ビルトインされたポリコレ棒 『ゴールデンカムイ』をめぐって

ゴールデンカムイ 1 (ヤングジャンプコミックスDIGITAL) これなんだけどね。

「ゴールデンカムイは少女が性的搾取されないから良い!」という持ち上げ方に疑問を感じる人たち - Togetter

 明治時代に北海道で隠されたとされる金塊を争奪する物語、野田サトルのマンガ『ゴールデンカムイ』について。ヒロインのアシㇼパの「サービスシーン」「エッチ展開」がない=少女が性的搾取されないからよい、いやそんな理由で勧めるのはおかしい、的な論争。


 ある倫理基準がその人の中にしっかりとビルトインされている場合、ごくごく自然にその倫理基準に沿うかどうかで好悪を分けてしまうということは実によくあることである。そして、それは決して不自然な行為ではない。


 女性の人権をめぐって日々の生活の中でせめぎ合い・葛藤・闘争をしているようなセンシティブな毎日であれば、そのこと一つで作品に引っ掛かりを感じてしまう、あるいは作品全体がダメなふうに感じてしまう、というのはきわめて自然なことだ。


 別の言い方をすると、“本当は面白いと思っているんだけど「ポリコレ棒(政治的な正しさを基準にして物事を価値判断し、攻撃すること)」が自分の外側にあってその外にある基準で作品を裁いちゃってる”わけではないのだ。その人たちは、ポリコレ棒は自分の感情や生活としっかりと一体化していて(こう言ってよければ)、作品を読んだ時の自然な感情として湧き出てくるのである。
 政治的なこと(女性の人権はその一つである)に毎日懊悩していなければ、あるいはポリコレ棒が自分の中にあまり一体化していなければ、ポリコレ棒で外から叩いているように見えてしまう。


 例えば、「いじめられるやつはそいつに絶対悪いところがある」というような描き方をされているマンガがもしあったとして、いくら他の要素がよくても、そこが障害になって、全然入り込めないという人はいるだろう。その人の中では「いじめ」ということがものすごく大きな負荷になっているのである。
 前に『ママ友のオキテ』を人に勧めたことがあったのだが、その人は読むのが本当にしんどそうだったな。同作はママ友間の憎悪的・同調圧力的な空気のルポとしてすぐれていると思うのだが、言い方を変えれば「『空気読めよ』と非難する側の論理で充満」したマンガであり、非常に「下品」なのである。その空気を「あるある!」と楽しめずに本気で苦しみ、闘っている人には、気分が悪くなるしかない作品だっただろう。すまないことをした。


 フェミニズムというのは、ぼく流の見解を言わせてもらえば、女性がふつうに尊厳を持って生きる上で、現在の男権社会は抑圧や攻撃に溢れているので、「ふつうに」生きようと思えばそれと闘わざるを得ず、そのような解放思想なのだと思っている。
 だとすれば、日常の中にある抑圧や攻撃に敏感に反応し、そのことが他のテーマ・話題よりも突出しているのは、当然だと言える。
 だから、「『ゴールデンカムイ』にある殺人とか暴力はスルーかよ」という指摘は、まあ客観的にみればそうなんだけど、日々女性性への抑圧を気にしている人からすればそこに反応が弱いのは「自然」だとも言える。
 「いじめ」にセンシティブになっている人に、それ以外の話題への反応が薄いではないかと非難してもあまり意味がないのと同じである。


 正直、ぼくなんかも、すぐマンガの中にある性的な要素に(*´Д`)ハァハァするタイプだし、むしろその(*´Д`)ハァハァしたことを表明し、どうして(*´Д`)ハァハァしたのかを書いてしまうので、そういう意味では、下記のツイートでいうところの「錆びついたアンテナ」と言われるほうなのだろうと思う。


 ぼくとしてはマンガについての感想を書く際には、(*´Д`)ハァハァしたという事実、それはなぜ(*´Д`)ハァハァしたのか? を書いて、共感も批判も受けるべきではないかと思う。


 また、ぼくはコミュニストなので、確かにある程度自分の中にポリコレがビルトインしているんだけど、いわゆる反動的な要素や筋があったとしても「読めない」ということはないし、マンガとして面白ければ面白がれるほうである。槇村さとるのマンガに強い「自己責任論」を見てしまうことがあるが、それはそれでヒリヒリしながら読むのである。『皇国の守護者』だって、任務の是非を問わずそれを墨守する軍人像を描いていて、リアルにこんなやつの配下には居たくないぜと思うが、作品としては十分楽しんでいる。
 いや自慢ではない。「それだけお前は真剣に政治闘争をやってないのだ」と左翼仲間から言われそうな気がする。たぶん本当にささくれだって自己責任論とか命令の無条件実行とかを嫌悪している人なら、読めないはずだから。ぼくの心は、呑気なのである。

アシㇼパがエロ展開にならないのはマンガとして安易でつまらないから

 ただ、『ゴールデンカムイ』についていえば、少女アシㇼパと、主人公の元軍人・杉元は安易な恋仲とかにはならないでほしい、といつもハラハラしながら見ている。また、アシㇼパには性的な要素は感じないし(このマンガ全体にそれを感じないし、期待もしていない)、むしろアシㇼパに性的「サービスシーン」をこなさせる展開になることを恐れている。
 それは「ありきたり」で「つまらない」と思うからだ。
 前に、たかぎ七彦『アンゴルモア 元寇合戦記』の感想を書いた時、輝日姫の描き方に苦言を呈したのだが、端的に言えばああいう安易さを恐れるからである。