日本共産党の志位和夫委員長の談話が、産経新聞の記事で切り取られて紹介され、ネットの一部で叩かれている。
志位談話の全文は次のリンクを見てほしい。
軍事ブロック強化、核威嚇、先制攻撃への組込みは正しくない
中国が台湾への武力威嚇・武力行使をチラつかせ、北朝鮮がミサイル開発を進めることに反対するのは当然だが、それに対して軍事ブロックを強化し、米国の先制攻撃戦略への組込みの深化、核兵器の威嚇・使用などで対抗するのは正しいだろうか。
ぼくは正しいとは思えない。
まさに、ロシアに対するNATO強化のような軍事同盟的対応が大破綻を招いた同じ轍を踏もうとしているように見える。まさに非常に危険な道なのである。
第5回中央委員会総会「参議院選挙必勝 全国決起集会」/志位委員長の幹部会報告
ここで強調しておきたいのは、この構想は、ヨーロッパの教訓を真に生かす道でもあるということです。
ヨーロッパでは、ソ連崩壊後、欧州安全保障協力機構(OSCE)というロシアを含めてヨーロッパのすべての国ぐにが参加する包摂的な枠組みが発展し、1999年には、欧州安全保障憲章をつくり、OSCEを「紛争の平和的解決のための主要な機関」と定めました。ところがOSCEの機能は生かされず、NATO(北大西洋条約機構)諸国もロシアも軍事力によって相手の攻撃を「抑止」するという戦略を進め、「力対力」に陥っていきました。こうした外交の失敗が戦争という結果になったのであります。
日本共産党が一貫して批判してきたように、今回の侵略の責任は、あげて国連憲章をじゅうりんしたロシア・プーチン政権にあり、軍事同盟の問題はロシアの侵略の免責には決してなりません。そのうえで、戦争という結果になった背景には、「力対力」に陥った外交の失敗があったことを指摘しなくてはなりません。この失敗を東アジアで繰り返してはなりません。排他的な枠組みによる「力対力」に陥るのではなく、地域のすべての国を包み込む包摂的な平和の枠組みをつくり、それを安全保障の第一に位置づけて発展させることこそ、ヨーロッパから引き出すべき最大の教訓があります。
ぼくが指摘した「軍事ブロック強化」というのは、日米韓首脳会談のうち「日米間首脳共同声明」で打ち出された「日米同盟と米韓同盟の間の戦略的連携を強化し、日米韓の安全保障協力を新たな高みへと引き上げる」という部分である。
ぼくが指摘した「米国の先制攻撃戦略への組込みの深化」というのは、やはり日米韓首脳共同声明のうちの新型迎撃ミサイルの共同開発に言及している部分である。18日の日米会談において滑空段階迎撃用誘導弾(GPI)の共同開発への日本参加が合意され、防衛省は「GPIは、我が国の統合防空ミサイル防衛能力の向上に資する」との見解を出した(18日)。
「統合防空ミサイル防衛」(IAMD)はアメリカの先制攻撃を前提とした攻撃システムである。
そして、ぼくの指摘した「核兵器の威嚇・使用などで対抗」というのは、やはりこれも日米韓首脳共同声明における「米国は、日本と韓国の防衛に関する拡大抑止は強固であり、米国のあらゆる種類の能力によって裏打ちされていることを再確認した」という部分における「拡大抑止」=核抑止に言及した部分を指している。核抑止は核兵器の威嚇はもとよりその使用を前提とした戦略である。
「軍事ブロック強化」「米国の先制攻撃戦略への組込みの深化」「核兵器の威嚇・使用などで対抗」——この3点は、志位談話でも強調されている。ゆえに、ぼくはこの件について志位談話の方向を基本的に支持するのだ。
- 「軍事ブロック強化」
- 「米国の先制攻撃戦略への組込みの深化」
- 「核兵器の威嚇・使用などで対抗」
中国や北朝鮮のやり方が危険であるとしても、日本が米韓とともにこの方向に踏み出すことが正しいと言えるだろうか?
