ハラスメント被害者を「厄介者」扱いする組織

 

しんぶん赤旗1月22日付


 しんぶん赤旗1月22日付に「自衛隊セクハラ 深刻さ告発」「現役隊員の国賠訴訟」という記事が載った。

航空自衛隊那覇基地でベテラン隊員から受けたセクハラに対して組織が不利益防止措置などをとらなかったとして、昨年2月に国を相手に損害賠償請求を起こした(しんぶん赤旗1月22日付)

という事件である。ハラスメント加害者であるベテラン隊員はA、訴えたCさんは現役自衛官だ。すでに、AがCさんに対して起こした反訴の地裁判決では、Aの訴えを棄却し、AのCさんに対して行った「セクハラの事実をおおむね認めました」(同前)。

 

 この裁判を起こしたCさんは裁判の意義をこう語っている。

被害を告発した人に不利益を与え、被害を隠蔽する自衛隊の深刻な実態を社会に知らせたい(同前)

 (1)被害を告発した人を徹底的にバッシングする(2)被害を隠蔽する、という抑圧的な組織体質に注目した。

 自衛隊だけではあるまい。

 様々な組織——たとえ進歩的組織であってもそういうことが起こりうるだろうと思ったからである。

 記事では組織が告発者Cさんに加えた不利益、被害隠蔽が書かれている。

被害を組織に訴えましたが、セクハラ相談員からは「我慢するしかない」、上司からは「加害者にも家庭がある」などと対処されませんでした。(同)

 被害を訴えても、例えば弁護士のような専門家が判断しておらず、組織の一員である「相談員」が被害を隠蔽していることがわかる。

 ただ、この組織(自衛隊)では一応第三者であるはずの相談員が相談にのる仕組みがある(その結果は上記の通りひどいものだが)。ひどい組織になると加害者自身が「それはハラスメントではない」などと判断を下すところもあるという。それが進歩的な看板を掲げている場合すらある。

14年、自衛隊那覇基地内の隊員を対象に、加害者Aを匿名にする一方、Cさんの実名をさらした上で、セクハラにあたらない案件を騒ぎたてている印象をあたえる不適切な内容のセクハラ研修を実施。同基地内で陰口や嫌がらせなどによって厄介者扱いを受けたことで追い詰められ、不眠が続き体調が悪化していきました。(同前)

 “ハラスメントではないのにハラスメントだと騒いでいる”という徹底を組織内で行ない、組織内で被害者を「厄介者」扱いする——こういう組織体質は他でも実によく見られる。ぼくも身近に知っている。

 Cさんが民事訴訟を起こした際に、「自衛隊の法務班がAを全面的に支援」(同前)。

セクハラ被害を受けた現場で働き、被害者と加害者を隔離する措置を任じられていた隊員らが、陳述書の中でAを「心の広さや器の大きさに感心」などと称賛しました。一方でCさんに対しては、元交際相手との関係や、処方薬などをさらした上で、「情緒不安定」「激しい性格」などと人格を否定し、セクハラはなかったと事実をねじ曲げ、問題の隠蔽を図りました。(同前)

 組織として子飼いの手先に被害者に殴りかからせ、被害者を叩く。

 この光景もどこかで見た光景である。

 少し違う話だが、ぼくは被害者に対して加害者を非難するな、「言葉がどきつすぎる」「もっとリスペクトすべきだ」と繰り返しトーン・ポリシングする加害加担者たちの言説を間近で見たことがある。

 被害を受けた者が必死で抗議の言葉を紡ぎだそうとする中で言葉が激しくなるのは当然である。他方で、加害者はすでに行為を終えているのだから、あとは加害者は落ち着き払ってそれを否定すればいいだけだ。加害者は落ち着き、被害者は激昂する——この構図ができるのはむしろ自然である。



Aに対して自衛隊は戒告という軽い処分を下しただけで、その後Aは定年で退職。(同前)

 軽い処分で終わらせたことに驚くが、それでも、一切不問に付し、それどころか「ハラスメントではない」と加害幹部が開き直り、むしろそれを称賛さえさせる組織もあるのだから、抑圧組織というものは、どこまでも闇が深いのだと思わざるを得ない。

被害者のCさんが声を上げてから現在に至るまで、昇任を遅らせ、ボーナスを減額するなど、不利益を被らせています。(同前)

 ぼくの知っている組織でも、被害者を役員からおろし、組織内選挙権を勝手に剥奪し、徹底した不利益を与えている例を知っている。

 Cさんは支援集会でこう発言している。

私はSNSで発信したり、メディアに対して自由に答えることが許されていない(同前)

 そういう組織あるよね、としみじみ噛みしめる。

この集会についても何を発言するか、どのメディアが来るか、参加者は何名程度かなどを組織に事前に報告しなければならない(同前)

自衛隊をやめないのかと聞かれることもある。でも、現役だからこそ自衛隊組織の問題に社会は焦点を当てざるを得ないと思う(同前)

私は、このどす黒い事案を今後も一生引きずって生きていかなきゃいけないんです。でももし、この時間がそれぞれの視点によって社会が良くなるように活用されるのであれば、私自身軽くなって生きていけます。これからもみなさんの視点でこのことをSNSなどを通して社会に発信して支援の輪を広げてほしいです(同前)

 Cさんの事案と、ぼくが見知った事案は、違う組織の話だ。

 だが、違うものの中に、同じ光を見出すのが連帯である。

 ぼくはCさんに連帯する。