ふせでぃ『明日、世界が滅びるかもなので、本日は帰りません。』

(以下、ネタバレがあります)

 

  派遣で働く28歳のアキの物語。

 彼女は自分なりの幸せをつかめないまま、労働においては派遣、生活においては恋人に振られてからセフレとのだらしない関係を続ける日々を綴っている。

 

一読め

 ワクワクしながらまず一読してしまったのはなぜだろうと思ったのだが、明らかに「セフレを持っているアラサー女性」という設定に性的な眼差しを送りながら読んでいたせいだろう。終盤に「男運のない人間だ」と自分をあきらめた後、辻春馬という年下の同じ会社の社員と知り合って、やがて恋に落ちるくだりは、職場において恋愛を成就させる緊張感の中、受け入れてもらえたという男性(春馬)目線で読んでウキウキした。要は、一読めは徹頭徹尾アキという女性と結ばれたい(性的な欲望を遂げたい)という一心で読んでいたのである。

 

 作者のふせでぃは、『君の腕の中は世界一あたたかい場所』でも『今日が地獄になるかは君次第だけど救ってくれるのも君だから』でも、男性に思いっきり依存しかかる不安定な女性の心情を切り取ることがまことに見事で、そちらを読んでいる最中、ぼくは決してそうした女性に性的視線を送れない。「重い…」という気持ちが先に立って、描かれている女性を観察対象のように客観的に見てしまうからである。

 

君の腕の中は世界一あたたかい場所

君の腕の中は世界一あたたかい場所

  • 作者:ふせでぃ
  • 発売日: 2018/02/02
  • メディア: 単行本
 

 

 

 しかし、本作の主人公アキは不安定とは言っても上記2作に出てくる中野ちゃんや荻窪ちゃんほどではない。そのさじ加減なのだろう。

 ともあれそのような視線で一読めを終えた。

 

 

二読、三読め

 性的な視線を残したまま、二読、三読する。

 冒頭にあるように、本作はアキがどうすれば自分は幸せになれるかを模索するテーマになっている。そして、アキにとっての幸せは恋愛の成就であり、しかも「たった一人の人のそばにずっと居続けられる」という驚くほど古典的なそれなのだ。作者が「あとがき」で

このお話では、アキちゃんにとっての幸せが愛し愛されることだったので、恋愛での幸せを描きました。でも、私は人間にとって恋愛がうまくいくことが一番の幸せだとは思っていません。

とことわっている。こういうテーマにしたからといってこれが作者の主張・追求テーマではありませんよということである。

 どうしたら幸せになれるか、という問題設定から問い返せば、アキの恋愛観はいかにも狭すぎる

 「明日、世界が滅びるかもなので、本日は帰りません」というタイトル。あるいは「もし今地球がなくなってもきっと後悔しないだろうな 元カレが私抜きで幸せになってる世界なんて」というセリフ。台風で「命を守る行動を」というテレビの警告は「他人事」に映り恋人がそれを「地球がやばい」と形容するのを否定しつつも嬉しく受け止めるその感情。傷つきたくないがゆえに誰とも心を開きたくないという恋愛観——アキにとって「私」もしくは「私の恋愛」は世界そのものなのである。「セカイ系」の懐かしいテーゼに似ている。

 アキは一度恋愛を捨てようとした。新しいことを始めることで「心がスッキリ」しようとしていたのである。

 しかし、やはりアキにとっては恋愛が幸せだったのだ。

 ただし、その恋愛の質が変わっている。

 もともと本作の中でアキは

いろんな人を味見したいなんて思わない

ただひとりの人と一生愛し合っていたいだけ

 とつぶやいている。それがアキにとっての恋愛だった。

 しかし、春馬にめぐりあったアキは、「一緒にいたい」という気持ちだけでよくて、その同じ気持ちの人にめぐり合うこと自体が幸せだったのだ、これからも一生愛してくれとかそんなことではないんだと考えを変えたように思える。

 タイトル「明日、世界が滅びるかもなので、本日は帰りません」は、これから「一生」どうなるかなどではなくて、今この瞬間に一緒にいたいと思えるかどうかが大事だという意味に取れる。

 中学生とか高校生ならともかく、アラサーのふたり、そのうち女性の方は派遣という実に不安定な身分じゃねーのか、大丈夫なのかとオトナな人たちは心配する。ぼくもその一味である。

 しかし、アキは「今この瞬間」の「一緒にいたい気持ち」こそ何よりも尊いものなのだと主張するに違いない。その無謀とも言える一面性が美しいのだという、これまた古典的な恋愛賛美がここにはある。

 

 うむ、例えばこれが恋愛の一瞬のきらめきを謳ったものであればどんなに偏っていようがその極端きわまる主張は本当に美しいのだろうけども、本作は「どうしたら幸せになれるか」という人生における長いレンジでの問題設定をしてしまっている。それゆえに、結婚するにせよしないにせよ、もし春馬との恋愛感情が終わってしまったらどうなるのであろうか。

 別れてまた「一緒にいたい同じ気持ち」の人を探すのがアキにとっての幸せなのだろうか。それは「ハッピーマニア」ではないのか。

 アキは幸せになるために恋愛から逃れるべきである。

 

 繰り返しになるが、作者はもともと恋愛の中での、ある不安定で行き詰った感情を切り取ってデフォルメして見せることが大変に見事な作家である。その切り取りを今度は「どうしたら幸せになれるか」などという人生の尺の中においてしまうところに本作の「怖さ」がある。

 アキはきっと幸せになれない、と冷水を浴びせておきたい。