基本的な事実を知らせる努力――共産党の政権参加について

 田中信一郎千葉商科大学基盤教育機構准教授)が共産党の政権参画についての課題を整理している。

webronza.asahi.com

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 田中は、「同党の綱領等の基本文書を読み解き、政権参画の課題を分析する」としている。*1

 これ自体はとてもまじめな努力だと思う。公開されている共産党の「基本文書」をていねいに読んで、いわば一般市民ができる努力の範囲で、誠実に課題や疑問を書いたものだと思えるからだ。

 

 田中の主張の中心は、

  1. 共産党は「基本文書」で自衛隊違憲としているが、連合政権に参画したらその理論的な整合性はどうなるのか。また、現実にどう対応するのか。その整理が必要だ。
  2. 共産党は「基本文書」で安保条約を廃棄するとしているが、連合政権に参画したらその理論的な整合性はどうなるのか。また、現実にどう対応するのか。その整理が必要だ。
  3. 共産党は組織原則を民主集中制にしているが、共産党が送り込んだ閣僚が共産党の方針と違った対応をしたらどうなるのか。

というものだ。

 結論から言うと、少なくとも1.と2.について田中は基本的な事実、つまりホームページなどで公開されている共産党の基本的な見解をふまえずに書いていると感じた(あとで述べるように、それは田中の責任とばかりは必ずしもいえない)。田中が「基本文書」をじっくり読んだことはまちがないない。だが「基本文書」を読んだだけではこうなってしまうのか、というぼく自身の驚きでもある。

 

自衛隊は「合憲」として扱うし、安保条約は発動する

 1.および2.について、共産党は次のように回答しており、ホームページでも公表している。

 まず自衛隊である(朱色による強調は引用者)

 日本共産党の立場……憲法9条にてらして自衛隊違憲だと考えるとともに、憲法自衛隊の矛盾の解決は、国民の合意で一歩一歩、段階的にすすめ、将来、国民の圧倒的多数の合意が成熟した段階=国民の圧倒的多数が自衛隊がなくても日本の平和と安全を守ることができると考えるようになる段階で、9条の完全実施に向けての本格的な措置に着手します。

 連合政権としての対応……現在の焦眉の課題は自衛隊の存在が合憲か違憲かでなく、憲法9条のもとで自衛隊の海外派兵を許していいのかどうかにあります。連合政権としては、集団的自衛権行使容認の「閣議決定」の撤回、安保法制廃止にとりくみます。海外での武力行使につながる仕組みを廃止する――これが連合政権が最優先でとりくむべき課題です。

 「閣議決定」を撤回した場合、連合政権としての自衛隊に関する憲法解釈は、「閣議決定」前の憲法解釈となります。すなわち、自衛隊の存在は合憲だが、集団的自衛権行使は憲法違反という憲法解釈となります。

*2

 志位和夫はごていねいにも、国会で閣僚になってどう答弁するかまで決めている。

志位 政権としてはそれで対応する。私たちが、その政権に閣僚を送った場合に、閣僚として「自衛隊違憲か、合憲か」と問われれば、閣僚としては当然「合憲だ」と答えます。ただ、違憲だという党の立場は変えません。

  次に安保条約である。

 日本共産党の立場……日本の政治の異常なアメリカ言いなりの根源には、日米安保条約があると考えており、国民多数の合意で、条約第10条の手続き(アメリカ政府への通告)によって日米安保条約を廃棄し、対等平等の立場にもとづく日米友好条約を締結することをめざします。

 連合政権としての対応……安保条約については「維持・継続」する対応をとります。「維持・継続」とは、安保法制廃止を前提として、第一に、これまでの条約と法律の枠内で対応する、第二に、現状からの改悪はやらない、第三に、政権として廃棄をめざす措置はとらない、ということです。

 連合政権として日米関係でとりくむべき改革は、すでに野党間で合意となっている日米地位協定の改定、沖縄県・名護市の新基地建設の中止などです。これ自体が、異常なアメリカ言いなりの政治をただすうえで、大きな意義をもつ改革になると考えます。

 

