町内会に代わるものとしての公民館
これは、書評というよりも覚書、メモである。
片野親義『公民館職員の仕事 地域の未来づくりと公民館の役割』(ひとなる書房)に触発された面が大きいが、それから関連書をいくつか読んでいくうちに結びついたことを書き付けているからだ。
公職追放や町内会・部落会の解体にからんで、それに変〔ママ〕わるものとして期待された公民館(上田幸夫『公民館を創る』国土社、p.22、強調は引用者)
- “戦前は、封建的なイエ制度のもとで、無知蒙昧な国民が、貧困にあえぐ中で全体主義・軍国主義・専制的な天皇制を支え、侵略戦争を支持してしまった。だから戦後は、一人一人が賢い主権者として学び、民主主義を支えることで、こういう軍国主義的な間違った政治を支持しないようになる。”
- “そのためには命令一下、お上の言うことに動員されるような中央集権ではなく、特に教育は政治から独立して、地域ごとに住民自身が自治をして考えていく仕組みに変えよう。”
――戦後改革のアタマの中を大ざっぱにまとめるとこんな感じになる。
地域課題をみんなで学びながら解決するのが公民館
このとき、子どもたちの教育とは別に、大人たちも民主主義者として教育されねばならないと考えられた。
そのかなめが成人教育=社会教育である。
町内会のような、上意下達の行政の末端として国民を戦争に動員したシステムをあらため、住民が自分たちで勉強し、賢くなり、それで地域の問題を解決していくような「勉強+自治」のシステムが必要と思われた。
それが公民館である。
GHQの民間情報教育局のJ.M.ネルソンは公民館構想を「民主主義の学校」「成人教育活動の地域拠点」「地方分権の手段」として支持した(上田p.32)。
公民館委員会は全住民による公選制とされた(片野p.37)。
公民館を日本の官僚側から構想した寺中作雄は「何故公民館を作る必要があるか」として(1)「民主主義を我がものとし、平和主義を身についた習性とする迄にわれわれ自身を訓練」するため、(2)「自発的に考え、自分で物事を判断するには先ず自らを教養し」なければならない、(3)「身についた民主主義的な方法によって、郷土に産業を興し、郷土の政治を立て直し、郷土の生活を豊かにする」ということをあげた(片野p.52-54)。
この「寺中構想」を現代的に生かしたものとして、片野は、(1)社会教育法に流れる「学ぶ権利を保障する場」としての機能、(2)地域をつくる主体を形成する拠点、(3)運営や活動に住民参加・住民自治が貫かれ、豊かに発展しているかどうかという3つの基準を上げている(片野p.21-22)。
「上からの命令でホイホイと言いなりに動くバカ」をなくすこと
つまり、戦前のような、「上からの命令でホイホイと言いなりに動くバカ」をなくすこと。*1自分の頭で考え、自分たちで話し合って知恵を出し合い、決め、改善の行動を起こす「かしこい民主主義の主体=公民」をつくりだすことが、戦後改革のかなめだとされた。単に政治主体としてだけでなく、地域の産業を興していく(地域が豊かになっていく)さいにもこういう「かしこい公民」が役立つだろうと考えられたのである。
その構想の中心に、成人教育があり、公民館があった。
「上からの命令でホイホイと言いなりに動くバカ」とは、「戦争に行け」「これは公共の仕事なんだ」と言われて「はい」と不動の姿勢で答えて、実際に抵抗もせずに行ってしまう「バカ」である。
自分の頭でモノを考えない「バカ」は、地域が貧しいことをどうしたらいいかも考えつかない。貧しいままである。だから大陸に新しい土地があるよ、開拓団に参加しませんかと言われたらそりゃいいやと言って出かけてしまう「バカ」であり、それが侵略につながるとも考えない「バカ」である。
とにかくお上の言うことに従っておかないとダメだよ、みんなに合わせないとダメだよと考えてしまう「バカ」、自分の頭でモノを考えない「バカ」である。
上の言うことに無条件で従う「バカ」であることをやめて、自分の頭で考えて行動する「かしこい公民」をたくさんつくりだすこと。これが戦後改革、とりわけ教育改革のポイントであった。
