行政職員は行政への請願を知らない


 娘が保育園を卒園し、そこの保育園の存続が問題となっていることは前回のエントリで書いた。

文書にして出すということ - 紙屋研究所 文書にして出すということ - 紙屋研究所

 今回はもう一点、そこに関連して雑感で思ったことを。
 結論から書いておくと、行政に要望を文書で出す、一番簡単で一番普遍的な方法は請願だということ。そして、行政側から回答をもらう場合もこの請願を活用できる場合があるということ。何よりも、行政職員自身がこの「行政への請願」を知らないことが多いということだ。


 前回のエントリについて、「文書で出すなんて社会人の常識だろ」という意見があったのだが、一定規模の企業じゃないとそうでもないんだな。しかも文書化が「常識」になっているはずの企業や事業所に通っている親御さんたちが集まっていても、いざ行政にモノを言うとなると、意外と文書ということに思いを致さなかったりする。


 そして何よりも、「国又は地方公共団体の機関に対して文書で希望を述べることを保障する制度」(政府答弁書*1)であるところの「請願」、しかも行政への請願について、制度そのものを、当の行政が、つうか地方のお役人自身が、ほとんど知らないという驚くべき現状にあることを知ってほしい。


地方の行政職員自身が「何ですか、それ?」と…

 実は、ぼくらは、保育園を残すようにしてほしいという意味の要請文書を、請願という形で行政に出した。首長あてである。*2
 そのとき、まず、園にいた、地方の行政職員をしている保護者が「紙屋さん、これ議会への請願の間違いじゃないですか?」「首長への請願って、そんなものないでしょ?」と不思議そうな顔をされた。
 「いや、ありますよ。首長だけじゃなくて、地方自治体の部や課みたいな部署に出してもいいんですよ」と返事をしたのだが、どうも信じていないようであった。


 この人はまじめな人らしく、自分の行政職場で、法制(法律対策担当部門)の担当者に問い合わせをしたらしい。「紙屋さん、法制もそんなの知らないって言ってますよ」。


 これにはびっくりした。
 法制はいわば法律対応のプロである。
 知らないってどういうことよ。
 さらに驚いたのは、要請にいったさいに、正式に応対に出てきた課長クラスの職員も、まわりの職員と顔を見合わせて、「首長あての請願」という「不思議なもの」に面食らったようだった。


「えーっと、これは請願ですか? 請願というのは議会に対するものしかないと思いますが…」
要望として処理させていただいてよろしいですか?」


 驚きを通り越して笑いさえこみあげてきた。
 どっきりカメラ?
 それとも夢?
 ここまで「無いもの」にされているのは不思議な気がした。
 ひょっとしたらこっちが根本的に間違っているのかもしれないという思いさえ持った。


 これまでぼく自身、他の市民団体が「市長あての請願」とか「県知事あての請願」をするのを何度も見てきたし、そのたびに「議会請願でないことのメリット・デメリット」についても議論しているのを知っていた。
 そういう無数の行政むけ請願のケースがあるのに、職員たちのこの対応にびっくりしたのである。

「地方議員も知らない」「実践もほとんどない」

 渡辺久丸は、『請願権』(新日本出版社)という本の中で、ある市民団体の次のような発言を肯定的に引用している。


「これまで請願権は、国会や地方議会に対してはともかく、その他の官公署(行政機関)に対しては、あまり活用されてきませんでした。『官公署に対する請願』について、まず私が知らなかったことをはじめ、公務員もほとんどが知らない。地方議員もほとんどが知らない。当然、実践もほとんどない。あったとしても、ニュースとしては報道されない、というのが実情だったと思います。」(渡辺p.50/東京・多摩西部民商の角田豊治副会長の発言、強調は紙屋)

政府答弁書にみる「行政への請願」

 まず、この請願権がどういうものか、そして本当に行政に対して行えるのかを見ておこう。


 憲法16条にこういうふうに定められている。

何人も、損害の救済、公務員の罷免、法律、命令又は規則の制定、廃止又は改正その他の事項に関し、平穏に請願する権利を有し、何人も、かかる請願をしたためにいかなる差別待遇も受けない。


 そして、この憲法にもとづいて、請願法というわずか6条だけの法律もある(山本太郎天皇への手紙問題のときに見聞きした人がいるかもしれないが)。


 条文全体は5分もかからず読めるのでぜひ読んでほしい。

第三条  請願書は、請願の事項を所管する官公署にこれを提出しなければならない。

 「官公署」というのは、「国及び地方公共団体の機関」のはずであるが、本当にそうなのかどうか。国の機関だけではないのか。そこをちょっと見てみよう。

 行政への請願に話が行く前に、議会への請願をみておこう。
 請願でおなじみなのは、署名である。
 「署名お願いしまーす」の署名ね。あれは実は請願に名前を連ねてほしいとお願いしているのである。
 しかし、あれはたいていは行政機関に対してではなく、国会や議会に対する請願である。*3国会や議会に出すことによって、国民や市民の代表者である議員が審査をする。審査の結果、その請願を採択すれば、単なる「一市民の要望」ではなく、国民の代表である国会、あるいは首長と同じレベルの力をもつ議会の「意思」となる。
 「国会や議会の意思」となること自体は拘束力をもつものではないが、無視し得ないものとなる。たとえば福岡市でいえば、採択された請願の多くは実現している。*4


