不破哲三『激動の世界はどこに向かうか』ノート

 先日『資本論』について講師を務める機会があった。

 その時、社会民主主義政党の見方やヨーロッパの到達の見方について質問があった。

 ぼくなりの答えをその時はしておいたけど、以下は日本共産党の幹部の一人である不破哲三はどのように見ているか、ということを知る上で役にたつだろう。

 

激動の世界はどこに向かうか―日中理論会談の報告

激動の世界はどこに向かうか―日中理論会談の報告

  • 作者:不破 哲三
  • 発売日: 2009/09/01
  • メディア: 単行本
 

 

 不破哲三『激動の世界はどこに向かうか 日中理論会談の報告』(新日本出版社、2009年)についてのメモ。強調は引用者=紙屋。

第二の反独占民主主義の内容を、党綱領では、「ルールなき資本主義」の現状を打破し、国民の生活と権利を守る「ルールある経済社会」の実現が柱だとしています。…この目標は、ヨーロッパではかなりの程度まで実現していることで、資本主義の枠内で実現可能であることが、すでに証明ずみだといえますが、ヨーロッパが資本主義政権のもとでこれを実現してきたのに対し、日本ではそれを、革命の課題として、人民の政権、国民を代表する民主的政権のもとで実現しようと言うわけです。ここでは、同じような形の「ルールある経済社会」であっても、当然、より根本的に、より合理的に、より徹底した内容で実施できるはずです。(p.130-131)

 つまり、現在のヨーロッパの現状を、日本共産党が民主主義革命としてめざしている「ルールある経済社会」が「かなりの程度まで実現している」と見ている。

 

もう一つは、その西ヨーロッパで、とくに七〇年代以後に、「ルールある経済社会」を形成する過程がすすんできた、という条件です。多くの国で、「ルールある経済社会」づくりの担い手となったのは、社会民主主義の政党でした共産党は、これを作る原動力である労働者・人民の闘争では大きな役割を果たしたはずですが、その闘争を背景に、その成果を「社会のルール」化する仕事は主に社会民主主義の政党がにない共産党の方は、受け身の立場にとどまったようです。(不破同前p.134)

 この「ルールある経済社会」形成の担い手を、社会民主主義政党の政権の仕事の結果だと見ている。共産党はその背景となる闘争には貢献したが、政治として実現するという点では主体的な位置を占めなかったと見ている。

 

社会民主党は、ヨーロッパの現在の「ルールある経済社会」をつくる上では、政権党として一定の役割を果たしました。最大の問題は、社会民主党にとってはこれが終着駅であって、それから先の目標も展望もないのが社会民主主義だという点です。つまり、資本主義の改革で“事終われり”になるという党だということです。(不破同前p.150)

 

 「じゃあ、社会民主主義の政党でもいいのでは?」という疑問が生じる。

 一つは、資本主義の枠内で終わりが社会民主主義で、それを越えた社会を展望するのがマルクス主義だという規定。もう一つは、二つ前の引用にあるように、同じ資本主義の枠内での革命であっても「より根本的に、より合理的に、より徹底した内容で実施」できるとする。

 

しかし、マルクスは、パリ・コミューンの意義と業績を評価するとき、そこで活動した指導的メンバーの顔ぶれなどを問題にしませんでした。…このマルクスの態度には、マルクス主義者やその党が指導しないかぎり、革命はありえないとか、社会主義の意義ある前進は起こらないなどといった独断的な前提は、みじんも見られません。…私たちがいま生きている時代は、マルクスの時代よりも、もっと激動的な時代です。共産党がいないところでも新しい革命が生まれうるし、科学的社会主義の知識がなくても、自分の実際の体験と世界の動きのなかから、さまざまな人びとが新しい社会の探求にのりだしうる時代です。(不破同前p.156-157)

 この不破の発言には、ラテン・アメリカの社会主義を標榜する政権の経験が反映しているが、それらはその後複雑な結果で終わっている。しかし、パリ・コミューンから議論を起こしているように、もともとマルクス主義を掲げる政党が入っているから革命が起きるとか起きないとかいう問題ではないと見ていることがわかる。

 

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 このように不破は、ヨーロッパで、日本が革命によって目指すべきであるような「ルールある経済社会」が形成されているとみなしている。ではなぜ日本でそれが形成されてこなかったのか、ということについて不破は次のように述べている。*1

まず第一に、日本は、一九四五年の戦争集結まで、労働者・人民の権利がまったく抑圧された、専制政治が支配する社会でした。…世界の資本主義が、「社会的ルール」の確立と発展の二つの節目——十月革命と人民戦線——を経験した時期に、日本社会が、国民の権利を圧殺する戦争と暗黒の道をひたすら突き進んでいたという歴史は、現在にたいへん大きな影響を残しています。(不破p.102)

 国民が運動で勝ち取ったという貴重な経験を、日本は戦前してこなかった、というわけである。

 では戦後はどうか。

戦争が終結して、日本に「民主化」の時代が始まりましたが、この民主主義は、自分の身につくまでにはかなり時間がかかりました。…その後れた状態を突破する使命をもっていたのが、戦後再建された労働組合運動の任務でしたが、戦後の日本は、アメリカの占領体制の支配下にあり、戦後の社会的激変のなかで発展した階級的な労働組合の運動は、占領軍の強圧でつぶされました。(不破p.103)

 不破のこの論建ては、「占領軍のお仕着せ民主主義だ」とまでは言っていないが、戦後の民主主義も国民が「自分の身につくまでにはかなり時間がかか」ったというものだ。しかも、階級的労働運動が弾圧され、闘争によって経済社会改革が進められるという道は困難なものになったという。

 そしてもう一つの理由をあげる。

日本社会の労資関係で、「社会的ルール」のこの後れをなにが補っていたのか、というと、日本独特の「生涯雇用」の制度が、一定の役割を果たしました。…これは、企業単位の労資強調主義の基盤になりましたが、日本資本主義の「社会的ルール」の弱さを、ある程度おぎなう役割を果たしていました。(不破p.104)

 もともとルールが弱い上に、そのルールが新自由主義のもとで崩され、さらにこの企業単位の制度も一掃されたために、ますます「ルールなき資本主義」になった、というのが不破の説明である。

 

 こうした説明に異論がある人もいよう。

 まあ、それはそれである。

 何れにせよ、「日本共産党の幹部である不破はこう考えているのか」という参考になればと思い、ノート的に記した。

*1:これらは同じ共産党の幹部・志位和夫も『綱領教室』で述べている。