ここでは、地域で分権的に話し合い、決めることはもちろん、そこに参加する一人ひとりが「学んでかしこくなること」が求められている。
日本国民にとって危機的なこの時期においては、成人教育は最高の重要性を持っている。というのは、民主主義国家は市民各人に多大の責任を課すからである。(村井実『全訳解説 アメリカ教育使節団報告書』講談社学術文庫p.132)
公民館を教育委員会から首長部局に移そうとする動き
こうした公民館構想は、戦後どうなったのか。
地域ごとに異なる非常に複雑な展開をたどるのだが、あえて乱暴にまとめてみる。
町内会は戦後、禁止、つまり公的制度として廃止されたのだが、名前を変えて実際には生き残り、占領が終わり復活する。地域の課題解決や自治の機能は、再びこちらに移っていく。
公民館では戦後から公民教育・成人教育としてさまざまな実践が取り組まれていくのであるが、おおむね「地域の住民サークルの集まり」という性格を強めていく。
ただし、町内会も公民館も両者は近いところに居続けた。
行政の側では、町内会を下請けにして、公民館をその基地として使いたがる「市町村長部局」の流れ(一般系)と、公民館を社会教育の場として市町村長部局からは独立した、教育委員会の系列のままでいようという流れ(教育系)が対立する。この対立は、「上からの言いなりのバカ」をつくる流れと、「かしこい公民」を育てようという流れの対立の契機を含んでいる。
最近、公民館をコミュニティづくりの拠点として首長部局の傘下に位置づけたいという行政サイドの短絡的で一方的な理論によって、首長部局への移管問題が各地で問題になっています。こうした動向にみられる最大の問題点は、行政当局が、住民が主体となって考える地域づくりと行政サイドがとらえるコミュニティづくりの質を同一のものとしてとらえようとしていることです。
(片野p.205-206)
そもそも地域づくりは、行政の価値観にもとづいて政策として住民におろされるものではありません。行政が一定の問題提起をすることは必要だと思いますが、地域づくりは、そこに住んでいる住民が自分たちの価値観と問題意識にもとづいて学びあいながら創造していくものです。行政が公民館を活用しながら政策として強制的におろしていくべきものではなく、行政の役割は、提案や支援のレベルを超えてはならないと思います。(片野p.206)
移管問題のもう一つの問題点は、公民館が首長部局へ移管されることによって、社会教育機関としての機能が大きく後退するということです。……首長部局への移管は、公民館の命である学ぶ権利の保証や住民主体の学びの機能を奪ってしまうこと以外のなにものでもありません。そして、公民館が行政から独立した社会教育機関としての独自性を失い、行政の出先機関である一般施設に変貌していく可能性が増大することを意味しています。(同前)
こうした市町村の動向は、法律で定められている公民館を市町村自体が消滅させることにつながりかねないことであり、国の法律に違反する行為であるといっても過言ではありません。(片野p.207)
片野の名誉のために言っておけば、片野自身は、両者は本来対立すべきものではなく、話し合いを積み重ねることによって行政の提案と住民が主体となる地域づくりは一体化できると考えている。
ただ、町内会で起きてきたことを見れば、ことはそう簡単ではない。行政は「提案」「対等なパートナー」という言い分のもとで、住民をコントロールしようとする。住民自身が学ぶという相当に主体的な決意がなければ、行政側に手玉に取られる。
公民館は無料か
この本で他に印象に残った点。
一つは、公民館の無料という問題。
かたおかみさおのコミック『ヒビコレ 公民館のジョーさん』を読んでいたら、公民館はなんで金を取るんだ、私らは税金を払っているのに、と「ゴネる」住民が登場した。主人公の「ジョー」は、それを笑ってかわす。
かたおかは明らかにこうした「無料化」の主張が住民エゴだという批判的観点を持っている。
