民主青年新聞で「水木しげる生誕100周年」特集でコメントしました

 5月16日付の民主青年新聞で「水木しげる生誕100周年」特集があり水木しげるのマンガについてコメントしています。

 水木の3冊のマンガもお勧めしました。

 

 
 
 

リアルということについて

 当の水木自身は、「戦争コミック」と対比して「戦争想像コミック」というものしか日本にはない、と述べたうえで「真実の『戦争コミック』は描きづらい」と述べています。*1

そもそもコミックというのは、オモチロイ(面白い)ことが第一に要求されるから、そこであまり面白くもない戦争の真実なんてものを描くと第一、編集者に「コレハナンデスカ」と言って質問された上、編集会議で「これはちょっと止(や)めておこうじゃないの」ということになる。

と、くだんの人を食った調子で述べています。

 これは、貸本時代の水木の描いた戦記物は、史実に忠実なものではなく、娯楽性を高めるためにフィクションを意識的に相当加えたということです。したがって、この時期の水木の「戦争コミック」は「真実の戦争コミック」ではなく「戦争想像コミック」だったのです。

 しかし一般週刊誌で仕事をするようになってからは自身の体験に基づいた「真実の戦争コミック」を描くようになります。水木的リアリズムはここから発揮される、とぼくは規定します。

 

 

水木の何を勧めるべきか

 ぼくは取材に際して「『鬼太郎』や貸本時代のマンガは少ししか読んでいません。語れるものは限界があります」とエクスキューズを入れましたが、もし若い人が今水木の作品に触れるとすれば、圧倒的に「自伝系」「歴史もの」「戦争体験」という三つのジャンルから触れるべきです。

 コミックの『鬼太郎』を今の若い読者が読んでもおそらく面白くないと思うでしょう。そして「それが水木しげるなんだ」と思ってもらったら、もったいないと思います。

 それに対して、『水木しげる自伝』『劇画ヒットラー』などは今の若い人が読んでも断然面白いと思ってもらえます。今の巷に溢れる現代のコミックスとフラットに競争して十分勝機があります。

 

 取材をしてくれた太田良真記者がコラムを載せていますが、水木の『劇画ヒットラー』を読んだのが太田記者の「水木初体験」だったようです。

登場人物の一人ひとりの描写に、こんな人がまるで知り合いにいたんじゃないかと思わされるようなリアルさを感じたことを覚えています。

 というわけで、『水木しげる自伝』『白い旗』『劇画ヒットラー』の3作品をお勧めしました。

 

 

『白い旗』をなぜ勧めたか

 

 

 『白い旗』は硫黄島での玉砕を描いたマンガです。

 

 

 この作品は、水木的リアリズム…「フハッ」に象徴される水木自身の飄々とした生きる姿勢、ぼくがコメントで述べた「奇妙で野暮ったいリアリズム」という角度からではなく(それは「水木しげる自伝」などで味わってください)、今のような「自衛戦争」を考える上で読んでほしいと思ってお勧めしました。

 

 『白い旗』は組織的戦闘が終了してのちに戦闘を続けるのか、投降するのか、という選択を迫られる兵士たちの物語です。

 少し前まで「投降するのが当たり前」「命あっての物種」ということをおそらくほとんど大多数の人が考えていたと思います。

 しかし、いまロシアからの侵略を受けたウクライナ自衛戦争を目の前にみて、連日飛び込んでくるニュースに感情を揺さぶられています。

 「自衛戦争は正義の戦争である」という意見があります。ぼくもその意見のグループの一人なわけです。あるいはベトナム戦争のようにベトナム側から見れば民族解放戦争、あるいはアメリカの侵略に反対する戦争があります。

 いまウクライナ自衛戦争に対して「犠牲者が大きくなるばかりだから早く降伏したほうがいい」という意見があります。特に、マリウポリの製鉄所に包囲されて立てこもっている部隊(5月14日段階)などにそうした意見が向けられることがあります。これに対して「ロシアに支配された場合はとんでもない仕打ちをされる」という反論があるわけですが、これらを仮に認めるとしても、組織的戦闘を終えて兵士がどういう態度を取るべきなのかというのは極限状態として問われる問題となります。

 

 日本の場合は侵略戦争の結末として硫黄島では悲惨な戦闘をやらされたわけですが、当時の日本兵はそんな意識は持っていません。『白い旗』にも登場するセリフで言えば、

我々がここで最後の「ささやかな抵抗」がこの島にできる米軍の飛行場を一日でもおくらせる結果になれば日本は一日だけでも空襲をまぬかれることになり(ここで降伏によって助かる23人の兵士の命である)二十三以上の生命を救うことができるではないか

という理屈もあるわけです。

 

 ぼくは軍事力による自衛のための反撃をやむを得ないものと考える立場にありますが、兵士が犠牲となり、さらに組織的勝敗が決した個々の局面の状況を見たとき、この議論はなかなか軽々にはできないなと思わざるを得ません。

 

 この問題は突き詰めると絶対平和主義に行き着き、さらに、日本国憲法第9条を最も徹底して「非戦」として解釈する立場にたどり着きます。ぼくは9条支持者ですが、その立場に今立っていません。しかし、やはりこうした絶対平和主義は、主張としては聞くべきものを持っていると考えます。

 

 そういうことを今考えてほしいと思ったので、民青新聞の読者に向けて『白い旗』をお勧めしました。

 
 

 

*1:終戦50周年 ビッグコミック特別増刊号 戦争コミック傑作選(小学館、1995年8月20日発行)

「カエルの大岩」は天然記念物なの?

