志村貴子『おとなになっても』1-10巻

 志村貴子『おとなになっても』が完結した。

 休職に追い込まれて家にいる間よく読んでいた。

 たまたま飲みに入ったお店で知り合った平山朱里と大久保綾乃は一夜で恋に落ちてしまうが、綾乃には夫がいた。しかし、綾乃と朱里は惹かれ合い、結局離婚をして二人で同棲を始めることになる。

 いや別に不倫をして離婚がしたいわけでもない。同性に好きな人がいるわけでもない。

 何がそんなに面白くて読んでいたのだろうか。

 惹かれたシーンに付箋を貼ってみる。

 

綾乃の大胆かつ勇敢な行動

 一つは、おとなしく見えるけども、いざというときは大胆で勇敢な行動に出る綾乃だ。人生の決断というときに、どこに潜んでいたのかと思うような意思の力を発揮する。『放浪息子』の似鳥修一のようだ。

 離婚をする、という決断をすることは相当エネルギーが要ることに違いない。夫である渉のことが死ぬほどキラいというわけでもないのであれば、自分の本当の感情には早々に封印して、社会生活としての結婚・実家付き合いを惰性であっても維持した方がはるかにラクではないか。

 確かに綾乃は、自分の気持ちをいったん姑の提案を受け入れて、夫の実家で一緒に暮らす。

 しかし、綾乃は「ここから離れたい」という気持ちが自分の本当の気持ちだと強く認める。朱里が好きだから離れたい、というわけではない。なぜなら、その前に「好きだけどもう会わない」と綾乃は朱里に言われている。

 そこで綾乃は涙を流す。

 綾乃が小学校の先生であり、先生の涙を見つけてしまった生徒を不思議な気持ちにさせる。

先生って泣くんだ

先生なのに泣くんだ

と。

 この涙にぼくは付箋を貼ってしまった。

 大人でも涙を流すことはあまりない。しかも、教職にある者が子どもの前で流すことは相当に珍しいことだろう。公的な顔をしているからだ。その公的な顔が外れた、だけでなく、心情の露頭がそこに現れたからである。滅多にないことであり、大変なものを見てしまったというような、しかしなんだかそれはとても美しいもののように見えた。

志村貴子『おとなになっても』4 講談社、p.29

 「好きだけどもう会わない」と朱里に言われたこと。まずそれを綾乃は見つめたのだ。

 そこで綾乃の心情にどのようなことが起きたのか。

 整理ができてはいないだろうが、悲しいことが起きた。自分の人生が何か自分の望んだことではない土台の上で動いている、と綾乃は思ったに違いない。

 その涙と後、夫とのやりとりがあり、自分の心情にいよいよ気づく。

たぶん ここから 離れたいと思っていること

私はどうして

あのとき なかったことに してしまったのだろう

 人生のいろんな局面で、行動せずに抑え込んでしまった決断を悔いる。

自分の気持ちに向き合うべきだった

 そして離婚という重大事を決意し、行動に邁進する。

 姑から、夫から、それほど大きな抵抗ではないが、それでも面倒なしがらみがあって、綾乃はそれを一つひとつ振りほどいていく。

 特に。保護者の前で、生徒の前で、自分の不倫の話をしてしまうというのがすごい。事の是非はおいといて、そんなエネルギーを発揮できるというのが。

 綾乃の行動がぼくの胸を打つのは、自分の気持ちに向き合って、人生の重大事のための行動を決断したからだ。それはなんともエネルギーが要ることだが、そこに向かっていった綾乃を称賛したい気持ちがぼくにあるからだろう。

 

落ち込む綾乃と気を取り直す綾乃

 子どもたちの前で不倫を謝罪をすることになった綾乃は落ち込むのだが、しかしそんな落ち込むことがあった後でも、それほど落ち込んでない。

はあ——

だめな先生だ…

だけど

私には

日曜日がある

 日曜日に、朱里とデートして一緒に住む部屋を探すのである。

 このシーンは、ぼくに勇気をくれた。

 落ち込むことがある。客観的に見ればたいそう落ち込むべきことのはずだが、綾乃は「だめな先生だ…」と受け止めつつも、必要以上に深刻に受け止めていないようにも思える。そして、自分にとってそのことと全然関係のない心弾む楽しみにあっさり切り替える。

 あっ、それでいいんだ、とぼくには思えた。

 人生でそんなひどい、嫌な場面に出会ったことはないよ、と思える瞬間があっても、そんなふうに切り替えていいのだ。

志村貴子における教師

 綾乃は、生徒の相談に乗っている。

 その姿を見て、同僚から

大久保せんせーってさぁ

いい先生よね

としみじみ言われる。

 謙遜ではなく、綾乃はそんなことは全くない、と表面でも、心の中でも強く否定する。自分がいかに不埒で、不倫をして、離婚寸前の人間であるかと思うのだ。

 だけど。

 それって、教師の仕事とは関係なくない?

