偶数と偶数の和は偶数であることの説明


 ああ、だれか教えてほしい。コメント欄かツイッターで返信を。
 いまぼくは、無料塾で中学2年の数学を教えている。
 無料塾というのは、カネをとらずに小中高の生徒が集まり(うちは小中しかいないが)、講師もボランティアで教えるというもの。教育を貧困克服の一つの回路と考えて、その支援に力を入れている。
 ぼくが参加しているのは、基本は小中学校生の「宿題をやる会」みたいな感じで、そこでごく数名が講師にわからない点を聞いているみたいな風景。


 ぼくは大卒だけど、家庭教師の経験がない。
 だから、教え方に関してはド素人である。
 いや、「教え方のド素人」というのは、冷や汗が出るよな、とつくづく思った。


 今日苦戦したのは、こういう問題だった。
 その子は次の問題を「わからない」と言ってきた。

(問題)

正さんは「偶数と偶数の和は偶数である」ことを説明しようとして、次のように説明した。
・mは整数である。
・ゆえに2mは偶数である。
・2m+2m=4m=2(2m)
・よって偶数と偶数の和は偶数である。


この説明に対して、進さんは「偶数と偶数の和は偶数である」として「2m+2mを用いるのは間違いだ」とした。進さんの説明が正しいのか、間違っているのかを説明しなさい。


 もちろん、偶数と偶数の和を「2m+2m」で説明してはいけない、というのはわかる。それをどう説明するのか、ということなのだ。


 最初にぼくが説明したのは、

2m+2mだと1通りのケースしか説明できないよね。だって2mと2mは同じ数だからね。これに一般性、どんな偶数を足すときでも通用するようにするには、2m+2nにすればいいよね。

というものだった。
 しかし、その中学生はきょとんとしていた。「よくわからないですか?」と聞いたら、しばらく考えて「はい」と答えた。わからないのである。
 「ぼくの言っていることはわかる? でも説明がわからないっていうこと?」「それとも何を言っているのかちんぷんかんぷんですか?」と聞くと、前者だと答えた。
 そこで他の問題を解かせている最中に別の説明をぼくは考えた。その結果考えられたのは次のような説明だった。

  • 偶数と偶数の和がいついかなるときも偶数であることを示すためには、2m+2mは…
  • 同じ偶数を足したときのことしか説明できないよね?
  • 2つの違う(異なる)偶数を足すときにはどう表したらいいだろうか?
  • そう、2m+2nにすればいいよね。
  • m=nにすれば同じ偶数でも想定できる。

 しかし、この説明にもその子は「……」という感じだった。
 教える側は厳しいな、と思った。
 まず、この子が何でつまずいているのか、そこを探らねばならない。その子の気持ちになってつまずきを探り出し、そのつまずきの姿の応じて光を指し示さねばならない。ぼくは、この子のつまずき方が理解できない。
 次に、どうにかこうにかやってみた説明が2通りしかできない人間は、もう持ち駒がなくなる。その子のつまずきにどうアプローチしていいのか、もはやわからなくなるのだ。
 「ごめん、次に説明する」。
 こう言って次の問題を解かせた。


 いまぼくがぼんやりと思っていること。
 この子は、「偶数を2mで表す」ということ自体にほとんど馴れていないのではないか。だとすれば違った偶数を2n、果てまたは任意のn(整数)で表すことなど、たいそう難しかろう、ということだ。


 説明している最中に思ったのは、この子はそもそも「正さん」の説明に納得してしまっている。それがなぜ間違いなのかわからない。2mは偶数ではないか。偶数の和であれば2mと2mを足してなぜ悪いのか。
 2mと2mは同じ数字になるじゃん。
 ということまではかろうじてわかったとしても、2m+2nになるのが解せない、というのではないか、nってなんだよ。任意の整数だというけど、mだって任意の整数だろ、という意識。


 というわけで、何がわからんのか、わからん!


 この問題の教え方でもいいし、あるいはこの問題を離れて何かをくり返し学んだ方がよい、という方も大歓迎。教えてくれ! コメント欄、もしくはツイッターで。



 ぼくは中学までの数学というのは、積み重ねだと思っている。
 わからなくなっているとすれば、そのわからなくなっている部分を見つけて、わからなくなっている部分まで戻って、積み直せばよい。そうすることで、大半の生徒は平均的な理解に達することができる──これがぼくの信念である。


 しかし現状は悲惨だ。
 大方の生徒は、自分がどこでつまずいているかもわからずに、次々と新しい課題や理解要求が積み増しされていく。途方に暮れる。自分がどこにつまずいているのか言えなければ教師のアドバイスは的確なものにはならない。失跡と屈辱だけが積み重なる。授業時間は苦行でしなく、面白いわけがない。

 ていねいにこの混迷をほどく作業を誰もしないのである。そのわからない苦痛地獄を過ごす時間の想像。何という恐ろしい時間が積み重ねられていることだろうか。