「学校の設置者」とは誰なのか(パート1)

 すでに新型コロナウイルスの感染拡大予防のための学校一斉臨時休業が始まっているので、これを明らかにしてももう遅いんだけど、メモのようなつもりで残しておく。また、まだ考察の途中だし。

 新型コロナウイルスによる学校の一斉臨時休業は学校保健安全法の第20条が根拠になっている。

(臨時休業)
第二十条 学校の設置者は、感染症の予防上必要があるときは、臨時に、学校の全部又は一部の休業を行うことができる。

 

一体「学校の設置者」とは誰なのか

 ぼくの問いはこうである。 

 ここでいう「学校の設置者」とは一体誰なのか?

 まず、常識的に考えれば「学校の設置者」は「地方公共団体(市町村)」だ。

 学校教育法第2条は条文の見出しが「学校の設置者」とされ、

(学校の設置者、国立・公立・私立学校)

第二条 学校は、国、地方公共団体及び私立学校法第三条に規定する学校法人のみが、これを設置することができる。

と定められているからだ。誤解の余地がないように見える。

 であるならば、学校の設置者=地方公共団体、つまり市町村が臨時休業を決めるなら、その地方公共団体を代表するのは市町村長だから、市町村長が臨時休業を決めるのだな、と考えるのが普通である。市町村長から独立した機関である教育委員会や校長ではあり得ない。

 ところが、次のような記事がある。

 

news.yahoo.co.jp

  この中で内田良は

 上記の「学校の設置者」とは公立校の場合には地方公共団体を指し、教育委員会が学校の管理運営について最終的な責任を負っている。つまり、感染症予防のための臨時休業は、けっして首相や文部科学省の権限ではなく(さらには地方公共団体の首長の権限でもなく)、教育委員会の権限である。
 首相からの「要請」という点では、その影響力はとても大きい。だが、臨時休業の実施やその期間を判断する主体は、あくまで教育委員会である。

 とコメントしている。

 えっ……教育委員会なの?

 ぼくは愕然とする。

 上記の内田の記述は、「学校の設置者」は「地方公共団体(市町村)」だけど、「管理運営」は「教育委員会」なので、「学校の設置者」としての判断は教育委員会が行う、となっている。

 

「学校の設置者」が教育委員会だという理屈は?

 一体その理屈はどうなっているのだろう。

 ネットには高知県の「いじめ防止基本方針」がアップされていて、そのp.8には次のような脚注がある(文中の「法」とは「いじめ防止推進法」のこと)。

公立学校における「学校の設置者」は、学校を設置する地方公共団体である。また、公立学校について、法第28条の調査を行う「学校の設置者」とは、地方教育行政の組織及び運営に関する法律(昭和31年法律第162号)により、当該地方公共団体の中で具体に学校の設置・管理を行う教育委員会である。

 これも内田と同じ見解だ。

 ここにわずかだが理屈が書いてある。

 つまり“学校を実質的に管理しているのが設置者である”という理屈のように思える。

 

 国会で文部科学大臣が次のように答弁している(2014年5月14日衆院文科委)。

公立学校の場合の学校の設置者とは、学校を設置管理する教育委員会であるわけであります。

 高知県の「方針」に書いてある理屈と同じだ。

 解説書ではどうなっているか。

 鈴木勲編著『逐条 学校教育法 第7次改訂版』(学陽書房)では、学校教育法の2条が「学校の設置者」の条文であるとして、「国」と「国立大学法人」の関係を例に次のような注解を書いている。

法令上「設置者」とは、設置する学校の土地や建物などの財産を所有・管理し、当該学校を直接運営する者を指すと解されている(p.25)

 政府答弁(2003年6月10日参院文科委、遠藤純一郎政府参考人)もこの通り。

法令上、学校の設置者とは、設置する学校の土地や建物などの財産を所有、管理し、当該学校を直接運営する者を指す

  ここまでを整理してその理屈を簡単に言えば「地方公共団体が学校を設置する(作る)けど、実質的にそれを管理運営する者が『学校の設置者』となる」ということだろう。

 