 伊藤野枝のふるさとは福岡市西区今宿である。

 ぼくも福岡市在住者として近くを通ることがある。

 その今宿の海岸に「カエルの大岩」があるという西日本新聞のこの記事。

www.nishinippon.co.jp

 有料記事なのでネットからは読めないと思うが…。

 旧国道202号を走っていると、あるいはそれと並走するJR筑肥線に乗っていると、西区の中で唯一海がきれいに見えるスポットが出現する。それがこの長垂海浜公園の東側の一帯である。

 そこに1箇所、旧202号のガードレールの外側に「出島」のような領域がわずかにある。ここに巨大な岩が残されている。前は松のような植物や草、土に覆われていて、それが除去されて今はこの岩だけが残っている。

 この岩は一体なんなのか、を追ったのが紹介した記事である。

大岩の正体はやはり国の天然記念物らしいが、名称が分かりにくく書き取るのに時間を要した。「長垂(ながたれ)の含紅雲母(がんこううんも)ペグマタイト岩脈」。

と記事にある(強調は引用者、以下同じ)。え、この岩が天然記念物なの? と思うではないか。

 しかしその後に

調べると、一帯は珍しい鉱物があることから、1934年に福岡市初の国の天然記念物に指定されていたことが確認できた。

とある。「一帯は」が主語だ。

 新聞についていた地図でも下記の通り、当該の岩だけでなく、まさにその「一帯」が「天然記念物」という書き方になっている。

西日本新聞の同記事より

 そして記事の終わりに

大岩の出現後、改めて専門家が調査したが、大岩周辺で珍しい鉱物は確認されなかったという。

とあり、「ん? じゃあ、あの岩はペグマタイトではないの…?」と首を捻ってしまう。大岩そのものがどのような鉱物であるかは実はこの記事には記されていない。あくまで大岩周辺を調べたということに過ぎない。

 だとすれば、やはり「一帯」が天然記念物であり、大岩も、どのような鉱物なのかはわからないが、「一帯」=天然記念物の全体の一部を構成しているものなのだろう。

 つまり、「大岩は天然記念物の一部である」ということなのではなかろうか。

 謎解きをしているはずの記事だが、謎が多い記事であった。

 

追記

 西区に行った際、つれあいと同区にある愛宕神社に行ったが、そこで次の動画とそっくりの、「何かの鳴き声」を聞いた。

www.youtube.com

 動画のタイトルにあるように、人間のうがい、あるいは飲み物に口をつけて音を出しているような音によく似ていたのである。

 それで、つれあいは「あのうがいをしているみたいな声は一体なんであろうか」とぼくはもとより、人に聞いて回っていた。

 つれあいの知り合いは「カエルではないのか」と述べ、ぼくもそれはなるほどと思っていた。しかし、カエルなのか、鳥なのか、それも判然としなかった。

 上記の動画のコメントに「コサギの繁殖地での鳴き声」とあったので、つれあいはそれを手掛かりにネットで検索してみた。そうしたら、やはりコサギの声であった。求愛の際の独特の鳴き方のようである。

www.youtube.com

上間陽子『海をあげる』

 リモート読書会で、上間陽子『海をあげる』を読む。

 

 

 エッセイ集である。

抗議集会が終わったころ、指導教員のひとりだった大学教員に、「すごいね、沖縄。抗議集会に行けばよかった」と話しかけられた。「行けばよかった」という言葉の意味がわからず、「行けばよかった?」と、私は彼に問いかえした。彼は、「いやあ、ちょっとすごいよね、八万五〇〇〇は。怒りのパワーを感じにその会場にいたかった」と答えた。私はびっくりして黙り込んだ。(本書p.177)

 他の参加者もまずここを取り上げて「違和感」を表明した。同断である。

 上間は指導教員のこの物言いに「強い怒りを感じた」とまでいう。

 なぜか。自分の住む東京で集会を開くでもなく、遠くの沖縄の集会を「ひとごと」、いや、「社会運動に参加する自分」の「癒し」であるかのように扱うだけだ。まずやるべきことは自分の生活圏を見直すことではないのか。それは沖縄と本土の関係そのもの、つまり沖縄に基地を押し付けて平然としている本土のあり方そのものではないのか、と上間は言いたいのである。

 ぼくは冒頭の、上間のパートナーが不倫をしていて、その相手は上間の友人であり、その友人は上間が提供する料理を平然と食べていた話にも強い違和感を覚えた。

 上間が友人に会い、どういうことかあなたの口から説明してといい、友人がどういう経過でそうした関係になったかを話したにも関わらず、そういうことを聞きたいんじゃないんだ、と否定するくだりである。

 説明をしろと言いながら説明し始めたら、そういうことが聞きたいんじゃない、と怒る。それはあまりにも説明をさせた側に対してひどくないだろうか。被害者の権利としてそこまで甘えられるものだろうか、という違和感がぼくを襲ったのである。

でも、私が聞きたいのはそういうことではなく、私のつくったごはんのことだった。なぜ私のつくったものを食べに来ていたのか、何を思いながらごはんを食べていたのか。日常生活に侵食して、ひとの善意を引き出すのはどういう気持ちなのか。(上間p.13)

 別の参加者が「でも、これはまさに本土と沖縄の関係の比喩のようにも読める。何食わぬ顔で付き合いながら、『基地負担を押し付ける』といううまい汁だけ吸っているという」と言っていた。

 まさにそういうことなのだろう。

「陽子、ほんまにごめん。今日、包丁で刺されるって思っててん」

 へぇと思い、また頭の芯が冴え冴えとする。包丁で刺されるくらいで許されることなのかな、これ?(上間p.14-15)

 パートナーの不倫相手を「刺す」のではなく、4年間優しくし続けた自分を刺してやりたい、と上間は言う。激しい暴力性は、かろうじて他者へは向かわず、自分の中に封じ込められ、しかし自分を殺すかもしれないほどの強い怒りとなって抱え込まれる。

