黒木智子のどこがいいのか

 『私がモテないのはどう考えてお前らが悪い!』の主人公・黒木智子はずっと一人ぼっち(「ぼっち」)であることをネタにしてきたマンガ作品だが、ここへきて奇妙な形で次々と友人ができはじめる展開になっている。その様は「コミュニケーションの牢獄」である高校生の教室空間において、一種の人間関係のユートピアともいえる状況を呈していて、感動を覚えずにはいられないというのが正直なところである。

 

 

 

 虚構なんだから設定の中の「現実」についてまじめに考えてもしょうがないとは思うんだけど、どうして黒木のまわりに人が集まりだしたのだろうか。

 

 例えば、ネモがゆりに自分のことを嫌いなのかを正直に聞くシーンがある。

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谷川前掲書、p.105

 上図の通り、ネモは嬉々として(というか興味津々で)それを聞いているのである。「普通の答えじゃないね」とネモが言っていることからもわかるように、ネモが黒木周辺の人間関係に惹かれるのは「普通じゃないから」である。

 「普通じゃない」ことはネモにとって「面白そう」なのである。

 例えば下図でもネモはそのように告白している。

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谷川前掲、p.30

 アニオタで声優志望であることを隠してきたネモは、空気を読んで本音を隠しあうグループを「普通」であると感じ、それを「面白くない」退屈な集団だと思い始めたのだろう。15巻には、中学時代に人間関係で傷ついて疲れてきた歴史が描かれ、高校に入ったらそういう目に遭わないために空気を読んでうまくやろうと決意するエピソードが描かれている。

 

 13巻では黒木が少女マンガ批評をするシーンがある。少女マンガにありがちな展開を批判することがそのまま現実の教室の友情道徳批判になっている。下図の通り、その批評は、普段滅多に反応しないはずのゆりが同意をわざわざ表明するほどの鋭いものとして映った。

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谷川前掲、p.123

 ここのコマの運び方の雰囲気が決して真面目すぎるトーンではなく、どちらかといえばギャグっぽく描かれ、黒木のセリフもまったくしんみりせず、ニュートラルな印象を与えている。それが可笑しみとともに、冷静さをぼくらに印象づける。

 黒木は腐りきった(いろんな意味で)クズであるような側面も持つけども、それはクールな観察眼、相手への容赦のない批評性の裏返しであったりもする。

 14巻で、人の性格をじっくり見ながら本を勧める黒木の姿にぼくは驚いた。

 あっ、こいつ気遣いをしている……という驚きでもあるが、オタクとして自分の得意領域ではついつい黙っていられなくなり、親切心のようなお節介を発揮してしまう調子がよく出ている。そして下図の通り、黒木の顔はドヤ顔でもないし、にやけ顔でもないし、むしろやや真面目寄りの価値中立的な表情をしている。

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谷川前掲14巻、p.39

 黒木の周辺に「普通じゃない人」=「面白い人」が集まってきたのは、そのコアに黒木のクールで、時に陰湿な批評眼があるからじゃないのだろうか。それが人をラクにさせたり、楽しくさせたりする。