4つの『蟹工船』漫画を読む

 2008年の新語・流行語大賞のトップテンに『蟹工船』が入った。今さらそのブームぶりについてくどくど言うまでもないだろう。
 これだけ話題になったから『蟹工船』自体を知らないという人はいないと思うが、その中身については知らないという人もいるだろう。昭和初期のカムチャッカ海上に出て行く蟹工船が舞台で、蟹を獲り、船の上で加工し缶詰にするまでを一体的に処理する洋上の船体工場が「蟹工船」なのだ。そこでの悲惨な労働者の実態を描写するとともに、労働者たちがストライキに立ち上がるまでを描いたプロレタリア文学である。
 作者の小林多喜二は『蟹工船』執筆後に、非合法だった共産党に入り、やがて特高警察の拷問で殺される作家である。

 漫画に入る前に、小説そのものがどのように今の若い人たちに受容されブームと言われるまでになったのか、ということを少し考えておきたい。

 

 

 『蟹工船』はウェブでも読める。
http://www.aozora.gr.jp/cards/000156/files/1465_16805.html

蟹工船・党生活者 (角川文庫)  ぼくは高校時代に古本屋で買っていた角川書店版を持っていてそれで今回再読した。久々に読んだのだが、あっと言う間に読めた。「あっと言う間に読めた」というのはぼくのもっている角川版で115ページしかないという意味もあるが、それ以上に「おもしろい」ので「あっと言う間に」読めてしまうのである。

 


(1)「異世界モノ」としての面白さ


 その「おもしろさ」とは、まず最初に印象づけられるのは、「異世界」としての面白さなのである。言い方をかえると、猟奇的・SF的な面白さといってもいい。
 小林多喜二はこの小説を書くにあたって、〈蟹工船とその漁をめぐる事件につき、綿密な調査を行ってきた。……彼は当時勤務していた拓殖銀行の資料用の新聞から、関係記事のスクラップを作ったり、週末には函館を訪れて蟹工船の実地調査をしたりしている。また蟹工船の漁夫とも直接会って、詳しい実態の聞き取りも行なった〉(島村輝「『蟹工船』を解体するキーワード——映画・暴力・汚穢と聖性」)という。
 こうしたルポ的な取材の綿密さが細部にリアリティを与える。
 しかし読み始めてまず目につくのは、現代とは隔絶した世界のリアリティであって、それはちょうどSFを読んでいるようなリアリティの世界であるともいえる。あるいは、自分とは直接縁のない異国の「児童売買」とか「スナッフムービー(殺人の実録映画)の製作」の話を「面白く」消費するような感覚に似ている。
 本作には有名な暴力監督・浅川が登場するが、浅川が働きの悪い労働者を焼きごてで焼いたりするし、蟹の汁がついたままの衣服でフロも入らせずに寝させられるので体中に南京虫やシラミがわくとか、出てくる食事が腐った塩引きとご飯だけで時化のときは汁もない、などという状況は、そのまま現代日本にあるとは言いがたいものばかりである(「絶対ない」とは言わないが)。そうえいば2chで「『蟹工船』をネットカフェ難民にたとえるやつがいるけど、蟹工船って漫画読み放題でフリードリンクもあったのか?」などと皮肉っている人がいたが、そういう感覚である。

 荒俣宏が『プロレタリア文学はものすごい』(平凡社新書)を2000年に書いているが、荒俣の視点はまさにこのような角度から接することである。荒俣はプロレタリア文学を「ホラー小説」「ポルノ小説」「変態小説」として読み直そうとしている。

 たしかに第一印象としてこうした感覚がひきおこされるのはある意味うなずける。

 


(2)特殊を通じて資本主義の普遍を描く

 しかし。
 そのような第一印象をもちながら、ぼくらは「ふっ」と現代に重なってしまう瞬間というものを『蟹工船』のなかにしばしば見てしまうのだ。

〈六十円を前借りすることに決めて、汽車賃、宿料、毛布、布団、それに周旋料を取られて、結局船へ来たときには、一人七、八円の借金(!)になっていた。それが始めて分ったとき、貨幣(かね)だと思って握っていたのが、枯葉であったより、もっと彼等はキョトンとしてしまった〉(小林多喜二蟹工船』p.30角川文庫版=以下同じ)