 こう言われて、ぼくは戸惑うばかりだ。

 これは、あるフェミニストから四半世紀も前にぼくが言われたことへの戸惑いにも似ている、と思った。

 ぼくはポルノを見たことがある、とあまり重大視せずにこぼしたことがある。そしたらその言葉を聞いた、そのフェミニストである女性は「カミヤもそうなのか」と絶望し、死にたくなったと怒った。結局、進歩的な顔をしながら女性を差別する側にいるのではないかとぼくを激しく非難したのである。

 言われていること、批判されていることの中には、ある程度の道理がある。だから、ぼくはその批判を受け止める。しかし、その批判があまりに激しく、そして道理がないことも含まれていて、反発を覚え、全てを受け入れるわけにはいかなくなる。つまり「批判を受け入れられない」となる。

 したがって、告発されたぼくは「戸惑い」になってしまう。

 上間の告発を読んだ時、その時の「戸惑い」そっくりだと思った。

 ぼくは「もっとみんなに受け入れられる批判をしようよ」と言いたくなる。しかし、長く抑圧し差別されてきたという側には、そのように「配慮」させられること自体が耐えられないに違いない。怒りを率直にまず表明する。表明せざるを得ないのだ、というのが本人の気持ちなのだろう。このエッセイ集の冒頭で、不倫そのものとそれを黙っていた友人の関係に、気持ちが不安定となり、体調がおかしくなるほどの憤りを感じた上間は、その憤りをソフィスティケイトさせている暇などはなかったに違いない。

 「そんな形で発露することは権利ではないではないか」と言いたくなるが、他方で「それもわかる」と言いたくもなる。どうしたらいいのだろうか、という「戸惑い」で終わらざるを得ないのだ。

 

 不倫の話を聞いた、別の友人、真弓の言説にも違和感があった。

それまでうれしそうに私の話を聞いていた真弓は突然しんと静かになって、「あのな、陽子、ぜんぶ忘れていい」と言った。私がびっくりしていると、「本当に陽子は頑張ったんやなぁ。でもな、もう、ぜんぶ忘れていい。あのときあったことをぜんぶ、陽子の代わりに、真弓が一生、覚えておいてあげる」ときっぱり言った。(上間p.20)

 ぼくは、こんなふうに言うこともできない。相手がそんなことを望んでいないと拒否するかもしれないし、もしぼくが言われたとしても、全然心に響かない。何がわかるというのか? と言いたくなるような独りよがりの言葉にしか聞こえないからだ。

 しかし、これとて本土と沖縄の関係の比喩のようにも読める。

 沖縄に全ての負担を押し付けて涼しい顔をするのではなく、全て「引き受ける」ときっぱり言ってくれる。そこに上間は心打たれるのである。上間はこのような関係こそ期待をしているのだ。

 ぼくは「基地は一掃されるべきで、どこにもいらないではないか。本土と沖縄をなぜことさら対立させるのか」という思いを抱いてしまう。ますますぼくは「こんなふうには到底接することはできない」とやはりここでも戸惑うのである。

 沖縄で平和運動をしている元山仁士郎に最初つらく当たる話も出てくるのだが、のちにはすっかり元山を受け入れる。どう言えばいいのか、上間は良くも悪くも直情径行な人なのであろうか。しかし、沖縄が、本土が、という次元の話ではなく、上間という人物とリアルで近くでは生活できないのではないかと思った。

 

 本書には、風俗で働くことや妊娠のことなど、沖縄での貧困の調査についても描かれている。

 その聞き取りの細やかさは、本当に頭がさがる思いで読んだ。

 絶望的とも思える沖縄の貧困の具体的なありようがそこに提示されているが、もしぼくが同じような聞き手であったらおよそこんな話は引き出せないだろう。他の読書会参加者が巻末に記された聞き取りについての細かい日時の記録に驚いていた。研究者としての冷静さをそこにみる。

 けがの具合を聞いたとき、和樹はためらうことなく服をめくり、自分の身体を私にみせた。こういう、一見すると相手の意のままにふるまってみせる受動的なパフォーマンスはおなじみのものだ。

 こんなふうに自分のセクシャルな価値をよくわかり、それを使ってその場の空気を統制しようとする女の子や女のひとと私はこれまで何度も会ってきた。どこかで痛々しいと思いながら、そのひとがつくりだしてくれた空気に私はのる。それがそのひとのいちばん安心するコミュニケーションの取り方だからだ。(上間p.54)

 このようなスキルにぼくが感心していると、読書会参加者の一人であるぼくのつれあいは、「あなたはナイーブすぎる」と呆れられた。

 

 娘に性教育をする話、誘拐の話、祖父母の話などが書かれているが、それらはどこかで「沖縄」につながっていく。ぼくたちが日常で抱くいろんな感情がどう「沖縄」につながっていくのかを描くのである。

 

 次回の読書会は村上春樹『女のいない男たち』。

坂月さかな『星旅少年』1

 星から星を調査目的で旅をする(星旅人〔ほしたびびと〕の)主人公(?)の物語である。

 

星旅少年1

星旅少年1

Amazon

 

 主人公はPGT(プラネタリウム・ゴースト・トラベル)という旅行会社の社員で、同社の文化保存局の一員だ。PGTは旅行会社なのであるが、最近は「なんでも屋」になってきており、文化保存局の特別派遣員は

住民のほとんどが眠った星を「まどろみの星」と言って

ぼくはその文化を記録するためにこの星に来たのです

という仕事内容になっている。

 主人公は原付バイクに大きな羽根がついたような「スクーター」に乗って旅をしている。

 