 行政に対する請願は、このようなプロセスがない。だから、あくまで個人の請願、お願いということになる。1000人の連名(つまり署名)をそえて出すとしても、それは1000人の要望の集合体でしかない。これにたいして、議会への請願は、たとえ市民が一人で請願したとしても、議会がそれを採択すれば、議会(市民の代表)の意思となるのである。


 国会や議会への請願の扱い方については、さらに細かいルールが決められているが、それをここでいちいち説明するのは省略する。


 行政への請願というものは、本当に認められているかどうかを確認していこう。
 共産党の国会議員だった柴田睦夫は請願権についての質問主意書を1984年に出していて、そこで請願法が対象にしている「官公署」(3条)にはどこが含まれるのかを尋ねている。これに対する政府(内閣)の答弁は次のとおりである。

請願法(昭和二十二年法律第十三号)の「官公署」には、国及び地方公共団体の機関のほか、公権力の行使の事務をつかさどる公法人を含むものと考える。(強調は引用者)

http://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_shitsumona.nsf/html/shitsumon/b101010.htm


 このように、「地方公共団体の機関」がはっきり含まれている。行政への請願は、認められており、制度として存在する。


 ちなみに、この質問主意書はなかなか面白く、「押印がないとダメか」「法律にあるように請願の形(いい天気ですね、とかいうのはダメ)をとったうえで氏名と住所さえあればいいんじゃないのか」とかいろいろ聞いている。
 その中で、請願の受け取りを拒否する行政機関があるし、ひどいのは面前で破り捨てるところがあるけど、そんなことしていいのか、と尋ねている。それ対する政府の答弁はこうである。


請願法に適合する請願書の提出があつた場合には、同法第五条の定めるとおりこれを受理し、誠実に処理しなければならないものと考える。

http://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_shitsumona.nsf/html/shitsumon/b101010.htm


 つまり、請願に対する処理方法は上記のように、請願法5条に定められているのである。

「誠実に処理」って?

 でもまあ、「誠実に処理しなければならない」って一体なんじゃということだ。


 自治体によっては、この処理をきちんとルール化しているところがある。
 たとえば、茨城県石岡市は「石岡市陳情及び請願取扱要綱」*5というのをつくっていて、その中で

秘書広聴課においては,関係部長から受けた報告に基づいて陳情及び請願受付簿に処理の概要を記入するとともに,回答を要するものについては,様式第3号により陳情者及び請願者に回答するものとする。

http://www1.g-reiki.net/isioka.city/reiki_honbun/r310RG00000092.html


と定めているように、回答を要求しているものは様式化された文書で回答している。「『回答を要する』というのは、市民が『要する』ということですか」と聞いたら「そうです」と回答があった。この点を電話で確かめたら「基本的には回答を求めているほとんどのものに文書で回答しています」と答えた。

多くの自治体で行政請願の「誠実処理」がルール化されてない

 だが、多くの自治体で、行政に対する請願をどう「誠実に処理」するか、ルール化されていない。これは調べてみてちょっと驚いた。


 「請願」と定めていない、あるいはそういう言葉を使っていないだけで、事実上請願=市民からの要望に対する処理を定めているところもある。


 今回の保育園の問題で、自分の住んでいる自治体に請願を出した際に「文書で回答をお願いします」といったら、ちゃんと文書で回答をしてくれた。ところが、交差点の改良について県警に請願する文書を町内会として出したとき、回答を文書でお願いしたのだが、こちらは拒否された。


 要するに、行政によって対応はまちまちで、統一されていないのである。


 請願権は、署名に見られるように、実は運動している人たちにとってはもっとも身近で、もっとも手軽に使える“武器”である。それなのに、あまり活用されている様子もないし、そのための手続きも発達していない。
 なんとももったいない。


 ちなみにこの記事を書くために、いくつかの自治体に電話したけど、やっぱり最初は「えっ、議会への請願は議会事務局に…」「行政への請願ですか?」という当惑した声が返ってきた。やはり知られていないのだと思う。

活用しよう

 とにかくアレなんですよ、行政職員自身が知らないんです。
 あなたが、行政に何か請願したとします。回答を文書でお願いするわけですよ。
 「いや行政への請願なんてありませんよ」と、行政職員の方からは例の口上が出てくるでしょう。
 チャンス!
 ここですよ。
 ここを先途と、あなたは請願法をれいれいしく読み上げたりしちゃって、知ってたかどうか確認して、必要なら質問主意書と政府答弁書なんか読み上げたりしちゃって、まずは応対した職員の方を驚かせてやってほしい。
 知らないので職員の方が「はわわわわ」となっているところに、「誠実な処理」としての文書回答をお願いしてみようではないか。正当な手続きに弱い行政職員の皆様はきっと「誠実」に対応してくれる。


 いや…まあ……はずだけど、自信ないな。
 やっぱりそんな対応してくれる保障はできん。だから必要な機会があったら試してみてぼくに報告でもしてくれ。
 あと「そんなもん、知っとるわ。行政職員の間でも常識じゃ」という報告も、あればよろぴく。

*1:みんなの党の松田耕太議員の質問主意書にたいする政府答弁書より。http://www.your-party.jp/activity/questions/matsuda/001883/

*2:これとは別に議会にも出したが。

*3:市長や知事、総理あての署名運動も稀にある。

*4:採択されたのに棚晒しにされているのは小規模事業者登録制度くらいなものか。

*5:要綱というのは自治体の法律である条例ではなく行政の内部ルールである。