『みずしな孝之のほどほど日記』


みずしな孝之のほどほど日記 (ドパミンコミックス) 出版の関係者からご恵投いただいた。
 それでなかなか直截なメールだったので紹介しておくと、もらったメールは「レビューを書いてくれませんか」というものだった。
 こういうブログをやっていると、出版社などから本をいただくことはけっこうある。でも、レビューを書いてほしい、とスパッと提案してくるメールは見たことがなかった。面白いなと思った。
 だいたい「こんな本ができたんですが、どうぞ」という感じ。特に何も記していないことが多い。せいぜい「よければ書評なんかでもとりあげてください」というものだ。だからせっかくいただいたのに、読むだけになっているという本もある。これはいいなと思ってとりあげる作品もある。少ないけど、批判もまじえて書いたものもある。
 それはステマじゃないのか、という意見もあると思うけど、ぼく自身がちゃんとフィルターをかけるのでそうではないと考えている。


 だけど今回のメールは、本を渡す条件として、必ずレビューを書いてくれ、というふうにぼくには読めたので、びっくりしながらも、次のような提案をし返してみた。
(1)本をもらったという経緯を書くかもしれませんよ。
(2)面白くなかったら、面白くなかったって書くかもしれませんよ。
(3)すぐにはレビューしないかもしれませんよ。
というニュアンスのことをていねいに。
 すると、「いいですよ」という旨の返事がその方から返ってきた。そして、本を送っていただいたのである。


 んで、結論からいうと面白かった。

けものとチャット (1) みずしな孝之については、『けものとチャット』『幕張サボテンキャンパス』『ササキ様に願いを』のごく一部を、ものすごく前に読んだことがあるという程度で、『いい電子』(いいでん!)なども、表紙は見るけど購読には至らない、けしからん読者であった。


 『みずしな孝之のほどほど日記』については、漫棚通信ブログ版がすでにとりあげていて、こちらも出版社から贈られた事情を書いている。

 漫棚通信では、

 ご家庭やご近所のちょっとしたことがネタになってて、作者はエッセイマンガをいっぱい描いてるはずなのに、よくもまあいろいろと描きわけられるものだ。

 大爆笑したものはひとつもありません。でも作者も読者もそんなことは求めていない。ゆるゆるに身をまかせる快楽。

http://mandanatsusin.cocolog-nifty.com/blog/2012/10/post-a3e5.html

という評価を書きつけている。
 ぼくも実は基本的に同じ評価で、「ご家庭やご近所のちょっとしたことがネタになって」いるのに、それをネタにして完成させてしまう力がすごいと思った。力技といってもいい。別の言い方をすると、ぼくが同じ日常体験をしていても、こんなふうに切りとったり、見せたりすることはできないだろう、という感慨である。

 たとえば、「この涙は何」という4コマは、ものすごい人ごみの物産展に行って、ようやくご当地系のインスタントラーメンを買ったけど、帰りに近所の100円ショップでフツーに売っていた……という話である。
 こんな筋だけ並べられても……と当惑しているお前らは、圧倒的に正しい
 いくら「あるある」話とはいえ、本来「あるある」というのは人が気づかないような日常のトリビャルな出来事を掘り起こし、そこに「神が細部に宿る」的な強靭なリアリティを持たせながら、事象の普遍性を暴きだすものである。なのに、「物産展で買った地方物産が、近所で普通に売られていた」程度の「あるある」では、あまりにありきたりすぎて、職場の昼休みのご飯会話ネタにしかならんではないか、と思いたくなる。
 けれども、みずしながこの持ち上げようにも持ち上がらないネタを、おかしみのある4コマにしたてあげているのは、何であろうか、と不思議に思う。


 まず1コマ目で「最近、感情がうまくコントロール出来なくなった出来事。」というテーマを書き付けている。そして「この涙は何」というタイトルである。主題を「制御できない不思議な感情」に変えてしまっている。読者はちょっとした期待をもって2コマ目に入る。
 そして、2コマ目(右引用の1コマ目*1)の人ごみに流されるみずしな、3コマ目(右引用の2コマ目)のぼろぼろでインスタントラーメンを手にするみずしなが描かれる。2コマ目で「……いそいそと出掛け」、3コマ目で「ようやく買えた大好きなご当地系インスタントラーメンが」と次のコマにつながって、最初の主題「最近、感情がうまくコントロール出来なくなった出来事。」とは何であるかを煽る。
 みずしなのはっきりとした描線と、オールカラーの彩色によって、1コマごとに、大げさというか、ある種のけれん味をぼくらの脳裏に刻印する。だから、「ジャン!」「ジャン!」みたいな効果音でコマと文章の筋が次に流れていくように思えるのだ。
 そしてオチ。

帰りに寄った近所の100円ショップに
フツーに売ってて
キャーッ!!
(バリボキ)


 「最近、感情がうまくコントロール出来なくなった出来事。」「この涙は何」の答えがオチになっている。いや、「最近、感情がうまくコントロール出来なくなった出来事。」とかいう話じゃねえだろ、とか「この涙は何」って、ハッキリしてるだろ、という読者の心のツッコミを引き出させる。
 そして4コマ目(右引用の3コマ目)にあるように、みずしなの本作には尖ったフキダシ、つまり絶叫しているフキダシが多用されている。この作品でいうと、2コマ目・3コマ目のメリハリの聞いた流れを、さらに勢いをつけてオトしてくるわけである。
 これで、「大爆笑」にはならないけども、面白い仕上がりになる。
 そういう、まさに力技が随所にこめられているのだ。


 もちろん、とりあげている事実自体が面白い(回転するチクビに見える話など)とかいう回もある。
 でも、くっきりした描線で4コマとして期待をさせるような筆致で描き、カラーで運んできて、最後に絶叫してオトす――これだけで立派に料理できるということを本書は証明している。いや「これだけで」とか書いちゃったけど、それがなかなか難しいのであるが。

*1:みずしな孝之みずしな孝之のほどほど日記』デジタル・コンテンツ・パブリッシング、p.56より引用。