 ストーリーについては、決して「ほのぼの」では終わらせない、不穏なラストで1巻を閉じる。でもまあ、ストーリーは読んでもらえばいいので詳しくは紹介しない。

 ぼくがこの本をパラパラめくりながらゆったりと付き合っているのは、この本の画面の多くが「夜」、しかも「静かな夜」だからだ。

 ひとけのない静かな夜。

 ただ自分ともう一人か二人だけ話している人がいる。

 ぼくは、今あまりそういう時間を味わえない。いや、まあ、ごく断片的にはある。しかし、そういういわば静謐な夜というものは、田んぼに囲まれた田舎で過ごしていた記憶の中にこそある。

 特に、本作ではしばしば「夜のラジオ」が登場する。

 「episode.02 シガリス」では、まどろみながらラジオがついている光景が描かれる。

 ぼくは小学校4年生くらいまで祖父母と寝ていた。祖父がラジオ好きだったので、寝るときにはいつもNHKラジオがかかっていた。豆球のわずかな明かりの中で、深夜のラジオが流れるのをぼんやりと聴きながら眠るというのは、ぼくにとって「原初的」な光景である。

 「episode.02」、p.62からのシークエンスは、夜の闇の「海」と、向こうに見える小さな明かりの列が広がり、そこにラジオを聴いている誰かがいて、その背中を見ながらうとうとしている。さすがにぼくはそんな中で眠ったことはないのだが、「ラジオを聴きながら眠る」という自分の歴史を、盛大に、美しく理想化したら、たぶんこんな感じではないかと思いながらその画面を眺めた。

人はまだ どこかで起きている

と、主人公と知り合った住民は眠りながらぼんやり思う。それは読者であるぼくにとっても「久しぶりだな この感じ」なのだった。

 

 この本は電子でなく紙で手元においている。

 装丁がいい。

 青みがかった表紙とカラーの口絵。そして作品本体は単色なのだが、モスグリーンの…いやもっと深いボトルグリーン(C100M20Y100C50くらい?)で印刷されている。

 そういうところまで含めて、絵本のように何度か見返している。

 

 

部落問題は解決したか、他の人権問題でも活かせるか:「地域と人権」4月15日号を読む

 今年は全国水平社創立100周年である。

 人権連(全国地域人権運動総連合)は機関紙誌でくり返しこの特集を組んでいる。人権連は全解連(全国部落解放運動連合会)が発展的改組したものだ。

 2022年4月15日の同団体機関紙「地域と人権」では、100周年記念事業の記者会見が載っている(2月22日)。

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部落問題は解決したか

 誰もがまず疑問に思うことは、「部落問題は解決したのか?」ということであろう。おそらく多くの国民にとっては自分の身の回りで「部落」と呼ばれる地域の出身者に差別感情を抱くなど「部落差別がある」という実感はあるまい。しかし、では問題がなくなったと言いきっていいのだろうか? という疑問もあるに違いない。

 人権連は「今日では基本的に解決したと言える状況だ」と明言する。

 人権連は「解決」したかどうかの4つの指標を示す。

 

 人権連の前身である全解連の第16回大会決定「21世紀をめざす部落解放の基本方向」(1987年)では、「4つの指標」は次のように規定されている。

部落問題の解決すなわち国民融合とは、①部落が生活環境や労働、教育などで周辺地域との格差が是正されること、②部落問題にたいする非科学的認識や偏見にもとづく言動がその地域社会でうけ入れられない状況がつくりだされること、③部落差別にかかわって、部落住民の生活態度・習慣にみられる歴史的後進性が克服されること、④地域社会で自由な社会的交流が進展し、連帯・融合が実現すること、である。

 人権連の丹波正史・全国人権連代表委員はこの「4つの指標に照らし、現在どこまで解決してきたのか分析」し、こう述べている。(ちなみに③についてはぼくも初めて聞いた時「な… 何を言っているのかわからねーと思うが」状態であったので、人権連の活動家に話を聞いたり、資料を送ってもらったりした。)

①「生活環境や労働・教育などで周辺地域との格差がなくなる」状況にするために、33年間の同和対策事業で16兆円の資金が投入され、格差は大きく縮小し、基本的に格差はなくなった。②ときに「非科学的認識や偏見にもとづく言動」が起きても、地域社会がそれを許さない民主的な力を持ち、差別的発言をすること自体が恥ずかしいという社会状況になっている。③パンツ一丁で出歩くといった「生活態度・習慣にみられる歴史的後進性」はみられなくなった。④「地域社会で自由な社会的交流が進展し、連帯・融合が実現」している。このことから、今日では基本的に解決したと言える状況だと述べました。

 この場合の「解決」というのは、「差別事象が全くなくなる」のではなく、社会問題として解決され、個々の差別事象が起きてもそれを許さない社会状況になっているかどうかだという意味である。

 改善の事例については、全国での具体的な自治体名を挙げての事例は部落問題研究所の書籍などに詳しい。例えば2017年に出された同研究所編『ここまできた部落問題の解決』の第二部「部落問題の解決はどこまで進んだか」において豊富な事例がある。

 

 

 

 

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 「1件でも差別落書き・ネットの書き込みがあれば『差別がある』とするのか」という問いに対して、人権連の示す原則的な回答はこのようなものである。

 

 同号では、こうした人権連の見解に対する批判的質問を載せている。

質問 在特会が水平社博物館の前で差別的な街頭宣伝(2011年1月)した5年後に、こうした事実関係があるにもかかわらず、人権連は「部落差別はヘイトスピーチ問題と異なり、公然と差別的言辞と行動をおこす状況にありません。そうした行為が時として発生しても、それらの言動を許さない社会合意が強く存在しています」と見解を出している。今もその認識は変わらないか。

 鳥取ループはずっとアウティング行為を続けている。アウティング行為に関して「権力規制一辺倒ではなく、議論を通じて国民合意をすすめ、差別を受け入れられない状況を作り出していく」(全国人権連第9回大会決議)との認識も変わらないか。

丹波 修正していないということはそういう認識です。

 ヘイトスピーチ問題との異同については、社会合意の存在以外に、表現の自由を規制しなければならないほどの人権上の危機が迫っているかどうかなども含まれていいかもしれないと思う。

