「しんぶん赤旗」日曜版2019年7月28日号で今年連載している、もしくは刊行が完結した「戦争マンガ」を書評した。
以下の4作。
有間しのぶ『その女、ジルバ』は不思議な作品である。その不思議さについては、同紙の方で書いたので、ぜひ読んでほしい。
40になってデパートの売り場から「姥捨て」と言われる倉庫係に異動させられた主人公が、超高齢のホステスしかいないバーで夜のアルバイトを始める物語だ。
1巻37ページに次のようなコマがある。
「なんで生きてる限り『もうこれで大丈夫』ってことになんねえのかな?」と語る客の一人は表情を見せない。見せないことでこのセリフに普遍性が生まれる。
直接にはおそらく福島であろうが、原発事故によって年老いた両親が暮らせなくなったことが暗示されている。
しかし、このセリフは、単に原発事故だけではなく、その右下で主人公(アララ)が自分の境遇に引き寄せた共鳴をしているように、いろんなことが仮託できる。
ぼくは年金のことを直ちに思い出した。
老後のために2000万円貯める必要がある、というレポートが話題になったが、これをめぐって「年金だけで暮らせるわけないじゃないか」という意見も出た。
実際日本の高齢者の働く率は高い。
働くことは社会とつながる方法であり、好きで働く人はそれでいいのだが、働かないと生きていけないという人たちにとって、なかなか過酷なことだと思う。
前に都留民子『失業しても幸せでいられる国フランス』を紹介したことがあるが、その中に「フランス人にとって定年・リタイアは?」という節がある。
これはね、フランスの退職者に対するカードです。訳すと、こう書いてあります(一部省略)。
退職年金の時!
自由な君がいる。
自由と時間を支配する君が
自分の時間を費やす君が
フルタイム生活の君が…
いつも二十歳(はたち)
永遠の春のまっただなかの生活
風が吹くまま、時の流れに身をまかせる時…
退職・自由・ルネッサンス
君のために、すべてが再生する。
そこは、快晴! 定刻どおり、それを享受したまえ!
獲得したのだ、君は…
ずっと…
「ルトレット」って退職っていうこと、年金をもらうことになったね、おめでとうって。こういうカードをみんなが贈るんです。
カード屋さんでいろいろな種類のカードを売っています。
もっと素敵なものもいっぱいあったんですけど、みんなにあげたの。〔…中略…〕
フランスでは定年退職が非常な喜びなんです。定年後再就職なんて聞いたことがありません。日本だったら定年後どうやって暮らしていこうとか不安がいっぱいじゃないですか。〔…中略…〕
フランスでは65歳過ぎて働いているのは、1.3%しかいません。*1管理職、それも社長とか副社長、それに政治家かしら。働いていない人はみんな悠々自適ですよ。(都留前掲書p.80-83)
老後になったら、もう年金だけで悠々自適に暮らしたい、と思うことはぜいたくだろうか。 貯金が尽きる心配をしながら、働くかどうしようか迷う日本社会のことを思い、「なんで生きてる限り『もうこれで大丈夫』ってことになんねえのかな?」というセリフを噛み締めるのである。
戦前のブラジル移民の過酷な人生と、現代のアラフォー女性である主人公・アララ(笛吹新)の人生は重ならないように思える。しかし、例えば、この客のセリフ「なんで生きてる限り『もうこれで大丈夫』ってことになんねえのかな?」を媒介にして物語を見直し、人生というものを見直すと、そこに奇妙な重なりが生まれてくる。
その「妙」を味わう作品である。
*1:これは2010年の本なので、今は上記グラフのようにもう少し上がっている。