川崎昌平『編プロ☆ガール』


編プロ☆ガール (ぶんか社コミックス) 『重版未定』のような話をもっと読みてぇ……と思っていたところに、本書『編プロ☆ガール』が出た! 
『重版未定』 - 紙屋研究所



 『重版未定』は弱小出版社の話だが、『編プロ☆ガール』は編集プロダクションの話である。

出版社の刊行物における編集業務を手伝うのが主な任務。(本書p.9)

 『重版未定』の主人公が『重版未定』の舞台、漂流社に勤める前に編集プロダクションの会社にいたときの話で、本作の主人公は『重版未定』の主人公の後輩の新人女性・瀬拍子束美である。
 「フィクション」と断りをしているが、『重版未定』の主人公=作者・川崎の一部分身であり、本作も川崎の体験をベースにしている。


 『重版未定』の面白さを編集プロダクションでやっている、という感じで、まさに自分が望んだものだった。
 このテイストが痺れる。
 どうしても自分で書いてみたい。
 自分の体験ではないが、自分が聞き知った話を同じようなテイストで書けないか、ぼくも描いてしまった。カッとなってやった。後悔はしていない。

 オリジナルを見ずに描いた。
 むろん自慢ではない。そうすることで、自分の中でどこをこの川崎の作品の本質と捉えているのか、また、それがうまく再現できないことで、川崎のオリジナルの良さがどうやって保たれているのかもわかると思う。




※1:質問骨子
議会質問を作る際、地方議員あるいは会派ごとに全く流儀が違う。個人個人が勝手に作って、最後に全体の了承をもらうだけ、というものもある。会派の了承をもらわないところさえある。この会派では、個人が起草するが、集団で練り上げていくスタイル。「質問骨子(しつもん・こっし)」というのは、その議会質問のロジックの大筋を書いたものであろう。もちろん「質問骨子」などという呼び方が世間一般に共通しているものでもない。骨子で大筋を定めて、肉をつけていくのがここの会派の流儀のようである。


※2:質問3問
地方議会の質問は、市長などが出してくる議案を取り上げる「議案質疑」と、なんでも質問していい「一般質問」に大きく分かれる。本会議での一般質問は(1)演壇に質問者が立って、演説のような展開を述べて質問し、自治体当局が答弁する、というのを1回だけやるパターンの地方議会と、(2)この往復を3回繰り返す「3問3答」のパターンと、(3)短い質問と答弁を制限時間の範囲内で何回でも繰り返せるパターンとがある。この地方議会では「3問3答」なのだろう。1問目の質問が「この交差点での事故件数はどうなっているか」、市が「年間20件」ですと答えると、2問目が、他の交差点に比べて多いし、住民は「すごく心配だ」「早く信号をつけて欲しい」などと不安を述べ、アンケートでも8割が信号をつけてほしいと言っている、「住民のこの声をどう思うか」となる。市が「心配は聞いている。県警と連携し安全対策に万全を期します」と答えるので、3問目は「信号設置をすべきではないか」……という展開を丸めがねは考えたのであろう。


※3:県の予算
信号設置は県警の仕事。県が必要性を認め、県の予算で設置される。しかし、ここは市議会のようなので管轄外なのかというとそうでもない。市民の安全にかかわかることだし、信号設置で道路拡幅などが必要なら道路の拡幅は県道でもなければ市の予算で行う。よって、県と市は連携して信号設置について対処する場合が多い。丸めがねは「県の予算が乏しく、ここの箇所はなかなか実現しないのではないか」という趣旨のことを言っている。


※4:質問は本当に質問するのではない
そのテーマを取り上げるとき、議員は議場に到着したときには、すでにあらかじめの調査でそのテーマの全貌をおさえ、数字もつかんでおかねばならず、当日の議場の質問では、それを前提にして問題点を浮き彫りにしていくような論理の展開をしなければいけない。議会「質問」というので、「夏休みこども電話相談」のようにソボクに当局に質問する議員がいれば完全に当局の手のひらで転がされるだけであり、完全な敗北を意味する。ただの無能なアホ。もともと予算をたて、執行するのは行政当局であるから、議員はそれをチェックするしかないわけで、チェックの武器が質問である。質問によって事実上問題点を浮かび上がらせて要求することが求められる。当局は議場では「まいりました」とは言わないが、裁判と同じように明らかに問題が浮かび上がるかどうかが大事。