 同号の1面には、別の記事として、福岡県の人権連が地元紙である西日本新聞と懇談し、西日本新聞の水平社100年報道の姿勢が「まだ差別は根強い」という方向に偏っていて、問題が解決された点を見落としているのではないかという人権連側とのやりとりを載せているのが興味深い。

 西日本新聞側は鳥取ループの地名暴露動画・地名総鑑の販売、ネット上の差別について言及し、「人権連さんはネット差別に楽観的では」「ネット差別軽視では」という批判をする。

 人権連のスタンスは、悪質なものは(現行の一般法による)法的措置で責任追及するが、基本的にはオープンな言論によってそうした差別を批判し、駆逐していくという方向を述べる。「単なる落書きは無視して騒がない」という瑣末なものへの対応も述べていて、ネットにおける「スルー」と同じだなと思いながら読む。

 ぼくも基本的には人権連の立場に近い。

 部落問題はそれを生み出す客観的な要因に目を向ける必要がある。

 その根源は、封建的残滓であったから、戦前の寄生地主制などが解体されたことで、大きく前進する道が開かれ、そこに多くの「同和対策予算・事業」が投じられてきた。その結果、基本的には解決されたと考える。あとに残った問題(貧困など)は一般行政を充実させることで国民全体と力をあわせる、というのが基本だろう。

 残った差別事象については、言論による闘争を行うべきだ。

 加えて、人権連がいう「新しい差別」が逆に困難を新たに持ち込んでしまう危険があり、むしろ部落問題を完全に一掃するためには、こうした「新しい差別」こそなくしていくことが大事だ。

 この点について同号での次の丹波指摘、および、記者とのやりとりは注目すべきだ。

また部落差別には「古い因習にとらわれた差別」に加え、不公平乱脈な同和行政や同和教育によって生じた恐怖心・偏見から生み出される「新しい差別」があり、今日的問題の主因は「新しい差別」にあると指摘しました。

質問 「新しい差別」とは具体的に何か。

丹波 一つは、1969年ごろから〔部落解放運動の〕分裂騒ぎがおき、自治体等々に対し糾弾が行われました。暴力的なやり方で相手を屈服させる。たくさんの人を集め、人民裁判のようなことをする。その光景を見た人は震え上がります。人々に「怖い」という意識を受け付けました。この意識はなかなか払拭できません。今、派生的にいろんな問題が出てくる場合、こうした残像が出てきます。例えば八鹿高校事件などです。

 二つ目は、未だ同和対策を行なっている自治体があります。法律がなくなったにも関わらず、自治体が特定の地域を指定し、特別な対策をやることは問題があります。それは「特別扱い」という意識を生み出し、市民の中に広がり「新しい差別」となります。

 

部落問題が示した他の社会運動でも活かせる教訓

 水平社100年にあたって、部落問題は、単に部落問題として考えるだけでなく、今日のジェンダーやマイノリティ問題などさまざまな新しい社会課題を考える上でも重要である。

 

 一つは、差別問題は、差別表現との闘争がメインなのではなく、差別を生み出す社会の客観的構造そのものをなくしていく社会的政策こそが必要なのだということだ。

 二つ目は、差別的表現との闘争は、法的な規制を行うのではなく、表現・言論の自由をベースにして、出来るだけオープン・自由に行うことが必要だということ。しかも一般社会の中では「糾弾」のような恐怖をベースにしたものではなく、対話理性の発揮のような形が望ましいということだ(もちろん、差別的表現をなくすように求める社会運動そのものを否定してしまうのは行き過ぎである。社会的な圧力も一定程度必要なものである。その圧力の量的基準も存在しない。各自が判断する以外にない)。

 この点でも同号で丹波が「融合の道」と「糾弾の道」を対比させたことは重要である。

また100年の歴史の半分が「融合の道」か「糾弾の道」かで分裂してきたことに触れ、「糾弾の道ははじめは差別的言動は影をひそめるが、結果的には反感をかい、いろんな分野に弊害が現れる」と指摘。八鹿高校事件は、人々に恐怖心を植え付けたと批判しました。

徹底的糾弾からはじまった水平社運動が、差別を残している根本的な要因に目を向け、労働者、農民と共同して部落差別の解決を図る道を探り、国民融合論につながる人民融合論を1935年に唱えていたこと。こういう歴史的教訓が正しく受け継がれなかったと指摘。

 

 

 

「星灯」No.9で「ドリン・ドリン!」という小説を書きました

 同人誌「星灯」No.9(2022年4月号)で「ドリン・ドリン!」という小説を書きました。

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 えっ、紙屋が小説とかwww

 って呵々大笑の貴兄。

 そうじゃないんです。いや、小説なんですけど…。

 

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 左翼組織の今後のあり方、もっと言えば「ビジネスモデル」「マネタイズ」とか考えていたら、キャラクーが出てきてなんか考えたり、つぶやいたりした方がやりやすいな、と思ったのでそうなったまでなんです。

 まさに「思想の道具としての小説」です。

 カテゴリーが、ヒトの着ぐるみ着ているような、そういうやつです。

 

 日刊紙って紙でなく完全電子にして大幅値下げしたらどうか。

 とか。

 地区組織を大幅に縮小してリモート活用したらどうか。

 とか。

 地区の人員・不動産を全部都道府県に集めたらどうか。

 とか。

 

 そんなことを実験的に考えたものです。

 あるレベルの収入を維持するためにヒトやモノの資源を莫大に投入しているわけですが、コストそのものを縮小して、もっと小さな財政規模で回すことも、「プランB」として考えてみてはどうか。

