『放浪息子』逐巻的精読(3) 11〜12巻


こちらのつづき



放浪息子 11 (ビームコミックス)紙屋A 11巻でわからないのは、二鳥修一が、中学最後の文化祭でファッションショーに出る決意をして、千葉さおりに女の子の衣装を借りるシーンなんですよね。


紙屋B 何がわからないんですか?


 千葉さおりに衣装を借りた後、修一の夜のベッドに場面転換しますよね。あれで修一が千葉さんの夢をみて、目が覚め、手をたしかめるでしょ。あれって何ですか?


 何って…。夢精したんでしょ。


 ほう。やっぱり。夢精。千葉さんの手の感触が残っているとかいうんじゃなくて。だとすると、どういう意味なんですかね。


 夢のシーンは「骨がきしむ音がする」から始まってますから、成長して骨張ってきて、成人男子の体になってきたということでしょう。オトコが意識された出だしです。


 修一の髪型は前のままですが。


 女の子との境界があいまいな、昔のままのにとりんなのですが、体は変化しているというわけです。さおりんとふれあう仕草をするだけで、性的に興奮してしまったという意味だと思うんですけどね。


 もしそうだとして、どうしてそうなったんですか。


 さおりんというのは、女性的なだけだったそれまでのにとりんからすれば、いくら好意を寄せてくれているとはいえ、恋愛や性欲の対象にはならなかったわけです。ところが、もう体は男性的なものに目覚めてしまい、それによって、さおりんの好意、このシーンでは「だって これも これも これも 二鳥くんが着てくれたらどんなにうれしいかって思ってデザインしたんだもの」と表現されていますが、やや複雑なにとりんへの思いが、「自分に好意を寄せてくれる女性への男性としての性欲」に変換されたんだと思うんですが。


 えーっと、それは単にあなたが千葉さんから好意を寄せられたら、うれしいってことじゃないんですか。二鳥修一じゃなくて。


 むろんそうです。さおりんがそんなに自分のことを考えてくれるなんて、やっぱり夢精したくなるでしょう。「だって これも これも これも 紙屋くんが着てくれたらどんなにうれしいかって思ってデザインしたんだもの」なんて一度でもいいから言われてみたいですよ。ええ。はい。それはもう。でもそれは、にとりんも同じなんで。きっと。日常の意識には出てこないから、夢という形でしか意識されないわけですけどね。


 はあ……。えっと、気を取り直して次へ。12巻はいかがですか。


放浪息子 12 (ビームコミックス) 12巻は好きなシーン、コマ、絵柄が多いですよね。ちょっとあげてみます。まず、ファッションショーで高槻くんと歩くシーン。ここは非日常の空間ながら、日常生活で女装して傷ついたにとりんが強くなり、女の子のかっこうで学校のみんなの前にあらわれ、そして雑音が消え「静謐」のなかにいる、というわけですね。まあ、自分の性的な自己決定に自信を得た第一歩、その凱歌ですよ。


 「きれいだったよ ふたりとも堂々としてて ほんとにすてきだった」とマコがつぶやくのは、特にいいですよね。


 細かいところでいえば、そのファッションショーの打ち上げで、教室で箱のジュースを飲む時に「えーこれ誰のオゴリ」「オゴリじゃねーよ あとでちゃんと徴収すっから!」っていう女の子のセリフが、すごいうまいなと思っていて、ときどき思い出しちゃいます。


 「クラスの女子A」が言ってる感じがすげえリアル(笑)。


 もう今どき女の子のセリフを「〜なのよ」とか「〜なんだわ」みたいに書く漫画家はいないと思うんですが、ちょっと乱暴な感じで女子の言葉、中学女子の言葉を再現するのが、たまらなくいいですね。そこに瞬時にしてリアル女子中学生が現れるみたいで。


 というと、二鳥真穂のセリフなんかすごくいいわけですか。


 そのとおりです。この巻でも、瀬谷が家にきて、真穂とにとりんのお父さんが緊張するシーンがありますが、「エッ やだきもい」「だって来るだけじゃん」「エッ だからそれがきもいって」という一連のアレがバッチリそれです。
 それとですね、バレンタインデーでプレゼントをやりとりする安那ちゃんとにとりんがドキドキしますね。
 まず「やーんかわいい!」みたいな安那ちゃんが喜ぶシークエンス。「みて おそろ」と指輪を無邪気に示す安那ちゃんは、ものすごくかわいいじゃないですか。やりとりが女子トークみたいな雰囲気で流れているのが、ものすごく和みますね。
 そのうえで、にとりんが高槻さんに昔指輪をもらったことがあるけど、捨てた方がいいのかと尋ねて、安那ちゃんがびっくりしてそんなことしなくていいというシーンが続くわけですが、「あんなちゃんて やさしいね… あんなちゃんのこと すきになってよかった…… ありがとう」とにとりんが言って、安那ちゃんが破壊的に射抜かれますよね。あそこも大好きです。


 それって何がグッとくるんですかね。


 後でも出てきますが、自分が好きな女性のことを言葉にしてきちんとホメるという点に安那ちゃんがヤラれてしまっているわけでしょう。そういうにとりんみたいな男になりたいな、ということなんだと思います。


 安那ちゃんがますます修一を見直すというのが、自分が見直されていくみたいな快感があるわけですね。


 あとはグラフィックの楽しさですね。高校に入学したさおりんの美少女っぷりに、みんなが見とれるシーンがありますよね。あそこで「笑ったらもっとかわいい」というコマのさおりんが確かにかわいいです。


 あそこで、「13年後に結婚することになるのだが今はまだ互いの存在も知らない」という男女が出てきますよね。高槻くんをかっこいいと思う女子、千葉さんをきれいだと思う男子。


 あれってリアルぼくらなんですよね。あれらの名もないキャラたちによって、ぼくらが作品に登場し、否応無く作品世界との断絶をつきつけられます。


 いっそう切なくなりますよね。


 「お前はこの世界の住人ではない」と言われてるようで、死にたくなります。


 直接関係ないですけど、小中学校時代の夢を見てしまうと死ぬほど切なくなるのは、これと同じように、過去という世界から自分が完全に排除されているからですよね。


VIPPERな俺 : 何故か小学生時代や中学生時代の夢ばかり見るよね最近・・・ VIPPERな俺 : 何故か小学生時代や中学生時代の夢ばかり見るよね最近・・・


 あのAAはよ


 ほれ


 ギギギギ…


 修一のウェイトレス姿は。


 単純に萌えます。



つづく