公民館で使用料をとる流れは昔からのものではなく、1990年代から2000年ごろにかけて急速に広がった、新しいトレンドである。
本書=片野の主張は、無料が原則、というものだ。
当初から義務教育としての小中学校とならぶ、学ぶ権利を保障するための教育機関として構想されているということです。人間の権利が保障されるという行為は、無償でなければなりません。(片野p.43)
片野は、公民館は単なる「公共施設」=ハコではなく「教育機関」であるという。例えば図書館は図書館法で「施設」とされるが、同時に社会教育法では「社会教育のための機関」とされている。その根拠を1946年の文部次官通牒「公民館の設置運営について」に求める。
公民館は、単なる「施設」ではなく「機関」として位置づけられています。一定の目的を実現するための組織体として位置づけられているのです。(片野p.37)
つまり、小中学校や図書館のような「教育機関」であり、それは無料であるべきだろう、ということなのだ。
この関連で、本書において初めて知ったのだが、同じ社会教育機関である博物館(動物園も含む)は博物館法23条で
公立博物館は、入館料その他博物館資料の利用に対する対価を徴収してはならない。(博物館法23条)
http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S26/S26HO285.html
と定められていて、無料が原則とされている。
にもかかわらず、例えば福岡市では、例えば博物館は一般で200円、特別展示で1500円とっている。動物園は600円である。
23条には但し書きがあり「但し、博物館の維持運営のためにやむを得ない事情のある場合は、必要な対価を徴収することができる」としている。
だが、例えば、福岡市は動物園の入園料を400→600円に値上げし、その理由について市議会で答弁しているのだが「動植物園につきましては、リニューアルなどによる魅力向上や来園者の利便性の確保に取り組むとともに、入園料の適正な改定を行ってまいります」(2016年3月3日市長答弁)と述べているだけで、「維持運営のためにやむを得ない事情」とはとても言えない。
つーか、この市長答弁は、あまりに値上げ理由として軽い。
博物館法23条「入館料その他博物館資料の利用に対する対価を徴収してはならない」「博物館の維持運営のためにやむを得ない事情のある場合は、必要な対価を徴収することができる」をみじんも意識していないだろ!
公民館で政治や宗教や営利活動はダメか
本書で印象に残った二つ目は、社会教育法23条の解釈。
「公民館では営利、宗教、政治に関係する催しはダメ」と言われて、本気でそう思っている人たちは多い。利用者だけでなく、公民館を運営している側も。
23条にはこうある。
第二十三条 公民館は、次の行為を行つてはならない。
http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S24/S24HO207.html
一 もつぱら営利を目的として事業を行い、特定の営利事務に公民館の名称を利用させその他営利事業を援助すること。
二 特定の政党の利害に関する事業を行い、又は公私の選挙に関し、特定の候補者を支持すること。
2 市町村の設置する公民館は、特定の宗教を支持し、又は特定の教派、宗派若しくは教団を支援してはならない。
例えば「梅雨空に『九条守れ』の女性デモ」と詠んだ俳句の月報への掲載をさいたま市三橋公民館が拒否した事件が起きたり、公民館の駐車場で「政治的ステッカーを外せ」という事件が起きたりしている。
しかし片野は社会教育法23条を引いて次のように主張する。