※5:住民のナマの声をぶつける意義
この会派の責任者と思しき議員が言っているのは、質問に難しい論理の展開がなくても、議員は住民の代表として住民の声を議会・行政に届けることにあるのだから、行政が知らないような住民の声・実態を届けることが大事だという指摘。特に新人議員は、問題点を浮き彫りにするような考え抜かれた質問はできなくても、まず自分がつかんだ住民の声や実態を行政に伝えるという基本の質問はできる。その原点を言っている。しかし、行政も認識を改めるような「住民の声や実態」でなければやはり行政は動かないので、とにかく「住民の声」っぽいものを質問に散りばめればいい、というものではない。


※6:1問目がヌルい
行政当局の問題を明らかにせず、ぼんやりとした質問になっていること。このベテランっぽい女性議員は、事故件数を尋ねるだけでは3問しかない中で、勿体無いと思ったのだろう。数字を聞くことは、議事録に公式に残るので意味がないわけではないし、単に統計書や行政の報告に出ている範囲ではない数字を行政に特別に計算させて初めて明らかにすることは意味がある。それがインパクトのある数字なら、新聞などでも報道されやすい(例えば異様に事故件数が多いなど)。しかし、もう行政もよくわかっているしちょっと統計を見ればわかるような数字を聞く意味は乏しいと感じられたのであろう。


※7:市の認識を聞く
議会質問ではよく使う手。例えば信号機の設置の場合、予算不足などなんらかの都合で実現していないけども、市は今の信号機がない現状を「問題がある」と思っている……ということをあぶり出す。現状が法令違反である場合はもちろん、何らかのガイドラインに照らしてまずい場合などがそれに該当するし、わかりやすく問題を浮き上がらせるので、そういう基準を持ち出すことが多い。


※8:3問目とダブる
2問目に「信号をつけるべきではないか」あるいはそれに近い質問をしてしまうと、3問目も同じような質問になってしまい、答弁もかぶるし、もったいないということ。1〜2問目は行政の部長・局長が答弁に立ち、3問目だけ市長が立つ……というようなケースの地方議会もあるので、あえて2問目と3問目に同じ質問をすることもある。


※9:担当者に電話
相手の基本的な認識がわからないと質問は作れない。それもわからずに質問をするのは時間の無駄である。ここの会派は担当者に電話で聞く、という簡単な「ヒアリング」をしたようだ。


※10:武器がない
ここで「武器」と言っているのは、質問において当局の対応の問題を浮かび上がらせる有利な材料のこと。例えばもし信号機の設置が「事故件数◯件以上なら設置」という国のガイドラインがあったとしたら、それ以上の事故件数があれば「未設置はガイドライン違反」は武器として使える。他にも過去の当局の答弁と矛盾するとか、学者や有識者の意見を持ち出すとか、統計や住民アンケートを使うなどがある。つまり「大事だからお願いします」というような質問ではなく、相手も認めざるを得ないような根拠を質問に入れること。もちろん「武器」という言い方は普遍的なものではなく、この会派だけでしか通用しないのではないか。


※11:当局に台本
会派によっては「当たり前」になっている。自分の読む部分が黒、当局の答弁が赤……のような色分けをしているケースもある。当局に原稿を書いてもらうために、当の議員が質問中に漢字が議場で読めなくなり、立ち往生してしまうというアホな話もある。
http://d.hatena.ne.jp/kamiyakenkyujo/20150521/1432151288


 という具合に作ってみたが、まず絵柄として「答え合わせ」をしてみたら、頭身が小さくなってしまうんだよな。川崎のオリジナルは手が大きく、独特のゆるキャラみたいな感じ。ぼくが描いたものはどうしても頭が小さくなってしまう。


 あと、結局全体が会話シーンになってしまった。
 会話シーンになってもいいんだけど、川崎オリジナルの会議シーンは、『重版未定』でも『編プロ☆ガール』でも読ませる。なんで読ませるのかといえば、『重版未定』ではやっぱりセリフが効いてる。「ちょっと待ってください。冗談でしょう? こんな企画」という殴り込みの論争を吹っかけるバケツの言い草がいい。まさにハードボイルド。『編プロ☆ガール』は短く要点を切り取っている。ダラダラとしていない。特に誤植シーンは誤植自体が笑えるので、うちの小5の娘も真似しているほどだ。


 やっぱり、会話シーンの連続、という普通に単調になってしまう展開なのに、そこをぐいぐい読ませているというところに『重版未定』『編プロ☆ガール』のすごさはあるよな、と思う。それはつまり本質をつくセリフ、夾雑物を排除しズバリと見せる思い切りがある、ということなんだ。


 というわけで、プロのすごさを改めて知る。


 ライターに逃げられた時、川崎自身が新書の半分を書いたことがある……って、『重版未定』2のあのエピソード、おおよそ実話なんかーい!