富裕層の定義は何だろうか。そう言われてみるとあまり考えたことはなかったのだが、本書を読むと「現金や投資資産を1億円以上持っている人のこと」(p.3)だそうである。野村総研の定義っぽいな…。*1
著者・斗比主は2億円の資産があるから、この定義でいえばたしかに富裕層である。
「ふつうの会社員」が「富裕層」になれたという話なのだ。本書は、もちろんその日記のようなものではなく、著者の体験や勉強したことをふまえて「ふつうの会社員」がどうやって富裕層の定義になれるような資産を築けるのか、そのノウハウを紹介している。
嘘くさそうに思うかもしれない。
イメージとしては「これといってなんの特技も取り柄もないしがないサラリーマンが大金持ちになれるって話」のように聞こえるので、「そんなうまい話があるものか」とつい反発したくなるのであろう。
このイメージはまあ「釣り」である。
宣伝文句だと思ってもらったほうがいい。いや、もちろん嘘ではない。著者は「ふつうの会社員」として資産2億円を築いたのである。そうではなくて、「それは私にもできる話なのか?」という部分だろう。
この本がネットでも少し話題になっているが、その部分に議論が起きている。
だけど、「ふつうの会社員が必要な資産の額を築くのはこうやったらできる」というふうに考えれば、ここに書かれていることは無理なことではない。全てを実行することはできないけど、大雑把な考え方を知れば、それはできるのである(ただしそれには一定の条件がある)。
あとで書くし、あくまでぼくのイメージだけど、「ふつうの会社員」というのは平均所得のある正社員(令和5年分民間給与実態統計調査でいえば、47歳の年収が460万円(男性569万円、女性316万円)前後)をイメージしてもらうといいだろう。
そして、「必要な額の資産」というのは、大金持ちになるということではなく、「自分の子育て・住宅、そして老後に備えるだけの資産」と考えてもらうといいのではないか。その場合必ずしもストックとしてではなく一部(または大部分)はフローとして消えていくものも含んでいる。
このように訳し直してみると、「大金持ち指南」ではなく、「ふつうの会社員」が「人生を設計する上で必ず考えなければならないお金のやりくり」をこの本であれこれ指南している本なのである。
ぼくはマルクス主義者である。ゆえに個人のみの幸福や生活防衛では問題は解決しない(解決してしまう人がいるのは否定しないが)と考えているので、個人の生活防衛・個人対応だけでお金の問題を考えることには与しない。
だけど、世の中の制度を変えていくことに取り組みながらも、それが変わるまでの間はどうしても個人として生活防衛をせざるを得ないのだから、本書のような生活防衛・個人対処を考えることには賛成である。
というか、むしろ積極的に行うべきである。まさに「ふつう」の人は、まず生活防衛や個人対処から問題をはじめ、そのことに汲々としている。そこからの限界や苦しみこそが制度を変えていく力の源泉になるはずのものだ。
ところが、マルクス主義者のある部分は、こうした個人の生活防衛についてミリ単位で悩んだり、苦労したり、お互いに話し合ったりすることがどうにも苦手だったりする。
解像度が高くないのである。
いや、低所得の人々に対してはある程度それができても、中所得の人たちの家計や将来設計については必ずしもその気持ちや生活実態の襞に入り込めていなかったりする。
もっと、本書のようなミクロの生活防衛について、お互いに交流したり、改善しあったり、そんな取り組みがあってもいいはずだ。
本書はそのような「おしゃべりの材料」としてまず使えるのではないかと思った。本書を見ながらああでもないこうでもないと議論する、そんな材料として。
実は似たようなことは、2017年に別の本についても書いている。
まず、本書もそのような「討議材料」「討議資料」として大いに使えると感じた。
まずは収入を増やし支出を抑える
本書の思想を表す式がp.56にある。
資産=(①収入−②支出)+(貯蓄×③利回り)
である。
