『最新版 図解 知識ゼロからの現代農業入門』

 日本の農業をどうしたらいいんだろうか。

 福岡市でもちょうど高齢化した農家が世代交代の時期となり、田んぼがどんどん消えて宅地に変わっていっている。自分の近く、目の前でそうした現実を見せつけられる。素朴な素人感覚で申し訳ないが、そういう事態が進行していってこのまま日本の食料は大丈夫なのかという思いに駆られるのだ。

 

福岡市内を流れる川と田んぼと宅地

 知り合いの農学者が2050年にむけた日本農業の政策提言を考えていて、それを見せられる機会があった。食料が足りなくなるという危機意識をもとにいろんな方策が書いてあるのだが、水田は畑と違っていったん宅地にすると元に戻すのが難しいということや、ひこばえを使った収量の増加などは興味を惹かれた。

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 他方で、物価高騰である。日々ぼくらが買う食べ物は、輸入にモロに影響を受ける構造なんだとなあという現実を嫌というほど示してくれた。

 ぼくが今のところ考えているのは、結局食料の生産+国土保全機能をあわせた死活的な役割を農業が担っていることを公に認めて、そこに税金を支出して支えるということである。

 ビジネスを支えるのではなく、農業+国土保全機能(田んぼ・水路・里山などを維持する)をやってくれる多様な担い手の生活を支えるために、お金を払うということだ。一種の公務員とみなすつもりで。

 共産党の提言を見ると、農業所得に占める政府補助金の割合は、スイス92.5%、ドイツ77%、フランス64%にに対し、日本が30.2%にすぎないという。

 「農業なら生活ができる」という見通しを持ってくれれば、担い手は増やしやすい。大きな法人や組織体だけでは限界があるし、農業は日本(の国土)のごく一部しか占めないものになってしまうだろう。

 

 さて、そんなふうに農業のことを、農業をやるわけでもないぼく(ら)が考える上では、あまりにも農業についての知識、それもごく基本的な知識がない。

 そこで、何かいい本はないだろうかと思っていたが、本書『最新版 図解 知識ゼロからの現代農業入門』(家の光協会、八木宏典監修、2019年)はなかなかいいのではないかと思った。

 タイトルの通り「知識ゼロからの現代農業入門」で、例えば農業をやる際の技術的な意味での入門書ではなく、日本の農業が産業としてどういう姿をしているのかということを本当に大ざっぱな柱で示してくれる。こういう本を必要としていた。

 基本的なことだけど、改めて読んで「へえ…」と思うことがいくつもあった。章ごとに少し紹介したい。「ぼくにとって新事実というくらいの発見」もあれば、「知ってはいたけど改めて他の知識と関連づけられてそういうことだったのかという発見」もある。あるいは「知ってたけど、忘れていて、この情勢下でもう一度聞かされて新鮮」というようなことも。

 第1章は「農業の成り立ち」。

 栽培する種子や苗はどうなっているか。

種子は、各農家が前年に収穫した作物から採種するのだろうと連想する人は多いかもしれません。(p.25)

 しかしそれは昭和35年くらいまで。

 今は、多くの農家が種苗店やJAから購入する。

現在、一般に市販されているのが交配種=F1品種です。F1品種は、異なる品種同士の交配から生まれるため、雑種とも呼ばれます。/性質の異なる親をかけ合わせると、その子は雑種1代になります。その1代には、両親の性質のうち優性なほうが現れ、劣性のほうは発現しません。そして、両親のどちらよりも丈夫で生長もよく、品質もそろって収量も多くなります。…しかし、親の持つ優れた性質が子に発現するのは1代かぎりです。交配種から種子を採っても親と同じようには育たず、形や性質が不ぞろいになるため、種苗会社は毎年交配させて雑種1代を作らなければなりません。そして農家も、毎年のようにその種子を購入することになるのです。(p.25-26)

 

 第2章「農業を支える人・組織・制度」。

 農家の定義や様々な種類の農業者が分類されていることや、日本の農政史などがわかりやすく書かれている。

 販売農家の平均所得は、526万円で、このうち農業所得は191万円です(2017年)。北海道を除き、都府県の農家の多くは兼業農家で、農外所得のほうが高くなっています。

