山本章子『日米地位協定』

この参院選でも日米地位協定は争点

 日米地位協定って、実は今回の参院選挙でほとんどの政党が重点公約にかかげてるんだよな。

 

自民党

米国政府と連携して事件・事故防止を徹底し、日米地位協定はあるべき姿を目指します。

https://jimin.jp-east-2.storage.api.nifcloud.com/pdf/manifest/20190721_manifest.pdf

公明党

日米合同委員会合意に基づき運用されている凶悪犯に関する起訴前身柄拘束移転の日米地位協定明記の検討や、基地周辺自治体と基地司令官等の定期協議の開催、また日本側の基地への立ち入り権の確立などを推進し、日米地位協定のあるべき姿を不断に追求していきます。

https://www.komei.or.jp/campaign/sanin2019/_assets/pdf/manifesto2019.pdf 

立憲民主党

在日米軍基地問題については、地元の基地負担軽減を進め、日米地位協定の改定を提起します。

https://special2019.cdp-japan.jp/rikken_vision_05/

国民民主党

日米地位協定の諸外国並みの改定を目指すとともに、辺野古基地建設を見直します。

https://www.dpfp.or.jp/election2019/answer/12

日本共産党

日米地位協定を抜本改正します。

https://www.jcp.or.jp/web_policy/2019/06/2019-saninsen-seisaku.html

日本維新の会

普天間基地の負担軽減と日米地位協定の見直し

https://o-ishin.jp/sangiin2019/common/img/manifest2019_detail.pdf

社会民主党

米軍、米軍人・軍属に特権、免除を与え、基地周辺住民の市民生活を圧迫している日米地位協定の全面改正を求めます。

http://www5.sdp.or.jp/election_sangiin_2019 

れいわ新選組

真の独立国家を目指します〜地位協定の改定を〜

https://v.reiwa-shinsengumi.com/policy/ 

市民連合と5野党・会派の「共通政策」

日米地位協定を改定し、沖縄県民の人権を守ること。

https://shiminrengo.com/archives/2474

 

「あるべき姿をめざす」ってなんだ?

 ほとんどが「改定」「改正」をめざしているのに、自民党は「日米地位協定はあるべき姿を目指します」となっている。公明党にもこの文言が出てくる。

 あ……あるべき姿……?

 これについて衆院議員・本村賢太郎民進党時代に出した質問主意書で「安倍総理は、(2016年)五月二十五日に行われた日米首脳会談において、『地位協定のあるべき姿を不断に追求していきたい』と述べているが、必要であれば抜本的な見直しも行うと解釈してよいのか」と尋ねたのに対して、答弁書では、

日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定(昭和三十五年条約第七号)は、合意議事録等を含んだ大きな法的な枠組みであり、政府としては、同協定について、これまで、手当てすべき事項の性格に応じて、効果的かつ機敏に対応できる最も適切な取組を通じ、一つ一つの具体的な問題に対応してきているところであり、引き続き、そのような取組を積み上げることにより、同協定のあるべき姿を不断に追求していく考えである。

 と返している。

 なんだかぼくらシロートにはわかんねー話なんだが、要するに「取組を積み上げる」こと、つまり協定を変えるのではなく、「運用の改善」でやっていくという話なのである。*1

 

 地位協定を明文で改定するのか、それとも運用改善でいくのか、が争点になる。

 

 沖縄タイムズは「不平等性が強く指摘される日米地位協定では、自民以外の全政党が改定を掲げた」という見方をした。

www.okinawatimes.co.jp

 「今の地位協定でいい」という人は自民党、改定を望む人は他の党に投票しよう。 

 

密約としての合意議事録

 昔から日本共産党がいってきたことであるし、最近では矢部宏治とか前泊博盛なんかも書いていることだけど、日弁安保条約や日米地位協定の歴史というのは、基本的に占領の、形を変えた継続なのである。条約や協定の明文では、改定によって占領の継続であることを「否定」しつつ、実際には密約や非公開の合意などによって「占領の継続」を保障するというものなのだ。

 

 本書・山本章子『日米地位協定』(中公新書)も、これに近い把握をしている。

 

日米地位協定-在日米軍と「同盟」の70年 (中公新書)

日米地位協定-在日米軍と「同盟」の70年 (中公新書)

 

 

 日本政府の言うように、日米地位協定は、すでに条文として他国並み=NATO並みになっているのかもしれない、と山本は言う。

だが、日米地位協定が「NATO並み」だという主張は、条文の文言については当てはまるが、実際の運用については当てはまらない。(「はじめに」ⅳ)

 あっ、それなら、運用改善のほうがいいんじゃないの……と思うかもしれない。しかし山本はその理由についてこう続ける。

日米安保改定の際に日米両政府が別途作成し、長らく非公開だった「日米地位協定合意議事録」では、日米行政協定と変わらずに米軍が基地外でも独自の判断で行動でき、米軍の関係者や財産を守れる旨が定められているからだ。

 日米地位協定は、条文ではなくこの合意にもとづいて運用されてきた。ここに最大の問題がある。

 日米地位協定への批判は、より対等な改定の要求へと結びついてきた。だが、二一世紀初頭まで非公開だった日米地位協定合意議事録に従って運用されてきた事実は、日米地位協定の改定によって問題は解決されないことを意味する。(同前)

  山本は、合意議事録の撤廃により、協定を明文の通りに厳格に守らせれば「不完全ではあるが協定が抱える問題の大部分は改善されるだろう」(p.211)とする。山本の提案は地位協定改正でもなく、運用改善でもなく、その「中間」のような形をとっている。