およそぼくには正しいとは思われない。
志位が述べたように、ウクライナ戦争からまさしく誤った教訓を導き出して、誤った方向にひた走っているように強く感じる。
ここで注意しておきたいのは、このような方向は一般的な「軍事対応」とは区別される、ということなのである。
産経新聞は日本共産党があたかも一般的な「軍事対決」批判、つまり絶対平和主義の立場から批判しているかのように書いて、ミスリードを誘っているように思われる。ソーシャルブックマークに並ぶコメントはそのミスリードにまんまと乗っかっているのである。
他方で、「しんぶん赤旗」の記事にも、一般的な軍事対応として問題を描いているような表現(「軍事対軍事」「軍事対決」)が見受けられる。志位談話の中にもあるが、上記のような方向性とセットで使うならありえなくもないが、同党は、自らの批判が「絶対平和主義からの批判」(つまりどんなことがあっても、たとえ防衛のためでも、軍事力使用には絶対に反対するかのような立場)と受け取られないように気をつけるべきだと思う。
対案としての包括アプローチ
共産党の示している対案については、なかなか興味深い。
ここでも一般的に「対話での解決を」というのではなく、なんと日本共産党は、日米韓首脳会議における合意文書の中にその答えがあるというのである。
18日に日米韓首脳が発表した「キャンプ・デービッド原則」は、AOIPの主流化支持を打ち出した。
この地域への我々のコミットメントは、ASEAN中心性・一体性及びASEAN主導の地域的アーキテクチャーへの揺るぎない支持を含む。我々は「インド太平洋に関するASEANアウトルック(AOIP)」の実施及び主流化を進めるため、ASEANと緊密に連携することにコミットしている。
志位談話はこの方向こそ解決の道筋であるとしている。その上で、このAOIPの方向と、日米韓による軍事ブロック化の方向が「矛盾」すると指摘するのだ。
3カ国の首脳は、東南アジア諸国連合(ASEAN)の取り組みとその「インド太平洋構想」(AOIP)への支持をあらためて確認した。AOIPは地域のすべての関係国を包摂する平和の枠組みの提唱であり、排他的なブロック的対応の強化とは根本的に矛盾するものである。
排他的なブロック的対応を強めるのではなく、対話を強め、地域のすべての国を包摂する安全保障の枠組みを推進することこそ、求められている。
ASEANのようなやり方——すべての国を当事者にして合意をじっくり形成していくという方式は、正直言って「即効性」がない。じれったい。問題国をつけあがらせ、のさばらせているかのように思える「のろまさ」がある。
南シナ海をめぐる中国と東南アジア諸国との紛争は、ようやく「南シナ海行動宣言」(2002年)に結実したかと思えば、それでは実効性が薄く、さらに「行動規範」への昇格をさせる動きを強めているが、なかなか合意に達しない。その方向が見えたのは今年の7月になってからである。
インドネシア外務省は13日、東南アジア諸国連合(ASEAN)と中国が南シナ海における行動規範(COC)を策定するための指針について合意したと発表した。(日経2023年7月13日)
それでも「策定するための指針についての合意」でしかないのだが…。
しかし、NATO・ロシア間のように侵略戦争といった劇的な破綻の形をとることはない。外科手術のようなはっきりとした解決は望めない代わりに、漢方薬のようにジワジワ効く程度であることを「我慢」するしかないのである。
中国をめぐる、日米韓同盟やFOIPのような「ブロック政治」と、ASEANが示したAOIPのような「包括的アプローチ」の関係は、ちょうどロシアをめぐる、軍事ブロック強化の方向=「NATO」重視と、ロシアを含めた包括的なアプローチ=「欧州安全保障協力機構(OSCE)」重視の関係に似ている。どちらの契機もあったのに、ロシア・欧州関係においては、軍事ブロックを重視する方向に傾いていってしまったために、劇的な破綻を遂げてしまったというわけだ。アジアにおける中国へのアプローチは、まさにこの過ちを繰り返そうとしているかのように見えるのである。
日米韓首脳会議の合意文書の中には、この2つの契機がどちらも存在している。
しかし、自公政権が重きをおいているのは、圧倒的にブロック政治強化の方向なのだ。
日本共産党は包括的アプローチの方を強化せよ、と主張しているのである。
包括的アプローチ強化のためにAOIPをどうすればいいかという踏み込みがさらに日本共産党には求められるであろうが、今の日本の方向はその前の段階。まずブロック政治強化の方向を根本的に改めろ、と志位談話は呼びかけており、それは正しいとぼくも思う。
ましてや拡大抑止=核抑止の強化や、米軍の先制攻撃システムへの加担は、日本の政策選択として支持する余地は全くない。被爆国失格であり、売国的政策とさえ言えるのである。