 こちらもごていねいに、「中国が尖閣諸島に軍事侵攻したら、新政権のもとで安保条約を発動して米軍出動を求めるのか?」との問いに次のように答えている。

 中北 尖閣の問題はどうですか。

 志位 これは私たち野党連合政権をつくった場合に、安保条約にどう対応するかについて答えを出していまして、それは2015年につくられた安全保障関連法を廃止して、前の法制に戻るということです。ですから、集団的自衛権の行使はやらない、憲法解釈では(集団的自衛権が)違憲というところに戻す。前の法制(に戻る)という点でいえば、仮に日本が有事という事態になった場合は、安保条約第5条で対応する

 中北 米軍に出動を求めることに、共産党も賛成する?

 志位 政権としては(第5条での)対応を求めるということです。

 

 実践的にはほとんどこれで問題はないだろう。

 これらを要約した基本的な立場は

日本共産党は、さまざまな点で、他の野党とは異なる独自の政治的・政策的立場をもっています。わが党は、党としては、それらの独自の主張を大いに行っていきますが、それを野党連合政権に持ち込んだり、押し付けたりすることはしません。

である。

 

 これらは党首(志位和夫)が語った形で、明らかにされている。

www.jcp.or.jp

 憲法上の規定が問題になるのは自衛隊だけではない。

 例えば共産党政党助成金憲法違反だとしてその廃止を訴えている。

 しかし、共産党政党助成金を野党連合政権の課題にするつもりがないことは、野党連合政権での実現を共産党がめざそうとする「5つの提案」のなかに入っていないことからも明らかである。

 共産党閣僚が国会で「政党助成金違憲か」と質問されたら、「合憲です」と躊躇なく答えるということだ。

  だから、共産党の閣僚は国会で自衛隊違憲かと問われれば、「合憲である」と答えるし、共産党議員団は安保条約を前提にした地位協定改定に賛成するのである(実際、地方議会で共産党の地方議員・地方議員団は何百回・何千回とそのような改良を求める、安保条約を前提とした国への意見書に賛成している)。

 

 もし田中が“そんなことはとうに知っている。それでは不十分だ。連合政権といえども基本政策を一致させなければいけないのだ。共産党は党の基本政策を変えるべきなのだ”という意見の持ち主であれば、話は別である。

 まさかそんなことはなかろうが、一応それについても述べておこう。

 どの民主主義国家でも党としての基本政策を留保して一致点で連立を組むのは「屁理屈」でもなんでもなく、当たり前のことである。日本で言っても公明党自民党は少なくとも憲法の全面改定を目指す自民党と、現行憲法の部分改定を目指す公明党ではまるで憲法観、すなわち国家の基本像が違う。*3しかしそこを留保して彼らは連立をしているのである。

 基本政策まで一致させたら同じ政党になってしまう。

 多様性の中での統一をはかるには、共産党でなくても、近代政党ならこういうやり方以外にはほとんど考えられない。

 

 閣僚として閣議で問題提起するが多数派にならねば閣議決定に従う

 次に、3.であるが、これは確かにわかりにくかろう。

 ただ、統一戦線のもとでは一致点で共同するということが共産党綱領上の基本原則だから、原理的にあまり難しく考える必要はない。

 田中の問いを具体的に考えるなら、「共産党員として共産党の方針で閣僚会議に臨み、そのことを議論して閣僚の合意になればいいが、議論して合意にならなければ閣議決定に従う」ということになるだろう。

 新しい問題が出てきたときも同じ原則になるが、重大な逸脱、例えば集団的自衛権行使を容認するような法改定を新政権がしようとして、共産党の閣僚がやめろと言っても受け入れられなければ、共産党は連合政権を離脱するのであろう。

 つまり、少なくとも田中が懸念している問題についていえば、民主集中制の原則がどうのという話ではないのである。*4

 とはいえ、共産党のホームページを探せばそのような見解は出てくるかもしれないが、それを田中に探せというのは酷なものである。だから3.については共産党がきちんとまとめて答える必要がある。

 

