山崎聡一郎『こども六法』

 山崎聡一郎『こども六法』を娘と読んでいる。

 夕食が終わり、こたつでぼくがゆったりとしていると、保育園のころに「絵本を読んでほしい」と言ってきたときのようなのと同じニュアンスで、高1の娘が本を持ってやってくるのだ。

 別に「勉強しよう!」とかそんな意図ではない。娘から言い出したのだが、辞書の見出し語でクイズをやるのと同じように、要はヒマつぶしである。

 ぼくが持っているのは第1版だが、すでに法律が改正されたものもあり、第2版が出ている。

 ぼくは法学を大学で学んだはずだが、知識はほとんどゼロ。

 ただ小学生のとき、子ども向けに民法とか刑法を解説した本(確か「さ・え・ら文庫」だったと思うがタイトルや著者はもう忘れた)を読んで、「未必の故意」という考え方を知り、法律ってヘンだなあ、面白いなあと感じた記憶はある。

 それと同じことが、娘(高1)にも起きているのだろうと思う。

 たとえば、「遺棄罪」と「保護責任者遺棄罪」がある。

 「え、なんで違うの?」と娘は聞く。

 親が1歳の子どもを部屋に置き去りにしてしまうというのはイメージしやすい。これは「保護責任者遺棄罪」。他方で、「遺棄罪」は、たとえば86歳の花子さんが近所に住む青年・太郎さんと山に行き、太郎さんが花子さんを置いて帰るようなケースだろう。誰が置き去りにするかということで犯罪が変わってくるのだと説明する。

 へえ、というような顔をして聞いている。

 

 と、知ったような顔をしてぼくは娘に説明しているが、先ほども述べたように、実は法律について何にも知らない。

 本を読んでいたら「遺棄等致死傷罪」が出てきた。

 遺棄等致死傷罪の条文には次のように書いてあった。

刑法第219条 前2条の罪を犯し、よって人を死傷させた者は、傷害の罪と比較して、重い刑により処断する。

 う? 「害の罪と比較して、重い刑により処断する」とはどういう意味か。

 娘も不思議に思ったらしく聞かれた。

 だが答えられない。

 仕方ないので、ウェブを検索してみる(強調は引用者)。

https://www.yokohama-roadlaw.com/glossary/cat/post_485.html

傷害の結果(遺棄致傷罪)の場合、傷害罪と遺棄罪を比較し、罰の上限と下限について、それぞれ重い方を本罪の刑罰とすることになります
傷害罪の刑事罰は15年以下の懲役または50万円以下の罰金であり、遺棄罪の刑事罰は3月以上5年以下の懲役です。
すると、刑の上限は15年以下の懲役となり、刑の下限は3月以上の懲役となります。
したがって、遺棄致傷罪の刑事罰は、3月以上15年以下の懲役です。
死亡の結果(遺棄致死罪)の場合、傷害致死罪と遺棄罪を比較して刑の上限と下限をいずれも重い方を採用します。
傷害致死罪の刑事罰は、3年以上の有期懲役(20年以下)であり、遺棄罪の刑事罰は3月以上5年以下の懲役です。
よって、遺棄致死罪の刑事罰は、傷害致死罪と同様の、3年以上の有期懲役(20年以下)です。

 上限はわかるが、下限を「それぞれ重い方を本罪の刑罰とする」ってどういうこと? とよくわからなくなってしまった。

 そこで、日を改めてもう一度、ウェブの記述や刑法の本などを読んでみた。

 その結果次のような意味ではないかと思った。

 

(遺棄)
第217条 老年、幼年、身体障害又は疾病のために扶助を必要とする者を遺棄した者は、1年以下の懲役に処する。

(保護責任者遺棄等)
218条 老年者、幼年者、身体障害者又は病者を保護する責任のある者がこれらの者を遺棄し、又はその生存に必要な保護をしなかったときは、3月以上5年以下の懲役に処する。

(遺棄等致死傷)
第219条 前2条の罪を犯し、よって人を死傷させた者は、傷害の罪と比較して、重い刑により処断する。

(傷害)
第204条 人の身体を傷害した者は、15年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。

 「遺棄罪」でなく、「保護責任者遺棄等罪」と比較してみる。
 親が小さな子どもを山の中に置き去りにして無事発見されたら「保護責任者遺棄等罪」(218条)だが、その子どもが死んだ・大怪我したら「遺棄等致死傷罪」(219条)になる。

 

------- ここからの文章は末尾で修正 -------

(末尾で修正していますが、まずはそのまま載せています)


 「遺棄等致死傷罪」(219条)の刑罰の量刑の範囲は条文には定められていない。
 そこで、「保護責任者遺棄等罪」(218条)と「傷害罪」(204条)を比較する。
 「遺棄等致死傷罪」(219条)は「3月以上5年以下の懲役」。
 「傷害罪」(204条)は「15年以下の懲役」。
 よって、219条に「傷害の罪と比較して、重い刑により処断する」とあるのだから、「重い刑」である「傷害罪」(204条)は「15年以下の懲役」を適用する。