 作者・志村貴子にとって、こうした教師像がしばしば登場する。

 『娘の家出』に登場する教師・久住先生も、アイドルの熱烈なファンで、そのことを引きこもりになっている自分の生徒に電話で、話すのは禁じ手だと思いながらついつい話してしまい、そこからその生徒との交流が始まり、ついには内緒でコンサートに行くまでになってしまう。

 法的・技術的にどういう整理をされているのか知らないけど、教育という営為において、教師と生徒、お互いが真情を交わすような瞬間が確かにあって、そのときに友だちのような同志のような感覚が生まれるとすれば、そういうプロセスを抜きにして、生徒の心なんて動かせなくない? と思うのは素人考えだろうか。

 綾乃が自分も悩みながら、そして子どもたちのトラブルを自分に引きつけながらコトに当たっている姿に、同僚がしみじみと感じいるのは、なるほどいい先生だと思わせる説得力がある。

 

美しい和解

 綾乃の担任の生徒3人。

 ゆか・まな・イッカの3人の小学生。

 トラブルを抱えて、3人の仲はこじれてしまう。

 それを謝るシーンが8巻にある。

 まなが、学校に出てこなくなったイッカの家を訪れ、誤解を解き合う。

 そして、イッカは自分がいたらなかったことを告白する。

 そのときイッカはそう告白しながら「ほんとにごめんなさい…」と静かに涙を流し、まなも涙を流す。

 ぼくは、このページの涙を流す二人がとても美しいと思って何度も見てしまう。

志村『おとなになっても』8、講談社、p.86

 もちろんイッカに謝られたまなはドヤ顔などしていない。同じように涙を流している。自分も傷ついたが、イッカも傷ついていたことが痛いほどにわかるからだ。

 トラブルがあり、お互いに傷ついて、仲違いしている世の中のすべての人たちがこんなふうに誤解を解きあえたらどんなにいいだろうと思ってしまう。

 

 イッカがまなが誰が好きかを教えてもらった後に、電話をする表情がまたかわいいし、イッカが発揮する友情もまた美しい。この二人の関係に美しさを見る。

 

ベストなバランスだったクラスがなくなること

 引きこもりになった恵利がそのきっかけを話すシーンがある。

私たちのグループだけじゃなくて

なんというかこう…

どのグループも

このクラスのバランスは最高だと思ってる感じでした

そんなことなかったかもしれないけど

でも私はそう思っていて

クラス替えですべてが変わった

もうちがうクラス

ここではじめて緊張の糸が切れたっぽい

急に頑張れなくなっちゃって

起き上がれない

学校に行きたくない

 そんなことがあるだろうか、とは思うのだが、高1の娘はそっくりのことを言っている。今のクラスのバランスが最高だというのだ。今は春休みだが、このクラスはもうなくなってしまうと悲しみ、新学期のクラスに不安を抱いている。

 そんな精一杯の気持ちで学校に行ってるんだ、と親としてちょっとびっくりする。そうだとすれば、やはり恵利と同じように、クラス次第では緊張の糸が切れて学校に行けなくなるってことも全然不思議じゃないだろうなと感じる。

 いじめがあったとか、人間関係がきついとか、勉強についていけないとか、何か悩みがあるとか、そんな具体的な理由がなくても、学校には行けなくなるのである。

学校に行けば

友達がいるのに

だけどもうあのクラスじゃない

 そして、恵利は中学の時に、学校に来なくなってしまった男の同級生のことをふと思い出す。別にそれでどうということもないのだが。

 そして学校を辞めてしまう。

 親友たちは残念がって会おう会おうと言ってくれるが、恵利はしんどくなる。

でも

変わっていくみんなと

なにも変わらない自分

という現実がしんどくなって

実際 私の時間は止まったままなので…

 何かをする気力や体力が湧いてこないまま、置いていかれ、時間が止まったままになるって、つらいなあと思う。

 今それを自分の子どもに想像するけども、別に自分の娘だけじゃないだろう。自分自身もそういうことがあるかもしれないと考える。

 

保護者から告白される綾乃

 新任校での保護者面談で、綾乃は保護者(母親)から、面談中に告白される。

 ここに付箋が貼ってある。

 なんでここに付箋? と自分でも思うけど、なかなか言葉にしにくい。

 まず、告白する母親の言葉遣いがリアルな気がしたのだ。彼女はガンを告知されたと述べる。自分の人生の来し方行く末を思ったとき、いつぞやの綾乃と同じように、自分の気持ちに向き合ってしまったのだろう。そこで告白するという行為が賢明かどうはさておくとしても、そうせざるを得なかった切迫がこのセリフにはあった。

 迫力があるというのではなく、うつむきながら、むしろ訥々と言葉を紡いでいく。

「あの うち 離婚してるじゃないですか あ してるんですよ シンママっていうか今は実家で親頼りながらなんとかやってんですけど」

「はい」

「あたし 女の人好きなんですよ それで 先生のこと好きなんですよね たぶん」

「あ ありがとうございます…」

 対する綾乃もそれを無下に断るでもなく、喜ぶでもなく、固まるのでもなく、しかし明らかに戸惑いながらもゆるやかに受け止めていく。その綾乃の受け止めの柔らかさが、なんともまたリアルなのである。

志村前掲9、p.21

 保護者面談で告白される同性間の恋愛感情って…こんなあり得ないくらい不適切な場で表出される感情ほど生々しくリアルなものがあるだろうか? って思っちゃったんだよね。たぶん。恋愛シーンとしても好き。だから何回も見返してしまう。