この方程式が意味することはシンプルです。資産を増やしたければ、①収入を増やし、②支出を減らし、③貯蓄の一部を投資で増やす(投資によって増えるお金=利回りを得る)、たったこれだけのことです。(斗比主本書、同前)
本書は、主に二つの部分から成り立っているが、前半は(①収入−②支出)にかかわる部分、後半は(貯蓄×③利回り)つまり投資にかかわる部分である。
ぼくは、結論から言えば、必要な額の資産を貯めるキモは、結局前半にあるのであって、後半の投資にかかわる部分は必要な額がたまれば無理してやる(リスクを取りにいく)必要は全くないし、「必要な額」を超える分ができればそれを投資に回そうが何をしようが好きにすればいいという考えである。
利回りが大きな意味を持ってくるのは、資産がある程度たまったときに初めてそうなるのであって、それまでは、収入を増やすか、支出を抑えるかして、せっせと貯金をすることの方が重要である。
単に個人の実感であるが、大学を卒業して20代前半で働きはじめたとして、35歳くらいまでは独身ないし子どもを持たないカップルとして過ごす場合、年100万円ずつためることができれば、10年で1000万円を貯金できる。
それを銀行預金に放り込んでおくか、国債を買っておくか、それとも株などに投資するのかは違ってくるけど、まずは原資が一定の大きさがないと資産を運用すると言ってもあまり意味がない話だ。*2
それはやはり「正社員」くらいの収入がないと難しいだろう。非正規雇用であれば、とても原資になるような額は貯められないと思う。また、子どもが2人、3人といたら、平均的な収入だけでは目的の金額を達成できるかというとそれもなかなか厳しいのではないかと思う。
いずれにせよ、著者の提示した方程式のうち「①収入−②支出」の部分にこそ人生の集中すべき問題の大半が詰まっているように思われる。
思いつくことを書いてみる
さてそのように「どうやってお金を貯めるか(収入を増やし、支出を減らすか)ということのおしゃべり」として考え、前半を楽しく読んだ。
思いつくことをバラバラと書いてみよう。
(1)ざっくり人生エクセル計算
人生においてどれくらいお金がかかるかのざっくり計算。これ、楽しいと思う人がいるのはわかる。ぼくのつれあいとか嬉々としてやりそうである。
ポイントは結婚するかどうか、そして子どもを何人作るかどうかだろう。子どもが2人以上いると、貯金で資産の原資を作ることはなかなか大変だなあと思う。
(2)家計簿アプリ
いかにもありそうだとは思っていたけどやっぱりそういうアプリがあるんだな。だけど銀行や金融機関の提供で、全部そこに自分の家計や資産の実態が把握されてしまうのは怖いなあと思った。と言いつつ、今我が家ではGoogleのスプレッドシートに簡単な家計簿をつけているのだが…。
(3)資格
本書を読んでファイナンシャルプランナー、ITパスポート、キャリアコンサルタントは“社内でも評価されなけど著者がオススメの3つの資格”だと知った。どれも参考書買ったことがあるわ。そしてどれも取得してないけど…。
(4)副業
うん、副業は…例えばぼくのライターという副業だけど、少なくとも副業だった時代には大したお金にはならなかった。ぼくが解雇された時、ぼくを攻撃したい人が「紙屋は印税ガッポガポなので、首を切られてもどうってことない」とか知ったようなことをSNSで言っていたが、全くの妄想である。
仮に1000円の本の印税が10%で3000部初刷りとしても30万円が1回こっきりで入ってくるだけである。重版しまくりのベストセラー作家ならいざ知らず、貧乏ライターはそんな世界とは無縁である。仮に重版しても本当に小幅。さらに、勉強したりネタを仕入れるためにバンバン本を買うので、大抵は赤字だ。その穴埋めに少しばかり役に立つ…というほどでしかない。
(5)支出
細かな支出に着目するのではなく、大きな支出を減らすことを狙う(p.114)
は全くその通り。
これは無謀なことを言うのであるが、若い、独身の男性であれば、住居費を徹底してケチっていいと思う。気にならない、無理にならないのであれば、「健康で文化的な最低限度の生活」を割り込むことも考えてみてはどうだろうか。家賃が割安とか、会社の住宅手当がもらえるとかだと、効果が大きい。ボロボロのアパートとか。
