宇仁田ゆみ『縁もゆかりも』

 公益財団日本財団が「こども1万人意識調査」という10歳から18歳までの子どもを対象にした国内最大規模の意識調査を2023年9月に報告書として発表している。

 その中で「学校で不安・不満に感じる点」のトップが「ランドセル・カバンが重い(持っていく荷物が重い・多い)であったことには注目した。

公益財団日本財団「こども1万人意識調査」(2023年)p.18

 特に小学生・中学生では2位に倍の差をつけて、ダントツである。ここまで切実とは。RICEメディアの1分動画で、福岡市のランドセルの重さを実体験していたので見入ってしまったわ。

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 ぼくも、娘に中学の時、そして高校の今、どちらも背負わせてもらったが、いやあ重い。漬物石のようだ。ぼくのリュックもたいがいだが、それよりも重い。

 

 宇仁田ゆみ『縁もゆかりも』を読んでいたら、この「カバンが重い」問題が登場していた。

 

 『縁もゆかりも』は、アラフォーのきょうだいが、離婚やら別居やらで、偶然にも同時期に中学生の子どもを連れて実家に戻ってくる物語である。

 ただ重い、というだけでなく、中身をじっと見たアラフォーの母親・瑠璃は、自分たちの時代に比べてなぜ重いのかを考える。

  • 教科書が大きい
  • 教科書はカラーページばかり
  • 問題集が多い。5教科全て教科書傍用問題集がある。
  • 英語であれば教科書ノート、英語のノート、単語ノート、プリントのバインダー、問題集、文法の問題集、そしてバインダー自体もプリントがはさみっぱなしとなり、しかもでかい
  • タブレット
  • 副教科(道徳など)の分もある

という具合だ。

 瑠璃たちの時代は全て持って帰らないといけなかったが、現在はさすがに「置き勉」が許容されている(2018年文科省通知「児童生徒の携行品に係る配慮について」)。

各学校においては、このような重要性を踏まえつつ、教科書やその他教材等のうち、何を児童生徒に持ち帰らせるか、また、何を学校に置くこととするかについて、保護者等とも連携し、児童生徒の発達段階や学習上の必要性、通学上の負担等の学校や地域の実態を考慮して判断いただいていると考えておりますが、別紙の工夫例を参考とされるなど、児童生徒の携行品の重さや量について改めて御検討の上、必要に応じ適切な配慮を講じていただきますようお願いします。

https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/keikohin/__icsFiles/afieldfile/2018/09/06/1408967_001_1.pdf

 それでも「重い」というわけである。

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 ぼくは『縁もゆかりも』は、子育て世帯の生活の観察解像度が高いところが好きである。子どものことだけでなく、40代に入った親が、一人の大人として感じること、それも昔は好きではなかった実家に戻ることによって得られる比較の気づきを与えるところが、いちいちもっともだと思いながら読んでいる。

 「離婚して田舎に戻った時にまず感覚を取り戻すために選んだパートの仕事についての同世代間のトーク」とかね(2巻)。

 カバン重い問題もそうだが、そこに就職氷河期という大状況をきちんと絡めてくるあたりも宇仁田である。

 2巻で瑠璃の兄がやっている自重筋トレ(クランチ)の様子が、「それ、俺ですか」っていうくらい似てる!(こんなに体はがっしりしていないが、腕や足の骨のゴツゴツした感じとか、家族に「枯れ木」とか「倒木」とか言われているぼくに似ている)

宇仁田前掲2巻、小学館、p.150

 もともとぼくは生活の襞に貼りこむような実感に満たされた物語を読みたくて、大学生の頃に、女性のマンガを読むようになった。新鮮だったわけである。

 入江喜和あたりだとこういう感覚に、創作的なデフォルメを加えて物語として大胆な加工をしていくのだが、宇仁田の話はエッセイに近い素材感がある。どちらも面白い。

 

子どもに計画を作らせてはどうか

 それにして、小学生・中学生の学校への不安・不満のトップに「ランドセル・カバンが重い」問題が来ているのには、びっくりした。いや、不満が高いことは知っていたが、まさかトップとは。

 今福岡市では次の10年の基本計画を策定作業中である。

 大人が子どものことを勝手に考えて、教育や子育て分野の目標を設定するのではなく、もっと子どもたち自身に自分たちに関わる部分の計画を策定させてみてはどうなのか。

 「ランドセル・カバンなど荷物の重さを適正重量(体重の1割)以下にする」なんていうのが、市の基本計画に入ったら、子どもも大人も真剣に関心を持って追求するのではないのか? 日常的に話題になりやすいよ。「ランドセルの軽い街」だ。

 市役所に看板出してもいいんじゃない?

雑コラ

 ちなみに前述の公益財団日本財団が「こども1万人意識調査」で「国や社会に望むこと」(「こども大綱」で取り組んでほしいと思うこと・「こども担当大臣」にお願いしたいこと)のトップは「教育の無償化」であった。

同調査p.33

 これに対して、福岡市が第10次基本計画の「素案修正案」の子どもの分野で出している指標は、次のとおりである。

同計画素案修正案p.14

 なんだそりゃ…と思ってしまうのはぼくだけではあるまい。こんな客観指標を排除した、主観アンケート、どうにでも操作できるだろ…。政策との関係がブラックボックスすぎる。

 ちなみに福岡市の次期基本計画素案のKGIには客観指標は一切ない。こんな主観的な項目ばかり。ホントにどうにでもなる。行政側が「やってる感」出せば、市民へのイデオロギー宣伝に勤しめば、数値が上がっていくのである。「いや〜これが昨今流行りのウェルビーイングってやつですわ〜」とか言いそう。努力の方向がいよいよあさってのものになってしまうと頭を抱える。