(一部訂正)石井拓児「子育て・若者支援と高学費・奨学金を変える」

日本共産党の政策について今年6月に発表された政策を加え、訂正しました。ご指摘ありがとうございます)

 「前衛」2023年8月号の特集「『異次元の少子化対策』を問う」、石井拓児(名古屋大学教授)インタビュー「子育て・若者支援と高学費・奨学金を変える」を読む。

 

 

 大変触発された。

 

奨学金返済帳消しを政策課題に

 それはいくつかあるのだが、最大の点はラストにある「最後に若者とともに、この問題をどう議論し、向き合っていけばいいのかについてお願いします」というインタビュアーの問いへの答えだ。

高い授業料で困っている学生や大学院生、奨学金の返済で厳しい生活が続いている若い労働者、借金が膨らんで将来展望が見えなくなってしまっている人など、困っている層はこの社会にかなり分厚く存在しています。「授業料無償化+給付型奨学金創設」という政策スローガンは、すでに多額の借金を借りている学生・院生・専門学校生、あるいは、すでに返済をスタートさせている若者労働者には全く恩恵のない政策になってしまいます。「授業料無償化+給付型奨学金創設奨学金返済帳消し」という運動でなくてはなりません。私がアメリカの事例を調べていて強く感じているところです。(p.57、強調引用者、以下同じ)

 これは、本当にそう思う。

 「前衛」は日本共産党中央委員会の理論誌である。当の共産党奨学金返済政策はどうなっているか。(2023.7.13訂正)

高等教育(大学・短大・専門学校)の無償化へ――ただちに学費・奨学金返済を半額にし、計画的に無償化をすすめていく│教育費負担・教育条件│日本共産党の政策│日本共産党中央委員会

 

3、貸与奨学金の返済を半分に減らします

 10兆円もの借金返済は、若い世代の生活に重くのしかかっています。奨学金返済中の人への調査で、「返済が生活設計」に「影響している」は、「出産・子育て」で3割、「結婚」で4割弱、「日常的な食事」が4割強、「医療機関の受診」が3割強など、奨学金返済が結婚や子育てをはじめ生活設計の重荷となり、「子どもの教育費が心配」が8割を超えるなど将来不安も増大させています(労働者福祉中央協議会の調査)。

 アメリカでは、バイデン政権が連邦政府の学生ローンの借り手に1人あたり1万ドル(約137万円)の返済を免除することを決めました(年収約1700万円以下を対象)。日本も、国の貧困な政治のもとで起きた若い世代が背負っている巨額の借金=貸与奨学金の返済軽減へ、政府が決断するときです。

 貸与奨学金の総貸付残高10兆円の半分を国が拠出して減額します。一人ひとりの減額は半分を基本に、年収や残高を勘案して不公平感が起きないようにします。あわせて、返還中を含め、すべての貸与奨学金を無利子にします。残った貸与奨学金は所得に応じた返済制度に切り替えます。

 石井の提唱は「借金帳消し」であるが、共産党の政策は「貸与奨学金の返済を半分に」となっている。これは2023年6月の政策で共産党が初めて打ち出したもので、それ以前の負担軽減策に比べるとかなり踏み込んだ。ただ、すぐに「帳消し」という政策ではない。

(ちなみに授業料無償化についていうと、共産党の政策は「学費無償化をめざし直ちに半額に」でありこちらは無償化へのステップとして位置づけられている。)

共産党が呼びかけている奨学金返済の半額免除を求める署名

学費高すぎ 聞き入る学生/高等教育無償化へ署名・宣伝/田村副委員長ら訴え/東京・上智大学前

 

 「前衛」には共産党の政策とは違う学者の意見も載る(それどころか「しんぶん赤旗」でも同断である)。これを載せたからすぐどうというわけではないが、探求の課題の一つだとは思っているのであろう。財源などの関係で責任をもって打ち出すのをためらっているのかもしれない。

 しかし、それは政権を担う可能性もある政党の政策の話である。

 共産党とは別の運動団体、例えば民青のような組織は、こうした「借金帳消し」について真剣に掲げ、運動にする必要があるかもしれない(まあ、もちろんその団体が決めることだけど)。

 この点で、石井は、「若年層の人々との徹底的な対話」を呼びかける。

そのために、第一に、日々の生活に困っている若年層の人々との徹底的な対話やアンケート活動に取り組むこと、そしてそれを相談活動につなげていくことが大事になるのではないでしょうか。(p.57-58)

 

