唐鎌直義「高齢者の貧困と社会保障緊縮政策」

 「前衛」2022年7月号の唐鎌直義「高齢者の貧困と社会保障緊縮政策」を読む。

 

 

 何と言ってもこの表である。

「前衛」2022.7より

 高齢者の全体の貧困率が26%で、日本全体では15%くらいだから、トンデモなく高いことがわかる。

 しかし「高齢者」といってもいろいろだ。

 そこで世帯状況で分けると、さらに解像度が上がる。

 女性の単独世帯の貧困率は53.5%と群を抜いている。世帯の絶対数も256万人いて、世帯数としては高齢世帯の中では最も多いグループである(人口では「高齢夫婦のみ世帯」よりもわずかに少ない)。

 男性の単独世帯の貧困率も37.1%と高い。

 唐鎌はこう述べる。

公的年金制度等の社会保障制度が存在する先進工業国で、これほどまでに高齢者の貧困が放置されている国は日本だけであろう。(同誌p.176)

 生活保護を受給しているのは、高齢世帯全体の13%であり、87%は漏れている。

 ここでも唐鎌は、

漏救率がこれほど高い先進工業国は日本以外には存在しない。(同p.177)

と辛辣である。

 貧困率が非常に低いのは三世代世帯だ。つまり子どもや孫に引き取られて暮らしている高齢者は貧困に陥っていない。このことを踏まえて唐鎌は、

日本の年金制度は個人単位の支給制度でありながらも、すべての高齢者個人を守り切ることはできておらず、世代的再生産の「順調」な世帯にいる高齢者の老後を保障するに足る性格のものでしかないことが判明する。「家」の順調な存続に組み込まれた高齢者は貧困に陥りにくいということである。…日本の現行公的年金制度は依然として「家」と「家族」の存続を前提とする家族内扶養の優越という後進性を色濃く反映した制度なのではないか。(同p.179)

と指摘する。子どもがどのようなライフスタイルを送るか、あるいは親がどういう生活を送るかを自由にさせてくれない。子どもが親の面倒を見る、という前提で年金が組まれている。

 早い話、年金が少なすぎるのである。

 特に単身で生きようと思えば年金だけで生活することはできない。

 唐鎌はこの後、総務省の「家計調査年報」のデータを使って、収支差をえぐり出していく。

 高齢単身無職世帯では、実収入を100として家計赤字率は13.6にもなる。収入はほとんど社会保障給付、つまり年金しかない。

公的年金給付に若干の資産収入や仕送り金を足した実収入では毎月の生活を送ることができない現状が示されている。…預貯金の取り崩しやクレジット購入による支払いの先送り、借金等でやり繰りしなければならない単身高齢者の金銭事情が窺える。(同p.180)

 高齢夫婦無職世帯も同じようなものなのだが、次のような特徴を挙げている。

しかし最も大きく異なる点は、可処分所得の対実収入比が高齢単身無職世帯よりも一段と低い点である。これは高齢夫婦無職世帯に課せられている非消費支出(公租公課負担)がかなり重いことを物語っている。…年収二七〇万前後の無職の高齢夫婦世帯に一五%近い税・社会保険料負担を課し、その可処分所得を保護基準スレスレ(年収二二六万円)にまで低下させることは、高齢者政策として理にかなうことであろうか。「世代間の公平」を政策の指針に置くあまり、高齢者世帯への風当たりを強くしすぎているのではないか。(同p.182)

 自民・公明政権は「全世代型社会保障」などと称してあたかも従来の社会保障が高齢者に手厚かったかのような印象を振りまいているが、高齢者にも若者にも冷たかっただけなのである。唐鎌の指摘するように、世代間の負担と給付の問題にすり替えることで、社会保障に対する国家および企業の負担責任というテーマは消えてなくなってしまう。

 高齢者と現役・若者世代との間に分断を持ち込む企てを許さず、本当の意味での全世代にわたる普遍的なベーシックサービスをつくらせることが必要だ。例えば居住で言えば公的住宅建設、家賃補助、住宅手当の支給などである。

 とはいえ、「年金」はすべての世代がやがて通る道ではある。

 「働けばいいじゃん」という戦慄すべき「対案」も聞こえてくるが、75歳の後期高齢者にさらなる就労を促すことは地獄のような選択肢というほかない。「高齢者就労促進政策は、政府の年金原資の節約に利用されている」(唐鎌p.178)。

 

やはり老後は、公的年金だけで「望ましい生活」を送れるようにすることが年金政策の基本に据えられなければならない。ゴールなき就労は高齢者の心身を荒廃させる。…高齢になればなるほど就労機会は乏しくなっていく現実を踏まえるならば、後期高齢者の貧困は就労促進政策では防止できない。後期高齢者加給年金」のような仕組みを新たに導入するよりほか、単身後期高齢者の貧困を防止する手立てはない。(同前)

 

余談

 唐鎌論文を読んでいて、2点ほど気がついたことを。と言っても単なるメモのようなものだが。

 一つは、高齢単身無職世帯の持ち家率がおかしいという話。家計調査では2002年から2019年までに持ち家率が72%から84%まで急上昇しているのだが、そのような事情はその間なかった。調査対象が単に相対的に余裕のある層に偏ってきているのではないかという疑惑だ。現に、「高齢社会白書」(内閣府)の方の調査では高齢単身者の持ち家率は65%であり、18ポイントも開きがあるのだ。統計をいじっているのではないか? と疑いたくなる。

 もう一つは、唐鎌が紹介している本、ロバート&エドワード・スキデルスキー『じゅうぶん豊かで、貧しい社会 理念なき資本主義の末路』(ちくま学芸文庫)は大変面白そうであり、すぐに買った。どこかで感想を書きたいと思う。