 そう読んだ時、現代の「周旋屋」(売買・雇用において仲介をする職業)である「派遣」のことが頭をよぎらずにはいられない。

〈まずあらためて強い憤りをもったのは、派遣労働者のおかれているあまりに非人間的実態であります。私たちは、前日の二十九日、若い労働者から話を聞きました。「ひどい二重の搾取がおこなわれている」という告発が寄せられました。つまり派遣会社にマージンをピンハネされているだけではないのです。派遣社員は、寮に住まわされて、寮費、電気代、水道代、テレビ代、布団代、冷蔵庫代など、ありとあらゆる費用をひかれ、必死に働いても手元には月十万円以下しか残りません〉(志位和夫
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik07/2008-07-25/2008072525_01_0.html

 ちなみに、志位和夫のこの講演では、前述の文章の後に、〈さらに行ってみますと寮のまわりにはまともに商店がないのです。寮の入り口にはコンビニがあるのですが、これは派遣会社が経営しているコンビニなのです(どよめき)。ここの商品がまた高い(大きなどよめき)、トイレットペーパーなどが高くて、ここでも搾りあげられていると訴えられました〉という一文がある。
 それを聞いて、三上満が戦前は〈炭鉱や鉱山なんかは、その炭鉱や鉱山の売店しか買うものを買えない「斤券(きんけん)」というものがあり、斤券で〔給料すべてのうちの〕3分の1だけもらいました〉と、「口入れ屋」(職業紹介業)によってタコ部屋に送り込まれた戦前の労働者の話をしていたのを思い出した。

 あるいは、〈「独り寝だなんて、ウマイ事云いやがって!」「ちげえねえ、独り寝さ。ゴロ寝だもの」〉(『蟹工船』p.30)という愚痴は、「月30万円も可能!」「社保・交通費支給」などと書かれた求人広告を握りしめて就職したものの、まるっきりウソっぱちであったり、超人的な残業を毎日こなして稼げるという話だったりする、“現代の求人”にやはり「ふっ」と重なってしまう。

 また、蟹工船に備え付けられている、蟹漁のための小型の船を「川崎船」というが、その川崎船が海が荒れて失ってしまったとき、〈翌日、川崎の捜索かたがた、蟹の後を追って、本船が移動することになった。「人間の五、六匹何んでもないけれども、川崎がいたまし」かったからだった〉とする記述がある。
 機械を入れるよりも人間を入れたて組み立てさせた方が安いからと、窓ひとつない部屋で無機塗料を終日使った塗装をやらされる業務請負の労働者たちのことが、「ふっ」と思い出されてしまう。

 そうした個々のシチュエーションもさることながら、そうした描写の一つひとつを通じて、海の上の「蟹工船」という閉塞は、否が応でも現代の非正規労働者が感じている閉塞に重なる。
  『私たちはいかに「蟹工船」を読んだか』(白樺文学館多喜二ライブラリー)は『蟹工船』のエッセイコンテストの応募優秀作品を載せた本だが、大賞を受賞した山口さなえは次のように書いている。

 

 

〈有名な広告代理店の下請けデザイン会社に就職した友人は、あこがれのデザイナーになろうと必死だった。しかし、入社したとたん三日間帰宅できず深夜残業、さらに既婚の社長に抱きつかれ服を脱がされそうになる。拒否すると激しい暴言を吐かれなくなく謝って退社を許されたという。その後、彼女は、深夜の三時から始まる会議で社員達にお茶くみをする仕事を強制された。私が「おかしいよ」と言っても、彼女は「社長を尊敬している。」と心から言うのだ。
 深夜のマクドナルドで私の友人に声をかけた女性は「もう行くところがない」と言った。困った友人が私に声をかけてきて、私は彼女を家に泊めることにした。彼女は私と同い年だった。地方から上京し、新聞奨学生をしながら四年制大学を出た。卒業後、寮付の派遣会社で働いたが、男性社員から「俺と寝なければ寮費を取る」と脅され逃げ出した。友人宅や「路上寝」を繰り返し、最寄りの役所に相談に行ったが門前払いされた。深夜のマックで友人に声をかけたときは所持金が一万円札一枚だった。
 美術大学の二つ上の先輩は在学中に映像コンペで入賞し、メディアにも取り上げられた輝かしい経歴の持ち主だった。専門学校にも通い、スキルも身につけていた。夢を持って社会に出たと思う。彼女はマスコミのADになったがほとんど家に帰れない。TV局のフロアの地べたで仮眠を取り、蹴られて起こされる。現場のディレクターから毎日怒鳴られ、体を触られるセクハラを受けた。やがて鬱病となり労災申請をすると総務の女性から「労災で休暇なんて給料泥棒だ。迷惑をかけるなら辞めて下さい。」といわれた。私の希望の星はアパートにひきこもり、自分を責めてリストカットを繰り返した。彼女は「病気のせいで手が震えて自炊ができない。」と言った〉(同書p.30〜31)