なぜ教育委員会を「学校の設置者」と呼称するのか?(疑問その1)

 しかし、ここで新たな疑問(疑問その1)が起きる。

 例えば、学校教育法で公立小学校の設置主体は地方公共団体でしかありえないとわざわざ断りながらその地方公共団体を「学校の設置者」という名称では呼ばずに、その「設置者」というのは教育委員会のことだとするのは一体なぜなのか。

 いや、政治家たる首長がトップを務める市町村が直接管理するんじゃなくて、教育委員会が学校の管理を実質やるっていうのは、戦争を反省した独立機関としてのあり方だっていうのはよくわかるよ。それはいいんだ。

 どうして「学校の設置者」などという紛らわしい名称で教育委員会のことを、法律(例えば学校保健安全法やいじめ防止推進法)で呼ぶのか、ということなのである。

 わかりやすく「学校の管理者」でいいではないか。

 

 

教育委員会は「管理」ではなく「管理の事務」をしている?(疑問その2)

 解説書を読んでいるとさらに戸惑う。

 先ほど高知県の「方針」の脚注に「地方教育行政の組織及び運営に関する法律…により」学校の設置者っていうのは教育委員会なんだぜ、とあったのを思い出してほしい。学校を実質的に管理運営しているのが教育委員会であることは、「地方教育行政の組織及び運営に関する法律」第21条に次のように定めていることに根拠を持つ。

第二十一条 教育委員会は、当該地方公共団体が処理する教育に関する事務で、次に掲げるものを管理し、及び執行する。
一 教育委員会の所管に属する第三十条に規定する学校その他の教育機関(以下「学校その他の教育機関」という。)の設置、管理及び廃止に関すること

  はい。だいたいここで最初に内田の言ってたことに到達したよね。

 もっぺん、内田の言っていたことを振り返ってみよう。

「学校の設置者」とは公立校の場合には地方公共団体を指し、教育委員会が学校の管理運営について最終的な責任を負っている。

  しかし。

 しかし、である。あえて、ここでもう一度めんどくさく突っ込んでみる。

 木田宏『第四次新訂 逐条解説 地方教育行政の組織及び運営に関する法律』(第一法規)にはこうある。

教育委員会の所管に属する教育機関〔例:県立高校や市立小学校――引用者注〕の設置主体は、都道府県や市町村等の地方公共団体である。学校〔教育――引用者注〕法第二条は、学校は、国、地方公共団体、学校法人のみがこれを設置できると規定している。(p.196)

 ここまではいい。

したがって、教育委員会教育機関を設置し、管理し、廃止するというのではない。(同前、強調は引用者) 

 え? 管理するんやないのかい?

教育委員会は、地方公共団体の執行機関として、これらの事項に関する事務を行うというのである。(同前)

 お……おう。

 「管理をしている」ではなく「管理の事務をしている」のだ、と。

 木田宏は続いて次のような文章を入れている。

しかして、……教育委員会がこれらの事務を独自に処理できるかというに、教育機関の設置、管理、廃止は……団体の意思決定機関の決定を要する場合があり得ることは、当然のことである。(同前)

  わからん。

 あえて、解釈してみる。

――もし教育委員会が上記の地教行法21条にある「教育機関」(=学校)の「設置、管理及び廃止」が「直接できる」としてしまうと、教育委員会が決めれば学校をつくってしまえることになる。しかし、実際には団体の意思決定機関(=議会)の「決定」が必要になる。だから、学校の設置・管理・廃止を直接せずに、その「事務」をしているに過ぎない。……

 こういうことだろうか?

