秋☆枝『伊藤さん』


伊藤さん―秋★枝短編集 (MFコミックス フラッパーシリーズ) 『伊藤さん』はラブストーリーの短編集である。
 『煩悩寺』とあわせて、この短編集のどれをぼくが気に入ったかを拾い上げていけば、ぼくがなぜ秋☆枝をいいなと思ったのかがおのずと見えてくるはずだ。


 『伊藤さん』は表題作がまずよかった。全体の3分の1をしめる連作である。
 タバコを吸うワイルドさがあり、仕事ができる感じの女性、伊藤さんが、失恋する。メガネをかけた髪の長い美人。そんでもって、イブの夜、男女二人っきりで残業ですよ。そういう弱いところにまるでつけこむかのように、誘いをかけたら伊藤さんはノッてくれるのである。
 これがまず、いいと思った。
 なんでこんな単純な筋書きがいいのかと我ながら思ったのだが、美人の先輩同僚がスルスルと落ちる=自分を受け入れてくれる、というストーリーに飢えていたんだろうと思う。


 『煩悩寺』は、基本、部屋で仕事をしているオタク趣味の人間に、酒飲みのワイルドな美人が向こうから飛び込んできてくれて、好きになってくれる=自分を肯定してくれるという展開。ちょっと似ている。


 短編「はじまり」もよかった。母親の再婚相手の連れ子が似た年代の異性で、「お兄ちゃん」らしくふるまっているうちに、恋愛対象になって告白されてしまう話である。これも、やっぱり向こうが自分を好きになってくれる話である。


 今のぼくにとっては、そういう全体の中のごく部分だけをとりだけして、甘い樹液のようにいつまでもそれをなめまわして鑑賞している感じかな。