昨年末、12月28日付の日経プラス1で「マンガを読んで仕事知ろう」特集。仕事がわかるマンガが専門家や書店員によって10冊選ばれ、ランク付されていた。勝手にコメントをつけてみる。
10位は武富健治『鈴木先生』(双葉社)。
教師の仕事の実態ではなく、教師という仕事の論理がよくも悪くも凝縮されているので、たしかに学校教師という仕事を考える上でのマンガではある。マンガナイト代表・山内康裕が「学校に限らず先生と呼ばれる職業の人には読んでもらいたい」とコメント。教育者全般に普遍的な問題は描かれているとは思うけど、やはり中学生を相手にするという点にこのマンガの大きな「制約」(限界ではない)があり、醍醐味もあるから、これはどうなのかなと思う。
9位はヤマザキマリ『スティーブ・ジョブズ』(講談社)。
いやいやいやいや。1巻出ただけだろ。1巻読んだだけだと、こいつ仕事や人生ナメてんのかとしか思えないから。
むしろ子ども向けの学習(伝記)マンガである上川敦志(大谷和利監修)『スティーブ・ジョブズ』(小学館)がかなり要領よくまとめていて、しかもジョブズの「仕事」がよくわかると思うぜ。現時点で。
8位は安野モヨコ『働きマン』(講談社)。
納得。ぼくもこれをまず挙げたいくらい。言うことありません。
7位は野村宗弘『とろける鉄工所』(講談社)。
「平凡」と思える職業とモチーフにした場合であっても、作者の技量次第ですぐれたルポルタージュになりうる。……といえるのだが、まさに「作者の技量次第」。似たように「ありふれてはいるが、あまり実態が知られていない職業」をとりあげたルポあるいはエッセイ体裁のコミックというのは数あるのだが、ピンとこないものは少なくない。
どこに違いがあるのか。
知らない職業について素材をただ細部だけ紹介すればそれですぐれたルポになるわけではない。どの素材を選ぶのか、そしてそれをどう(作者が)受容したのか、ということで本当に大きな差が出る。
6位は尾瀬あきら『夏子の酒』(講談社)。
冒頭に「虚業」である広告業界を捨てて、日本酒作りにかかわるようになる点以外は「仕事マンガ」という気がしないのはどうしたわけだろうか。労働過程というより(日本酒の)生産過程という印象が強く、論じられている問題も「仕事」というより、農業や伝統産業といった「地域問題」という感じがする。
5位は、うめ『大東京トイボックス』(幻冬舎)。
「仕事は精神論だけでは乗り越えられないがときにそれも必要」(奥川由紀子・リブロウィング新橋店)、「大好きなことを職業にしたときのうれしさと苦しさ」(山内)というのは、この作品の前半部分についてはまったく当てはまる。
しかし、この作品は話が大きくなりすぎて、その部分はついていけなかった。いま引用した感想部分にもっと焦点を当てた方が作品としてはまとまりを持てたと思う。
4位は、森高夕次・アダチケイジ『グラゼニ』(講談社)。
これは非常に仕事マンガ。プロ野球特殊の問題すぎて、驚くべきほど普遍性に乏しいように思えるし、実際そうなんだけど、そうやって思って眺めていても「最初は華々しく活躍しても、めぐりあわせで活躍できずに悲惨な末路をたどることもあるんだなあ…」というような気持ちを抱くとき、やはりいくばくか、自分周辺のことに思いを馳せることはあるよね。
3位は小山宙哉『宇宙兄弟』(講談社)。
宇宙飛行士って本当はどうなのか想像もつかないから、これがどんだけのリアリティなのかよくわかんないんだよね。だから、「仕事マンガ」ではなく、主人公が難題に直面した時に奇想天外なアイデアで切り抜ける「とんちマンガ」(そんなジャンルはないが)というのが、ぼくの脳内での楽しみ方なんだけど。
2位は弘兼憲史『島耕作』シリーズ(講談社)。
二ノ宮知子『平成よっぱらい研究所』にて、もりへーに「SFですよ このマンガ…」とつぶやかしめたのは『課長 島耕作』。「こんな仮面舞踏会で お姫様とたわむれる王子様のよーな課長がいるわけないじゃないですかーッ」。
