『オーイ! とんぼ』は売れているようだが、ゴルフ好き以外であまり話題になっていないように見える。気のせいだろうか。
ぼくは全然ゴルフをやらないし、技術もルールも醍醐味もろくに知らない。マンガとしても、金井たつお『ホールインワン』を読んでけっこうハマり、自宅の庭で穴を掘って金属バットでゴルフボールを入れる一人遊びをずっとしていたが、それも小学生の頃の話だ。あとは『プロゴルファー猿』とか『あした天気になあれ』くらいである。
鹿児島のトカラ列島で育った「とんぼ」と呼ばれる少女が、プロゴルフ界から追放された五十嵐一賀(イガイガ)にゴルフの才能を見出されるマンガなのだが、「週刊ゴルフダイジェスト」に連載されているだけあって、シロートのぼくが読んでも、一読わからない用語の連発の解説的セリフとなる。
「ピンまで40ヤード以上はある それも段を2つ越えた先 風は真正面のアングルから…… エクスプロージョンはありえないな」
「ええ それをすればピンまで届きっこないし どれだけ薄く砂を取ってパーフェクトに打ったところでバックスピンでかなりの距離を戻ってきてしまいます」
う……ん……かろうじてわかる。なんとなく……。
ウェッジでクリーンヒットしかない! 球を右寄りに置くことになる ロフトが立つぶん弾道は低くなる PWだとバンカーのアゴに触るかもしれない
清水義範のいうところの「インパクトの瞬間、ヘッドは回転するのである」状態なのだが、まあ「何かクラブの選び方で迷っているんだな」程度のことはわかる。
それなのに、このマンガは面白いのである。
特に「とんぼ」が島を出る決意をして、熊本の養成所(ジュニア育成をしている練習場)に預けられてからの、8巻・9巻の展開がめっぽう気に入っている。
それは、周囲が「とんぼ」を、初めは思いっきり軽侮し、やがて大混乱のうちにその才能を認めざるをえないという、才能を描くマンガで一番おいしいシーンがじっくりと長く続いているからである。
下図では、ザコキャラっぽい「あなどり」要員が胸のすくような「あなどり」を見せてくれる。
ところが、フォームというものを気にせず、しかし狙ったところへ打つという効果だけをめざした、「とんぼ」の破天荒なショットを見るうちに、すっかり魅せられてしまうというその変化が、何度読んでも楽しい。
加えて、8・9巻で、養成所(ジュニア育成をしている練習場)で一番の才能である「ひのき」が「とんぼ」の才能に度肝を抜かれ、警戒し、やがて敬意と親近感を抱いていく様もくり返し読みたくなる。
父親の徹底した支配と管理のもとにあった「ひのき」は、いわゆる悪役然とはしていないが、他方で大きな歪みを抱えていることもしっかり描かれる。クソ真面目そうな四角のメガネの向こうで、時に真面目に、時に意地悪く、時に純粋・素直になる「ひのき」のグラフィックは、「とんぼ」の天真爛漫さとは別の、人間臭さを感じさせる。
先ほど述べたように、ゴルフの用語はよくわからない。
わからないのに、あまり親切に解説もされず、ぼくのような読者を振り落としかねないにもかかわらず、登場人物たちが、
なんだ あのヤル気のないアドレスは!?
とか、
ドライバーのランニングアプローチだとぉぉぉぉっ!?
と叫んで「とんぼ」の実力を認める羽目になってしまうのが、なんとも痛快である。ぼくも「ドライバーのランニングアプローチだとぉぉぉぉっ!?」とか言われながら、打ってみたい、という無意味な欲望にかられるのである。