 一方、農業所得が5割以上を占める主業農家だけでみると、平均総所得が802万円、うち農業所得が668万円となっています。(p.50)

 営農タイプ別で見ると、1戸当たり水田作は69.6万円、畑作は347.8万円、施設野菜は507.1万円、養豚は1928.8万円、酪農は1601.7万円(2017年)。

 わー全然違うんだなと思う。

 

 第3章「稲作経営の基本と米作り」。

 農業といえば「米作」というイメージがあるので、それがどういう成り立ちをしているのかがわかるし、茶碗によそって食べる主食としてのコメ以外にどういうものが作られているかを知る。

米作りだけで食べていくには10haほどの面積が必要です。(p.82)

 さっきも見たけど、米作農家はあまり儲かるイメージがない。なのに、「なぜ、一定の規模がないと収益が見込めず、かつ、減反が進むなかでも全国的に米が生産されているのでしょうか」?

それは、機械化や省力化が進んで、比較的手間がかからず、労働力や労働時間が少なくて生産できる作物だからです。兼業しながら代々米を作ってきた水田を守り、定年後は家業として農業を引き継ぐという例は少なくありません。(p.83)

 米作りは農業の中でも相対的に手間がかからないというイメージはなかった。

 他にも、

大規模化ができる地域では、種籾を直接田んぼにまいて、そのまま栽培ができる直播栽培が広がってきました。育苗や植えつけに手間のかかる田植えがなくなるため、コストを減らし、より大規模化を進めることができます。(p.83)

という事実は興味深かった。弥生時代みたい。

 

 第4章「野菜・果樹・花卉」。

 最近、若い人が果物を食べなくなった、という話をきく。いや、若い人だけでなく、全国民的に。「剥くのが面倒」「後始末が…」「味が不ぞろい」など様々あるけど、やっぱり「高い」ということだろう。賃金が追いついていない。

 本当に、ぼく自身、実家では果物をたくさん食べていた。

 りんごは送られてくるもの・買ったものが箱であったし、梨畑が近くにたくさんあって夏は大量に買い付けた。これらを子どもであったぼくは自在に箱から取り出して、ナイフで皮をむいて無制限に食べていた。

 中でもみかんはめちゃくちゃ食べていた。

 冬にこたつに入りながら、手が黄色くなるまで食べていた。

 しかし、大人になった今、相変わらず果物は好きではあるが、そこまで食べてはいない。

果樹の生産が盛んに行われるようになったのは戦後からで、1970年代半ばにピークを迎えますが、以降は減少の一途をたどっています。輸入自由化や生産者の高齢化の影響もあって、栽培面積は75年の38万haから、2007年には21万haにまで激減しました。(p.110)

 農民作家・山下惣一はみかん農家をやっていたけど、結局やめてしまった。その流れと、重なる。

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 第5章「畜産経営の基本」。

 家畜は「成長期間が長いほど費用がかかる」(p.130)。鶏肉、豚肉、牛肉に差があるのはそのせいかと思ったのだが、味の良さ(効用)で価格が違うわけではないのかと思った。労働価値説の凱歌であろうか。

 鶏・豚・牛のサイクルはどれほどなのか。

 乳牛はオスの場合22か月齢で「食肉加工に回されます」(p.132)。メスは2年余りで初産。4〜5産して6〜7歳で「食肉処理場に送られます」(p.133)。

 豚は子豚を入荷してから7か月で出荷する。

 鶏は卵用種の場合「500日齢前後になり産卵率が下がったところで処分」(p.145)。肉用種(ブロイラー)の場合56日齢で出荷している。地鶏は80日。

 記述を見るとさらにそういう気持ちになるのだが、本当に「工場」だなあ。システマチックに生産し、活用が終わると処分、更新を繰り返しているわけだ。

 採卵用のオスのひよこは直ちに殺処分されるけども、それはこの本には書いていない。

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 家畜の飼料の分類。「粗飼料」と「濃厚飼料」の違いなど。

