気まずい面会

 首都圏青年ユニオンのニュースレター(24年11月、284号)を読んでいて弁護士・三浦佑哉のエッセイ(「弁護団通信」)がちょっと面白かった。

 

 離婚した夫婦と子ども。夫婦は裁判で激しくやり合った後の、親と子の面会交流。

 対立が激しかっただけに連れ去りの心配があるので、双方の弁護士を交えて夫と子どもの面会交流が実現するという。

 場所は多摩動物公園

 父と子(7歳)、そして双方の弁護士が1人ずつの合計4人が動物園に集まる。

 しかし、親子の対面を邪魔しないように、弁護士2人は親子の5メートル後方をつきそって歩くのだという。

親子は久しぶりに会えてすごく楽しそうです。しかし、私たち弁護士はすごく気まずいのです。私も相手方弁護士もいい歳した中年男性で、少し前の調停成立までバチバチと戦いあった関係です。2人で同部を見て「先生、あのコアラ可愛いですね。」「キリンさん大きいなぁ」とか話をするのも変ですし、何も話さないのも変です。よって、動物を眺めては、「ほほう。」「なるほど。」「おおー。」「うーむ。」と適当にうなずき合ってやり過ごしました。

しかも周りから見て怪しいことこの上ありません。スーツの中年男性2名が親子の後を付かず離れずで尾行しているのです。しかも上記のとおりシュールな会話です。警察を呼ばれてもおかしくありませんでした。

 ちょっとクスッとなった。

多摩動物公園のコアラ

 弁護士の知り合いはたくさんいたけども、自分自身が裁判を始めたので、間近に弁護士という職業の人が弁護士業務をやっている姿を拝見することになる。

 例えば弁護士はお互いに「先生」で呼び合っているので、ぼくが弁護士を敬称で呼ぶときにやはり「…先生」がいいのだろうか、「…さん」は失礼だろうか、メールは「…様」でも違和感があるだろうか、などと考える。

 あるいは、弁護士というのはジャズのギグみたいなもんで、いろんな相手と組んだり離れたりするけども、敵対した人と組んだりするのだろうかとか考える。逆に、敵対した人とは感情的なものは生じないのか、一種のゲームやスポーツの試合のように終わればノーサイドなのだろうか、とか。

 

スポーツの後の感情

 関係ないけど、ひぐちアサおおきく振りかぶって』32巻(講談社)で、西浦高校が崎玉高校に負けた後、崎玉を食事に誘い感想戦をやる話がある。そこでもう全くお互いに屈託なく、和気藹々と交流するんだけど(下図参照)、スポーツってこんな感情温度なの? と思ってうらやましさも手伝ってびっくりした。

前掲、p.126