村上春樹『女のいない男たち』

 リモート読書会でやった村上春樹『女のいない男たち』。

 感想をメモっていて、それをどうにか形にしようと思ったんだけど、どうにも形にならないまま日が過ぎてしまった。だから、このまま埋もれてしまうのは少々もったいない気がして、本当にメモみたいなものだけどアップしておく。

 ぼくにとっては、村上春樹の小説はたぶん初体験。読んだとしても昔々過ぎてもう忘れてしまったからだ。

 だから、村上春樹をたくさん読んでいる人には「なんだ今更」とか思うこともあるだろうし、「いや、それは違う」と思うこともあるだろうけど。

 

 うん、文体や会話がおしゃれだね。

 こういう会話をしてみたいと思った。

 鴎外や漱石を読んだ時は「朗読をしたい」なと思ったけど、そういう「朗読をしたい」と思えるような文章ではない。でもリアルの会話はこんな感じで言いたいと思った。

 一番おしゃれだと思ったのは、いくつかの短編の返事で「もちろん」と答えるのがおしゃれだった。

  • 「ひとつ質問していいですか」「もちろん」(ドライブ・マイ・カー)
  • 「ねえ、谷村くんにちょっと相談があるんだけど。聞いてくれる?」 「もちろん」と僕は言った。そして、やれやれ、困ったことになりそうだなと思った。(イエスタディ)
  • 「キスをしたら、そのもっと先に行きたがるものよね」「普通はまあそうだけど」「あなたの場合もそうだった」「もちろん」(イエスタディ)
  • 「君はそこで何かを考えていたんだ」「もちろん」(シェエラザード
  • 「ひょっとして君は、胎内にいたときのことを思い出せるの?」「もちろん」とシェエラザードはこともなげに言った。(シェエラザード

 

 小道具的な名刺がおしゃれ。

二人組はテーブル席で、オー・メドックボルドーの一地域の名前)のボトルを飲んでいた。彼らは店に入ってくると紙袋からワインの瓶を取り出し、「コルク・フィーとして五千円払うから、これをここで飲んでかまわないか?」と言った。前例のないことだったが、断る理由もなかったので、いいですよと木野は言った。(木野)

 「持ち込み料」じゃなくて、「コルク・フィー」ってかっこよくない?

 すらっと出したいね。飲み屋とかで。

 「ここで飲んでいい? もちこ…じゃなくて、ほら、なんだっけ、アレ、なんとかフィー…持ち込んでお金…そう、そう! コルク・フィー!」とかにならないようにしたい。練習したい。

 短編「木野」に出てくるこのヤクザっぽい男たちとカミタとの絡みもおしゃれですよね。声を荒げた乱暴なセリフじゃないのに、おしゃれに粗野な感じが伝わる。オシャレな粗野。

 

 逢坂冬馬『同志少女よ敵を撃て』を読んだとき、情景描写やセリフがすごくラノベみたい、って思った。雰囲気を一生懸命作ろうとしてしているんだけど、なかなか生硬さな抜けない。『同志少女よ…』の良さはそこじゃないところなんだけど、そこではあまりうまくいってないよな、ということが、なぜだかこの村上のオシャレ感創出の成功を味わいながら感じた。

そうね、と母は優しい顔で笑った。「昔あなたが好きだった演劇のように」「うん。戦争が終わったら、必ず外交官としてドイツとソ連の仲を良くするの」(『同志少女よ敵を撃て』)

いつもあの場所へ行くと、アントーノフおじさんが薪を割る音が聞こえる。その奥さんで、小麦粉を運ぶナターリヤさんは、必ず手を振ってくれる。昔、町で調理人をしていたゲンナジーさんは獲物を上手に捌いて、肉の部位と毛皮をつくってくれる。ミハイルの妹エレーナは、その肉をあげると、お返しに、町で男の子にもらった甘いお菓子を分けてくれる。(『同志少女よ敵を撃て』)

 

 

 短編「女のいない男たち」はさっぱりわからなかった。意味不明だ。

 

 短編「ドライブ・マイ・カー」におけるドライバーの渡利みさきのぶっきらぼうさがとても良い。

 これは映画で三浦透子が演じていたぶっきらぼうさがちょうどよくハマっていた。つっけんどんではなく、実務的で必要なこと以外は喋らない感じ。それが染み出して話し始める感じが確かに好き。

「みさきは平仮名です。もし必要なら履歴書を用意しますが」、彼女は挑戦的に聞こえなくもない口調でそう言った。家福は首を振った。「今のところ履歴書までは必要ない。マニュアル・シフトは運転できるよね?」「マニュアル・シフトは好きです」と彼女は冷ややかな声で言った。まるで筋金入りの菜食主義者がレタスは食べられるかと質問されたときのように。「古い車だから、ナビもついていないけど」「必要ありません。しばらく宅配便の仕事をしていました。都内の地理は頭に入っています」「じゃあ試しにこのあたりを少し運転してくれないかな?天気が良いから屋根は開けていこう」「どこに行きますか?」  村上春樹. 女のいない男たち (Japanese Edition) (pp.18-19). Kindle 版.

「とくにありません」。彼女は眼を細め、ゆっくり息を吸い込みながらシフトダウンをした。そして言った。「この車が気に入ったから」そのあとの時間を二人は無言のうちに送った。修理工場に戻り、家福は大場を脇に呼んで「彼女を雇うことにするよ」と告げた。  村上春樹. 女のいない男たち (Japanese Edition) (p.23). Kindle 版.

 

 この短編集には、セックスってどこでも出てくる。それなのにあまり本質的じゃないように描かれるのは一体どうしてなのか。そんなことないだろ。こんなに頻繁に出てくるくせに。

セックスはあくまでその延長線上にある「もうひとつのお楽しみ」に過ぎず、それ自体が究極の目的ではない。  (Japanese Edition) (p.105). Kindle 版.

彼女たちと親密な時間を共有できなくなってしまうことかもしれない。女を失うとは結局のところそういうことなのだ。現実の中に組み込まれていながら、それでいて現実を無効化してくれる特殊な時間、それが彼女たちが提供してくれるものだった。

二人の飲み方には性行為を連想させるものがあった。

 いろんなマンガでも、結局セックスって大層なものでも本質的なものでもないように描かれることが多いんだけど、そうかなといつも思う。セックスって人生の一大事だよ。