適菜収によるニーチェ『アンチクリスト』の現代語訳『キリスト教は邪教です!』を読んだ。
ニーチェが言いたいのは、イエス本人はまあまだいいとしても、そのあとを受けたパウロが、そのイエスの考えをイエスと似ても似つかぬものにつくりかえてしまい、それが西洋文明を覆い、やがて近代文明のベースにまでなっちゃったってことだ。
それはキリスト教攻撃というよりも、弱者がルサンチマンをためこんで「平等」とか「愛」をふりかざし、力の強い高貴なものを束になって襲いかかっていることを批判している。
つまり民主主義とか社会主義とか革命といった原理を、ふるえあがるほど嫌っているということだ。そういうことがベース。石原慎太郎みたい。
その中身はともかくとして、適菜による「現代語訳」は面白かった。
一節を紹介しよう。こんな調子。
『新約聖書』を読んだ後では、どんな本もすがすがしく感じます。
要するに、彼らは正真正銘のバカなのですね。彼らはよく攻撃をしかけますが、攻撃をされたほうが、かえってよく見えてしまう。キリスト教徒に攻撃されることは、名誉であっても決して恥ではありません。(適菜訳p.113)
キリスト教は実にヨーロッパ的な運動です。
要するに、あらゆる種類のガラクタが集まってできている。言ってみればキリスト教は、「人間のダメな部分」の集合体なのですね。キリスト教によって、社会のクズやガラクタが権力にありつこうとするわけです。(同p.127)
章や節の見出しも、かなり自由勝手である。
「第一章 『神様』ってそういうことだったのか」
「第二章 キリスト教が世界をダメにする」
「『世界の中心で愛を叫ぶ』おごり」
「オカルト本『新約聖書』暴言集」
「キリスト教の『バカの壁』」
「民主主義なんていらない」
「キリスト教は女をバカにしている」……などなど。
アマゾンのカスタマーズレビューは2013年1月時点で、73件もついている。おおむね絶賛。異議をとなえている人は、訳ではなく、ニーチェの思想自体に文句を言っているという感じだ。ぼくも原文や精密な日本語訳を知らないので、どれくらいそれと隔たりがあるのかわからないが、レビューには「相当な意訳」という書き込みがチラホラあるので、きっとそうなのだろう。
でも絶賛。
ぼくも素直にすごいと思う。
的場昭弘がマルクスの『資本論』を「超訳」したのだが、ぼくにいわせるとあれは「要約」にすぎず、本当に初心者が何のハードルもなく『資本論』を楽しむものにはなっていない。マルクスもこれくらい意訳・「超訳」されて普及されるべきではないのか。
そこで、ちょっとした試み。
マルクスが起草した「国際労働者協会(インタナショナル)創立宣言」を、「超訳」してみた。
http://www.marxists.org/archive/marx/works/1864/10/27.htm
日本語の精密な訳は、マルクス『インタナショナル』(新日本出版社)で読める。この創立宣言は、いわゆる「格調高い美文」ではない。イギリスの当時の議会演説や統計やらがふんだんに載っていて、普通の訳文で読んでもかなり面白いものだし、「大企業ばかり潤っても貧困は解決しねえよ」ということが主テーマになっていて、とても現代的だと感じるはずだ。
なのに、マルクスの著作としては(シロウトの人たちの間では)ほとんど知られていない。
そこで、これを「超訳」してみる。見出しも適菜を見習って適当につけてみる。
みなさんが一気に読めたらぼくの勝ちだ。
でははじまりはじまり。
超訳『インタナショナル創立宣言』。
○○○○○○○○ (ここから) ○○○○○○○○
景気がよくなっても貧困は減らない
やあ、死ぬほど働いてるおまえら。
この15年くらい、きいたことねーよっていうくらいムチャムチャ景気がよかったけど、働いているやつらの貧困って全然減らなかったんだよね。
今から15年ほど前だけど、金持ち側の、けっこうくわしめの新聞が、“もしこの国の貿易が1.5倍くらいにふえて企業活動がさかんになったら、この国から貧乏人って消えてなくなるぜ!”って大ミエ切ってた。
ところがどっこいだったわけだ。
今年、財務大臣が、
「この国の貿易総額は30兆円にふえた。これは十数年前の3倍だ!」
って演説して、聞いてた議員たちが大喜び。でもすぐそのあとで、その大臣が貧困についてこう付け加えたってことがオチなわけだけど。
「でもさ、貧しさに苦しんでいる人たちのことを考えようよ。
働く人の給料が全然あがっていないってことを、もっと真剣に考えないと。
人生の9割は生存するためだけのたたかいに費やされてる人たちがいるってこと、考えなきゃ!」
まあ、その大臣は、北部の地域では機械化のせいで、南部ではヒツジのためのデカい放牧場をつくるために、人間がどんどん追い出されているなんてことは、なーんも言わなかったけどね。最近じゃあ、人間様ほどじゃないけど、ヒツジのほうもどんどん減ってるし。
それから、その大臣は、上流階級のみなさんの代表者である国会議員のセンセイたちが、つい最近びっくりして、小便ちびってガクガクブルブルって震えまくって打ち明けたことについても、全然言わなかった。
ほら、連続強盗殺人事件で大騒ぎになったことがあるじゃん。あのとき、国会で、ブタ箱にブチこまれて懲役をくらったやつらについて調査をして、報告書を書かせたんだよね。去年、ブ厚い本になって、スゴいことがわかった。国会お墨付きの事実と数字でわかった。
いちばん重罪の懲役囚でもだよ、農場で雇われて働いてるやつらほどヒドい待遇はうけてねえよ、ってことだ。
生活保護のほうがマシだった
それだけじゃない。
外国の戦争の影響でリストラでクビきられて放り出されたやつらがいっぱい出たとき、国会はこういう調査をやるように、医師に頼んで、工業地帯に送りこんだ。その調査っていうのは、「いちばん安く、どこにでもあるフツーの食品を食べるってことにして、飢えで病気にならないようにするギリギリの栄養量はどれくらいか」っていうやつだった。
(以下略)