 この閉塞のなかで受けている圧迫を、『蟹工船」のなかでやはり「ふっ」と重なるように言い表している有名なセリフがある。自分が本当に殺されると分かったらそのとき決起すると言い訳する労働者に、別の労働者がこう叫ぶセリフだ。

〈殺されるッて分ったら? 馬鹿ア、何時だ、それア。——今、殺されているんでねえか。小刻みによ〉(『蟹工船』p.98)

 東大大学院教授である小森陽一は、「小林多喜二とは誰か」(『小林多喜二と『蟹工船』』所収)という文章のなかで、もともとは資本主義はむき出しの苛酷な搾取をしてきたが、労働者の運動がすすむなかで労働者を守るルールや制度がつくられてきた、しかし、「構造改革」と「規制緩和」のもとでそのルールや制度が破壊され、〈「構造改革」や「規制緩和」と言われたことの本質は、労働現場での無法化、すなわち「蟹工船」化なのです〉(『小林多喜二と『蟹工船』』p.11)とのべている。小森はそこに〈なぜ「蟹工している」という言葉が合言葉になるほど多くの若者に読まれているか〉(同前p.9)という問いの答を見いだしている。

 

 

 小林多喜二は、自身の『蟹工船』を解説するような文章を評論家の蔵原惟人に送っており、それは〈『蟹工船』という作品の、最も正確で最も簡潔な批評〉(小森陽一原恵一郎蟹工船』の「解説」より)にもなっている。

 そこで多喜二は〈この作は『蟹工船』という、特殊な一つの労働形態を扱っている、が、蟹工船とは、どんなものか、ということを一生ケン命に書いたものではない〉と奇妙な解説をつけている。
 蟹工船は戦前にあっても「特殊」な労働であった。しかし、多喜二はそこで続けて〈A これは植民地、未開地に於ける搾取の典型的なものであるということ〉〈B 東京、大阪等の大工業地を除けば、まだまだ日本の労働者の現状に、その類例が八〇パアセントにあるということである〉〈C 更に、色々な国際的関係、軍事関係、経済関係が透き通るような鮮明さで見得る便宜があったからである〉とのべているように、実はここに描かれた労働は何らかの形で当時の日本資本主義にとって普遍的な構造を示すものだったのである。
 これは推測になるが、蟹工船の悲惨な労働は、当時としても息をのむような「極端」な描写であったことだろう。しかし、実際には〈八〇パアセント〉もの労働者がふれている地方や末端での労働は何らかの形でこうした構造をふくんでおり、おそらく当時の読者にとっても「ふっ」と重なる瞬間が幾多もあったに違いないとぼくは思うのだ。
 まさに弁証法でいう「特殊は普遍である」という命題そのものだ。

 凝縮された悲惨のなかに、自分がおかれているのと同じ構造を見てしまう瞬間、蟹工船の労働者たちではないが、〈一旦この気持をつかむと、不意に、懐中電燈を差しつけられたように、自分達の蛆虫(うじむし)そのままの生活がアリアリと見えてきた〉(『蟹工船』p.91)、あるいは自分も実は程度の差はあれ、同じ構造の中にいるんじゃないかと思わせてしまう──そこが『蟹工船』の恐ろしさではないか。

