ある具体的な「モノ」から世界史や社会構造が「垣間見えた」ときにはなんとも言われぬ爽快感がある。川北稔『砂糖の世界史』(岩波ジュニア新書)は有名だ(坂出の本書でも紹介されている)。
個別だとばかり思っていたものに普遍が含まれており、実は普遍そのものだった——という思考の展開は、近代人…というと主語がデカすぎだな。少なくともぼくを興奮させる。(逆は本当に萎える…。)
『ゆげ塾の構造がわかる世界史』なんかも、このやり方をうまく使っている。
本書『贅沢と欲望の経営史』は、その手法を、資本主義史全体を俯瞰するのに使っている。
それを「生産」の角度ではなく、「消費」の角度、しかもその中でも「贅沢と欲望」に焦点をあてて書き通している。コーヒー、タバコ、ワイン、紅茶…という具体的な商品から、次第にシャネル、コカ・コーラ、ユニクロ、大塚家具、GAFA…という企業経営を具体的に論じていく。
重商主義、資本主義、帝国主義、消費資本主義、GAFA論(現代的独占)…と章が分けてあり、それぞれが「贅沢と欲望」の商品・企業経営の具体例で紹介されていくのである。
さらに、ヒューム、ベンサム、マルクス、モース、ポランニー、ブルデュー、ヴェブレン、ボードリヤールなど、社会思想家の概念と結びつけて論じる。
まあ難しいことは別にして、本書はそれらの「小ネタ集」としてまず面白い。
- チョコレート〜「キットカット」はなぜ「休憩」の象徴になったのか?
- ワイン〜「格付け」はナポレオン3世が作った「市場操作」?
- ヨーロッパ・スタイルのホームファニッシング〜大塚家具がニトリに負けた理由
などなどである。
本書の「おわりに」で、学生向けの講義の反応の中で本書が生まれたことを書いているが、資本主義通史を興味深く学生レベルの人たちに届けるという点で本書は相当に野心的な試みだろう。
心に残る日本の企業経営のエピソード
こうした本書の本筋のところとは別なのか同じなのかわからないけども、ぼく個人が心惹かれてしまった箇所は、なんと言っても日本の企業を論じたところで、日本マクドナルドの改革の話だった。
この話は記事などで読んで一部知っていたが、概括して書かれて、あらためてしみじみしてしまった。
原田泳幸の改革が一定の成果を上げつつも行き詰まり、サラ・カサノバによってV字回復を遂げるという展開である。
カサノバは、期限切れ鶏肉問題や異物混入問題を受けて、全国47都道府県で「タウンミーティングwithママ」を実施、母親層の声を直接聞き、産地の透明化やキッチンの公開を進めました。また、同年に発表した再生計画では、不採算店131店の閉店、店舗改装の加速、そして「おてごろマック」の導入を柱としました。その結果、2017年には過去最高益を更新、文字通りのV字回復を成し遂げました。(p.177)
そして坂出はその「教訓」をいくつか書いている。
安さは麻薬であり、「安いだけの店」は長期的にブランドを毀損すること。
原田時代の大量閉店は経営指標上の効率(ROI)は高めたものの、行きたいときに行けない、居座りなどを引き起こし、悪い顧客体験を積み重ねてしまったこと。
数値上の効率化(店舗削減や回転数向上)を優先しすぎると、顧客にとっての「身近で心地よい体験」という目に見えない資産が流出し、長期的には市場支配力の低下を招きます。これに対してカサノバは、スペック(価格や味)の改善以上に、顧客(特に母親層)との「対話」を通じて信頼を再構築しました。ブランド再建の革新は「対話」と「透明性」にあるといえるでしょう。
日本マクドナルドの歴史は「機能的価値」(安さ・早さ)への依存から、「情緒的価値(信頼・居心地)」へのシフトの重要性を物語っています。真に持続可能な戦略とは、単なる価格操作ではなく、顧客の生活にどう寄り添うかという「ブランドの定義」そのものを時代に合わせて更新し続けることだといえます。(p.177-178)
ぼくはどうしても共産党のことを思い出してしまう。
共産党を思い出してしまう
たぶん、現状からすれば、同党は、原田並みの経営効率改善をしないともはやダメだろうという気がする。高度成長期に作ってきた潤沢な人手、コンプライアンスを無視した労働支出を前提に、高額な紙の機関紙誌の販売でそのコストの全体を支えるという構造がもはや無理なのだ。
と言って完全に「効率」に寄せてしまうと、今度は居心地のいいコミュニティとして存在してきた共産党やその関連団体のぬくもりが壊されてしまう。ブランドイメージの毀損である。
何よりも、「異論を許さない」「ハラスメントの蔓延と放置」のような現状を改善して、それを言葉だけでなく、間違った追放の解除・謝罪・調査、ハラスメントにおける第三者機関の設置や党内ルールの運用細則の明文化など、実際にその膿を抉り出した上で、丁寧に公開していくことだろう。「イメージ」だけ「そんなことはない!」というビラやSNS発信をしても何の役にも立たないどころか、不信感をいや増すだけだ。
数字を追いかけるだけになってしまっている党勢拡大と選挙に重点を置きすぎた「楽しくない活動」から、現実に人と結びつく社会運動など「楽しい活動」を主軸にした変えることも必要になるだろう。
本書にはIKEAの日本進出の失敗と再進出の話も書かれている。
IKEAは一度日本進出を試み、失敗している。
2006年の千葉県船橋市への再進出にあたり、イケアは「日本の家庭訪問」を徹底的に実施しました。そこで、日本人の「家が狭い」「収納がない」という悩みを「欲望(理想)」に変換しました。狭い部屋をおしゃれに使うライフスタイルを提案したのです。(p.180)
共産党は今、「要求・対話アンケート」を「戦略的大方針」としたのに、その取り組みが中断してしまったことを8中総で第一の反省点として反省し、それを位置づけ直した。
しかし、「要求・対話アンケート」が本当に住民が思っていること、望んでいることを聞き、引き出すものになっているかというと、疑問なのだ。
アンケートや聞き取り、対話は自分を壊す覚悟をする旅である。
自分たちが思いもよらぬことが出てくるからだ。
しかし共産党の「要求・対話アンケート」は「思いもしないような要求に出会う旅」「自分たちのこれまでの方針に反するニーズに遭遇してしまうかもしれないびっくり箱」だとほとんど思っていないのである。むしろこれまでの自分たちの方針を「確かめ」「正当化」するための道具になってしまっていないだろうか。そうなっていないのならいいのだが。
話が逸れてしまったような感想なのだが、経営史を読んでいると、どうしてもぼくは古いやり方に固執して現代の問題に適応がうまくできない共産党幹部の現状を思い起こさざるを得ないのである。


