逢坂みえこ『ベル・エポック』

 

 

 逢坂みえこのマンガは、とてもわかりやすい。わかりやすいものを、面白く描くことはとても大変なことだろうと思う。

 女性編集者の鈴木綺麗が、芸能誌、そしてのちには、少年マンガ誌で、恋愛したり結婚したり子育てしたりしながら仕事にうちこんでいく様を描いている。1話完結の形式で、どのテーマも、じつに「わかりやすい」「よくある」テーマなのである。

 表現方法も、単純なデフォルメが多い。
 自慢するときは、頬に手をあてて「おーっほっほっほっほ」というし、
 コミカルにショックをうけるときは、ムンク「叫び」みたいな顔になるし。
 
 いま、手許に10巻があるけど、そこであつかわれている題材をみてみよう。

 「子どもが熱を出したとき、夫婦のどちらが迎えにいくか」
 「母親・姑と、自分とのあいだで、子どもの教育方針が対立したらどうするか」
 「ダメな異性だとわかっていても、くり返しそこに戻っていってしまうのはなぜか」
 「自分の子どもはまわりの子にくらべて発達がおくれているのではないか」

 どれも、そのまま描けば手垢がつきそうなわかりやすい材料ばかりだが、それゆえにこれらのテーマは、実はマンガ世界の中では忌避されている。そこに逢坂は堂々と挑み、おそらく周辺の女性編集者や友人たちへの入念の取材の結果であろうが、みごとにエンターテイメントにしあげている。

 友人たちをみていても、子どもが熱を出したとき、どちらが迎えにいくかというのは、仕事をもつ親にとっては深刻きわまる問題だと思う。
 父親が出張の用があり、母親が断れないアポが入っているというのでは、たしかに地獄の選択だろう。昨日まですべてに理解のある「理想的なダンナ」といっていた人が、きょうは、保育園の送迎をめぐって、精根尽き果てる消耗戦をおこない、離婚すら考える――それほどに育児と仕事のあいだには、可燃材料が満載されているのかと驚かざるをえない。このマンガによってぼくはそう思わされるのである。

 逢坂みえこは、これまで「自分の周辺」しか描いてこなかった。この『ベル・エポック』は自分の育児とやってくる女性/男性編集者を取材すれば事足りたし、『9時から5時半まで』はおそらく作者の就職体験であろうし、『永遠の野原』は少女漫画家としての自分と中高時代の体験があればよかった。
 それはそれで、自分の勝負すべき分野をよくわきまえていて、その基地周辺にいることが逢坂の強みだったのだが、それでは作家生命も長くはない。
 いま、青年誌で『火消し屋小町』を描きはじめているのは、逢坂にとっては新しい挑戦だと思う。
 いまのところ、消防の取材材料の垂れ流しという印象をまぬかれえないが、力のある漫画家だと思うので、その試みが実を結ぶことを願うばかりである。

集英社、ヤングユーコミックス、全11巻)


採点72点/100
年配者でも楽しめる度★★★☆☆

2003年 1月 24日 (金)記