『国語 六 創造』『武器になる知的教養 西洋美術鑑賞』

 前回、小6の娘の国語の教科書の話を記事にしたんだが、続きである。

 高畑勲「『鳥獣戯画』を読む」の後には、「この絵、私はこう見る」という節がある。今娘はここをやっている。

 

 「『鳥獣戯画』を読む」では、筆者は、さまざまな表現を用いて、私たちに『鳥獣戯画』のみりょくを伝えていました。

 みなさんも、絵を見て、読み取ったことや感じたことを伝える文章を書きましょう。(『国語 六 創造』光村図書、p.147)

 

 しかし、ぼくからみて「えー…?」と思うような中身なのである。

 

 まず、「絵を見て」というその「絵」がアンリ・ルソーの「猿のいる熱帯の森」なのだ。

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 教科書は、「絵を見て、読み取ったことや感じたことを書き出そう」という課題を出している。

 読み取ったことの例として、

  • 猿がたくさんいる。
  • 花がさいている。

 感じたことの例として、

  • 楽しそうに遊んでいるように見える。
  • ジャングルだから、とても暑いのだろう。

などが出されている。

 「楽しそうに遊んでいる」?

 「ジャングルだから、とても暑い」?

 いやー……そうは見えないけどなあ。

 そして、読み取ったことの、何というか、つまらなさが伝わってくる。

 「猿がたくさんいる」「花がさいている」。

 

 この絵は、小学6年生に見せるルソーの絵としては抜群につまらない絵ではないかと思う。小学生の心を動かす要素がほとんどない。

 構図や配置も平凡さしか感じられない。

 授業ではもっと大きな絵を使うのかもしれないが、教科書の小さな絵では、ルソーの特徴である「平坦化されたシンプルな描写」が伝わらない上に、この絵の中では緊張感のある要素であるはずのヘビはとても見にくい。

 

 とっかかりようがないのである。

 

 教科書は「表現を工夫して、文章に表そう」という課題を最後に出しているのだが、ご丁寧にも「書き出しの例」まで載せている。

 

  • ぼくは、この絵は、自然の中に生きる動物の心を表しているのだと思います。
  • とても暑いジャングルの中。のんびりとつりをしているサルがいる。

 

 「正解」に近づけようという臭いだけがプンプンしている。そういう誘導をしてみても、この絵で小学生の心は動くまい。

 小学生たちにとって「近代絵画とはつまらないものだ」そして「その感想を書くのは退屈・苦痛なことだ」という観念を植え付けてしまわないか心配になる。

とにかく、子供に本を読ませたとして、感想をきいてはいけない。感想とは、本を読んだだけで、胸の内に生じるもので、しかも時間がたつにつれて育ってくるものなのだから。それをすぐさま、何かうまいことを言ってごらん、と導き出すなんて、本嫌いを育てているようなものだ。(清水義範『わが子に教える作文教室』講談社現代新書、p.134)

 

わが子に教える作文教室 (講談社現代新書)

わが子に教える作文教室 (講談社現代新書)

 

 

 ルソーの中で題材に使うとすれば「眠れるジプシー女」だと思うが、

curlchigasaki.hatenablog.com

マンガやアニメを、あるいは大量の写真や映像を見慣れてきている現代の小学生たちに近代絵画の面白さの入り口になるものを示そうと思ったら、やはりシュール・レアリスム、それもダリがいいのではないか。「目覚めの直前、柘榴のまわりを一匹の蜜蜂が飛んで生じた夢」などはどうだろう。

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 中学生の時、初めてこの絵をみて、生物を自由にデザインすることの面白さを感じた。特に後方にいる足の長いゾウに目がいった。

 ヌードが「わいせつ」だというなら(最近どこかで聞いた話だ)、有名な「記憶の固執」でもよい(娘はこれを推薦していた)。

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 シュール・レアリスムの絵画がなぜいいのか。

 例えば、フェルメールの「牛乳を注ぐ女」は「絵、うまいね!」とは思うかもしれないのだが、写真を見慣れた子どもたちには物足りないかもしれない。

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 セザンヌマティスピカソのような絵は、対象を描くというより、色・形を主観的に再構成するという革新性が理解されないといけない。それは西洋絵画の歴史とか流れの理解が必要になる。

 

 西洋絵画の歴史に触れることなく、例えばルソーの絵の革新性を歴史の中で実感するようなことではなく、それを知らずに、絵そのものから強い印象をわかりやすく引き出すものがいい。

 だとすれば、この役割を果たせるのはシュール・レアリスムの絵画なのである。

 東京藝術大学大学美術館館長の秋元雅史は次のようにいう。

 ダリのように奇妙な世界を具象的・写実的に描いた画家たちの特徴は、無意識の世界を「デペイズマン」と呼ばれる方法で具象的に描いていることです。

 デペイズマンは「異なる環境に置く」と訳されます。わかりやすくいうと、あるものが本来あるべき場所ではないところに存在したり、あるべき形状やサイズと異なる形や大きさのものを画面上に描いたりすることで新しいイメージを創り出す方法です。

 最初に驚きを与えることによって、鑑賞者のそれまでの物の見方や感じ方、常識、固定観念を白紙にさせ、新しい思考回路や新たな感覚を鑑賞者の内に新たに呼び起こさせようとすることを狙って用いられています。(秋元雅史『武器になる知的教養 西洋美術鑑賞』大和書房、p.186-187、強調は引用者)

 

 

武器になる知的教養 西洋美術鑑賞

武器になる知的教養 西洋美術鑑賞

 

 

 この章・節は、事実と感想を分けて記述させることに狙いがあるようだが、心を動かさないような題材を使うことに違和感を覚える。

 ネット上に、この章・節の授業「指導案」が転がっているが、ルソーの絵でなくてもいいよとしている指導案もある。その方がいいと思う。

関連図書として、名画を解説しながら紹介している図書を紹介し、子どもたちに解説文に触れさせたい。「この絵わたしはこう見る」では,「猿のいる熱帯の森 アンリ=ルソー」が紹介されているが、自分が選んだ絵について解説文を書くにあたり、関連図書から絵を選んで自分なりの解説文を書いてもよいことにする

http://www1.iwate-ed.jp/db/db2/sid_data/es/kokugo/esko_2015/esko2015605.pdf