 山本は合意議事録が一種の「密約」だから、正統性を持ち得ず、国会審議もされていないので政府間合意とは言えないとしている。つまり、改定・交渉しやすいというのが山本の意見である。

 だが、「日米地位協定」とは「合意議事録等を含んだ大きな法的な枠組み」(先の質問主意書への政府答弁)だ。合意議事録の撤廃は、ほとんど協定の改定、というか協定の本質をいじることになる。山本が「協定の改定ではなく合意議事録の撤廃という形であっても、米国の同意を得ることが困難であることには変わりはない」(p.211)と認めるように、こういう角度から攻めたとしても、闘争がやりやすくなるわけではないだろう。

 

 ただ、本書を読むとよくわかるが、これまで秘密だった(現在は公開されている)合意議事録を完全に撤廃することは、確かに“本文の明文によって正体を隠し、合意議事録でこっそり付け足しをする”という地位協定の本質に触れることになってしまう。だとすれば合意議事録を撤廃することと、地位協定本体を改定することをどちらも追求すればいい。

 特に野党は内容にはあまり詳しく踏み込まずに「地位協定の改定」というのを公約しているのだから、逆に言えば、そこまで進めていくことはできる。

 

 

アメリカが引き揚げてしまうことを「恐れる」がゆえに

 本書を読むともう一つ示唆的なのは、ソ連崩壊以後、安保の意味を見失った日本の支配層が、部分改定を提起したら結局アメリカが引き揚げてしまうのではないか、ということを本当に恐れていることだ。

 そして、NATOでは改定に応じても日本については改定に応じないのは、良くも悪くも憲法9条がある限り、対等で双務的な軍事同盟など期待できないために、アメリカは地位協定の改定には応じないと山本は見ている。日米安保条約とは、軍事同盟とはいうものの、本質的には「基地協定」なのだと山本は指摘している。

同盟条約と基地協定を分離する日本の要望はすべて米国から全面的に拒絶されてきた。このため、在日米軍の撤廃はそのまま同盟関係の解消を意味し、冷戦終結後には日米同盟関係の維持について外務省の不安を著しく煽り、日米安保の再検討につながる一切の動きを自主規制させたのである。(p.172)

 最近、トランプが「安保条約やめよっかなー♪」と言ったと伝えられたが、あれが現実になることを本当に恐れているわけである。

 山本は「日米安保条約を支持する立場」(p.214)である。

 しかし、日米地位協定の現状に批判的な気持ちを持っている。

 日米安保体制を壊さずに、地位協定の見直しを図る道を模索した山本が出した結論は、地位協定本体には手をつけずに、付属している合意議事録の撤廃だった。

 しかしこれはあまりに無理筋である。

 結局、日米地位協定の改定は、安保体制(日米軍事同盟)そのものの見直しにまでいくことを覚悟して進むか、さもなくば、いまトランプが求め、安倍政権がそれに呼応しようとしている「憲法9条を改定して、アメリカとともに戦える双務的な関係に変える」ところにまで突き進むしかないのである。

 本書はどちらかの覚悟が必要であることを教えてくれる。

 

 例えば、これは先の話だが、野党連合政権ができたとして、日米地位協定の改定を提起することはできるだろう。その時、アメリカが拒むに違いない。さらに「これ以上は応じられない。さもなくばもう引き揚げる」と言い出した時に、どういう対応を取るのかという問題になってくる。

 ぼくとしては、その時にアメリカとの軍事同盟をやめていく道を説くのが左翼の役目だと思っている。まあ、今はそこまで心配する必要はないのだが(共産党の役割は、そこに見通しを持っていることだと言えるだろう)。

 だが、沖縄の苦しみの解消だとか、米軍基地をなくしていくという地元自治体の切望(例えば福岡市だって高島市長や自民党を含めてオール福岡で基地返還を推進している建前になっている)だとかに応えようとすれば、ゆくゆくはそこは避けてとおれない。

 

 日米軍事同盟を抜け出す選択肢もあるんだよ、という道を説得的に示せるかどうかが、沖縄の米軍基地問題、本土の米軍基地返還の展望を(左翼的に)切り開くことになる。

 

 

本書を読んで他に知ったこと・感じたこと

 さて、最後に、本筋とは別に、本書で知ったこと、感じたことなどについて簡単にメモしておく。

  • 第二次世界大戦後の日本では「アメリカの占領の継続という状態をいかに避けるか」ということが大きな課題であり、少なくとも保守政治家たちはその体裁や世論をずいぶん気にしていた。そして反基地闘争は実際に政治を動かした。戦後日本の骨格はこのような闘争とそれへの配慮によって出来上がっている。
  • 逆に言えば、今の日本には「別にアメリカに占領されていても、守ってくれるのならそれでいいのでは」という意識が増えてきていないか、と思った。
  • 日米合同委員会には合意を決定する権限はなく、そこで密約が生まれることはない。
  • 思いやり予算の区分について勉強になった。また、その公式の語源は、1978年6月29日の参院内閣委員会での金丸答弁だった。
  • 日米地位協定24条に照らして米軍の移転費用を日本政府が負担することは協定違反だという声があるが、これに対して、新築でない代替施設の建設は24条を逸脱しないという「大平答弁」によって24条違反でないと強弁するようになった。これは個人的に、今福岡空港の滑走路拡張で米軍の倉庫を移転する際に、そのお金を支出すべきなのはもともと誰なのかという論争が、議会で行われたのを見たので、興味を持っていた。

*1:公明党のは、すでに運用しているとされている「凶悪犯に関する起訴前身柄拘束移転」についてのみ「明記」を求めるものであるが、これを改定というかどうかは微妙である。