 石井は、自殺統計に「奨学金の返済苦」という項目が設けられたことを紹介した上で、次のような指摘をする。

じつは、私が気になっているのは、過労死・過労自殺です。奨学金の返済がスタートすると、いったん就職した会社を辞めるのはかなり難しいということです。(p.58)

 そして、これがいわゆる「ブラック企業」での過酷な働き方やハラスメントに「がまん」をさせる温床になっていると石井は考える。石井は電通過労自殺事件の犠牲者・高橋まつりの母親に会った時の話を紹介する。

私が、まつりさんは多額の奨学金を借りておられたのではないか、その返済がスタートしていたのではないか、ということをおたずねしましたところ、お母様はその通りですと仰っていました。驚いたことに、まつりさんの返済を、いまはお母様が肩代わりされています。(p.58)

 石井は、そこで国による奨学金返済の帳消しだけでなく、自治体による積極的な軽減策についても提案する。その一例としてあげるのは、地方移住での奨学金返済肩代わりである。都道府県で27、市区町村で67くらいあるという。

 実は、福岡市にもこの仕組みは一部あって、保育士の場合は返済支援が受けられるのである。

hoikushinavi.city.fukuoka.lg.jp

 

 石井は、事業主が負担するケースについても述べている。

 そして、こう呼びかける。

自治体運動・労働運動・教職員組合運動・学生/大学院生運動・科学者運動、あらゆる場面で奨学金返済に困っている若手の労働者、研究者、教員、職員はいないか、アンケートや相談活動を進めていただきたいと思います。そして、奨学金返済帳消しの制度実現に向けて、事業者や自治体に制度導入をいっしょに交渉していく仲間になろうと呼び掛けてほしいのです。自治体や事業者の施策に比べて国の「少子化対策」がいかに貧しいのかが浮き彫りになるに違いありません。(p.59)

 

アメリカの授業料事情

 もう一つは、世界の大学授業料についてである。

 実はこのインタビューを読む以前にも、教育費の問題を考える上で石井が講演した動画をずいぶん参考にさせてもらった(今もう動画が探しても見当たらないのだが)。

www.jcp-aichi.jp

 その時に語った内容の一部を、今回の「前衛」インタビューの中でも、石井は紹介している。

 あらためて読んだわけだが、「アメリカの大学授業料は高い」という命題を「誤解」だと述べているくだりが、参考になる。これはアキ・ロバーツ『アメリカの大学の裏側』(朝日新書)の情報を紹介したものだが、石井自身も詳しい情報を「経済」2022年10月号に書いている。

 

 

 簡単に言えば、アメリカの大学の授業料はしばしば「店頭表示価格(スティッカー・プライス)」で報じられているが、現実には返済不要の奨学金、大学独自の割引、教科書給付、食事・住宅の給付の組み合わせで実際の授業料(純授業料、ネット・テュイション)が決まっているのだという。

例えばハーバードでは、アメリカの平均世帯所得が五万ドル前後であるのに六万五千ドルを低所得の基準としていて、それ以下の世帯所得の学生の大学生活にかかる費用は、授業料も含めて全部カバーしてくれる。一五万ドルまでの世帯所得の学生にも、大学生活にかかる費用の九〇%以上を大学が補助してくれる。(アキ・ロバーツ『アメリカの大学の裏側』朝日新書、p.119-120)

 額面通りの授業料を支払っているのは年収1600〜1700万円(15万ドル)以上ということなのだ。

 他にもアメリカの給付制奨学金公立大学の授業料実質無償化などを紹介し、それでも返済型の奨学金(学生ローン)を借りねばならないという米国の事情が書いてある。

 この後に、ヨーロッパを含めた先進国の学費事情も語られている。

 

義務教育無償化の範囲

 あと、個人的に参考になったのが、日本の憲法における義務教育無償の考え方の範囲だ。「授業料無償」が有権的解釈とされているのは知られているが、教材費、制服・体操服代、給食費・修学旅行代、筆記用具や学習ノートなど学校の通うための必要な教育費全体について、

私たち研究者は、「授業料無償」に加え、こうした学校の通うための必要な教育費も無償にすべきと考えてきました。これを「修学費無償」説といい、いまや教育法研究ではこれが通説的見解となっています。(p.53)

と述べている点には注目した。

 さらに、「世界の流れはもっと前進しているように私には見えます」として、通学手段や交通費も措置すべきという考え方(教育費完全無償説)が登場しているという。

 大学生の交通費、高校生の交通費はバカにならない。小学校・中学校でも学校統廃合などで過重な交通費負担を強いられている地域もある。

 ああ、こういうことをなんとか現実の政治の流れの中に持ってこられないものだろうか。やはり出発点は運動しかないと思う。