山崎紗也夏『シマシマ』1巻

 作者の山崎は今回ペンネームだけでなく絵柄を変えた、という。ぼく的にはあまり変わっていないように感じるのだが、作者がそういうんだから変わったに違いない(笑)。すでに連載時に山崎のブログには「山崎先生、なぜ急に絵柄が変わってしまったのでしょうか?」というコメントがつけられるくらいだから、よくよく見ている人にはわかるらしい。
 「連載ごとに絵柄や作風も変化した」(中野渡淳一『漫画家誕生』)と評されるとおり、ぼくも最初『マザー・ルーシー』と『NANASE』が同じ作者だとは思いもしなかったものである。
 いやー、20代後半から30代前半くらいの女性の「疲れた」姿って、こういう漫画的形象として成功すると、たまんないね。

 夫に浮気をされ出て行かれた28歳のサロン(アロマハウス)経営者・箒木(ほうきぎ)シオが主人公だ。

 

 


 山崎の前作『はるか17』の主人公・はるかのような健気さや明るさがない、少なくとも1巻の基調としては「暗い」感じである。シオが「極上の笑顔」をしているというのはepisode.7のラストだけで、シオは終始疲れた顔をしている。

 疲れた感じに、能天気でない精神、すなわち知性が出る。加えて、スキが出る。女性の知性に拝跪し、スキにつけいろうとしているぼくにとって、この形象はまことにエロい。

 シオはサロン経営の他に、もう一つ「裏の顔」をもっている。眠れない若い女性に添い寝をするために男性を派遣するというビジネスだ。シオが雇っている男の子は元・夫の弟をはじめ、4人。「世間ではおそらく『イケメン』の部類に入るであろう」(p.50)という美男子ぞろいである。

 「世の中の女がみーんなヤリたがってるなんて思わないこと」(p.32)とあるように、あくまで目的は安眠。セックスはしない、というか御法度のようである。
 にもかかわらず、性的な雰囲気がただよう。

 「癒される」ということの周辺にはこんなにも性的な空気がまとわりついているのだ。

 前にも書いたけども、ぼくは体にふれられたり、触られたりすることが「癒される」こと、もう少し言えば性的なものにつながっている。床屋で髪をさわられたり(たとえそれが同性であっても!)、耳鼻科で外耳炎になりかけた耳を診察されたり、肩をもまれたりすると、鳥肌がたつ。あー、いいなあー、このままずーっと続いてくれないかなーと思う。
 ぼくの前の職場に肩をもむのがうまい元上司がいて、年配の男性だったんだが、口からヨダレが出そうだった。
 この稿を書いている今日も床屋に行ってきた。耳たぶとか剃られている瞬間とかもう昇天したくなるよね。「どこかかゆいところはありますか?」「かゆいところっていうかもっと長時間さわっていてほしんですけど」——とは言えないので「いえ別に…」といって終わられてしまうのであった。

 ぼく自身は「添い寝」をされるということにはあまり癒しを感じない。つれあいにこの漫画について聞いてみたが、「そういう欲望はないね。まあ仮にあんたが私の知らない人だったとして、今すぐに眠れるというようなことはないなあ。知らない人と寝るのはやっぱり緊張するよね」と言っていた(若い美男子なんかと寝る欲望はありませんよ、という見栄かもしれないので、その分は差し引かないといけないが)。
 でもそれは関係ない。
 体に触れられることが癒しになっていて、それはどこかで性的なものとつながっているんだろうなあという前提がぼくにはあるので、この作品はぼくにとって、性的な空気をまとった癒しとして強烈に作用する。

 「読み手を驚かせるのが『すごい好き』だ。作品をつくるときはいかに読者をその世界に引き込むか、『いつもやってやろうじゃん! って思いながら描いています(笑)」(中野渡前掲書)ということらしいが、たしかに『シマシマ』もぼくにとって誘因装置がさまざまな施されている。ゆえにこの作品はぼくにたいしてまったくちがった角度からいろんなスイッチを入れてしまうのだ。

 冒頭にあげたように、シオにたいして色気を感じているぼくがいるかと思えば、その次に書いたように、添い寝の女性客のように施される擬似的性サービスを快楽的に受け止めているぼくもいる。
 さらに、癒す側の男性視点という楽しみ方もできる。
 ぼくはホストになってみたいと思ったことがある。現実のホストというのは癒しじゃなくて女性から搾り上げてナンボという要素が強すぎるので、もっと仮想としてのホストっつうか。つまり女性に「真の癒し」を提供するという意味で(何いってんだ俺)。
 いやそんな難しいモンじゃなくて、なんつうのかね、人の話を面白うそうに聞くっていうアレですよ。

やる夫で学ぶ会話のコツ
http://mudainodqnment.blog35.fc2.com/blog-entry-472.html

(1)敬意を払え(関心・興味をもて)
(2)ずっと相手のターン
(3)反応役になれ

 こういうやつ。
 似た商売で「新宿の母=辻占い師になりたい」という願望もあった。
 『シマシマ』に出てくる美男子4人は別に、相手の話を上手に聞いているだけが仕事ではない。相手にいかに極上の眠りを味わってもらうかでさまざまなサービスのパターンをもっている。
 そこが「仮想としてのホストになりたかったぼく」としては関心をもって見てしまうのだ。とくに、「真面目で無口」な「マシュ」。表面的な意味での「サービス」はもっともヘタなのだが、なぜかクレームが一番少ないという男子。こういう感じで重宝される存在になりたいですわ。

 えーっとよければ、だれでもいいので、添い寝ビジネスでぼくを雇ってくれてもいいですよ。30代後半。昭和天皇似。