『マクニール世界史講義』

 リモートでの読書会は、今回は『マクニール世界史講義』である。

 歴史学がタコツボ化する中で世界全体の歴史法則を明らかにする。

 

 

 ジャレド・ダイアモンド『銃・病原菌・鉄』、ハラリ『サピエンス全史』、クリストファー・ロイド『137億年の物語』など私自身がマルクス主義史的唯物論を豊かにする、あるいは検証する意味で、ぼくはこのテーマに関心があった。

 

 その元ネタとしてのマクニールである。

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第1講と第2講

 冒頭のフロンティア論は、アメリカのフロンティア論から理論体裁を借りたものだ。

 アメリカのフロンティア論としては人気が悪かったウェッブのグレート・フロンティア論をヒントに、マクニールは、世界史を“ヨーロッパ文明が世界に広がっていき、そこかしこでフロンティアが生まれたプロセス”として捉えた。

 1750年を境にして違いがある。

 1750年以前、フロンティアは伝染病(感染症)で先住民を絶滅させ、輸送力もないために人口が少なく、自由と奴隷的拘束が両立していた。開拓者のヤクザ的自由のもと、労働力の少なさを暴力で固定化しようとした。

 1750年以後は、交通・通信の発達(大量の自由民の移民)、人口の増加(食糧増産)により人口構造が変化し、労働力が安定供給され、奴隷制的な暴力は不要となり、ヨーロッパ化した。

 1500年以降のヨーロッパ拡張は4世紀半でそのプロセスを終えた。

 ヨーロッパ文明のフロンティア拡大として世界史をとらえ、感染症の役割の大きさを重視し、しかも技術文明によって歴史のメカニズムを解明している。

 南米産の作物の普及の役割の大きさを指摘しているのは非常に興味深い。ジャガイモ・サツマイモのカロリー供給力、トマトのビタミン供給力は大きかったんだなあ!

 また、ヨーロッパ化した新世界では、ヨーロッパ的な階級社会が生まれるわけで、そこからはある意味でマルクス主義の出番ではないのか?

 つまりマクニールとマルクスを組み合わせることは可能である…と感じた。

 

第3講

 3講と4講はセットである。

 ミクロ寄生=微生物が人間に与えた影響、マクロ寄生=搾取や収奪が人間に与えた影響、そして都市がもたらした人間への影響(都市的変容)から世界史を解読する。

 ミクロ寄生は、食べ物は豊富にあるはずの熱帯を離れて、寒い地方になぜ人間が移ったのかというのは、感染症から自由になれる上でむしろ有利だった。

 「なぜ寒いところに人類は住んだのか?」——これは私自身の長年の謎だったので、このマクニールを読んで「なるほど」と思った。

 しかし、読書会参加者の一人から、「それは定説じゃないよ」と批判された。

 

 農業により定住が始まると再び感染症との戦いとなる。そして耕作者は土地に縛り付けられ、搾取・収奪されるようになる。だが、ミクロ寄生とマクロ寄生の被害を差し引いてもなお定住し農業をした方がメリットがあったということだろう。ミクロ・マクロ寄生と農業社会が共存し始める。

 

 人間が都市に集中して集まるようになると、3つの変化、すなわち

  1. 職業の専門化(官僚的支配体制)
  2. ミクロ寄生の強化
  3. 神職から武力集団の優位

という変化が生じた。

 ミクロ寄生においてもマクロ寄生においても、寄生する方と寄生される方(宿主)の相互依存が起き、安定した生活様式潜在的に実現した。

 

 しかし、商業がこれを壊した。

 伝染病による社会への打撃。官僚体制の後退。1000年もの不安定。(感染症の影響の大きさ!)これを緩和したのが優れた技術と宗教的支配。宗教はプラスの役割が大きい。

 官僚体制と市場の争いは、1000年以後は市場=商業に傾いた。これ以後マクニールが呼ぶ「近代」が始まる。マクニールは「近代」を市場化だととらえたのである。

 