 あるレベルの収入維持が活動の中心になってしまうと、活動の魅力や面白さが失われてしまうと思うのです。

 その面白さを「ドリン・ドリン!」という言葉に託しました。

 そして、昔の活動家の記録(遺稿)をたまたま読む機会があって、そこにある全体性や、生き生きとした様子などに思いをいたして、この一文を書いたのです。

 

 題名は、愛読書はメカ沢新一先生 私もチベット修行につれてっての中沢新一先生の『はじまりのレーニン』で紹介されたトロツキーによるレーニン評の一節に由来しています。

kamiyakenkyujo.hatenablog.com

 お読みになりたい方はメールください。3部まで900円+送料180円でお分けできます。cbl03270(アットマーク)pop06.odn.ne.jpまでどうぞ。

 完売いたしました。ありがとうございます。

 

日本共産党の自衛隊論を整理する

 この記事。

news.yahoo.co.jp

 

 ついている「はてブ」のブコメが、まあなんと言おうか…。

b.hatena.ne.jp

 なーんて冷笑している場合じゃない。こういうブコメがつくのも、共産党が国民に広く自分の立場をこれまで知らせてこなかったという「問題」でもあるのだろう。知らないのは、国民のせいではなく、当該政党の努力の問題じゃ、ということ。

 

共産党自衛隊に対する方針(ざっくり簡単に)

 日本共産党自衛隊への態度とはつまるところ、こういうことだ。

  1. 自衛隊違憲であり、将来的には憲法9条は完全実施(自衛隊の解消)されるべきである。
  2. しかし、それは将来、アジアの国際環境がよくなり、国民が「もういいじゃない?」と合意してのちであって、それまでは自衛隊は存在するし、活用する。専守防衛の部隊として侵略者と戦うのである。
  3. 共産党が参加する政権ができたときも同じ。党としては違憲という考えを持ち続けるが、国民合意ができるまでは、共産党参加政権であっても「自衛隊=合憲」として扱う。

 

その根拠(共産党は本当にそんな方針なのかという根拠)

 根拠を見てみよう。

 1.と2.は共産党の基本方針である「綱領」に明記されている。

自衛隊については、海外派兵立法をやめ、軍縮の措置をとる。安保条約廃棄後のアジア情勢の新しい展開を踏まえつつ、国民の合意での憲法第九条の完全実施(自衛隊の解消)に向かっての前進をはかる。

 2.の後半は、今から20年以上前(2000年)第22回党大会で決めている。

自衛隊問題の段階的解決というこの方針は、憲法九条の完全実施への接近の過程では、自衛隊憲法違反の存在であるという認識には変わりがないが、これが一定の期間存在することはさけられないという立場にたつことである。……そうした過渡的な時期に、急迫不正の主権侵害、大規模災害など、必要にせまられた場合には、存在している自衛隊を国民の安全のために活用する。国民の生活と生存、基本的人権、国の主権と独立など、憲法が立脚している原理を守るために、可能なあらゆる手段を用いることは、政治の当然の責務である。

 今でも共産党が全住民向けに配布しているリーフレットなどで繰り返し語られている。

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 3.は野党共闘が発展する中で、新たに対応を迫られて明らかにした問題である*1。例えば2020年に志位和夫は次のように表明している。

自衛隊についても、われわれは憲法違反という立場ですけれども、一致しませんから、政権として自衛隊は合憲という立場で対応する。

 ちなみに、もう少し詳しく言えばこうなっている。

野党連合政権にのぞむ日本共産党の基本的立場――政治的相違点にどう対応するか/幹部会委員長 志位和夫

 

違憲」のものと共産党はどう付き合うのか

 「違憲のものと共存する」という考えをどう見たらいいのだろうか。

 共産党が「違憲」と思うものはたくさんある。たとえばこういうものだ。

  • 政党助成金。国民の思想信条の自由を侵す強制献金だ。
  • 生活保護の現在の水準。とうてい「健康で文化的な最低限度の生活」は満たさない。
  • 大学の高学費。教育を受ける権利、機会均等を破壊している。
  • 公務員のストライキ権剥奪。「勤労者の団結する権利」を奪っている。

などなどである。キリがない。

 共産党はそもそも綱領で革命(民主主義革命)の目標を「憲法の完全実施」においているくらいだから、今の日本社会は「違憲だらけ」という現状認識がある。

 「憲法どおりに政治をしろ!」というのが革命のめざすところだというわけだ。

 ところが、現在の自民・公明政権は現状が「憲法違反」だなどとは微塵も思っていない。当たり前である。政権が「憲法違反」だと思って運営していたら訴えられてしまうからだ。

 つまり今の政府は森羅万象一切のものを「合憲」として運用しているが、共産党としてみれば「違憲」である現実は無数にある。これが共産党にとっては革命によって改革されるべき課題そのものだ。

 

 しかし、これらの違憲の現実は、共産党が参加する政権ができたからといってすぐに解消されるわけではない。

 例えば政党助成金

 仮に立憲民主党と組んだ政権ができたとしよう。

 立憲民主党政党助成金を受け取っている。

 助成金廃止の合意など簡単にはできない。

 だとすれば、共産党としては「違憲」だと思っている政党助成金を出す政権が長く続くのである。共産党はそこに閣僚として参加せねばならず、国会で認識を問われれば「合憲です」と答弁せざるを得ないのだ。

 連立政権とはそういうものである。

 そして、共産党はどこまでいっても単独政権はめざさないことを基本方針にしているから(必ず連立・連合政権)*2、こういう「自分は違憲だと思うけど、他の党や国民はまだそんなふうには思っていないもの」がたくさんある。

 この「たくさんある違憲のもの」と共産党は長く「共存」し、付き合っていかないといけないのだ。それは選挙のたびに「これを変えたいのですが…」と公約し、一つ一つ、国民と他党の合意を取っていくしかないのである。

 粘り強いおつきあいが必要なのである。

 

