伊藤砂務・はのまきみ『学習まんが 世界の伝記NEXT  渋沢栄一』

 『資本論』入門講座の学習会に講師として呼ばれて話したが、その後、ゆくりなく「渋沢栄一についてどう思いますか」と質問された。当然今やっている大河ドラマの主人公なのであるが、すぐに頭に浮かんだのは「国立第一銀行」ということだった。

 しかし…「国立第一銀行」ってなんだったっけ? いや「第一国立銀行」だったっけ? それを「創立」したんだっけ? 

 うろ覚えすぎた。

 要するに何も知らないのである。

政府は、1872(明治5)年渋沢栄一を中心に国立銀行条例を制定し、商人・資産家・華族などによびかけ、紙幣の発行ができる国立銀行を民営で各地につくらせ、資金を貸しつけたさせた。(五味文彦・鳥海靖編『新・もういちど読む山川日本史』山川出版社、p.247-248)

 

 仕方ないので、個々の資本家の評価はいろいろあるが、マルクスのいう「資本家」は「資本の人格化としての資本家」でしかない、という話を一般的にするしかなかった。

 

 終了後、何も知らないままではいかんと思って、少しネットを見る。

 『論語と算盤』を読もうと思ったが、それよりはまず渋沢の生涯を知らねばと思った。

 公益財団法人渋沢栄一記念財団のホームページをみる。

 「近代日本資本主義の父」と大きく出る。

そのスタートは「第一国立銀行」の総監役(後に頭取)でした。栄一は第一国立銀行を拠点に、株式会社組織による企業の創設・育成に力を入れ、また、「道徳経済合一説」を説き続け、生涯に約500もの企業に関わったといわれています。栄一は、約600の教育機関・社会公共事業の支援並びに民間外交に尽力し、多くの人々に惜しまれながら1931(昭和6)年11月11日、91歳の生涯を閉じました。

https://www.shibusawa.or.jp/eiichi/eiichi.html

 

 渋沢の伝記でも読むか、とは思ったが、そこまで労力をかけるものだろうか、とも思い直し、手っ取り早く伝記マンガを読むことにした。

 渋沢史料館監修、伊藤砂務・はのまきみ『学習まんが 世界の伝記NEXT  渋沢栄一』(集英社)である。

 

 Kindleで購入したのだが大政奉還されるのは66%読み進めようやくだった。

 第一国立銀行設立は82%。

 テンポが遅すぎるのでは…? という思いは拭えなかったのだが、その分、渋沢という男の前半生の「定まらなさ」が印象的だった。

 尊王攘夷の倒幕思想・運動に身を投じ、死を覚悟した蜂起を目論見ながら直前で計画を中止。投獄が身近に迫ってくると激しく動揺。投獄された仲間を救うためという口実もあってなのかどうなのかいまひとつ理屈が不明なのだが、一橋慶喜の家臣となり、慶喜の将軍就任と同時に打倒するはずだった幕府の一員、「幕臣」になってしまう…。という人生を数奇と考えればいいのか、見通しのなさと考えればいいのか、時代に翻弄される一個人の運命と考えればいいのか。

 そして、よしながふみのせいで、「徳川慶喜は頭が固く、持っていた知性を反動的にしか利用できなかった後ろ向きな人物」とつい見てしまう。しかし本作では怜悧で聡明な人物として描かれている。大河の方は、どうなっているのか知らんが。

 

大奥 コミック 1-18巻セット

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 肝心の「500もの企業の創設に関わった」という部分は、マンガではなく、解説記事として一覧にまとめてあり、「抄紙会社(現・王子ホールディングス)」の設立が一例マンガで紹介されているだけである。

 それが渋沢の業績の中心では…?

 そういう疑問が拭えなかったのだが、渋沢の積極的な行動の側面として本書で面白かったのは、第一に、慶喜の弟・昭武とともにヨーロッパに行った時に様々な近代資本主義のシステムを見聞して刺激される部分、第二に、明治政府に抜擢され、様々な改革に挑戦しながら、大久保利通大隈重信らと対立して結局政府を辞めてしまうくだり、であろうか。

 「第二」に関しては大久保が悪役になっておるなあ。

 下記の図のように、これくらいトンデモ人物扱いされているのは、本書で大久保しかいない。

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前掲『渋沢栄一』kindleNo.105/137

 渋沢が明治政府で「改正掛」にいた時に着手した事業に「前島密」出過ぎ。

 

 なんで幕府が倒れるまでのところをこんなに長い尺でとったんだろうか?

 シナリオの設計ミスでないとすれば、 「伝記」を「立志伝」として捉え、青年期の苦労にフォーカスすることを方針としたのかもしれない。しかし、青年期の渋沢、ふらつきすぎだろ…。