どこから読んでも、そんなに難しいことが書いてある条文ではありません。それなのにどうして公民館運営にとって問題となる条文となってしまうのでしょうか。それは、この条文の「公民館は、次の行為を行なってはならない」という表現に、勝手に「で」をつけ加えて「公民館では、次の行為を行なってはならない」と解釈する市町村や公民館があるからだと思います。条文の表現どおりに「公民館は」と解釈すると、公民館自体が行なってはならない行為という理解になります。公民館自体が守らなければならない条文ということになります。ところが条文に「で」をつけ加えて「公民館では」として解釈すると、公民館で活動を行っている利用者が行ってはならない行為という理解になってしまいます。(片野p.94-95)
片野は、公民館が一党一派に支配されない戒めとしてこういう条文が入ったのであって、政治や宗教についても、一党一派に偏しなければ問題がないとする。
そして、それは片野の思い込みではないとする根拠として、最近文部科学省関係者の研究会が出した解説書(社会教育行政研究会編『社会教育行政読本 ―「協働」時代の道しるべ―』第一法規、2013)の中でQ&A方式でかなり認められていることを紹介している。
一つだけ紹介しよう。「ええ、これもいいの!?」というものだけ。
Q 選挙の候補者陣営から、後援会への加入を呼びかけるチラシを公民館に置きたいとの申し出がありました。許可してよいでしょうか。
A 全ての候補者を公平に取り扱うことが可能であれば、特定の候補者の後援会加入を呼びかけるチラシをおくことが、直ちに本規定に違反するとは言えません。
ぼくが住んでいた地域(町内会長時代に吊し上げをくらった地域)にある公民館は、ある保守系政治家(議員ではなく市議会議員候補者)の後援会入会チラシだけをおいていた。これを地元の人が問題にしたところ、見えにくいところに下げて、なおも置き続けていた。
本来、「撤去せよ」というのではなく、公平に全ての候補者を置け、そうして市議会議員選挙への関心を高めよ、と要求すべきであった。
このQ&Aを見ると宗教団体の利用、政党政治家(議員ではない)の市政報告会、民間営利事業者の利用許可なども、一定の条件下で許可すべきだとしている。
『ヒビコレ』では有名なテレビアドバイザーを呼びたいという住民の要望に対して、主人公が「ここは非営利の会合にしか貸せないの」とやはり決然と言うのである。
これは完全に誤りである。
もともと教育基本法では第14条「良識ある公民として必要な政治的教養は、教育上尊重されなければならない」、同15条「宗教に関する寛容の態度、宗教に関する一般的な教養及び宗教の社会生活における地位は、教育上尊重されなければならない」とされていて、利用者=国民の政治教育や宗教教育を禁じるどころか、ある意味、「奨励」しているのである。
社会教育機関たる公民館がこれを抑圧するのはあきらかにおかしい。
「映画会」「シャンソン」「語学講座」は公民館で本来取り組むべき事業ではない!?
三つめに印象に残ったのは、「公民館として本来取り組むべき事業とは何か」という問題提起。これが一番驚いた。
片野は、24の事業を例示して、公民館関係者を前にした講演で「本来、公民館で取りくむべき事業かどうか」を考えてもらったという。公民館主催の事業についてである。
片野の考えを聞いた後、参加者はなんと23の事業に×をつけた。*2
×がついた事業を見てみる。
事業名 | 対象 | 内容 |
---|---|---|
暮らしに役立つ講座1 | 一般成人 | 魚料理 |
ハングル語教室 | 一般成人 | ハングル語 |
夏休み子ども公民館 | 小学生 | 映画会 |
ライフセミナー | 一般成人 | シャンソン |
歴史講座 | 一般成人 | 歴史講座 |
公民館学級1 | 一般成人 | 児童虐待 |
えっ……(絶句)
これみんな×!?
なぜか。
公民館は、学びあい、交流しあい、連帯しあうことによって、地域づくりの主体を形成する拠点として構想されました。従って、公民館が主催する事業は、地域づくりや生活課題・地域課題に関係する内容のものが基本とされなければなりません。(片野p.111)
地域課題の解決、地域の主体づくりに結びつかない「学び」、個人の「学び」だけを支援するものは、本来公民館のやることではない、それはカルチャースクールでやってくれ、というわけである。
すごくない?