 この、「蟹工船という特殊な労働を通じて普遍を描く」という多喜二の方法こそが、現代の読者に届く力をもっている源泉である。

 とはいえ、現代の労働が同じ構造を多少なりとも持っていなければ「ふっ」とした重なりさえも見えてこない。そして、戦後からの労働がいつも同じ形態であるのなら、『蟹工船』は戦後ずっと共感を集めた古典だったはずである。そして、それは必ずしもそうなっていない。

 この点については、小森陽一がマンガの新潮社版『蟹工船』の解説で基本点についてふれている。その中身にぼくなりの解釈を入れれば、マルクスが描いたようなむき出しの資本主義は、戦前の日本ではまだ広範に残っていたが、戦後の資本主義国家は、高度成長と労働運動の高揚の中で労働者の権利をさまざま認め、社会保障制度も整備されてきた。
 ところが80年代以降、新自由主義の台頭で、この高度成長と労働運動の成果物は次第に掘り崩され、以前のようなむきだしの資本の論理が労働者を襲うようになった、というわけである。それが集中的に現れた分野が非正規雇用、とりわけ派遣だ。だからこそ、高度成長期には見向きもされなかったのに、「今」これだけ脚光を浴びているのである。

 


(3)団結するまでのリアリティはあるのか?


 しばしば『蟹工船』については、たとえば共産党志位和夫などは、〈あの小説を若い方々が読み出したのは、悲惨な実態に自らの実態を重ねているだけではない。連帯して、立ち上がれば希望はある。そこに希望を見いだしているからではないでしょうか〉という。貧困や労働の悲惨さだけではなく、団結によって現状をかえるところが現代の若い人を励ましている、と評される。
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik07/2008-10-06/2008100609_01_0.html
 他方で、そこにまったくリアリティを感じない、という人もいる。
 労働問題を考え行動するNPOPOSSE」が雑誌「POSSE」2号で『蟹工船』を特集していてまだ入手できていないために何が書いてあるのかはわからないが、少なくとも同団体がNHKで特集されていたのを見た時(08年11月12日放映)、『蟹工船』の読書会の風景を映していて、そこでは幾人もから団結して変えるということへの距離の遠さが表明されていた。
 うろ覚えでしかないのだが、「当時は蟹工船という一つの船のなかでいっしょにいたが、今はシフトもバラバラだし、いっしょになにかするようなことがない」というむねのことをしゃべっていた。労働組合などに団結して変える、という発想はたしかにこの世のどこかには存在するが、自分がそれを使いこなすツールであるとはとうてい考えられない、というわけだ。
 どちらが本当なのか?

 実は当時のプロレタリア文学にとって、この問題は一つの大事なテーマだった。
 『蟹工船』のなかで、東京の芝浦で働いていた労働者が〈ここの百に一つ位のことがあったって、あっちじゃストライキだよ〉(『蟹工船』p.54)というシーンがある。
 すでに当時においても、都市の一部では「労働組合に団結して変える」というスタイルが登場して、世の中にインパクトを与えつつはあったが、多喜二はそれを題材にするのではなく(している作品もあるが)、絶望が支配しているバラバラに寄せ集められたような最底辺の労働者たちをモチーフにした。

 そのような労働者の中から、どうやって団結の萌芽が生まれてくるのかを、多喜二は細心の注意を払って描こうとした。
 多喜二は『蟹工船』を書いてから2年後に、文芸批評家(のちの共産党委員長)であった宮本顕治の批評に触発されて次のように書いている。

宮本顕治が云うように、ビラがまかれ、すぐ大衆の間に動揺が起こり、デモやストライキが起るという式の現実の観念的省略が、われわれの作品の底を貫いていた根本的な欠陥であった。そしてこのことが、作品の内容の共産主義化の一面的な機械論的な理解から来ているのだ〉(小林多喜二「『静かなるドン』の教訓」、全集5巻p.301)