第4講

 近代の世界システムを解説する。一言で言えば、都市的変容に対する商業的変容の優勢である。すなわち都市的変容(官僚支配)vs 商業的変容(市場原理)。

 この市場原理社会は、中国=宋の時代に始まった。早生稲による二毛作。生産力の飛躍。経済余剰。銭納。大運河。市場への介入を避けることで富を効率的に支配できる。しかしモンゴル帝国がこれを破壊してしまった。

 

 中国が覇者にならずにヨーロッパが覇者になった理由についてマクニールは以下のようなものをあげている。

  • ちょうどイスラムからジブラルタルを解放。海から外へ。
  • ステップ地帯である陸路(シルクロード)は感染症が残り、交易網が再興されなかった。
  • 中国は北の侵入に資源を割いて、海の進出を閉ざした。
  • ヨーロッパ人の知的好奇心。『ダンピアのおいしい冒険』を思い出す。
  • ヨーロッパ人の伝染病への免疫の高まり。フロンティアでの先住民を伝染病で滅ぼして入植するパターン。
  • 銃器・大砲は騎兵の優位を消滅させた。
  • 優越した政治的権威が登場せず、かえって軍事的な強化の増幅をもたらした。また、そのことが商業を屈服させられなかった。市場への強制が弱まることで富を生み出す能力が飛躍的に高まった。この市場の解放された力を「核反応にも匹敵」とマクニールは呼んだ。
  • アジアにおける伝染病への免疫の高まりによる人口増加は小作農の増大となり、社会の脆弱さになった。

 

 

 これらを総括して、マクニールは、ヨーロッパの覇権を“ヨーロッパが新たに富と権力を得た時期と、アジアの政府や支配層が例外的に弱くなった時期とが偶然に一致”によるものだと説明した。

 

 今に至るまで官僚支配vs市場原理の戦いは続いている。

 つまりミクロ寄生・マクロ寄生・官僚支配(都市的変容)・市場原理(商業的変容)、そしてフロンティアによって世界史のシステムを説明するのがマクニール流なのだ。

 

第5講

 経済的破綻・政治的破綻を振り返る。小さな破綻はより大きな破綻を準備しているだけかもしれず(カタストロフの保全)、それを理解しない破綻の弥縫策は無駄なことかもしれないが、それを諦めずに改善するしかないのかもしれない。というはっきりしないけど希望は捨てないのがマクニールの結論だ。

 ここで「カタストロフの保全」としてミシシッピ川の堤防の話が持ち出される。おお、どこかで読んだぞ、と思っていたが、『感染症と文明』だった。

kamiyakenkyujo.hatenablog.com

 

感想のまとめ

 感染症の果たす役割が非常に大きい、と改めて感じた。

 マルクス(あるいは日本共産党)では感染症は補足的な役割しか与えられていない。

この歴史的事実をもって、「ペストが農奴制を没落させた原因だ」と結論づけることは、言い過ぎになるでしょう。病原体に社会を変革する力があるわけではありません。同時に、「ペストが農奴制を没落させる一つの契機となった」、「農奴制から資本主義への歴史の進行を加速させた」ということは、間違いなくいえるでしょう。その意味で、東京大学名誉教授の村上陽一郎氏が、その著書『ペスト大流行――ヨーロッパ中世の崩壊』でのべたように、「黒死病は、資本主義の発生に決定的なギアを入れた」ということができると思います。

日本共産党創立98周年記念講演会/コロナ危機をのりこえ、新しい日本と世界を――改定綱領を指針に/志位和夫委員長の講演

 だが、階級闘争のみが歴史の推進者ではなく、こうした技術・感染症・フロンティアの役割を、もっと自分の歴史観の中にも取り入れる必要があると感じた。

 同時に官僚支配vs市場原理という対決軸を作り、「市場が人間を豊かにした」というのはやや説得力に欠ける。

 マルクスは市場ではなく資本主義の生産力の飛躍的発展が人類史を変えたと見た。

 また、官僚体制が生産力を飛躍させた側面もある。スターリン体制を含めた開発主義による生産力の発展、つまり独裁国家であっても経済発展が行われ、それが国民の生活を豊かにした側面はあるからだ。