 本論はここまで。

 あとは余談である。

 

日本共産党にとっての自衛隊とは

 日本共産党にとっては、アメリカへの従属は日本にとって緊急に改革すべき危険なものである。なぜなら、日本とは関係のない戦争に巻き込まれる危険が大きいからであって、朝鮮有事や台湾有事はまさにその危険をはらんでいる。

 アメリカとの軍事同盟は、アメリカがもし先制攻撃戦略によって先制攻撃をやってしまえば、日本自体が「侵略国家側」に身をおくことになる。そして米軍の出撃拠点として核やミサイルの標的になるのである。

 自衛隊はそのようなアメリカの従属部隊として活動してしまえば、これほど危険なことはない。だから、日本共産党アメリカへの従属の解消、そのポイントとなる日米軍事同盟=日米安保条約の解消は革命における重要な目標である。

 他方で、自衛隊アメリカの従属部隊として活動しないのであれば、つまりたんに武力一般として存在しているのであれば、それは大した問題ではない。とっくりと国民に思案してもらい、自衛隊が存在している間、必要なら防衛のために使えばいいのである。文字通り「専守防衛」のための部隊であれば、ほとんど問題はないといっていい。

 そして、東アジアの安全保障環境がもし良好になり、「ああ、もう不要かな」と国民が判断したらその時に初めて自衛隊の解消(9条の完全実施)をすればいいのである。それまでは長い間、自衛隊との「共存」が続く。

 アメリカへの従属や海外での戦争に出かけていくような自衛隊のあり方には反対し、専守防衛の部隊として改革するというのが、自衛隊との「共存」期間中の日本共産党自衛隊政策である。

 ぼくからみた「不満」は、日本共産党にとって、この「共存」期間が長いのだから、共産党はもっと積極的な「専守防衛」政策を打ち出すべきなのである。そこの努力がもっと求められるとぼくなどは思う。

 

日本共産党の安全保障政策

 ここまで見てくればわかるが、日本共産党の防衛政策・安全保障政策は、自衛隊を「抑止」(相手より強い武力を蓄えて相手に思いとどまらせる)に使わず、防衛のために使うという方向である。

 これは「攻められた時に、必要最小限の防衛力をどう使うのか」というレベルの話。

 問題はそこではない

 一番大事な安全保障政策の本体は、「軍事同盟か、非同盟中立か」、もう少し言えば、「軍事同盟(集団的自衛権)か、集団的安全保障か」という選択肢だ。

 日本共産党は後者を取る。

 世界規模で見ればこれは国連であるが、地域規模の平和協力機構が育ちつつある。日本共産党がこの間なんども「お手本」に挙げているのがASEANである。

 軍事同盟は同じ価値観の国で同盟し、「敵」を排除していく。このやり方は東ヨーロッパ・旧ソ連でとられてきたが1988年以降、ナゴルノ・カラバフ戦争、チェチェン紛争、クリミア併合、そして今回のウクライナ侵略と、正規軍がぶつかり合う大規模な武力衝突が10以上繰り返されている。

 軍事同盟は「抑止」の発想に立っていて、様々な弱点がある。

 今回のことでもそれが露呈した。

 例えば、抑止であるから、相手より武力が上回らないといけない。今アメリカは軍事力において中国よりも「上」と考えられているが、それは本当にそうなのか。もし、中国が「上」となったらどうなるのか。果てしのない軍拡競争がそこには待ち受けている。

 あるいは、本当に抑止として機能するのか。いざとなったら第三次世界対戦を恐れて介入できないのではないか。あるいは、「相手側の同盟軍は介入しない」という「合理的判断」のもとに侵略が起きるのではないか、という不安である。

 そして、これが最大のものだが、いったん戦争が始まれば、核戦争までいく危険があるということだ。そのような戦争に巻き込まれてしまうのである。

 

 他方で、集団的安全保障は軍事同盟とは逆の発想である。

 価値観の異なる国をもメンバーにして、それらの中で調整をはかって紛争を抑え込んでいく。インクルーシブなやり方である。(国連はこれに軍事制裁機能がついているが、地域協力の枠組みにはこの機能はない。)

 ASEANでは1988年における中越南沙諸島海戦以降は、大規模な武力衝突はない。東南アジアはかつてSEATOという軍事同盟が存在し、ベトナム戦争をはじめ戦争と紛争の常襲地帯であった。様変わりである。

 もちろん中国による南シナ海での横暴に直面し、人工島や軍事施設の建設などが止められていないが、ASEANは中国を排除するのではなく、中国やそれと対立する米国を巻き込んでここでの紛争の平和解決を進めている。

 フィリピンによる国連海洋法条約(中国も参加)の常設仲裁裁判所でのたたかいにより、同裁判所から“中国の人工島建設は国際法条の根拠がなく、国際法に違反する”という判断が下された。

中国も参加する海洋法条約をたたかいの土俵としたのは、ひとつの知恵でした。(川田忠明「憲法9条を生かした安全保障を考える」/「前衛」2022年3月号)

 “ASEAN型の地域協力の枠組みさえつくれば何もかもうまくいく”のではない。それでも軍事同盟依存型よりははるかに安全である。根気のいる、粘り強い努力が必要なのだ。日本共産党平和運動局長である川田忠明は、じわじわと体質を改善し、ゆっくり効いてくるこの種の地域的協力の枠組みの努力を、「漢方薬」になぞらえている。

 

軍事同盟と絶対に両立しないのか

 「軍事同盟も集団的安全保障も、どっちもやればいいではないか」という意見もあろう。

 それは一理ある

 日本共産党としては、台湾や朝鮮の紛争をかかえるもとで、日米軍事同盟の廃棄は日本の切実な改革だとは思っているようだが、先に挙げた日本共産党平和運動局長の川田は、ASEANなどの地域の平和協力の枠組みを日本でも取り組むべきだという戦略を述べた後で、こう語っている。