 この精神は『蟹工船』でも発揮されている、とぼくは思う。
 たとえば、浅川の暴力に対して、最初に広がる「抵抗」が描かれるがそれは「サボ」(サボタージュ)である。〈然し「サボ」と云っても、ただ身体を楽に使うということでしかなかったが〉(『蟹工船』p.68)というはなはだ消極的なものであるが。
 あるいは、川崎船の船頭が〈ひょいと、船頭が威張ったことを云ってしまった。それは別に威張ったことではないが、「平」漁夫にはムッときた〉とき、漁夫が〈手前え、何んだ。あまり威張ったことを云わねえ方がええんだで。漁に出たとき、俺達四、五人でお前えを海の中さタタキ落す位朝飯前だんだ。——それッ切りだべよ。カムサツカだど。お前えがどうやって死んだって、誰が分るッて!〉(『蟹工船』p.90)と怒りにまかせていってしまうシーンがある。

〈そうは云ったものはいない。それをガラガラな大声でどなり立ててしまった。誰も何も云わない。今まで話していた外のことも、そこでプッつり切れてしまった。
 然し、こういうようなことは、調子よく跳ね上った空元気だけの言葉ではなかった。それは今まで「屈従」しか知らなかった漁夫を、全く思いがけずに背から、とてつもない力で突きのめした。突きのめされて、漁夫は初め戸惑いしたようにウロウロした。それが知られずにいた自分の力だ、ということを知らずに。
 ——そんなことが「俺達に」出来るんだろうか? 然し成る程出来るんだ。
 そう分ると、今度は不思議な魅力になって、反抗的な気持が皆の心に喰い込んで行った。今まで、残酷極まる労働で搾り抜かれていた事が、かえってその為にはこの上ない良い地盤だった。——こうなれば、監督も糞もあったものでない! 皆愉快がった。一旦この気持をつかむと、不意に、懐中電燈を差しつけられたように、自分達の蛆虫そのままの生活がアリアリと見えてきた〉(『蟹工船』p.90〜91)

 自分が怒りにまかせて叫んだ一言が、自分自身の認識を変えてしまう、というある意味で決定的なひとコマだ。しかし、すぐそこで組織化が始まるわけではない。
 そこでの認識の発展を労働者たちは「口癖」という文化にして自分たちのものにする。〈何かすると「威張んな、この野郎」〉という口癖が船内に広まっていく。早急な団結ではなく、自分たちには何事かができるのだ、という感覚を〈威張んなこの野郎〉という言葉遊びにして自分たちのものにしていく。

〈「威張んな、この野郎」この言葉が皆の間で流行(はや)り出した。何かすると「威張んな、この野郎」と云った。別なことにでも、すぐそれを使った。——威張る野郎は、然し漁夫には一人もいなかった〉(『蟹工船』p.91)

 これは、たとえば大学で難しい概念を学んだとき、まあなんでもいいけど「即且対自」という哲学用語をその哲学ゼミの学生たちが日常会話で「全然あいつ『即且対自』じゃないんだよ」と冗談めかして使ううちに、なんとなくその用語を我がものにしてしまう、というような経験に似ているだろうか(喩えがわかりにくくて申し訳ないが)。

 多喜二は蟹工船に乗った労働者を実際に取材したようだが、こうした怒りの組織化が実際にこのようなものであったかどうかはぼくはよくわからない。多喜二の想像であったかもしれない。
 正直なところ、ぼく自身も『蟹工船』のこの箇所を読んだからといって、現代の自分にとって「ああ、まさにこれだ」なんていうひどく身近な共感を覚える、というわけではない。しかし、〈ビラがまかれ、すぐ大衆の間に動揺が起こり、デモやストライキが起る〉という怒りの組織の単純化をどう避けるのか、バラバラにされあらゆるものをあきらめきった人々がどう自分たちの尊厳をとりもどすために立ち上がろうとするのか、そのことに多喜二が腐心しているというその姿勢は痛いほど伝わってくる。
 この小説に団結への希望を見いだす人がいるのだとすれば、団結にいたるまでのリアリティというよりも、それをリアルさをもって描こうと苦闘する多喜二の姿勢にこそ共感するのではないか。

 以上、ぼくは小説『蟹工船』を再読して、ぼくなりに気づいたこととして(1)SF・猟奇としての異世界小説(2)「蟹工船」という特殊な労働を通じて現代の資本主義の普遍的な構造をかいま見させてしまうリアル(3)団結への道程をどうリアルに描くかという小林多喜二の苦闘の痕、という三点をあげた。