 飼料自給率は10%しかない。にも関わらず、国産飼料の作付け面積は98.5万ha。これは山形県の面積に匹敵する。(p.128)

 それだけ多くの農地を使いながら10%しか自給できないというのは、畜産というものの成り立ちについて考えさせられてしまう事実だ。

 

 第6章「世界と日本の食料事情」。

途上国は農業がメインの第一次産業の国で、先進国はおもに工業やサービス業、IT関連業などを中心とした第三次産業の国。そんなイメージでとらえている人が多いのではないでしょうか。(p.158)

 はい。ぼくはそうですね。

 しかし、農産物の貿易に的を絞ってみると、途上国が農業国で、先進国が脱農業国という構図は当てはまらなくなります。…純輸出すなわち輸出超過の地域は、北米、EUオセアニアなど、先進国の地域に当たります。反対に純輸入の地域は、アジアやアフリカとなっていて、前項で述べた栄養不足人口が集まる地域と重複しているのです。ここから、穀物は先進国から途上国へと流れていく姿がみえてきます。(p.158)

 あらま。

 本書は先進国が持つ穀物を余剰として作り出す3つの力を上げている。

 1つ目は労働生産性で、投入した労働力当たりの生産量です。先進国を100としたとき、途上国はわずかに6。17倍近い格差となっています。

 2つ目は土地生産性で、面積当たりの収量の比較です。同じく先進国を100とした場合、途上国は49。ほぼ半分の値にしかなっていません。

 3つ目は土地装備率で、労働力1人当たりの農地面積です。農業機械を駆使して大規模な農地を耕作できる先進国が100なのに対して、途上国は11。途上国では人や家畜に頼ることが多く、1人が耕作できる面積は狭くなるわけです。(p.159)

 1つ目と3つ目はかなり関連していると思うが、違いが今ひとつよくわからない。

 

 第7章「これからの日本農業」。

 ここは現状の水準で政府や自治体が行なっているような農業振興策が取り上げられている。

 農産物輸出のレポートが面白かった。片山寿伸というりんご輸出農業者の話である。

片山さんは「輸出してわかったことは、国によって農産物の評価基準がまったく違うこと」だと言います。イギリスに売り込む際、最初にサンプルとして『ふじ』の大玉を送ると、輸入業者から「こんな大きなリンゴは加工用しか使えない」と言われ、だんだんサイズを落とし、ついに日本では加工にしか使えない小玉を送ると「君もやればできるじゃないか」と言われたそうです。皮をむかず、丸かじりする習慣から小玉が好まれるのです。(p.211-212) 

 というわけで、これは本書のごく一部である。

 手元においておいて参照するには悪くないなと思った。

 

 なお、こういう本の常であるが、監修者はいるけども実際にはたくさんのライターが書いている。巻末にそれが記されている。

田んぼの中のクリーク

 冒頭に述べた提言。執筆した一人に話を聞いたけど、大事なことは国民の中での合意だと思う。農業・食料にどういう位置付けを与えるのか、ってこと。

 「安い食料を外国から買えばいい。だから田んぼは潰していいし、農業の担い手を広げる必要はない。ビジネスとしてやりたい人がやればいい。税金を投じるなんてもってのほか」ということなのか。

 「農業者は食料生産だけでなくて、国土を保全する仕事をやってほしいし、田舎のいろんなことの担い手になってほしい。だから税金をそこに投じて、農業の担い手を増やして田舎で生活できるようにすべきだ。田舎への公共事業での再分配でなく、そうやって地方にお金を回せばいい」ということなのか。

 いやその中間で「この本読むと日本の農業は面積あたりでかなり高付加価値の生産物を作っているからそういうモードでいいんじゃないの? それにカロリーベースで見ても『自給率』は低いけど、イモと穀物だけでカロリー計算したら自給できるし(いわゆる『自給力』)。だから自給率はもう少しあげる努力をするけど、あんまり極端なことはせずに…」ということなのか。

 そのコンセンサスをつくる作業が政治・選挙を通じて必要なのだ。