『西村賢太対話集』

 「長い休み」はまだ終わらない。いつ終わるともしれない。なんの見通しもなく、いつ終わるのか聞いてもその返事さえない。

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 なんのための時間なのかさえ、具体的に示されない。

 治療と投薬へ追い込まれ、ぼくの精神が蝕まれていく。

 そうすれば音を上げるだろうと思っているのだろうか。スターリン時代のNKVDのように。

 

 高村光太郎の「ぼろぼろな駝鳥」が思い出される。

何が面白くて駝鳥を飼うのだ。
動物園の四坪半のぬかるみの中では、
脚が大股過ぎるぢゃないか。
頚があんまり長過ぎるぢゃないか。
雪の降る国にこれでは羽がぼろぼろ過ぎるぢゃないか。
腹がへるから堅パンも喰ふだらうが、
駝鳥の眼は遠くばかり見てゐるぢゃないか。
身も世もない様に燃えてゐるぢゃないか。
瑠璃色の風が今にも吹いて来るのを待ちかまへてゐるぢゃないか。
あの小さな素朴な頭が無辺大の夢で逆まいてゐるぢゃないか。
これはもう駝鳥ぢゃないぢゃないか。
人間よ、
もう止せ、こんな事は。

 中学生で読んだときは「なんだこの詩は。動物愛護の詩か。高村光太郎はあえかなる駝鳥の身を思って詠んだのか」とぼんやり思っていたのだ。優等生だったぼくは国語の授業でそんなような感想を言った記憶がある。

 しかし50を超えて再読すると、びっくりするほど切実に読める。言葉の意味するものが自分とはぴったり重ならなくても胸を打つってあるんだなあと思うのだった。別の状況の人には、別の形で心を打つこともあるんだろう。詩っていうのは、もっと自由なもんだったのだ。

これは駝鳥ではなくエミュー。自転車旅行中にエミュー養殖場に出会う。

 詩の面白さを理解しない・してこなかったぼくは、まるで朝吹真理子と対談している西村賢太だ。

 

朝吹 〔中略〕西村さんは、詩とかお書きにならないんですか。

西村 いやぁ、僕は詩はダメですね。決して嫌いというわけじゃないんですがね。でも詩人の方には失礼だけど、小説を書いていると、そういう詩みたいなのを書くっていうのが、言葉は悪いけど、ちょっとバカバカしくはならないですか。

朝吹 ……ン? ウーン。どうなんだろう。

西村 だって、あまりにも約めすぎだし、どう言ったらいいのかな。「ずいぶんと楽なことを、しかつめらしくやっていらっしゃいますね」ぐらいに思っちゃうんですけどね。朝吹さんは小説を書かれながら詩にも理解がおありで、たとえば『流跡』は長文詩みたなところがありますよね、もちろん、いい意味で。でも、『きことわ』みたいにストーリー性のあるものを書かれると、詩にはもう、バカバカしてく戻れなくなるんじゃないかという気がするんですけれど。(『西村賢太対話集』p.151)

 

 失礼だな、と思いつつも直截すぎて笑ってしまう。

 ぼくが今おかれている状態は、しかしそうは言っても監獄ではないので、自分で生活のリズムをつくり、心身を侵されないように自分で努力するしかない。

 時には、自転車で何百キロも遠くに出かけたりする。


 自転車で一日どこまでいけるかわからないので、ホテルもあらかじめ取れず、宿がないとラブホに泊まったりする。

 ここはどこだ。という田舎に来る。

 そのような場所で公立の図書館に入ると、廃棄本を無料で持っていってもよい、というコーナーがあったりする。

 古い推理小説やノウハウ本に混じって、『西村賢太対話集』(新潮社)はおいてあった。それをもらって、自転車をこぐ休憩時間などで読んだりした。憂き世を忘れて楽しい時間である。

「除籍図書」の刻印。除籍…。

 石原慎太郎との対談では、石原の第一声がいかにも石原である。

石原 君の受賞作第一作は駄目だな。面白くないよ。

西村 石原さんが「寒灯」(『新潮』二〇一一年五月号掲載)を読んでくださったというのは驚きです。いや、失礼しました。有り難い御言葉です。

石原 俺は君の熱心な読書のひとりで、非常に期待してたんだ。受賞前の、借金地獄の話は実に面白かったけどね。

西村 「小銭をかぞえる」ですね。いやぁ……あんなものを読んでいただけたとは。

石原 あれを推したの、僕だけじゃないかな。(前掲p.115)

 西村は対談者によって調子がかわる印象があり、石原の前ではやっぱりペコペコしている。そういう通俗さがいかにも西村のイメージ通りである。

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 島田雅彦と、芥川賞を同時に受賞した朝吹・西村の鼎談は、西村と朝吹が堅苦しい挨拶を交わすので、島田が

お二人とももっとリラックスして話されたほうがいいです。そういう余所行きの挨拶はもうやめましょう(笑)。(前掲p.46)

などと叱る。

 その時、島田が二人の会話を促すために持ち出したエピソードが面白かった。

島田 こういう同時受賞とかでもない限り、人生のなかですれ違いようのないお二人でしょ。昔、そういう人同士を、あえて選んで対談させる「異色対談」という企画が「11PM」というテレビ番組であったんです(笑)。その中で私が覚えているのは、ボクサーの輪島功一と詩人の金子光晴の回ですね。金子光晴はボクシングになんか何の興味もない。輪島功一も詩なんか読んだことがない。そんな二人がテレビで対談する。しかも放っておかれるので、お互いがお互いのインタビュアーになるしかないんですね。そのなかで恐る恐る、「普段、何時頃起きるんですか」とか「好物は何ですか」とか、そんな話から始めていくわけです。それがすごくおかしくてね。だから、お二人もまずそういうふうに話せばいいんじゃないですか(笑)。

朝吹・西村 ………(笑)

 お見合いかよ、とツッコミを入れたくなる光景を、純朴そうな輪島功一と強面の金子光晴がぎこちなく演じているのかと思うと、可笑しくてたまらない。