 さて、その目で漫画版を振り返ってみよう。

 


イーストプレス版——わかりやすさ


図1:浅川監督の造形の比較

 

イースト・プレス、漫画:バラエティー・アートワークス『蟹工船』p.70



新潮社、漫画:原恵一郎蟹工船』p.20



東銀座出版社、漫画:藤生ゴオ『蟹工船』p.34

宝島社、漫画:イエス小池蟹工船 覇王の船』p.64

 まずはイースト・プレス版である(漫画/バラエティ・アートワークス)。売上の部数は知らないが、おそらく『蟹工船』の漫画版としては最も有名ではないか。本屋で『蟹工船』のフェアがあると必ずこのイーストプレス版がそばにある。

 

 イースト・プレス版の最も目につく特徴は、「キャラを立てている」ことだ。
 『蟹工船』は多喜二自身が〈この作品には『主人公』と云うものがない。『銘々伝式』の主人公、人物もない。労働の『集団』が、主人公になっている〉と述べているように、読者が感情移入をしやすい主人公やキャラクターがいない。『蟹工船』が群像劇であるというのは有名な指摘である。
 そうした「群像劇」の小説において、唯一キャラクターとしての存在感があるのが暴力的監督の浅川である。

 文芸評論家の陣野俊史が作家の浅尾大輔との対談の中で〈支配者側の浅川監督だけが、キャラが立っていて、何人かいる登場人物が名指しされていない〉(『小林多喜二と「蟹工船」』p.59)〈キャラクターしかない小説がもてはやされている。プロットもなく、描写もなく、キャラクターしか書いていないような。……とにかく『蟹工船』は名前がないことも含めてキャラクターがないでしょ〉(同p.62)とのべているとおりだ。

 漫画家にとっても浅川という存在は気持ちが動くキャラクターらしく、4つの漫画版で4者4様の「浅川」を作り出している。右に図版を載せたが(図1)、東銀座版以外は化け物に近い造形といってよい。

蟹工船 (まんがで読破)  しかし、イーストプレス版においてはそれだけではない。
 もう一人、森本、通称「森」というキャラクターを配置する。森は北海道の開拓民出身の労働者で、物語のなかで闘争の中心となる(それとは別に丸眼鏡の学生は狂言まわしの役を務める)。髪型やスタイルがまるで70〜80年代のアニメのヒーローのようでもある森はそのグラフィックから濃厚に「英雄」の臭いがたちのぼってくる。
 握りこぶしをつくって団結を訴える森は、やはりそこにいくばくかのヒロイズムを見ないわけにいかない(図2)。

 

図2:イースト・プレス、漫画:バラエティー・アートワークス『蟹工船』p.149



 浅川と森というキャラクターを前景化したあと、イースト・プレス版の筋書きは「浅川の暴力の前に森を中心にして労働者が団結する」という非常にわかりやすい物語になっているといえよう。群像としての労働者、それを描くためのモンタージュ手法という方式をとらないことに示されているように、多喜二が苦労した(3)の要素はほぼ欠落してしまっている。ゆえにどちらかといえば(1)の感覚が強く迫ってくるのだ。

 多喜二の意図にはそういう意味では反しているが、現代的なわかりやすい物語にしあがったという点では成功している。多喜二の意図と離れたとしても、それは現代漫画としては一つの戦略であり、そのことをただちにぼくは非難するつもりはない。
 

 


東銀座出版社版——多喜二の意図に最も忠実


マンガ蟹工船―30分で読める…大学生のための  次に東銀座出版社版だ。(漫画/藤生ゴオ)
 これはかなり入手が難しいものだといっていいだろう。

 

 しかしこの本は『私たちはいかに「蟹工船」を読んだか』というエッセイコンテストと連動している。同コンテストによせられたエッセイにはこの版を読んで小説に導かれた人間が実に多いことが告白されている。そのような力をもっているのだ。
 東銀座版の最初に目につく特徴は4つの漫画版のなかで最もリアリスティック(写実的リアル)ということだろう。映画的・劇画的である。