 今回、田中の記事を読んで思ったのは、田中のように野党共闘による政権交代を熱心に考えている学者にさえ、これほど基本的なことを共産党は知ってもらえていないということだ。それは田中の落ち度とは言い切れない。「基本文書」をていねいに読んだ田中がそれを読み取れなかったのだから。共産党側がもう少し努力して知らせていかないといけないことなのではないかと感じたのである。

 

野党連合政権をつくるうえでの課題は

 田中の提起した問題は理論的にはすでにカタがついているものだと思うので(先ほどのべたように、共産党でなくても連合政権に加わる政党ならだれでもそのように答えを出すしかない)、あまりそこを掘り下げても建設的なものはこれ以上出てこないだろう。

  それよりも新しい政権をつくるさいに考えるべき課題は別にある。

 そもそも野党はまだ政権合意そのものが出来ていないから、それをするのが先であるが、いまその議論をするなら、やはり以前ぼくが書いたような問題こそ議論されるべきだろうと思う。

kamiyakenkyujo.hatenablog.com

 

 先ほど紹介した共産党の「新しい日本をつくる五つの提案」は、「党としての提案ですが、それを最大限、野党の共通の政策になるように努力をしていく、新しい政権が取り組む内容になるように努力していく」ものである(2中総での結語)。その中にはたとえば「核兵器禁止条約の署名・批准」が入っているし、「思いやり予算の廃止」が入っている。ぼくなどは「それって合意になるの?」と心配するほどである。

 野党連合政権ができても何でもできるわけではない。

 何ができて何ができないのか。

 むしろそうしたことが議論されていくべきだろう。

 

 これ↓とか完全に核兵器禁止条約批准へのけん制・妨害だろ…。

news.yahoo.co.jp

 

*1:「基本文書」とは「同大会で改定された『綱領』と採択された当面の活動方針である『第一決議(政治任務)』『第二決議(党建設)』に加え、党規約である」とする。他方で「本稿も、ホームページでの公表情報のみに依っている」とあるが、田中が、基本文書だけを読んでこの記事を書いたのか、それ以外の「ホームページでの公表情報」も参照したのかは判然としない。田中が「ホームページでの公表情報のみ」ということを繰り返しているのは、党員ならば「学習」によって公表情報とは違う「基本文書解釈」を施されているかもしれないという可能性を考えたせいであろう。

*2:田中は、共産党自衛隊違憲論というのは、昔の社会党が言っていたような「違憲状態」論(軍事力としては大きすぎるので適正な装備まで縮めれば合憲になる)なのか、自衛隊の存在自体が憲法9条とは合致しないと考えているのか、どちらなのかと聞いているが、この答えから見てもわかるように、共産党自衛隊の存在自体が9条と矛盾すると考えているのだ。共産党綱領のいう「9条の完全実施」とは違憲である自衛隊の解消である。そして共産党は、そういう「完全実施」は国民が納得するまでやらず、国民が不安だと考えるうちは、ずっと「2015年以前の自民党政府の憲法解釈でいい」、つまり自衛隊は存在して、そして必要なら防衛出動して全然かまわないと考えているのである。それが共産党の「段階的解消」論なのである。なぜそんな考えが出てくるかといえば、共産党にとっての日本の安全保障上の最大の危険は、アメリカの戦争に巻き込まれることであって、武力一般を日本国がもつこと自体はあまり問題視していないからである。

*3:もちろん同じ新自由主義政策ではないかという政治批判はありうるのだが、そういう「同じ穴の貉だ」というタイプの政治的実質のことをここでは問題にしていない。形式上の問題なのだ。

*4:というか、民主集中制の原則をやめたら、例えば共産党も参加する新政権は「消費税を5%にする」と決定しても、地方組織は「5%はダメだ。0%にせよ」とか「10%のままでいい」とかバラバラなことを言い出すので、有権者から見ると共産党は一体どういう主張をしているのか、わからなくなるだろう。そのようにして派閥をたくさん作って国民の多様な意見集約をするシステムの政党もあっていいと思うが、それは一長一短ある。どうしても承服できないなら、政党を別に作った方のが、国民から見ればわかりやすい。