高浜寛『エマは星の夢を見る』

エマは星の夢を見る (モーニング KC) 30〜40代くらいの疲れた知的な女性のグラフィックを見るのが好きだ。
 ということをこのブログでもぼくはたびたび表明してきたが、本作『エマは星の夢を見る』もそのひとつだ。レストランを格付けするミシュランの調査員に憧れ、見事にその職を射止める。
 調査員としてのテストと苦闘したり、評価づけが無意味ではないかと根本的な悩みを抱え込んだり、恋人との不仲に苦しんだり、単に食べ過ぎたり、疲労したり。
 そういう主人公・エマの疲れた感じがたまらんわ。特にチョーカーをつけているときのエマにグッとくる。
 なぜそんなものに惹かれるのか。
 つけいる隙がある、自分の好みの女――ミもフタもないストレートな解釈をすればそういうことになるだろうか。
 自分がエマを好きなのはきっとそんなところだろう。あまり複雑な結論でなくて申し訳ない気になるが、それ以外にあまり考えられない。うん。


 ただ、そうは言っても、本作の中で一番好きなエピソードは、第8話「キャバレー」で、身分証をなくしてしまったエマがコリウール(フランス南部のスペイン国境近く)に調査に出かけ、思いがけず素敵な地元レストランを発掘する話だ。
 ここにはエマが食にかける情熱の原点のようなものが詰まっており、あとでミシュランの仕事に根本的な疑問を持った際にそれを覆す力を持った仕事であったとされている。
 身分証をなくした、とは、ミシュラン調査員という外被をいったん消してしまうことを意味する。エマは「ミシュラン調査員」でありながら、今や調査員ではない。エマという個人に立ち戻ったのだ。
 その上でエマ自身の情熱によってその店の良さをつかみ出したことを示す。
 エマが気持ちよさそうに酔っぱらいながら、変人マスターであるアントワーヌと案内人のナタリーに「実は私… ミシュランの調査員なんですよ」とあやしげに告白し、冗談だと思ったアントワーヌに身分証を見せてみろよと言われてエマが「それがね〜 ないんです」とくすくす笑って返すシーンは、楽しく食べ、飲み、語らう、というエマの初心そのものであろう。


 そのあとのミシュランの審査会で、ミシュランの仕事に根本疑問を覚え、またプレゼンに緊張しながら、アントワーヌの店を紹介するエマ。
 心から応援したくなる。
 エマの美しさ、仕事での自己実現――そうしたものがぎゅっと詰まったものが、このアントワーヌの店をめぐるエピソードだ。それが短いエピソードに濃厚に詰め込まれている。


 本作は、ミシュランの調査員に対するガイド的ルポでもある。「へえ、ミシュランの本ってこんなふうな調査で出来上がるんだ」という全く別な楽しみ方もできる。


 とりあえず、エマが好きすぎて死ぬ。
 夏ごろはこのマンガをかなりなんども読み返していた。