それと、本書p.166に出てくるが民間保険。保険は実は、家・自動車と並ぶ、人生で最も大きな買い物の一つであるが、気軽に入ってしまっている人が多い。
子どもがいないのに生命保険に入っているというのは本当に無駄なのでやめていいと思う。子どもがいても、独身時代に一定額貯めていれば、遺族年金もあるので、必ずしも入る必要はない。
そして民間の医療保険もどうかなと思う。
本書にも
ほとんどの人が民間の医療保険に加入する必要がない…日本の健康保険は非常に優秀です。(p.173)
とあり、ある意味で、そう思う。特に高額療養費は本当に助かる制度で、現政権がこれを改悪しようとしているのは心の底から許せない気持ちでいる。
地方では自動車をついつい所有してしまいがちだが、地理的条件が許し、なおかつ高齢でないなら「持たない」という選択肢を視野に入れるべきである。いざというときは躊躇なくタクシーやレンタカーを使えばいいと思う。
あと、小ネタ的にいくつか。
(6)ふるさと納税
ふるさと納税の活用を勧めながら、この制度自体はおかしいのではないかとコラムで問題提起しているの好き。「歪と言うほかありません」(p.144)。
この使い分け感覚はけっこういいと思う。
この制度おかしくない? とか思いながら「まあせっかくあるんだから使うけどね」という感覚。そこは潔癖にならなくていい。
(7)買い物で安いところにいく
100円の安い買い物をするために遠くのスーパーに行くのはあまり意味がないという話があるけど(p.136)、ぼくは健康のためにわざわざこれをやる。著者は時給換算してみろよというのであるが、日々コツコツ歩くという体の鍛え方は、まあ安いジムに通っているようなものだと思えばいい。
(8)「推し」の店でクレジット・電子決済をしない
これは面白かった。店側が決済事業者に手数料を払うために、実入りが少なくなるからである。
折しも「しんぶん赤旗」で、地元の書店をどうやって応援するかというシンポジウムを報じた記事(2025年4月4日付「減りゆく『街の本屋』 『文化のインフラ』存続願う 図書館・市民 できることは…」)があってその中にシンポジウムのパネラーの発言を紹介するの次のようなくだりがあった(「中野の図書館を考える会」の鈴木由美子)。
「本を買うとき、キャッシュレス決済だと書店に手数料負担がかかるので現金を使おう」との心がけも提案しました。
あ、まさに斗比主閲子のアレじゃん、と思いながら読んだ。
とまあきりがないのでこれくらいにする。それほど突飛な話でもないが、ぼくは知らない知識やネタがいろいろあって、まさに雑談をするかのようにこの部分に付き合った。そういう面白さがある。
左翼運動の集まりとかで読んでみて、みんなの感想とか出し合ってみたら面白んじゃなかろうか。
投資をどう考えるか
後半は投資の話である。
ここは先述の通り、余裕があればやればいいんじゃないだろうか、というのがぼくのスタンス。
そもそも例えば「老後資金のために2000万円ためる」ということで、仮に現役時代に収入の増大と支出の抑制(つまり①収入−②支出)で、現役時代に2000万円たまったとしよう。
あるいは「このテンポでためれば50歳で2000万円に到達するな」とわかったとする。
それで「終わり」なのでは。
それを増やす必要があるのだろうか。
まともに金利がつかないような普通預金に入れておこうが、はてまたは利息のつかないタンス預金をしようが関係ないだろう。
とにかくその人が「この額は必要」という金額の資産はたまったのであるから。
「いやインフレでどうなるかわからん」というので「2500万円必要だった」というならそこまで増やせばいいが、その際もおそらく現役時代では、収入の増大と支出の抑制(つまり①収入−②支出)によってそれを捻出するのが一番妥当なのではないだろうか。
「目の前で株で儲けてどんどん増やしているやつがいっぱいいるのに…」「なんか俺だけチャンスをみすみす失ってない?」と人情としては思う。昔買ったマンションとか土地が値上がりしている! とかいうのも福岡市あたりではよく聞くので、同じような心持ちになるだろう。そう、目の前で手に入るはずのお金をなんだか誰かに持って行かれているような、あるいはドブに捨てているような気持ちになる。