まあ、片野は、あえて極端なことを言って、公民館というものの本来性を明らかにしようとしているのだろう。
一応、本書のこの箇所でも、“趣味活動であってもそこから住民の交流が広がり、それが地域主体にづくりにつながるじゃん!”という荒井容子の主張を紹介している。
公費で運営される社会教育施設の場合、個人の趣味的な学習文化活動をなぜ公費で援助しなければならないのかという批判がそこに重なってくることも容易に想像できるだろう
という荒井と小林繁の主張がここで紹介されている。
地域を良くしようとして市政変革などの政治課題にとりくんでいるサヨ団体をぼくは知っているし、参加したりもしている。そういう団体が往々にして使用に難癖をつけられている。「あんたら、この前、交差点のところで拡声器を使って『年金改悪反対』とか政治的な宣伝をしとっただろう。そんなところに貸す訳にはいかん」などと公民館館長が言っていたのを聞いたことがある。ふざけるな。
他方で、俳句や詩吟などといった地元住民らの「非政治的文化サークル」がもみ手で参加を奨励されている。
しかし、逆なのだ。
社会教育としてのPTA
「上から言われることに言いなりになって従うバカ」を改造し、「自分の頭でものを考えるかしこい公民」を育てることが戦後教育改革の考え方だった、と述べてきた。
そのかなめの一つが社会教育=成人教育であった。
地域における公民館はその拠点である。
もう一つ戦後改革の社会教育=成人教育として構想されていたのがPTAである。
本書にPTAのことは書かれていないが、本書を読んでPTAのことに思いがめぐった。
日本の戦後教育の原点となった「アメリカ教育使節団報告書」には、成人教育の一環としてPTA活動が出てくるのは、よく知られた事実である。
あえてエッジをつけた言い方をするが、PTAは、学校後援的組織とか児童福祉実践団体とか、そういう形で構想されたのではなく、まず何よりも成人教育団体、社会教育団体として考えられた。
つまり、父母(と教師)自身が学んでかしこくなることが構想されたのである。上の言うとおりに子どもに軍国主義を教え込み、戦争に送り出す「バカ」親、「バカ」教師であってはならず、まず父母と教師を「かしこい公民」にしようとした。それがPTAという「学びの場」だったのである。
愛知県西尾市の『西尾市史』の「現代」の巻を読んでいて「へえ」と思ったことがある。
同巻は「アメリカ教育使節団報告書」を引用し、「成人教育」の項目で「PTA活動」が紹介されていることについて、わざわざこう述べている。
PTA活動が成人教育の一環としてとらえられていることに注目しなくてはならない。(『西尾市史 現代』p.375)
しかも、同巻は続いて文部省『学制百年史』を引用しながら、その文部省『学制百年史』を次のように批判するのだ。
「PTAは父母と教員が協力して、家庭と学校と社会における児童、青少年の幸福な成長を図ることを目的とした団体である」(文部省『学制百年史』)というのはこの視点が欠落している。(同前、強調は引用者)
「この視点」とは、むろん「PTA活動が成人教育の一環」であるという視点である(成人教育=社会教育)。
父母と教員が「学んでかしこい公民になる」ことこそが、戦後改革の眼目なのだ。そこを抜かして、「子どもの幸せのために活動する」というだけでは、「子どもの幸せ」が一体何なのかわからない。上から言われたことを「子どもの幸せ」だと信じて活動してしまう「バカ」のままであれば、また再び子どもたちを戦争に送り出してしまわないとも限らない。
PTAは、こんにちでも、公式の文書においてさえしつこいくらいに自主独立の団体であることがうたわれている。
平成28年度版の福岡市PTA協議会・福岡市教育委員会による『歩み続けるPTA よりよい活動のために』という手引書が手元にある。その冒頭には、PTAの3つの性格付けが書かれている。
- 民主的・自主独立の団体である。
- 学校の後援をする団体ではない。
- 教育の事業を行う、社会教育関係団体である。
(前掲『歩み続けるPTA』p.1)
余談だが、うちの娘が通う小学校のPTAの事業計画には「本市同和教育の基本方針に従い」という一文が入り、規約に「校長」と「担任教師」という公職者の役割が位置付けられている。いわば行政方針に従属し、学校という公的機関の役職者を組織と規約に組み込んでしまっているのだ。すでに「自主独立」さえ前提として存在していないのである。
さて、こうしてみると、上から言われたことを鵜呑みする「バカ」ではなく、自分の頭でモノを考える「かしこい公民」を育てようとしたはずのPTAはどうなったであろうか。
そのようにきちんと機能して、人権意識を発揮して自主的に活動しているPTAもある。
他方で、同調圧力によってひたすら自分で考えることを許されず、機械のように学校後援の活動をこなさなければならないというPTAもあるだろう。ぼくらの目の前には、むしろこういうPTAの悪弊が目立ってしょうがない。戦後改革が目指したものと反対物に転化してはいないだろうか。