 教育委員会は「管理」をしておらず、「管理の事務」をしている――これは内田や国会答弁とは矛盾するのではないだろうか。(疑問その2)

 

管理しているのは「校長」で教育委員会はその校長を「指揮監督」?(疑問その3)

 愛知県豊橋市公式ホームページには、学校の設置者としての「市」と教育委員会の関係について次のような記述がある(強調は引用者)。

 

豊橋市立小中学校の設置者は豊橋市で、校舎・体育館を始め、学校で必要となるほとんどの費用を負担しています。
また、そこで働く教員の任用は、愛知県が行うため、教員の採用、処分等は愛知県教育委員会が行うこととなりますが、教員に関する第一義的な服務監督権は、豊橋市教育委員会に委ねられています。
一方、小中学校の設置者である豊橋市が、各学校の全てを直接管理することはできないため、校長に定量の管理権限を委ねる中で、豊橋市教育委員会は、各学校長を指揮監督することとしています。

 まずここには「小中学校の設置者は豊橋市」と書いてあって、これだと「学校の設置者は豊橋市」と読める。しかし「市が、各学校の全てを直接管理することはできないため」その管理権限を他に委ねるのだとする。

 ここまでは非常にわかりやすい理屈である。

 なるほど、管理も市がやるけど、その管理権限を豊橋市が誰かに委ねるのだ、と。

 その「誰か」は、当然「教育委員会」だろうと予想する。

 ところがである。

校長に一定量の管理権限を委ねる

ときた。

 えっ、「校長」!?

 「校長」が学校の管理権限を委ねられているの?

 ま、まあ、実感的にはすごくよくわかるよな。

 だけど、じゃあ、「教育委員会」は?

 このままだと「学校の設置者」としての「教育委員会」が出てこないじゃん。

校長に一定量の管理権限を委ねる中で、豊橋市教育委員会は、各学校長を指揮監督することとしています。

 アッー!

 「各学校長」を「指揮監督」?

 つまり学校を管理しているのは教育委員会ではなく校長であり、教育委員会はその校長を指揮監督しているだけ?(疑問その3)

 

 もしこの豊橋市の記述が本当なら、

  1. 「学校の設置者」とはあくまで「市」である。
  2. しかし、その管理権限を「校長」に委ねている。
  3. その校長を束ねて指揮監督している「市教育委員会」が最終的には実質的な管理をしている。
  4. だが、それは管理そのものではないので「市教育委員会」は管理についての「事務」をしているに過ぎない。

という理屈になるのだろうか。

 一応、理屈は流れているような気がする。

 もしその理屈であれば、こうなるだろう。――

 「学校の設置者」は誰ですか、と問われれば、それは「地方公共団体」つまり市町村であると答える。

 しかし、市町村は実質的に管理していない。

 管理していないから、学校保健安全法第20条の「学校の設置者は、感染症の予防上必要があるときは、臨時に、学校の全部又は一部の休業を行うことができる」という条文については、休業を行うのは「市町村」ではない。

 休業の「判断」をできるのは、管理権限を委ねられている「校長」である。

 だが、その市全体の「校長」たちを束ねている(指揮監督している)のは、「教育委員会」であり、教育委員会が「校長」を指揮監督して「休業をしろ」とか「その休業の判断をやめろ」と言ったりできる。……

 こういうことではないか。

 なるほど、こういう解釈をすれば、一応疑問その1・その2も解決できる。

 「校長が管理権限を委ねられている」というのは、例えば、先ほどの「臨時休業」の判断を校長ができるのだと、どの自治体の学校管理規則*1でも定められていることを見ればわかる。

(非常変災等による臨時休業)
第5条 非常変災その他急迫の事情があるときは,校長は,臨時に授業を行わないことができる。この場合,校長は,直ちに次の事項を教育委員会に報告しなければならない。
(1) 授業を行わない期間
(2) 非常変災その他急迫の事情の概要
(3) 臨時休業に対する補充措置
(4) その他必要と認める事項

福岡市立小・中学校管理規則

 

 学校保健安全法第20条は全国的な統一基準として感染症対策を理由にする場合に限定して「学校の設置者」がそれを判断できるとしており、校長もそれが(管理規則で)できるし、その自治体全部を教育委員会が判断できるとしているのだろう。

 内田が「最終的な責任」と言っているのはこういうことではなかろうか。

 

 結局こうした理屈をきちんと書いてある解説書にはまだ出会えていない。

 だから、引き続きこの問題がわかったら「パート2」を書くことにする。

 いい本があったら誰か教えて。

*1:「規則」は、地方自治法第15条に基づき市町村長などが法令の範囲内で制定する法形式の名称。