もちろん、以後のシリーズは、時事ネタをとりいれたビジネス小ネタ入りマンガであり、あるいは「プロジェクトX的な戦後日本経済はアレだった」的マンガとして知識啓蒙をしながらちょっとしたドラマも楽しめちゃうものに変わったわけだけどね。麻生太郎とか読んでそう。っていうか実際読んでるし。対談してるし。
http://www.j-cast.com/2008/06/05021329.html
そして1位は……まあ、それは読んでください。ネットで検索しても出てくるかもしれんし。
こうみてみると、講談社率が異常に高いな。マンガマニアにありがちな偏りだ。
ぼくなら何をあげるか
女性誌からのピックアップが少なすぎだろ。
かたおかみさお『Good Job〜グッジョブ』(講談社)、小山田容子『ワーキングピュア』(講談社)、槇村さとる『Real Clothes リアル・クローズ』(集英社)あたりをむしろ推したい。
男性誌では、新井英樹『宮本から君へ』(講談社)だな。
結局講談社率が高いけど。
ぼくのラインナップはむしろ普遍性を強く出そうという気持ちが強いわりには、普遍=サラリーマンという縛りが強すぎることに気づく。
真実一郎の『サラリーマン漫画の戦後史』(洋泉社)に出てくるマンガをどうしても「仕事マンガ」として挙げたくなるよね。
真実の『サラリーマン漫画の戦後史』をみていると、サラリーマンの仕事観が戦後かなり変遷していることがわかるから、『宮本から君へ』をぼくが挙げてしまうことの歴史性というか、今ぼくがそういうものを挙げて「仕事を知ろう」なんて言っても全然説得力がないことがわかるな。
「仕事マンガ」という括り
「仕事マンガ」という括りでいけば、梅崎修『仕事マンガ! 52作品から学ぶキャリアデザイン』(ナカニシヤ出版)がある。
この本はたとえば「『風子のいる店』で再発見する“にぎやかな”仕事世界」とか「『土星マンション』に発見する仕事のつなげる力」などはまだしも「『賭博黙示録カイジ』に教わる自律という感覚」やら「『へうげもの』に教わる一点豪華主義の思想」「『団地ともお』に教わる仕事に対する子供の感性」など、そりゃあ要素だけとりだせばどんなマンガにも仕事につながるアレはあるよね、という気持ちでいっぱいになる。じっさい、この本は4ページで1作品を扱って仕事論まで展開していくので、マンガ評論としてはどうも先に命題があって、それに適合するマンガを選んでいる感覚がどうしても拭えない。
けども、逆にいえば、たしかにどういうマンガにも仕事に通じる何かは含まれていて、それを「仕事マンガ」と言ってしまえるということが、この日経のランキングの自由さにも現れているのだろうと思う。
女性の観点だけからいえば、川原和子『人生の大切なことはおおむね、マンガがおしえてくれた』(NTT出版)のうちの、第3章「女子の自立とか、自由とか。……働くだけは自立じゃないのかも。」でとりあげられている典型のお仕事マンガとしての逢坂みえこ『ベル・エポック』(集英社)や、働かないこともふくめた女性の労働・人生観という点での、有間しのぶ『モンキー・パトロール』(祥伝社)などの挙げ方の方が好感がもてるし、すぐれている。
とくに、『モンキー・パトロール』に出てくるヤイチ(おっさん的要素)・香ちゃん(キャリア的要素)・すず(女性フェロモン的要素)について、川原は「女子の三つの人格」として紹介しているが、こうした方がはるかに「女性にとってのお仕事」というものが立体的に浮かびあがる。
マギシステムがこの3つの要素のせめぎ合いで出来ていたら嫌だな…。
ちなみに、11位に村上もとか『フイチン再見!』(小学館)っていうのはたしかに女性漫画家の草創期というはわかるけどホントにどうなんだそれ…。