民主青年新聞で「水木しげる生誕100周年」特集でコメントしました

 5月16日付の民主青年新聞で「水木しげる生誕100周年」特集があり水木しげるのマンガについてコメントしています。

 水木の3冊のマンガもお勧めしました。

 

 
 
 

リアルということについて

 当の水木自身は、「戦争コミック」と対比して「戦争想像コミック」というものしか日本にはない、と述べたうえで「真実の『戦争コミック』は描きづらい」と述べています。*1

そもそもコミックというのは、オモチロイ(面白い)ことが第一に要求されるから、そこであまり面白くもない戦争の真実なんてものを描くと第一、編集者に「コレハナンデスカ」と言って質問された上、編集会議で「これはちょっと止(や)めておこうじゃないの」ということになる。

と、くだんの人を食った調子で述べています。

 これは、貸本時代の水木の描いた戦記物は、史実に忠実なものではなく、娯楽性を高めるためにフィクションを意識的に相当加えたということです。したがって、この時期の水木の「戦争コミック」は「真実の戦争コミック」ではなく「戦争想像コミック」だったのです。

 しかし一般週刊誌で仕事をするようになってからは自身の体験に基づいた「真実の戦争コミック」を描くようになります。水木的リアリズムはここから発揮される、とぼくは規定します。

 

 

水木の何を勧めるべきか

 ぼくは取材に際して「『鬼太郎』や貸本時代のマンガは少ししか読んでいません。語れるものは限界があります」とエクスキューズを入れましたが、もし若い人が今水木の作品に触れるとすれば、圧倒的に「自伝系」「歴史もの」「戦争体験」という三つのジャンルから触れるべきです。

 コミックの『鬼太郎』を今の若い読者が読んでもおそらく面白くないと思うでしょう。そして「それが水木しげるなんだ」と思ってもらったら、もったいないと思います。

 それに対して、『水木しげる自伝』『劇画ヒットラー』などは今の若い人が読んでも断然面白いと思ってもらえます。今の巷に溢れる現代のコミックスとフラットに競争して十分勝機があります。

 

 取材をしてくれた太田良真記者がコラムを載せていますが、水木の『劇画ヒットラー』を読んだのが太田記者の「水木初体験」だったようです。

登場人物の一人ひとりの描写に、こんな人がまるで知り合いにいたんじゃないかと思わされるようなリアルさを感じたことを覚えています。

 というわけで、『水木しげる自伝』『白い旗』『劇画ヒットラー』の3作品をお勧めしました。

 

 

『白い旗』をなぜ勧めたか

 

 

 『白い旗』は硫黄島での玉砕を描いたマンガです。

 

 

 この作品は、水木的リアリズム…「フハッ」に象徴される水木自身の飄々とした生きる姿勢、ぼくがコメントで述べた「奇妙で野暮ったいリアリズム」という角度からではなく(それは「水木しげる自伝」などで味わってください)、今のような「自衛戦争」を考える上で読んでほしいと思ってお勧めしました。

 

 『白い旗』は組織的戦闘が終了してのちに戦闘を続けるのか、投降するのか、という選択を迫られる兵士たちの物語です。

 少し前まで「投降するのが当たり前」「命あっての物種」ということをおそらくほとんど大多数の人が考えていたと思います。

 しかし、いまロシアからの侵略を受けたウクライナ自衛戦争を目の前にみて、連日飛び込んでくるニュースに感情を揺さぶられています。

 「自衛戦争は正義の戦争である」という意見があります。ぼくもその意見のグループの一人なわけです。あるいはベトナム戦争のようにベトナム側から見れば民族解放戦争、あるいはアメリカの侵略に反対する戦争があります。

 いまウクライナ自衛戦争に対して「犠牲者が大きくなるばかりだから早く降伏したほうがいい」という意見があります。特に、マリウポリの製鉄所に包囲されて立てこもっている部隊(5月14日段階)などにそうした意見が向けられることがあります。これに対して「ロシアに支配された場合はとんでもない仕打ちをされる」という反論があるわけですが、これらを仮に認めるとしても、組織的戦闘を終えて兵士がどういう態度を取るべきなのかというのは極限状態として問われる問題となります。

 

 日本の場合は侵略戦争の結末として硫黄島では悲惨な戦闘をやらされたわけですが、当時の日本兵はそんな意識は持っていません。『白い旗』にも登場するセリフで言えば、

我々がここで最後の「ささやかな抵抗」がこの島にできる米軍の飛行場を一日でもおくらせる結果になれば日本は一日だけでも空襲をまぬかれることになり(ここで降伏によって助かる23人の兵士の命である)二十三以上の生命を救うことができるではないか

という理屈もあるわけです。

 

 ぼくは軍事力による自衛のための反撃をやむを得ないものと考える立場にありますが、兵士が犠牲となり、さらに組織的勝敗が決した個々の局面の状況を見たとき、この議論はなかなか軽々にはできないなと思わざるを得ません。

 

 この問題は突き詰めると絶対平和主義に行き着き、さらに、日本国憲法第9条を最も徹底して「非戦」として解釈する立場にたどり着きます。ぼくは9条支持者ですが、その立場に今立っていません。しかし、やはりこうした絶対平和主義は、主張としては聞くべきものを持っていると考えます。

 

 そういうことを今考えてほしいと思ったので、民青新聞の読者に向けて『白い旗』をお勧めしました。

 
 

 

*1:終戦50周年 ビッグコミック特別増刊号 戦争コミック傑作選(小学館、1995年8月20日発行)