ここまで述べてきたように、「憲法の平和原則をいかした安全保障」とは、安全保障政策において、軍事が優先される状況から、外交など非軍事的対応を優先し、その比率を飛躍的に高めることです。それは、今ある法律や国際合意の改定や廃止などを必要としません自衛隊日米安保条約の存在を前提にしたものであり、政権にその意思があればすぐにでも実行可能なものです。(川田前掲)

 ここでいう「政権」とは自民・公明政権も含むことは言うまでもない。

 川田は、同じようにASEANに参加しながら、アメリカと軍事同盟を結んでいるフィリピンについて次のようにのべる。

ASEANの中にも、中国の動きもにらんで軍事費を増額し、アメリカとの軍事交流、協力を進めている国もあります。フィリピンはアメリカとの軍事同盟(米比相互防衛条約、一九五一年)を結んでおり、定期的に共同演習を行なっています。しかし重要なことは、軍事力を保持するが、安全保障政策の基軸は、あくまで外交においているということです。(前掲)

 軍事同盟を結びながら、とりあえずASEANのような枠組みに努力するということは十分あり得ると共産党は考えているわけである。

 

憲法を変える「必要」はあるのか

 「じゃあ、憲法を変えて自衛隊を書き込んでもいいのでは?」と思うかもしれない。

 しかし例えば自民党憲法草案はどうなっているか。

 自民党案では戦争を禁じた現行の9条1項に

前項の規定は、自衛権の発動を妨げるものではない

という新しい第2項を加える。

 一見何の問題もないように見える。

 しかし、「自衛権」は個別的自衛権だけでなく、集団的自衛権も含まれることになる。

 じっさい、自民党のパンフレットには、

自衛権の行使には、何らの制約もないように規定しました

と書かれている。

https://jimin.jp-east-2.storage.api.nifcloud.com/pdf/pamphlet/kenpou_qa.pdf

 

 自国が攻められてもいないのに同盟国の戦争に巻き込まれる、まさに危険なシステムである。共産党として、そういう改悪に付き合うわけにはいかないのである。

 自衛隊は現状でも政府解釈で「合憲」である。

 それをわざわざなぜ変えるのかといえば、アメリカとともに海外で戦争する国=集団的自衛権のフルスペックに踏み込みたいからである。アメリカは攻められてもいないのに相手に攻撃を仕掛ける「先制攻撃戦略」を持っている。それは国連憲章違反であり、侵略である。

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 それにお供をして戦争をすることになれば、それはまさに「ウラジミール、君と同じ未来」を見てしまうことになるだろう。

 

 2015年まで日本政府は、集団的自衛権行使を許されない「必要最小限度の実力」として自衛隊を扱い、そのような政府解釈をしてきた。半世紀にわたって国民が選び、使ってきた、その実績ある条文と解釈に立ち戻ればいいのである。

 

 

 

おまけ・余談の余談

 さっき、4月15日発売予定の志位和夫の『新・綱領教室』が手に入って読んだんだけど、もしすっかり条件が整って、「自衛隊を解消していいよ」という国民合意ができた場合に、共産党が参加している政府として憲法判断を変えるかどうか問題まで書いているな(下、p.73)。すごい念の入りよう。

 

 

 実は2017年の党首討論では、志位はその場合、「政府として『違憲』判断へ切り替える」と言ってたんだが、ぼくは「そりゃ、無理なんじゃない?」と思っていた。↓

kamiyakenkyujo.hatenablog.com

 んで今回、志位はその判断を意固地なものにしなくなった。

 今回の本では、2017年にぼくが書いた記事のように「憲法解釈は変えずに、政策判断で自衛隊をなくす」という選択肢も入れるようになって“その時、国民が決めればいい”と柔軟になったのである。

 よかったよかった。ようやく、一緒になりましたね!(笑)

 

 当然だと思う。

 これは他の問題でも起きうる。

 例えば学校給食の無償化。

 憲法には「義務教育は、これを無償とする」(26条)とうたわれている。

 共産党としては「学校給食は教育の一環であり、有償なのは憲法違反だ」と言いたいところだろう。ぼくもそれはそう思う。

 しかし、「無償というのは授業料のみ」というのが政府の解釈であり、判例であり、多数学説であるのだ。(有力ではあるが、非多数派の学説として、「修学にかかる一切の費用が無償」という見解がある。また、せいぜい「無償とすることが26条の精神にいっそうかなう」(宮沢俊義)というほどのものである。)

 共産党が参加する政権になったら、その解釈をひっくり返して「学校給食有償は憲法違反」という政府解釈をするのは、立憲主義から言ってもあまりうまくない。

 共産党が考えている「違憲の現実」について、何から何までぜんぶ憲法解釈を変えていったら大変なことになってしまう。

 政策判断として学校給食を無償にすれば十分なのである。

*1:「この問題に答えを出したのが2017年でした」(志位和夫『新・綱領教室 下』新日本出版社、p.68)。

*2:「現綱領の土台をなすのは、1961年の第8回党大会で採択された綱領です。現在の綱領との関係では、三つの点で現綱領に引き継がれる画期的内容が、すでに61年の綱領で確立されていることを強調したいと思います。……第三は、社会の発展のすべての段階で、統一戦線と連合政府の立場を貫いているということです。つまり、日本共産党だけで社会変革をおこなう、日本共産党の単独政権をめざすというのは、最初からわが党綱領とは無縁のものです」(志位和夫『新・綱領教室』上、p.27-28)。しかし1980年に社会党が社公合意をしてこのパートナーから消えて以降、20015年までは、政党としては連合相手は空席のまま、「革新懇」を開いて「相方」政党の登場をひたすら待つという路線で共産党はやってきたから、信じられない人もいるだろうね……。