板倉梓『瓜を破る』

 ぼくのツイッターのタイムラインにはマンガの広告があふれていて、けっこうクリックしてしまう。

 『瓜を破る』はその一つである。Amazonの「おすすめ」にも上がってくるのだが、そのときは手に取る気にならなかった。やはりコマを強制的に読ませるというのが、マンガ好きにはたまらないのだ。

 『瓜を破る』を誰が描いているのかわからなかったが、読み始めて板倉梓であることに気づいた。板倉の作品は、『ガール メイ キル』と『間くんは選べない』くらいしか読んだことがない。好きな絵柄・作風なのに、出会う機会が少ないのだろう。

 

 『瓜を破る』は、32歳の女性・香坂(こうさか)が主人公だ。「人目を惹く美人てほどじゃないけど 部類としてはきれいめだよな」(登場人物による評価)とされる容姿だが、セックス体験がない。そのことはコンプレックスになっているのである。「破瓜」はもともとは女性の16歳を指す言葉らしいが、処女喪失を意味する言葉として使われることが多い(ぼくがこの言葉を最初に知ったのは筒井康隆七瀬シリーズだった)。

 

 

 香坂だけでなくそれをめぐる男女の物語のオムニバスになっているが、中心は香坂の恋愛である。

 処女であることのコンプレックスが真ん中にあるのかと思いきや、コピー機の保守に来ている陰鬱そうな青年・鍵谷(かぎや)との恋愛そのものが描かれていく。もちろんその中で処女であることは重要なテーマになるのだが、コンプレックスというよりむしろ恋愛経験のなさがそのまま不器用さとして現れ、「初々しい恋愛物語」として素直に読んでいる。

 

 何が面白いと思ってぼくは読んでいるのかなと思うのだけど、キスやセックスの過程を細かく描いて、それを登場人物の心理でレポートさせるのがまず何よりもいい。

 こういうのは、焦らせば焦らすだけいいとして、お決まりのようにキスやセックスに至らない・果たせないという描き方をする作品もあるが、『瓜を破る』は失敗はあるけど、ちゃんと物語・プロセスが進んでいくのがいい。すごくいい。

 最近「焦らす」マンガをいろいろ読むのだが、「どうせ今回もなんも進展せんのだろ」と冷めた気持ちで見てしまう。さらに、二人の間に恋愛・キス・セックスに至ろうという熱意・欲望がうまく描かれていないので(片方だけだったり、おざなりな描写だったり)、そういう作品にはもう「作者がカタにハメに来てんな〜」という気持ちしか起きない。

 

 この点で、『瓜を破る』の、香坂・鍵谷の恋愛は本当に素晴らしい。二人の欲望が告白、キス、セックスに必然性を帯びて向かっていく。特に「スキンシップしたい」という角度で欲望を高めているのが、ありそうでなかなか見られない描写だ。

 二人で映画を見ていても本当はキスしたい。食事している・デートしているだけだけど、本当はお互い去りがたい。このまま家やホテルに行って触れ合いたい。そういう感情がとてもうまく描けている。

 ぼくが好きなのは4巻。なりゆきでキスをしてしまう描写。

 キスをしながら鍵谷が

(そうか唇に力入れないほうがいいんだ)

(…すごくやわらかくて 触れちゃいけないとこな感じがするのに こんな)

ってするレポート、むちゃくちゃいいな。キスがどういう場合に気持ちがいいかを詳細に伝えてくれる。キスが快楽であることを鮮明に思い出させる。

…どうしよう きもちいい もっとしたい

という感情の「きもちいい」「もっとしたい」を説得的に示している。そのあと、キスがいやらしく、長く続く描写が強い快楽としてぼくに迫ってくる。

 セックスの初体験を描く6巻でも、初体験で起きる「痛み」をきちんと描く。

 痛みはどうにも美化しようがないように思えるが、「好きだから痛くてもあなたとしたい」という古典的・古風な恋愛感情でそれを乗り切ることが通例である。本作も香坂はそのように述べるのだが、失敗しながらお互いの欲望や感情をきっちりとていねいに描いてきてそこに至るために、この種のセリフがおざなりでなく、心からのものであることを読者は受け取るだろう。

 続きを楽しみにしている。