 だが、それだけではない。
 これは上限についての「比較」しているだけだ。
 もし「15年以下の懲役」だけだとたとえば「懲役2ヶ月」もありうる。


 そこで下限についても「比較」する。
 「保護責任者遺棄等」(218条)は「3月以上」。
 「傷害罪」(204条)は下限がない。
 すなわち「傷害罪」(204条)の方が「重い刑」であると言える。
 よって、下限については「保護責任者遺棄等罪」(218条)の方(「3月以上の懲役」)を採用する。
 つまり、「遺棄等致死傷罪」(219条)の刑罰は「3月以上(より重い下限)15年以下(より重い上限)の懲役」となる。

------- ここまで  -------

 

…っていうことだろうか? 専門家ではないので、当てずっぽうである。

 つれあいから「その解釈が正しいっていう根拠はあんの?」とツッコミをされた。

 専門家の方がこのブログを読んでいたら正否を教えてほしい。

 


 その上で思ったこと。

 なぜ第219条で量刑の範囲を具体的に書き込んでいないのか。これと同じタイプの条文は刑法にいっぱいある。いちいち条文で定めてもいい気がするのだが、そうしていない理由はわからない。改訂が面倒くさいのかもしれない。

 


 また、遺棄して子どもが死んだとしても、傷害致死罪(205条)と比較するのではなく傷害罪(204条)と比較していることにも注意。「故意に傷害して(殺すつもりはなく)結果的に死なせる(傷害致死罪)」よりも「故意に遺棄して結果的に死なせる(遺棄等致死傷罪)」の方が軽い(せいぜい「傷害罪」程度)という考え方なのだろうか。

 


 また、つれあいが事前に予測していたこと———「遺棄等致死傷罪」と「傷害罪」が同時に起きていて、比較しているのでは?———は的外れだったということになる。「遺棄等致死傷罪」は故意に傷害をしていないから「傷害罪」には該当しないからだ。…と思うのだが、これもよくわからない。「いや、おつれあいが正しいですよ」という専門家がいたら、名乗り出るように。

 

補足(2024.3.13)

 名乗り出ていただいた…わけではないだろうが、ブコメ欄で次のような指摘が

snowdrop386 2024/03/05

いやいや、刑法219条が比較対象としているのは傷害罪(204条)ではなく、傷害の罪(204条〜208条の2)ですよ。遺棄致傷なら傷害罪(204条)、遺棄致死なら傷害致死(205条)との比較です(引用された部分にも書いてありますよ)。

 なんと。

 まず、「引用された部分にも書いてありますよ」という指摘を見る。

https://www.yokohama-roadlaw.com/glossary/cat/post_485.html

傷害の結果(遺棄致傷罪)の場合、傷害罪と遺棄罪を比較し、刑罰の上限と下限について、それぞれ重い方を本罪の刑罰とすることになります
傷害罪の刑事罰は15年以下の懲役または50万円以下の罰金であり、遺棄罪の刑事罰は3月以上5年以下の懲役です。
すると、刑の上限は15年以下の懲役となり、刑の下限は3月以上の懲役となります。
したがって、遺棄致傷罪の刑事罰は、3月以上15年以下の懲役です。
死亡の結果(遺棄致死罪)の場合、傷害致死罪と遺棄罪を比較して刑の上限と下限をいずれも重い方を採用します。
傷害致死罪の刑事罰は、3年以上の有期懲役(20年以下)であり、遺棄罪の刑事罰は3月以上5年以下の懲役です。
よって、遺棄致死罪の刑事罰は、傷害致死罪と同様の、3年以上の有期懲役(20年以下)です

 まさにsnowdrop386ご指摘の通りだった。

 遺棄して、その遺棄された人が死んだ場合は、傷害罪ではなく傷害致死罪と比較していた。

 では、刑法第219条にある「傷害の罪と比較して」という一文はどうなるのだろう。

刑法第219条 前2条の罪を犯し、よって人を死傷させた者は、傷害の罪と比較して、重い刑により処断する。

 snowdrop386の指摘は

刑法219条が比較対象としているのは傷害罪(204条)ではなく、傷害の罪(204条〜208条の2)ですよ

ということだった。

 ちょっと古いけど、前田雅英他編『条解 刑法〔第3版〕』(弘文堂)には次のようにある。

致傷については、単純遺棄による場合は15年以下の懲役、保護責任者遺棄による場合は3月以上15年以下の懲役となり、致死については、いずれの場合も3年以上の有機懲役となる。(p.639)

 まさに、snowdrop386の言った通りである。

 

 では219条にある「傷害の罪と比較して」という一文はどうなるのか。

 これも簡単。

 刑法の第27章が「傷害の罪」というタイトルになっている。

 つまり、204条「傷害」、205条「傷害致死」、206条「現場助勢」、207条「同時傷害の特例」、208条「暴行」、209条「凶器準備集合及び結集」、これ全体が「傷害の罪」の条文なのである。

 したがってここでもsnowdrop386の指摘が正しかったということがわかる。

 

 ありがとうございました!