 つうか、浅川がうちの父親にリアルでそっくりなんですけど。いやマジで。うちの父親はトラックで植木の卸などをしてたんだけど、よくヤクザと間違われてビビられていたんだよね。実際トラブルのシーンでは怒鳴って威嚇するし。だから、東銀座版の浅川はどうみてもぼくの父親です。本当にありがとうございました。という気持ちでずっと読んでいたのだ。どうでもいいけど。

 東銀座版は他の3つの版のような虚構としての大仰さが完全に排除されている。逆に言えば近年の漫画表現のようなメリハリがない、というふうに感じる人もいるということだ。

 東銀座版では、イーストプレス版や新潮社版ではかなりの比重を占めている「ロシア人に赤化されるくだり」がまったくない。解説に島村輝がついているせいもあるのかもしれないが、おそらくロシア=旧ソ連の「赤化工作」に労働者が影響されて立ち上がるかのような流れが少しでもあることが、『蟹工船』の現代的受容にとっては最も障害になる、とふんだに違いない。
 多喜二を現代に蘇らせるうえでは不要なものだというわけだ。

 そして、東銀座版は、くだんの〈威張んな、この野郎〉のシーンを他のどの版よりも丁寧に描いている。あるいはサボにいたるシーンも綿密である。そういう意味では(3)に最も心をくだいている版だといってさしつかえなかろう。
 そして主人公的なものを一切おかない。
 ストが失敗してから、天皇への献上品となる缶詰に〈石ころでも入れておけ! かまうもんか!〉(『蟹工船』p.113)というシーンが入っているのは東銀座版だけだ。このシーンは小森陽一に〈天皇が食べるであろう、一番最初に献上される缶詰に労働者たちが石を込めるという抵抗の在り方を描くことで、天皇制国家の構造の総体を暴いていくことができたのです〉(『小林多喜二と「蟹工船」』p.9)と評されるほど作品にとっては重要なシーンだとされているものだ。
 小説に忠実、というよりも(「赤化工作」を省いている点で忠実ではない)、多喜二の意図を現代的に最大限に蘇らせることに実に熱心な作品だといえる。ただし〈今、殺されているんでねえか。小刻みによ〉(『蟹工船』p.98)はあまりよくわからない描き方になってしまっているのだが。

 東銀座版で描かれる浅川は陣野が批判するような感じの「キャラ」ではなく、近代的自我を搭載した正統な「キャラクター」である。
 特に、ぼくには、他の船と競争させられるなかで、浅川が焦り始めて他の船の網を引き上げる無法をやらせていくくだりだった。

 いる。こういう奴、いるよ。

 目標を達成させるために強引なまでに人的・物的資源を動員し、ルール違反を多少犯してもそれを遮二無二やりとげてしまう「やり手」「辣腕」といわれる奴。資本の生産の〈規定的目的と推進的動機〉(マルクス)に踊らされながら、その小賢しさ、小物っぽい「やり手ぶり」を発揮する浅川という男は間違いなく、現代のぼくらのまわりにいるのだ。

 ゆえに、ここでは浅川は単なる性格として粗野で暴力的な人間なのではなく、資本の人格化としての資本家の手先であり、その利潤追求の前でやはり利潤追求の人格化として追い込まれて暴力をふるっている存在なのである。その小物ぶりがよくわかる。こうした浅川の描き方こそ、多喜二が意図したものに相違ない。

 


新潮社版——イーストプレス版を多喜二的意図へ改良したもの


 新潮社版。(漫画/原恵一郎

 

 


 イースト・プレス版の「森」的な英雄をおかず、代わりに「オブザーバー」をおいた。冒頭に、周旋屋にだまされて蟹工船に連れて来られた「学生」にその役にあてる。新潮社版の解説を書いている小森陽一は〈漫画にする以上、一人ひとりの顔や身体を描かねばならない。蔵原惟人が批判した「個人を全然埋没してしまってよいのだろうか?」という問いは、本書で解決された。しかも、人名は小説に準じてあえて創作することなく、また主人公を「集団」の中心人物ではなく脇役にすることで、多喜二の意図を損なうことなしに、である〉と述べている。
 浅川はイースト・プレス版以上にキャラ化されている。〈今殺されているんでねえか!! 小刻みによ!!〉は十分なコマ数がとられていて、イースト・プレス版よりもさらにわかりやすくなっている。
 他方で、(3)の要素、たとえば〈威張んな、この野郎〉も入っている。しかし一応要素として入っているだけ。(3)の要素はナレーション的に処理されてしまっている。
 つまり、最も網羅的に書かれている版なのだ。
 イースト・プレス版を作品忠実化の方向での改良版、というべきだろうか。

