(他面で、あまり見知らぬ人とやったことがないので「うっとおしいかもしれない」という恐れはある)。

 そういう場はすでにあるのだと言われるかもしれないけど、今自分の中で強いニーズとして興隆しつつあるので、そういう場があって、そこに素朴に奉仕する書店・スペースがあれば確かに行くかもしれない、とは思った。

 

 西山雅子編『“ひとり出版社”という働きかた』(河出書房新社)を読んだ時にも思ったが、「ひとり書店」以上に「ひとり出版社」のようなものは、もはや自分で勝手に電子書籍を作ってアマゾンで売れる時代に、何の存在意義もないように思える。そういう意味では「ひとり出版社」は「ひとり書店」以上に「ひとり」なのだ。

 

“ひとり出版社"という働きかた

“ひとり出版社"という働きかた

  • 発売日: 2015/07/24
  • メディア: 単行本
 

 

 『重版出来!』14において、山田がイベントスペースをつくることを提案すると河は思わず「あくどくないですか」と反応してしまう。イベント集客は書店として「邪道」ではないかと一瞬感じるのである。そこを山田は「本好きな人たちをつなぐのが、自分の仕事だって言ってませんでしたか?」と諭す。

 『“ひとり出版社”という働きかた』の中で、内沼晋太郎が次のような一文を書いているのは、河・山田と通じるところがある。

誰かの言う「本とはこういうものである」に従うことなく、自分でその領域を決めればいいのです。たとえば、「本屋B&B*1で誰かと誰の対談イベントを企画することは、誰に何を書いてもらうかを考える本づくりと似ていますから、ぼくらは「本屋」としての仕事と捉えています。考え方によっては、それは友だちと飲み会を企画するときに、誰と誰を呼ぶかを決めることとも似ていますので、「自分は『知的好奇心が刺激される出会いが生まれる瞬間』こそが『本』だと思う。だから飲み会を企画するのもまた『本屋』の仕事である」と考える人がいてもいい、ということです。(p.252-253)

  そして、何よりも内沼は「お金以前に、まずやってみたい」(p.253)とその原初的な欲求をあけすけに述べる。そのような湧き出る欲求でやること(ビジネス二の次)が「ひとり出版社」「ひとり書店」の醍醐味だということだ。

*1:内沼の経営する書店。