だけど、冷静に考えてみよう。
あなたの欲しかった、あるいは必要だとしていたお金は2000万円だったはず。
それはもう手に入っている。あるいは手に入る見通しがある。
それでいいではないか。
それで終わりなのである。
なぜそこからプラスアルファを求めるのだろう。そのプラスアルファは、どこまでいけばおさまるのか。「もっとおいしい話」は必ず聞こえてくる。そのたびに心を動かすことになってしまうのだ。
必要な額のお金が手に入っている、あるいは手に入る見通しがあるのであれば、投資というリスクを取りに行く必要はないのではないか。
だから、投資については、「必要な額が手に入れられたらそれを超えた分でやったらどうでしょう」というのがぼくの基本的なスタンスである。
投資について何かを読んだことはあまりないが、本書でも参照されている山崎元。その山崎の著作『難しいことはわかりませんが、お金の増やし方を教えてください!』(山崎元・大橋弘祐の共著)を読み、「うーん、まあ国債を買うくらいかなあ…」と思ったことはある。本書でも
あまりに株価の増減が気になって日々の仕事が手に付かないようなら、そもそもリスクを取りすぎている可能性があります。資産配分で、原則、元本割れをすることがない日本国債の比率を高めるのがお勧めです。(p.309)
とある。
ぼくの投資への向き合い方
「世界経済はこの数十年、3%くらいの年成長で推移しているから、付加価値がそれくらい毎年生まれている。だとすればどこの国にもまんべんなく、しかも長期で、その実入りが得られるような株の買い方をしておけば、まあそれくらいは資産運用できるだろう」…というような大ざっぱな感触は得られる。
ぼくが株をやるとすればそういう方針を立てる。
そして、その方針は、本書と一致する。
だから、まさに本書が勧めているように、「オール・カントリー」(p.259)で、「10年、20年で長期的に資産形成をする」(p.304)のが一番である。短期の上下に一喜一憂してはいけない。
いやまさにこのブログを書いている今、トランプの関税問題で、株価がめちゃくちゃ下がっているんだけど、安心立命というのが大事なのである(笑) 知らんけど。
本書は結論的な部分でトマ・ピケティのr>gの式を紹介し、労働者でいる限りは苦しいままだと説き、その解決方法として「自分も早く資産家になる」(p.343)ことを勧める。
非常に残念で悲しいことですが、賃金労働者でいる限りは、いつまでも豊かな生活は望めません。収入を増やし、支出を減らし、余った貯蓄で投資を行うことが、労働者から資産家になるための分水嶺となります。(p.343-344)
そうかもしれないけど、やはりそれではみんなが幸せにならない。果実が資本から生まれているのであれば、それを再分配してみんなが「健康で文化的な最低限度」以上の生活ができるようにしたほうがいいのではないかと思う。
ただ、そうであるにしても、個人が生活を防衛し、資産を増やす努力をすることには賛成なので、本書を「討議資料」にして議論を楽しく行うことをお勧めしたい。
*1:「野村総合研究所の定義によると、富裕層とは『純金融資産保有額が1億円以上5億円未満』(※)の世帯を指します。」(※出典:株式会社野村総合研究所 ニュースリリース「野村総合研究所、日本の富裕層は149万世帯、その純金融資産総額は364兆円と推計」より引用)。ちなみに「世帯」であることに注目。
*2:「いや、剰余ができたら少額でも投資に回し、それが累積的に積み重なっていくのだよ」という人がいるかもしれない。これ自体は確かに選択することができる方法だが、この理屈だと、剰余を全て投資につぎ込んでいくことになる。それはリスクが大きすぎるし、著者もそのような方法を万人に勧めないのではないだろうか。金融庁だって老後・介護・教育のための資金と緊急資金を別にしたお金を「余裕資金」として、「投資する資金は、生活資金とは別の余裕資金で行いましょう」(金融庁「基礎から学べる金融ガイド」p.15)といっているわけだし。