 


イエス小池版——……


 最後に、イエス小池版だ。(漫画/イエス小池。宝島社)

 

 


 これはもうアレです。
 メインタイトルが『覇王の船』であるように、もはや小林多喜二の『蟹工船』のコミカライズとはいえない。多喜二の意図がどうのこうのとかいうレベルじゃなくて、設定を借りてやりたい放題。
劇画 蟹工船 覇王の船 [宝島社文庫] (宝島社文庫 C い 1-1) (宝島社文庫) いや、もちろんそういう作品があっていい。原作に忠実かどうかは一つの判断要素であって、原作に忠実であることと、漫画として面白いかどうかはまったく別のことである。
 この漫画は竹熊健太郎が〈ところで、小池さんが昔、小林多喜二の『蟹工船』をマンガ化した『覇王の船』という作品があるんですけど、最近の蟹工船ブーム(なんでも新潮文庫版が今年に入ってからで40万部を突破したとか)の影響で、単行本化の話があったそうです。が、どうやら企画が流れてしまったとのことで、大変残念です。34年もアシスタントされた苦労人のイエス小池氏以上に『蟹工船』のマンガ執筆にふさわしい人材はいないと思いますので、これをお読みの版元の人がいらっしゃいましたら、ぜひいかがでしょうか〉とブログで書いたのをきっかけに宝島社から出版の運びになったものである。
http://takekuma.cocolog-nifty.com/blog/2008/07/post_d661.html

 その竹熊は〈原作に忠実かというと、必ずしもそうではないんですが、多喜二の怒りとイエスの怒りが合体して怨念の球となり、パワーゲージがあっちまで振り切れてます。原作の「浅川」という現場監督が、マンガでは罰河原赤蔵(ばつがわら・あかぞう)という極悪キャラクターになっておりまして、赤鬼みたいなこいつが、作業員を虐待してゲハゲハと嗤うばかりか、隙あらば美少年のオカマを掘ろうとする変態でもあり、最後まで夢とも希望とも無縁仏であります〉とこの漫画を評している。
http://takekuma.cocolog-nifty.com/blog/2008/09/post-af1a.html

 竹熊はこの漫画を(1)の徹底化ともいうべき作品として評価しているわけだが、しかしぼくはそういう作品としてみてもあまり成功していないんじゃないかと思うのだが。
 〈パワーゲージがあっちまで振り切れて〉いる感じは、不出来さのなかで暴走しているという調子なので、ラスト近くで罰河原が労働者のリーダーの死体を抱いて波をバックに「子守唄」を歌うカットなどはもう笑いがこみあげてきて仕方がない。『アストロ球団』とかを笑いながら読む感覚に似ている。もちろんこのような形容は竹熊などにしてみれば「最大級の賛辞」になるのだろうが、『アストロ球団』ほど〈パワーゲージがあっちまで振り切れて〉はいない。不徹底なのだ。そのヌルさでまた笑うしかない。

 以上、4つの版を比較してきたのだが、見てきたようにどれがいいとか悪いとかいうのではない。それぞれの長所短所を見極めて手にとってみてほしい。

 最後に、小説原作の場合、あまりこういうことは言わないつもりでいるのだが、『蟹工船』はぜひ小説へすすむべきである。
 というのは、少なくともイエス小池版以外は、小説の導入としての漫画だとぼくは思う。そして、現代のぼくらに「ふっ」と重なるというその普遍性を味わうには、グラフィックがない方がいい。絵というものはやはり強烈で、『蟹工船』を(1)の領域にやはりどうしてもしばりつけてしまうのだ。